ワクチン接種

 コロナウイルスのワクチンはもう接種されたでしょうか。ファイザー社、モデルナ社、アストラゼネカ社製のワクチンは、メッセンジャーRNAなど遺伝子を利用したものです。遺伝子は通常細胞の核内に存在し(細菌でさえ)保護されているのですが、ウイルスは核を持たずにDNAやRNAの遺伝子のみから成り立ち蛋白質の殻に包まれています。ワクチン製造は簡単に言えばその遺伝子の一部を鋳型にして蛋白質である抗体を作るということです。このような情報が広まっているため「コロナウイルスワクチンを打つと身体の遺伝子が作り変えられる」ような「無知」から来る恐怖感に煽られることが多く起こっているようです。さらに「卵巣に成分が蓄積する、不妊になる」などの「デマ」も横行しています。

 18世紀、イギリスのジェンナーが天然痘のワクチンを同じ病原ウイルスである牛痘(牛にできる天然痘で人と同じような症状を発する)から生成して人に接種することで、発症を防いだだけでなく天然痘の根絶に至ったのですが、開始した当時「牛からとった物質を人間に注入することは汚らわしい、神の摂理への不信である」と言われただけでなく「牛のような顔になった」「牛の毛が生えてきた」などの噂が絶えなかったようです。この頃から3世紀も経った現在でも状況は変わっていないことがうかがえます。ジェンナーや日本の緒方洪庵医師が一つ一つ丁寧に粘り強く説明をしていって、長年の後にやっと一般の方々に理解をいていただき天然痘の撲滅に至りました(図)。遺伝子ワクチンという聞きなれない手法で出来たワクチンのため、一般に捉えられる印象は3世紀以上前と全く変わっておらず、政治家に任せるのではなく医療従事者がそのメリット、デメリットについて正しい医学的な見地から丁寧に説明することが最も重要なことと思われます。(2021.8)

緒方洪庵。岡山出身。適塾(大阪大学医学部の前身)を開いた(Wikipedia)。

細胞老化とテロメア

 8月は「お盆」の時期で各家庭では「ご先祖様」をお迎えされていることと思います。「精霊の世界」についてはよく分かりませんが、56才で亡くなったアップル社のステイーブ・ジョブズ氏は「死は生命最大の発明である」と言い「古いものを消し去り新しい道をつくる」意義があると言っております。人間の細胞は37兆個ありますが、常に細胞分裂を繰り返して新陳代謝を図っています。この細胞の染色体の末端にはテロメアという「鉛筆のキャップ」のようなものがあり、これがDNAを保護しております(図)。そして細胞分裂の度にテロメアは短くなり、これにより細胞は老化していき臓器の機能が低下していき寿命が決定されるわけです。テロメアの短縮を修正すると癌化することが実証されており、テロメア自体は細胞分裂を制限して癌化を予防する働きがあるのです。このような細胞分裂によるテロメアの短縮は「体細胞系」で行われますが、「生殖細胞系」である卵子、精子ではテロメアが短くならないので、際限なく細胞分裂できます。このことは40億年前に生命が誕生してから、「生殖細胞」が生き残りあらゆる生物と最終的に人間の出現につながったことが説明出来ます。生物の種の存続に関してみれば「生殖細胞」に比較して「個々の死」はそれほど重要ではないわけです。また生殖に関して雄と雌を有する有性生殖が生命体としては効率的であり、父と母のDNAがそれぞれ受け継がれ、遺伝子の変異などを取り入れて新しい多様性ができるというメリットがあります。優れた子孫を残して次世代に後継していくという、メカニズムが出来上がっているのです

テロメア(茶色)はDNAの先端にあり、細胞分裂の度に短くなって細胞の老化と寿命を規定する。この機構が働かないと癌化につながる。(ロビンス、基礎病理学より)

優秀な子ども達を育てる象の群れ

 ご存じのように鮭など一般生物は受精が終わると直ちに死んでしまいますが、人間の子供は出生後成育するまでに手のかかることが多く、「子育て」の期間が長く保たれています。これは現代人と同じグループに属するクロマニョン人が出現した20万年くらい前から徐々に進化した結果と思われますが、優秀な次世代を育成する社会的システムが人間社会の中で生活するうちに培われたもので、後進を育てることが人間しかできない価値のある能力と言えます。今後どのようになっていくか、もし1万年くらい生きられたらその時の人に確かめてみたいものです。(2021.8)

音楽教育ハイフェッツ

 私の好きな音楽家にヤッシャー・ハイフェッツというバイオリニストがいます。1901年にロシアで生まれ、7才でメンデルスゾーンの協奏曲を弾いてデビューを果たし、16才でニューヨークのカーネギーホールでの演奏からアメリカを本拠地として活躍した、早熟の「天才」として著名な人です。「冷たいバイオリニスト」として日本ではあまり人気は高くないのですが、ハンガリー生まれのレオポルド・アウアーに師事し極度の完璧主義で完成された演奏と哲学的な造詣も深いことで、欧米では多くの支持者を得ており沢山のバイオリニストを育てています。彼の生涯を追ったドキュメントテレビによれば、自分の音楽スタイルを追求するだけでなく「アウアーから受け継いだ音楽の理論と技術を後世に残すことが、私の残された使命である」として、57才から第一線の活動ではなく南カリフォルニア大学で後進の指導に邁進することを決意しました。

私も明日からも頑張ろうと思います。(2021.8)