岩見神楽(いわみかぐら)

今年の4月に鳥取大学附属病院に「ゲストハウス棟」がオープンしました。

1階に調剤薬局とコンビニ、2階に多目的ホール、3階には患者さんや家族のための宿泊施設であるゲストハウス(化学療法のために外来に来られる患者さんや入院患者さんのご家族が利用される)があります。この2階の多目的ホールには4K対応の映写機、200インチの大型スクリーンが完備され、音響設備も抜群に設計されています。時々自主映画などが上映されていますが、FIFAサッカーワールドカップなどを大迫力画面で観たいものです。

先日、この多目的ホールで病院主催「岩見神楽(いわみかぐら)」が公演されました。日本の伝統芸能の「能」「狂言」「歌舞伎」などよりはるか昔で、わが国最古の芸能といわれます。題材は日本神話の「天岩戸(あまのいわと)」伝説にさかのぼり、岩戸にお隠れになった「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」を誘い出すために、「宇津女命(うづめのみこと)」が岩戸の前で舞った妖艶な踊りが起源とされています。まるでリヒャルト・シュトラウス作曲オペラ「サロメ」の「7つのヴェールの踊り」のようです。今回の出演者は島根県(東部の出雲の国と西部の岩見の国)津和野町を本拠地とする「左鐙社中(さぶみしゃちゅう)」の方々で、迫力のある舞台を堪能しました。大学生時代に親しかった浜田市出身の友人にクラシック音楽の話をしていた時に「長谷川。お前、神楽って、観たことあるか。オペラに通じるものがあるからいっぺん観た方がえーよ」と言われたことがあります。この時からずっと気にはなっていたのですが、なかなか機会が無くて、約40年以上たった今回、やっとその夢が実現しました。

今回の演目は「塵輪」「恵比寿」「天神」「大蛇(おろち)」の4つでした。印象的なところを紹介しますと、「恵比寿」は大阪今宮や西宮の戎(えびす)神社で「商売の神様」で有名ですが、釣りの名人で米子の海岸でにこやかに「鯛」を釣る姿は微笑ましいものです。「八岐大蛇(やまたのおろち)」伝説の「須佐之男命(すさのおのみこと)」は、札付きの「ワル」のため高天原(たかまがはら)を追われたのですが、出雲の国にたどり着くと7人の娘が大蛇にさらわれたと嘆く老夫婦に出会います。この「ワル」は知恵を働かせて大蛇に毒酒を飲ませて退治するわけです。8つの頭をもつ大蛇との格闘は小太鼓、大太鼓の囃子も入り、煙も出て迫力満点で、海外でも大人気のようです。その尻尾から出ていた剣を「天の村雲の剣」と名付け、天照大御神差し出して、最後に残った美女「稲田姫」と結ばれたということです。何か白けた話ですが、因みにこれが日本で最初の結婚とされているようです。(2022.12)

にこやかに鯛を釣る「恵比寿」
「須佐之男命」ワルそうな顔をしています。
八岐大蛇(やまたのおろち)
2022年12月1日 | カテゴリー : 歌舞伎・能 | 投稿者 : thth0922

日本酒に変身した「稲田姫」

米子市に醸造元があります。須佐之男命(スサノオノミコト)が八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治して助けたという、出雲地方の神話における美人伝説に基づく。キリっとした山陰の地酒の中にあって、まろやかな味を呈します。(2022.12)

記憶

「記憶」をどのように人間は獲得するのでしょうか。未だに明確には解明されていなのですが、コンピュータでは二進法「0」「1」に暗号化された情報がそれぞれ指定された場所に磁気や化合物の変化として永久に保存・記憶されます。ところが人間などの生体内ではこのようなメカニズムは無く「記憶物質」も発見されていません。アセチルコリンやノルアドレナリンなどの神経伝達物質がシナプスを介して情報を伝達することは分かっていますが、そこから記憶がどのように保存されるのか。おそらくシナプスが変化して情報の伝わり方を調節しているようですが、人間が誕生してから意識が自分の中にどのように発達してくるのかなども詳しくは分かりません。胎生期から脳は最も著しく発達し、生まれてからはいつの間にか自意識が芽生え、色んな行動や学習をするようになっているのですが・・・・・。(2022.12)

第九米子公演会

年末と言えば、ベートーベンの「第九」。何故年末に演奏されるのかは諸説があり正確なことは言えませんが、村上先生が以前に紹介されたように、日本で最初に第九が演奏されたの徳島県の「板東捕虜収容所」でのドイツ兵による演奏会です。これには確かな証拠があります。

 鳥取県からは多くの文化人、音楽家を輩出しており、今回のソロ歌手でテノール担当の「山本耕平」氏。どこかで見聞きしたことがあるなと思っていたら、NHK「らららクラシック」という番組(俳優高橋克典やアナウンサー石橋亜紗、小説家石田衣良、作曲家加羽沢美濃らが司会していた)や「NHKニューイヤーオペラコンサート」に出ておられました。その時の記憶通りの方でした。その他コンミス湯淺いづみ、メゾソプラノ塩崎めぐみ、バス小鉄和広等、地元の方々のレベルの高い素晴らしい音楽を堪能しました。(2022.12)

島田先生 油絵作品展

 秋も深まり良い季節が訪れますね。「スポーツの秋」「読書の秋」「食欲の秋」、様々ですが、私は「芸術の秋」を満喫したので最近の経験をお話します。

 以前福山医療センター小児外科に顧問医師として来られていた「島田憲次先生の絵画個展」が大阪池田市であり、招待状を頂いておりました(図)。

 5年に1度開かれており、今回は第4回目ということでした。招待葉書にある「奥入瀬渓流」や「トルコのカッパドキア」等、様々な風景画がお得意のようでした。

 中でも印象的であったのはポーランドの「アウシュビッツ収容所」の油絵2点で、2018年コロナ禍前に現地に行かれたそうです。

 著作権の問題があるので絵の紹介は出来ませんが、テレビや映画でよく登場する貨物列車が入ってくる収容所の入り口に2人のラビ(ユダヤ教の指導者、僧侶)が偶然におられ描かれています。以前テレビドラマ「白い巨塔」で医学部教授になった財前五郎(この時は唐沢寿明主演)がアウシュビッツを訪れており、その案内人に「あなたは収容所を見学されて、殺される側の気持ち、殺す側の気持ちのどちらを考えましたか」と聞かれ、彼は「医師であるので殺す側の気持ちは分からない」と答えていました(但し、山崎豊子作小説の原文ではミュンヘン近郊のダッハウ収容所を訪れており、このやりとりはありません)。

 財前教授はドイツで講演、手術を披露しているのですが、自分の執刀で行った遠隔転移のある消化器癌患者が渡欧中に亡くなり帰国後遺族に起訴され、自分も後に末期癌で亡くなるのですが何か暗示的なものを感じさせます。

 また戦前のドイツ人のように純粋で勤勉な民族は先導者に簡単に操られて、ある意味「閉鎖的」になり容易に国家的な過ちに突き進むことを痛感させられます。(2022.11)

国際学会

 先日、大阪で国際学会があり久しぶりに出席しました。

 2020年からのコロナ禍のためこの3年間多くの学会はWEB会議となっていました。国内学会はまだ良いのですが、国際会議では時差があるためアメリカやヨーロッパなどでは昼間に開催されているのが、日本では早朝や夜間、ひどい時には深夜になることがあります。

 そういう時に英語を聞き取るのは大変で、ましてや質疑・応答など円滑に出来ようはずはありません。今回の内容は、小児外科における困難な病気の原因や新しい治療に関する話題が多く、3年間でかなり多くの進歩が感じられました。

 とりわけ新しい領域である分子生物学や再生医療を使った新たな治療法の開発などが目を引きました。学会発表においては演者がスライドを使って画像やビデオで実験の方法や結果について発表し、演者同志、或いは聴衆と討論するわけですが、発表手法によっては微妙な解釈の違いなどがあります。

 つまり発表する時は意気揚々としゃべっていても会場を離れて休憩中やレセプションの場などでFace to faceで話すと、「自信が持てない仮説」や「まだ確信的でない結果」など、微妙なニュアンスが伝わってくることがあります。

 やはり医学の進歩にはお互いに徹底的に討論し合う場が必要なのです。また同じような実験をやっていたり興味のある分野においてその権威者と親しくなってメールアドレスを交換して今後の研究に役立てることがあります。私は今回北米やヨーロッパ、イスラエルから来られていた、論文でしか名前を知らなかった数人の権威者と知り合いになりました。またカナダに留学中の日本人の若い医師から早速私宛に「非常に重要な指摘を頂きご指導いただいたことに感謝します」というメールを頂きました。こういうことがあると嬉しいですね!!

 コロナウイルス感染を広げないことは確かに重要なことですが、医学の世界では日進月歩の新たな展開があり、対面での学会は医療者や研究者にとっては極めて重要なことです。英国のチャーチル元首相は第二次世界大戦で最初英国が参戦しなかった根拠として、「目的と手段のバランスが重要である」と言っていました。また私の友人が毎年行っていた健診での内視鏡検査を昨年コロナ蔓延のために自粛したところ、この夏に食道がんが見つかり手術を受けました。幸い治癒切除が可能でしたが、毎年健診を行っていたら化学療法や手術からの回復など、もう少し楽であったかも知れません。

ハンガリー国立歌劇場の「魔笛」

 2022年10月大阪フェスティバルホールでハンガリー国立歌劇場のモーツァルト作曲オペラ「魔笛」を観ました。オペラはこの頃モンテベルディやスカルラッティなど殆どイタリア語で書かれており、モーツアルト作では有名なイタリア人台本作家ロレンツオ・ダ・ポンテによる3部作「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」「コジ・ファン・トゥッテ」が知られていますが、この早熟天才作曲家は12才で「ぶりっこ娘」(1700年代からぶりっこがいたのは驚きです!)を作曲しています。

フェスティバルホールは2015年リニューアルし3000人収容となりました。

2015年リニューアルし3000人収容となった大阪フェスティバルホール

 「魔笛」はモーツアルト最後のオペラですが、シカネーダーによるドイツ語の台本でした。話の内容は省きますが、序曲、夜の女王などの登場人物のアリアや重唱は美しく、ワインサービスは無かったものの至福の3時間でした。(2022.11)

ハンガリー国立歌劇場によるモーツアルト作曲「魔笛」。パンフレットより

ハワイ現地でのコロナ感染対策

 ハワイ現地での感染対策については、私は1日3回の鼻うがいと飛行機内などではマスクを着用していましたが市内では殆どの人はやはりマスクをしていませんでした。呼吸がしにくく息苦しい、熱中症になりやすい以外に言葉が聞き取れない、表情が分からないなどの問題が指摘されており、少しだけ話したアメリカ人も「何故日本人はマスクを抵抗なくするのか」と不思議に語っていました。日本語は母音が強調されるため、マスク越しでも声が良く通りますが、英語などは子音が主になるため紙や布を通すと伝わりにくいのです。また欧米人は口から発する言葉とともに口許で感情を表現するのに対し、日本人は目で感情を表すと言います。よく小説などで契約が済んだ後「双方談笑し合っていたが、目だけは笑っていなかった」とは良く目にするところです。ANAの客室乗務員(CA)さんの顔は大きなマスクで覆われ、髪型や目元だけでは誰か判断できず常に胸元を視て名札を確認しましたが、私の視線はスレスレであったかも知れません。面(おもて)を使用した芸術、「能」を大成させた世阿弥は「風姿花伝」で「秘すれば花なり。秘せずは花なるべからず」と言いましたが、隠していた方が価値があるのだという、日本人の感性を表しております。帰りの便の機内でビールの入ったコップを倒し、辺りにぶちまけてCAさんを呼んだ時には「良いですよ。大丈夫ですよ」とにこやかに言ってくれましたが、あの目は明らかに怒っていました。物事の本質が隠されることを「マスクされる」とも言い、良い意味にも悪い意味にもとられるようです。(2022.10)

  

マスク
能の面(おもて)(Wikipediaより)

文献 検索

 最近では何でもネット環境が発達し簡単に調べることができます。我々が文献を調べる時、昔は図書館に行って重たい書物を台に載せてコピー機まで運んでいましたが、今では机上のコンピューターで直近に出た雑誌を閲覧することができます(図)。鳥取大学消化器・小児外科教室では毎週抄読会を行っていますが、大学院生たちは「Nature」「Cell」などを競って紹介しており私は赴任当初から驚いております。また私と共同研究して頂いている「生化学教室」で行われる時にはあらかじめ読むJournalが紹介されるのですが、ある時事前に回ってきた「Nature」のURLをクリックすると原文とともに少し拙い「和訳」が出てきたのです。うちの大学院生が和訳を読んでいるかは知りませんが、携帯で簡単に電車の中でも一流雑誌が読めることは素晴らしいことです。若い人たちにどんどん良い論文を読んで書いていって欲しいものです。また、原稿を書く際にも以前は指導者に真っ赤に直されて返って来たものをまた1から手書きで直す必要がありました。かつて大阪大学第一外科教室生化研のM先生の論文指導は厳しいことで有名で30回以上の書き直しは当たり前と聞きました。今でも私は科研費の申請書などは20-30回くらい手直ししていますが、前の文章が残るので昔の研究者と比べると努力ははるかに小さいのです。(2022.10)

雑誌「Nature」最新号電子版。「Cell」「Science」とともに3大自然科学雑誌とされる

久しぶりの海外旅行

 私は2022年9月末に身内の結婚式でハワイに行ってきました。以前と異なり9月初旬からはワクチン証明書があれば帰国時のPCR検査が不要となり、これで入国手続きがかなりスムーズになりました。とは言っても日本を出る時には、パスポートやEチケット以外に上記の①ワクチン3回摂取証明書(英訳、各自治体で発行)②宣誓書(摂取証明に間違いがないことをアメリカ政府が出している英文書類に署名)③CDC(アメリカ疾病予防管理センター)への情報提供 ④ESTA(電子渡航認証システム)許可書などが必要で、それぞれ申請書の取り寄せや手続き、認定などに結構時間がかかり面倒臭いものです。かなり前から日本にいるうちに準備をしないと間に合いません。帰りのアメリカ出国時には検疫措置として「My SOS」というアプリを取って、「ファストトラック」という事前登録書を帰りの航空機搭乗時と日本到着時に見せる必要があります。図のようなもので、滞在国や地域、ワクチン摂取状況などにより「青」「黄」「赤」と色が表示され、出国時のPCR検査や待機(自宅3日間、施設3日間等)が指示されてきます。出国カンターで日本の若い女性2人が携帯を操作してMy SOSをダウンロードしようとしていましたが、認証されるまで結構時間がかかるので、他の客を待たせることになって皆のひんしゅくを買っていました。また海外渡航には各職場にそれぞれの規定があるようで、私の場合は鳥取大学医学部附属病院に「海外渡航届」を出発前に提出し、万が一出勤できない場合の対策(講義や会議、外来や入院、手術体制)を決めておく必要があります。帰国してから大学病院の感染対策部にて唾液検査で陰性の証明を受け、ようやく日常に戻ることができました。(2022.10)

My SOS「検疫手続き事前登録証明」これが青であればスムーズに検疫を通過できる。
ワイキキビーチは快晴でした。
シーフード、ステーキなども美味でした。

細胞の死

 今回細胞の死について考えたいと思います。細胞の死にはネクローシス(壊死)とアポトーシス(プログラム死)の2つがあります。まずネクローシスとは外的な要因によって細胞が受動的に崩壊するもので、虚血や低栄養、感染症、外傷、毒素など高度の障害により急激で制御不能な細胞死を指します。広範な部位に生じ最終的には周辺組織に炎症をひき起こします。これに対して、アポトーシスは遺伝子レベルで内在性にプログラムされた自滅命令にもとづくもので、散発的に生じ通常は短時間で終了。細胞内物質を分解する酵素が活性化します。語源は「木の葉が枯れ落ちる」から来ており炎症反応はなく制御された細胞死と言えます。おたまじゃくしの尾が取れて手足が生える、種々の器官の発生(図)、性周期によって子宮内膜が剥がれ落ちるなどもこれに当たります。個体が多数の細胞からなる1つの社会であるという見方をすれば、①細胞分裂とアポトーシスの協調によってバランスのとれた細胞数が維持される、②不要となった細胞を選択的に除去する、③細胞社会にとって好ましくない異常を来たした細胞を抹殺する役割を持っています。アポトーシス細胞などがマクロファージ(貪食細胞)に「私を見つけてください」「私を食べてください」信号(シグナル)を発して「自ら死亡して静かに埋葬される」ことを選択し、個体という細胞社会の秩序の維持に適応するのです。象は死期を感じると自ら死に場所を求めていくと言われますが、細胞死にもこのような機構がもともと備わっているのです。何と「健気(けなげ)な」細胞ではありませんか!(2022.9)

ニワトリ胚発生中の肢芽先端部。胎生初期には手足の先端部は「うちわ」のような形態をしているが(左)、後に指と指の間の部分がアポトーシスによって死滅することにより指が形成される(右)。

私のコロナウイルス水際対策:鼻うがい

 私はコロナウイルス感染がまん延してきた2020年当初より「鼻うがい」による「水際対策」を行って来ました。最初は毎日真面目にしていましたが、状況が緩和するとサボり気味になりました。しかし今年の7月頃から周りの知り合いが多く感染するようになると、最近では勤務中と帰宅後の2回きっちりするように心がけています。結果、今のところは明らかな感染には至っていないようです。我々が呼吸をするとき、激しい運動などで口呼吸に頼る以外、通常外界の空気を鼻から吸って鼻腔、咽頭、喉頭を経て肺に取り込みます。鼻呼吸により吸い込まれる空気にはウイルスや細菌、花粉や塵埃などの異物が多く含まれ、殆どが上咽頭から体内に取り込まれます(図)。上咽頭とはPCR検査の時に鼻の奥に突っ込まれて検体採取される、あの痛い嫌な部分のことです。喀痰などの飛沫、接触感染よりも空気(エアロゾル)感染が主な経路であることが分かってきたコロナウイルスは鼻腔から吸い込まれこの上咽頭での接触が感染のきっかけになります。ただ、たとえ陽性になった時でも上咽頭にウイルスが付着しているだけで、1-14日の間に身体に侵入して初めて発熱や喉の痛みなどの症状が出てきます。これらのことから、咳やくしゃみ、会話や呼吸などで放出される飛沫ではなく、空気に漂う細かい粒子は、容易に鼻腔から上咽頭に至るためこの部分を頻回に洗浄することが重要であると言うことができます。通常の喉のうがいだけでは不十分ということです。但し、実際に鼻に水を入れると、プールで水を吸い込んだ時やワサビや辛子を食したときのように鼻に「ツーン」とくることが想像され皆さん嫌がられるのですが、これは浸透圧の差から来るもので、生理食塩水のような濃い液では殆ど痛みや副作用はありません。私は「ハ〇ノ〇」というのを使っています。(2022.9)

鼻腔の解剖図
鼻うがい専用容器(小林製薬HP) 

三島由紀夫作「葵上」近代演劇 鳥の劇場

 2022年の夏、記録的に暑い日が続きました。ここ米子市は8月1日、これまでに最も暑い38.9℃となり、日本でも2番目の高温となったようです。山陰地方では南からの温かい風が中国山地を越えて吹き降ろす「フェーン現象」を起こし、日本海側の山形や豊岡と同様めちゃくちゃ温度が上がります。

 暑い夏には少しでも涼しい夜を迎えようと昔から「怪談」が好まれますが、先日源氏物語を題材にした三島由紀夫作近代能楽集「葵上」の近代演劇を鳥取県浜村にある「鳥の劇場」という演劇場で観てきました。

鳥の劇場・オーケストラアンサンブル石川共演「葵上」

 「鳥の劇場」芸術監督の中島諒人氏の演出による、オーケストラアンサンブル・金沢のメンバーとの共演で、声楽部の無いミニオペラのような形式です。

 まずハイドンの弦楽、ピアソラタンゴのミニコンサートがあり弦楽器の艶やかな音を楽しみました。話の内容は源氏物語で皆さんよくご存じと思います。葵上は光源氏の最初の正妻(当時は一夫多妻制)でありますが、深窓の姫で身体も弱く懐妊後も酷い悪阻(つわり)や「物の怪」に悩まされて病に臥せがちでした。さらに追い打ちをかけるように光源氏の愛人であった六条御息所(みやすんどころ)が「家来の車争い」や「愛の確執」などから「生霊」となって姿を現し、「物の怪」として葵上を憎み呪い殺すという恐ろしい物語です。難産の末夕霧を生むのですが、結局すぐに死んでしまいます。紫式部はこんなストーリーをよくも思いついたものですね。

 それを三島由紀夫は現代風にアレンジし、舞台を精神分析療法や睡眠療法を行う病院に設定し、六条康子(やすこ)、若林光(ひかる)、葵(あおい)、看護婦の4人が登場します。康子は昔を語りつつ光に復縁を迫りますが光が拒絶。康子は姿を消します。光が康子の家に電話をすると康子は「家で寝ていたわ」と言い、先ほど現れたのが康子の「生霊」であったと知った光は驚愕、呆然とします。

その後葵はベッドから転げ落ち息を引き取るという内容です。

 今回の「鳥の劇場」では千住明氏の作曲と「赤いスイートピー」「北の宿から」などのアレンジも入り素晴らしい演劇でした。「音楽療法」も取り入れ、結構ユーモアもあり「怪談」には程遠いような気もしましたが・・・。(2022.9)

左:「鳥の劇場」のある鳥取県浜村。1800年頃から浜村沖に帆立貝が多く発生し、その捕獲に当たった漁夫達が歌った「貝殻節」という民謡がこの辺りにあります。右は「貝殻節もなか」。

2022年9月1日 | カテゴリー : 歌舞伎・能 | 投稿者 : thth0922

新型コロナウイルス濃厚接触者

 先日、私は遂に「新型コロナウイルス濃厚接触者」に認定されてしまいました。

 認定と言っても「○○学会認定医」「△△認定看護師」などと異なり認定証もなく、メリットどころか犯罪者の烙印を押されたような印象があります。

 感染まん延以来当初より山陰地方の陽性者は少数を誇っていたのですが、7月に入ってから急増し何か嫌な予感はしていました。病院には小さなお子さんがいる看護師さんが多く勤務されており、そのうち1人が感染され全員濃厚接触者と認定され「早く家に帰って、ウロウロしないように」という命令が来ました。歯科受診など予定していた計画は全てキャンセル、この日予約していた4回目ワクチン接種も延期となりました。翌日PCR検査をして全員陰性が確認された後、夜になってようやく放免されたのです。最近のデータで、コロナウイルス陽性が確認された人との濃厚接触者のうち、いつも一緒にいる家族の約半数が陽性と判明するみたいですが、職場などでは陰性のことが多いようです。

 一般に手術においてはサージカルマスクの上にガウンのマスクをして対策をします(上図)。それで穿孔性腹膜炎で細菌だらけの腹部、消化管の手術や移植後でエプシュタイン・バーウイルス、サイトメガロウイルスに罹っている臓器の手術、時にエイズウイルスや肝炎ウイルス、RSウイルス肺炎を併発している時にも対処していますが、これで罹患したということは殆ど聞いたことはありません。これ以上対処するならN95マスク以上の防護マスクが必要になるでしょう(下図)。

 今回の検査や自宅待機なども「念のため」という理由が大きく、日本人が好む「念のため」に多くの労力が割かれており、必要な人に治療が及ばない、かなりの人が仕事に行けないという現実もあります。これを是正するために「必要が無かったら救急車を使わないように」「軽症者はなるべく病院に来ないで自宅で検査をしてください」或いは「濃厚接触者の認定をしない」など、代替案が出ています。(2022,8)

手術室の模様
防毒マスク

何故1つの細胞から色んな組織ができていくのか

 最初1つであった受精卵は細胞分裂を起こし(上図)、体細胞がそれぞれ決められた運命をたどって(プログラミング)色んな細胞、組織、器官に分化、発達していきます。つまり内胚葉からは肺や消化管、中胚葉からは心臓や筋肉、腎臓や赤血球、外胚葉からは皮膚、脳神経などが発生するのですが(中図)、この時最初からあるゲノムDNAの遺伝子は変更せず、後から起きる変化によって遺伝子が発現してそれぞれの細胞、組織に分化するわけです。これをエピジェネティクスといいます。ちょっと難しいですが、要するに最初受精卵が有するゲノムDNAは終生変わらないのに対し、少しだけ修飾されて(DNAのメチル化、ヒストンのアセチル化など)性質がかわっていくというものです(下図)。これによって様々な現象が理解できるようになった新しい分野です。(2022.8)

受精卵から卵割。(新発生学より)
体細胞分裂により三胚葉に分化していく
染色体を構成するゲノムDNAとエピジェネティク変化(仲野徹「エピジェネティクス」より)

鳥取大学室内管弦楽団の定期演奏会

 2022年6月11日鳥取大学室内管弦楽団の定期演奏会が米子市で開催されたので紹介します。これは米子キャンパスにある医学部(医学科、生命科学科、保健学科)学生から構成される楽団ですが、鳥取市湖山にある農学部や工学部の学生は地理的に練習に来にくいので、団員数も限られこじんまりしたものです。授業やクリクラに来られていた医学科6年の元コンサートミストレス(ファーストバイオリンのトップ)波田裕理絵さんや、医学科4年生の梁郁弥さん(セカンドバイオリントップで団長、図)と礒邉悠さん(チェロトップ)達に「先生、是非聴きに来てください」と誘われました。「曲は?」と聞くとベートーベンの「エグモント序曲」と「交響曲第5番(いわゆる『運命』)」とのことで、最初「若い故の無謀な連中やなあ」と高を括っていました。ところが、実際に聴いてみるとレベルは非常に高く、現在のコンミス看護学科の昌司澪奈さんを始め、弦楽器奏者は指や弓の動きがほぼ完璧で、木管、金管楽器も端麗でかつ迫力のあるアンサンブルを楽しめました。2020年と2021年は自主的に演奏会を中止。今年やっと開催にこぎつけたもので2年間の無念さをはね返す素敵な演奏会でした。前述の梁郁弥さんは楽団の団長ですがバイオリンを高校から、礒邉悠さんはチェロを大学から始められたとのことで今やそれぞれセカンドバイオリン、チェロのトップ。同じく大学から始めた私とは雲泥の差を感じました。またかつて岡山大学学生時代に全学オーケストラのコンサートマスターをされていた、小児科の難波範行教授は同楽団の顧問を務められており演奏に参加されています。私は前顧問で現在松江医療センター脳神経内科に勤務されている中野俊也診療部長とともに客席で聴いており、公演後はいつも行くお店にて3人で食事をしながらコアな討論会を夜遅くまでやってました。以前同じ店で鳥取大学名誉教授の新倉健というクラシック作曲家の方に偶然に隣合わせになりました。神奈川県生まれで武蔵野音楽大学と大学院で作曲科専攻、1981年に鳥取大学教育学部に赴任され、その後鳥取大学地域学部附属芸術文化センター教授(作曲・指揮)を務められています。日本作曲家協議会、国際芸術家連盟に所属。何故か私のことを知っておられ話が弾みました。このように鳥取県は芸術文化を育む環境にあり、私にとっても音楽仲間が多くて楽しいところになっています。(2022.7)

鳥取大学室内室内管弦楽団の定期演奏会。団長の梁郁弥さん。アンコールの時に「演奏の様子を写メって、SNSなどに投稿してください」と指揮者から要請がありました。

国家と音楽家

 「政治家が料亭通いをすると批判されるが、芸術を愛好していると好意的に受け取られる。コンサートやオペラ、歌舞伎などに行くことや芸術を保護・支援した政治家は批判されることはない。」という序章から始まる、作家中川右介氏による「国家と音楽家」が2022年2月に発刊されました(図1)。音楽家は最初国家のプロパガンダとして利用されたが、後に国を追放されたり粛清されたり、また逆に国家に迎合して自分のために利用したクラシック作曲家や演奏家の実像を描いたものです。「音楽に国境はない」と言われますが、大きな壁を感じた音楽家は数知れなく存在し、文中にはヒットラー、ムッソリーニ、スターリン、フランコ等の独裁者、ケネディ、ニクソンなどの政治家が登場します。これに対してフルトベングラー、カラヤン、カザルス、ショスタコ―ビッチ、ルビンシュタイン、バーンシュタインなどの音楽家達が登場し、国家や民族間の大きな壁によって迫害され、それに屈服、或いは抵抗した各人の生きざまが描かれております。(2022.7)

中川右介著「国家と音楽家」講談社文庫

音楽の訓練

 何故音楽家は年少から楽器を始める方が良いのか、について疑問が湧きました。一般に脳には神経細胞(ニューロン)があり情報の伝達と処理に特化した細胞と考えられ、それらが手を伸ばして連結してシナプスという回路を形成します。胎児期には脳の発達が大きく、複雑な回路網が出来上がっていきます。その後胎外に生まれると環境によって様々な刺激に遭遇するとその時に使われる回路は強く太くなりますが、使われない回路は消滅していき人間は出生後様々な世界に順応していくわけです。すなわち、英語圏で育った子供は英語を覚えて理解ししゃべり出しますが、日本語は全くわからないといった状況になり、ある人は小さい時からの訓練で超絶的なバイオリンを難なく弾けるようになる。ある人は空中に張られた細いロープの上を逆立ちで歩いたりするようになります。図に出生後の年令ごとの脳波の発達状況と脳重量の推移を示します。勿論指の関節が曲がりやすいといった身体的な柔軟性は考えられますが、いずれにしても胎児期からの延長として生後急激に脳が発達し、この増加は乳幼児期に極めて著しくこの時期の訓練が重要だということが分かります。中学生くらいからその速度はほぼプラトー(平坦)に達し成人になっても発達する余地は十分あるのですが、どうも梁さんや磯邉さんと私の違いは練習を真面目にしたか、サボり気味にいい加減にやっていたかにあるようです。(2022.7)

在胎12週時の胎児:殆どの器官が形成される時期であるが、脳の発達が急激である(ムーア発生学)

脳波の発達と脳重量の変化

Lindsleyによる脳波の周波数(点線…)と脳重量(実線―)、正常下限の脳波(点鎖線―-―)を示す。脳の発達は乳幼児期までが著しい。(馬場一雄:小児生理学)