病惨を見らるは家族だけでよし見舞断るはがき来りぬ
やつれたる姿見らるを断りし君が心は瞼を閉す
奥さんが見せて下さる病床記文字乱れぬは心しずけし
読み進む病床日記ときおりに大きな文字に書きつけたるは
綴られし病とたたかふにちにちの文字の乱れの増して来りぬ
端正に書かれし文字の時として乱れ見ゆるは迷ふこころか
常日頃語られざりし奥さんにかけし労苦も返し記さる
削れれし山に思ひ出重ねゆき鳥鳴く声に歩みとめたり
外燈の明りの中に動き出て蛙は集ふ虫をくはえぬ
美しく花咲く草を育てんと周りの草の取り除かれぬ
たどたどとむく皮らしき見ておりし女はむいてあげると言ひぬ
しずしずと陽は西山に沈みおゆ雲に茜の色移りつつ
春となる光りの呼べる原の声土筆は土を被ぎもたぐる
雲の割る光りの差して紫のすみれの花のありたりしかな
醒めてゐるひとりの瞼を閉ぢており風鳴る音は夜底に消ゆる
掌に種子まろばせば色刷りの袋の赤きはなびらありぬ
明かに水に梢の写れるをときに乱してふ小魚泳ぐ
風にまろぶ紙を子犬の追ひ走り畦のよもぎの緑増しゆく
明かに松の緑の写りゐて堤に一人の歩みなりけり
草枯れし池の堤の風冷ゆる冷ゆる瞳にながく立ちたり
背の温む光りとなりて冬眠の虫ひそみゐる土に泌み入る
頬撫でる風の出で来て小波の池のたひらなおもて渡りぬ
さきがけてすみれの白き花の咲き髪をなぶりて風過ぎゆきぬ
疲れ来しあくび押へつ百貨店歩き足らざる妻にしたがふ