生物界の生態

 私は職業柄人間だけではなく生きている生物の生態に大きな興味を持っています。動物行動や生態に関する知見を扱ったテレビ番組「ワイルドライフ(BSプレミアム)英国BBC作成が基」や、分かりやすいところでは「ダーウインが来た(NHK総合テレビ):以前の生き物地球紀行、地球不思議大自然」などが好きで昔からよく見ていました。これらでは最新の撮影技術を駆使し、数々の迫力映像で生き物の素晴らしさを伝えています。テーマは「食うか食われるか」という動物同志の生存をめぐる戦いや、メスを確保するためのオス同士の戦い、子供を育てる母親の自己犠牲的な努力など、自然に密着した生物の種々の生きざまです(図)。根底にある思想は英国の生物学者チャールズ・ダーウイン(1809-1862)の進化生物学で、全ての生物種は共通の祖先から長い時間をかけて進化し、この原動力となるのが自然選択・自然淘汰(同じ生物種内で生存競争がおこり、生存と繁殖に有利な個体はその性質を多くの子孫に伝え、不利な性質を持った個体の子供は少なくなり、その適応力に従って自然環境がふるい分けを行う)になります。現在ではダーウイン説の解釈は少し異なりますが、これらの番組を見て確かに感じるのは「生物行動の根源は、自分の遺伝子を残すように優秀な配偶者や家系を求め、その生殖を確実にして強い子孫を作ることに全力を尽くすことである」ということです

ロッキー山脈にて、メスをめぐって戦うビッグホーンのオスたち

アフリカサバンナで狩りをするチータと、その子供たち。愛する家族のために巨大な水牛にも立ち向かう。

熊の親子。献身的な愛情が感じられる。

 我々の身体は1個の受精卵から全ての細胞が分化して臓器が出来上がります。このうち大部分をしめる体細胞といわれる細胞・臓器は個体を維持するものですが、これは1代限りで死んでいき次世代には遺伝しません(図)。これに対し遺伝し種を維持する細胞は生殖細胞系列といわれ、体細胞系列とは別の系列に属します。受精卵から分化した胎児には初期に卵黄嚢という腸などを入れておく組織があり、この一部に原始生殖細胞が出現して後に体幹部に移っていき性染色体によって精巣か卵巣に分化していきます。その頃には既に出生後に成人して自分の子供をもうけるために必要な細胞やゲノムが用意されるのです。不思議ですね!!  

 その後思春期に成熟した精子(父親)と卵子(母親)が受精した場合、減数分裂という特殊な細胞分裂を経てそれぞれ1セットずつのゲノムをもつようになります。一般の体細胞が細胞分裂する時には元の細胞とDNA量も染色体数も同じ細胞が2つ出来ますが、生殖細胞系ではそれぞれ半分ずつになった細胞が出来るわけです。このようにして受精によって発生が始まる次世代の子供は精子(父親)と卵子(母親)からそれぞれ受け継いだゲノムを持つようになります。地球上に出現して以来、生物は遺伝的に多様な次世代を数多く生み出すという方法をとっており、特定の個体の生存のためには必ずしも有利ではありませんが、環境変化への対応や病原微生物との戦いなどを考えた場合、種というレベルで生物を永続させるために実に有効な手段と言えるのです。かくして生殖細胞は自分の種を保存するために巧妙なメカニズムを獲得するに至ったわけです。これに対し体細胞が持っているDNAは次世代に遺伝することはなく、遺伝子の突然変異によっておきる胃癌や大腸癌、その他の病気はその個体が死ぬと遺伝することは無いのです。(2021.2)

図 人を構成する細胞のライフサイクル(前野正夫、磯川桂太郎:生化学・分子生物学。羊土社、より)

生殖系細胞の発生。(ムーア:人体発生学。医歯薬出版より)