知的機能としての「音楽、歌」

 人間は類人猿から分かれて進化した結果獲得した高度な知的機能を有するのですが、知的機能の一つとして音楽や歌などが挙げられます。村上敬子先生や伏原金男氏など、音楽や歌の題材が多く、村上先生はプロ級のピアノ演奏技術を持っておられ、当初からその経験と幅広い知識を軸に音楽全般のことを述べられています。伏原氏はかつて岩垣博巳前院長が世羅町の古民家レストラン(伏原氏の奥さんが経営)を訪れてから万葉集を紹介されています。最初の紹介歌は「紫の名高の浦の靡(なび)き藻(も)の心は妹に寄りにしものを」現代訳:名高の浦の藻のように心はすっかりあの子に寄っているのだよ(巻11-2780番歌)。

奈良時代の様々な人々や平安貴族達は和歌を即興で作り、ヨーロッパなどではサロンで即興的に音楽を作曲して、それぞれ歌にして披露しあっていました。今も短歌や俳句の会、種々の音楽会などは色んなところで開催され人々が交流し、私は内外の音楽祭において人や音楽との触れ合いを楽しんでいます。人が集まるところには歌があり、そこから生きていることを実感する「楽しさ、喜び」が生まれるものと思います。(2024.8.8)

進化について

 

パリオリンピックで日本の若いアスリートたちが活躍しており、その成長ぶりには目を見張るものがあります。最近マスコミなどが頻繁に「進化」という言葉を使っており、医学・生物学に携わるものとして少し違和感をもつところがあります。本来これは「進歩」というべきところですが「進化し続ける新オリンピック競技:スケートボード」「ますます進化していく世界の若手選手たち」「次はもっと高度なことが出来るゲームに進化させる」「○○玩具の進化系」など。生物学で扱う『進化』とは、本来目的を持って変わるものではなく、自然や環境に対して生存してきた個体群の形態における「結果」であるものなのです。Wikipediaによると、進化とは「生物の形質が世代を経る中で変化していく現象のことで、個体群内での遺伝子頻度の変化を伴い、個体内の発生上の変化である成長や変態とは異なるというもの」です。つまり、色んなものが突然変異的に作られるのですが、そのうち環境に適するものだけが偶然に生き残ったという考えで、最初からこれを作ろうとして作ったものではないわけです。また進化は環境に適するように変化したということでは、常に向上的に働くものではなく、暗い所に順応して目が見えなくなった「モグラ」は「退化」したことにはなりますが、これも進化のうちに含まれるのです。

進化のきっかけはやはり遺伝子の突然変異で、まずこれが起こるわけですが、ここでチンパンジーから我々人間の脳が巨大化して進化してきたメカニズムが最近分子生物学の面から解明されたので紹介します。人間の脳は先祖である類人猿、チンパンジーの約3倍の大きさがあり、このためはるかに高度な様々な機能を獲得するに至りました。ベルギーブリュッセル大学の鈴木郁夫博士が遺伝子解析から初めてこのメカニズムの解明に成功されています。2018年科学雑誌Cellにて「NOTCH2NLB」遺伝子を初めて人間のオルガノイド(幹細胞を使って作成されたミニチュアの臓器)にて発見されたのです。この遺伝子はアカゲザルやゴリラ、オランウータン、チンパンジーなどで発生しますが、機能をもつたんぱく質を発現する遺伝子NOTCH2NLA,B,C,Rは人間にしかなく、おそらく300万年から400万年前から徐々に進化して人間に発現するようになったということです。この遺伝子は神経幹細胞を誘導し自己複製の結果、脳神経細胞の発達に寄与したものと考えられます。(2024.8.8)

鈴木郁夫ら:Cell, 2018より 人間の祖先である類人猿のNOTCH2遺伝子からのNOTCH 2A,B,C,R遺伝子が複製されて新たな神経幹細胞を作る蛋白質が生成されたと思われ、これが脳発達の進化につながったのではないかと考えられる