10月 2020のアーカイブ
ウイルスに抵抗する細菌の免疫防御機構
一般にウイルスが人間に感染しても体細胞内に入らないと生存できず、この場合マクロファージやリンパ球などの免疫担当細胞が働いて攻撃するのですが、1回目の感染の時にリンパ球(B細胞から分化した形質細胞と言います)が免疫グロブリンという抗体を産生します。これが働き2回目にウイルスが体内に入ってきたときに、抗体が速やかに作られ細胞内に入る前に攻撃するのです。これを利用した予防方法がワクチンと呼ばれる、死滅した或いは毒性を弱めた病原物質を体内に注射してあらかじめ抗体を産生しやすくした予防接種です。細菌は大腸菌やコレラ菌、溶連菌など約1μm(百万分の1メートル)の大きさで、ウイルスはさらに小さく数十~数百nm(nm:10億分の1メートル)で、細菌の約数十分の1の大きさになります。細菌はウイルスの侵入に対抗する独自のシステムを持っているようです。人間のように免疫グロブリンを作れない細菌は、特殊な組織(CRISPR系という、人間でいうならば抗体産生する免疫機構に相当)で、初回に侵入してきたウイルスのDNA(ウイルスはDNAかRNAしか持たない)の一部を切り取って自分のゲノムに取り込み(人間の免疫に相当)これに相対するsnRNA(small nuclear RNA、人間では抗体に相当)を産生して次回のウイルスの侵入に備えます。snRNAはCRISP(cr)RNAと形を変え、Casタンパク質という物質と複合体を作り、侵入してきたウイルスを発見して迎撃機のように破壊するというものです。細菌には県境を越える移動や5人以上の食事会を自粛するという決まりがあるかどうかは知りませんが、強敵ウイルスの侵入に対してかくも逞しく健気に戦っているのです。さすがは何十億年も前に出現した人間を含めた生命体の祖先の「知恵」でしょうか。もう1つ話をすれば原核細胞(細胞の中に核を持たない)の細菌は大気中の酸素が過剰であった太古において、酸素を消費してエネルギー源であるATPを産生・提供していたのですが、我々人間の体を構成する細胞の祖先である原始真核細胞(細胞内に核を持つ)は細菌のこの機能に目を付けて細菌を自分の細胞内に取り込み、ミトコンドリアとしてエネルギー産生に利用するに至ったのです。このような「細胞内共生」が進化の原動力であるというものはリン・マーギュルス(米国1938-2011年)による学説ですが、我々現代の人間もいろんな病原体等とも共生していきたいものです。(2020.10)
ロボット支援下手術
鳥取大学病院で行われているロボット支援下手術について紹介します。 ロボット支援といえば、荷物の運搬などを人間の代わりにロボットが行なってくれるものと思われるかもしれませんが、そのようなことになれば我々外科医の生命線が絶たれることになります。ロボット支援下手術の原理は内視鏡手術と同様に、お腹や胸の中を内視鏡で覗きながら、術者が遠隔捜査して手術を進めるというものです。上図は離れた場所で術者が内視鏡で映し出された画像を見ながら手許にあるハンドル操作をするサージョンコンソールを示します。中図は患者さんの側の操作部位で、内視鏡のカメラと実際に使用する電気メスや把持鉗子(組織などをつかむもの)などを挿入するペーシャントカートです。下図のような手術画面を見ながら手術を行います。画像は3次元画面で見え立体的な手技が可能となります。鉗子の先は多関節機能となっており、直線方向の操作しかできなかった従来の内視鏡手術とは異なり、360度どの方向でも操作が可能で拡大視されるため、複雑な剥離(血管などの組織を周りからはがすこと)や吻合(腸などを縫い合わすこと)などで繊細な操作が可能となります。また人間の手の動きがロボットアームに伝わるのですが、手振れがなく安定して手術できます。さらに術者は清潔操作が不要で腰かけて出来るので疲労も少なくて済みます。図2は2つのコンソールシステムで指導者が隣で同じ画面で操作するなど教育体制にも優れております。鳥取大学では2010年に低侵襲外科センターが設立され、2020年8月までに計1330件のロボット支援下手術が行われており、全国でも有数の施設として指導的立場にあります。泌尿器科が最も多くその6割強を占め、呼吸器外科、消化器外科、婦人科、耳鼻科(通常の手術視野では届かないような咽頭などでも比較的容易に出来るようです)、心臓血管外科がこれに続きます。小児外科では体格が小さくあまり普及していませんが、現在臨床応用に向け準備中です。ロボット支援下手術の欠点としては触覚がない、コストが高いなどの問題がありますが、国産の機種が8月に製造販売承認を得ており、価格も1/3くらいに抑えられ今後の普及が期待されます。(2020.10)
実際に行っている手術の画面