無題(2)

山青く空気うましと掲げゐてこの村多く老ひと行き合ふ
愛郷のポスター掲ぐ駅前の店閉されて扉錆びたり
こころざし遂ぐを得ざれば昏れてゆく光りあつめて湖白し
空とつち別るるところに葬らる我なれ若き瞳とどきし
プラットに春光わたり脚白き女は脚を見せて過ぎたり
採石の山見え急坂登り行くトラックは山の蔭に消えたり
急坂を上るトラック岩蔭に消えてゆきしが出でて来りぬ
戦跡と書かれし標柱文字うすれ叫喚ここにありたりしかな
うまきもの食ふが生きゐる口銭と言へり唇あぶらに濡らし

これからが生きどくなりと友の言ふ唯飲食にすきてゆかんを
つねにつねに光りは影を伴へり土堤より橋の裏側が見ゆ
食堂に並びて食へる何の顔も唯一様のひたすらにして
留守居する妻に電話をかけおへて眠りゆくべく灯りを消しめぬ
灰色の空に影なき電柱のありて一人の朝餉に向かふ
炎がよぶ炎のたけり激しくる情に似ると思ふさびしさ
枯原に畝作られて人植えし甘藍の葉のみどりがありぬ
アパートの窓に吊るされ灰色のシャツは男一人が住まふ
このところ村を見下す松ありき朽ちたる後の何も残らず

団員が二人になりしと山峡のこの村今日より青年団のなし
愛の字をふれあひであひなぞに附す易き心も我は読みいつ
席を求め車内をゆききする人等我はかかはりあらぬ目をもつ
生活の手助けなどと高利貸の看板立つを都会といはん
ガラス一つ距てて雪に肩すくめ着ぶくる他者の歩みすぎゆく
憎しみて死にゆきたりと憎しめる力をもちていたるしあはせ
作られし菊の華麗に目の疲れ素直な畦の花と思ひぬ
口開けて眠りおりしか目が覚めて腔内いたく乾きておりぬ
目が覚めて口角濡るるに手の触れぬ涎たらして我は寝ねいし

汲取りの蛇腹のホース蠕動なしこの家の人生きのたくまし
工夫等は出でてゆくらし階段に乱るる音のしばらく続く
潮ひきし岩にとび来し数十羽千鳥は穴をつつきはじめぬ
魚を売る女等喋りつ乗り来り一人の旅は瞼を閉す
一掴み出してくれたるペーペーを分けおり戦時経て来し我は
山なみのなざれて ひく中腹に村あり後に墓を並べる
貨車が過ぎ特急過ぎてわが乗れる列車はドアを閉しゆきたり
板距て底ひ知らざる海の水白き漁船は出でてゆきたり
日の当る石に坐りて母親は背の子を抱き替え乳房出したり

差し交す枝に小暗き峪となり岩間を水の激ちて白し
この山に執念く生きて枝継ぎし木地師と言へる人等もなしと
冬眠の虫は今日より出でくるといにしえ人は暦にしるす
室の掃除これからするとふ妻の声庭吹く風へ出でてゆきたり
月宮に姫住まはしめいにしえの人等は天を仰ぎ見たりき
自転車の幾台並び酒店に立呑む人等灯りに赤し
酔へる顔灯りの照し一日の仕事を了へし人等立呑む
仕事了へ帰りに寄れる酒店にコップの酒を一息に呑む
二杯程コップの酒を立呑みて充ちたる顔に出でて来たりぬ
いちにちを働き寄れる酒店のコップの酒に眠らむ人等は
夏の夜の明けて死にゐる虫無数虫は虫にていのち継ぎきし

2015年1月10日