はぎ落すタイルの下に柱あり祖等炊ぎし煤の沁みたり
トラックに放らる瓦の砕けおり幾代過ぎし苔のむしいて
三世代住み来て我の継げる家沁みたる煤は黒く艶もつ
おやびとの炊ぎし煤の沁む柱ユンボーはたちまち引き倒したり
土煙にかすみて倒さる柱あり裂けゐる音の聞え来りる
株で得し金は株にて失ひぬ天向ひて笑ひゆきたり
翅の音曳きゐる蜂と蜂を待つ花咲きうらうら光りの亘る
雨の止み光り射し来て花めぐる蜂の翅音の早も飛び交ふ
谷底の小さく咲ける花いくつここに飛び来し蜜蜂のあり
実をつけし重さに穂先垂れ下り春生ふ草の茎伸び切りぬ
春は黄と片山さんのうたひたる草も大方実を結びたり
畦草の中に茎伸び枯るるべくだいおうは葉を紅く染め初む
おのずから伸びゆくものの艶をもちキューイの蔓は柵を抜きたり
畦草に首突っ込みて嗅ぎおりし犬は一枚の葉をしがみたり
朝よりの雨に訪ひ来る人の無くおのずからにて瞳の深し
泡を生み水の落ちゐる音ひびきしずかなる野の歩み向けたり
すりガラスの明り俄に増し来り止みたる雨に瞳放たる
朝よりの雨にしばらく目を閉じぬ人に会はぬも放たれており
新しき花飾らるる大師像きびしく罰をあてる故らし
身の終りを意味せし年貢の収めどき農夫は年々経たる事にて
願へるは己が幸せ幾人か花を供へててのひら合はす
野仏は鼻の欠けいて傾きぬ罰当てざれば人の願はず
腰かけて休める場所も備えあり罰のきびしき大師を祀る
罰あてる大師に花の供えられ我は忘らることを願ひぬ
花の山の人に従きゆき吾の目は枯れたるままのすすきに向ふ
天づたふ月を映せる水おもて至り着かざるおもひに澄みぬ
飲み了へし壜の卓上に置かれいて空しきものの透きとうりたり
目を閉ぢて瞼むくみし重さあり常より内の思ひくらくて
犬の声止みたる夜のしずけさに閉ぢたる本を再び開く
実の撥でて枯れたる草は吹き来る風のままなる傾きもちぬ
饒舌の尚言ひ足りぬ女等は手を振り合ひて別れゆきたり
奪ひ合ふ言葉に悪口言ひおりし女等いきいき帰りゆきたり
山桜散り落ちて晩春の葉群の中の一つとなりぬ
半年を梢にありて散り落ちぬこの精緻なる葉脈なして
散り落ちる一葉がもてる葉脈の精緻を畏る問ひゆきたれば
いたずらを共になしたる言葉にて禿と白髪た笑ひ合ひたり
花が咲きてあるを知りたる山桜このさびしさに向かひ立ちたり
先生と言ひたる声に見廻して我を見おれば返事をなしぬ
山桜花散りおへて葉の紛れ紫の房藤の垂れたり
山桜散りたる山に藤の房花むらさきの静なりけり
花明りして山の桜散り藤の紫は近寄りて見る
畦に咲く黄の花数の減り来り泡立草は年々低し
滴垂る柿の老ひたる幹黒く萌ゆる若葉は雨に透きたり
飛び交す羽根の唸りに花咲きて堤に春のたけて来りぬ