のぼりたる体重計の針の先生きるいのちの揺れいて止まず
置かれいるガラスの瓶の半ば程区切りて水は明るさをもつ
右足の指に歪みし靴拭きぬ明日より長期出張に出る
根を伸ばすガラスの瓶のヒヤシンス水のふふめる光りに白し
雑草のはげしき萌しをくり返し妻にこの夏過ぎてゆきたり
ゆるゆると風を孕みてカーテンのふくらみ来る涼しさにおり
陽の亘る庭となり来て鶏頭の真紅の花が庭を統べたり
ふくらめるカーテンの裾より流れ来て風は読みゐる瞳を冷す
釘打ちし鉄の臭ひの洗ひたる手に残りゐて夕餉に並ぶ
ホースよりほとばらしめる打水のとどく限りの口を絞りぬ
ホースの口絞りて水のほとばしる唯それのみに吾が背の直ぐし
卓に置くガラスの瓶の水満ちて涙と同じ密度に光る
涙のごとガラスの瓶の水満ちて昨夜一人の卓にありたり
設計の紙に引かれし直ぐき線山を貫くトンネルにして
朝顔の葉の枯れ来り吹く風の瞳締まれる冷えをもちたり
ひしの実を採りし童は爪をあて歯をあていしが遠くへ投げぬ
残りたるいのちは赤き鶏頭の花の炎に瞳置きたり
彼処より一人とならん岐れ道見えいて変らぬ歩ゆに歩む
手を振りて岐るる道を過ぎしより我の歩みの少しく早し
走り寄る途中に切れし電話器の我に関る何のありたる
いちにちをおへて門辺に見はるかす住み在りなれし山亦草木
客の背の消えゆきしを見定めて我となりたるあくびをなしぬ
出合ふ人何の人も知る人にして村一軒の店にと通ふ
大方は老人にして村の店ながくかかりて物を撰べり
殺意なぞ誘ひもちて三日月は細く鋭く冬空に研ぐ「光りを研ぎぬ」
何買うたん買物袋をのぞき見て出合ひし人は挨拶とする
挨拶をされて出来ゐし歌一首思ひ出し得ずかへりゆくかな
遺伝子の不思議を読み居りわれが持つ遥かなる過去はた亦未来
身がもてる過去と未来の果しなし読み了へてわがおごそかに坐す
果しなき過去と未来を包みもつ我と思ひぬ今と思ひぬ
大寒の氷重なり刺し合へる光りを見つつ家路を辿る
曝ひ切りて白く光りを交しゐる草の堤を再び歩む
濡れてゐるところは青き苔保ち冬の小川の杭の立ちをり
耐へ生きて何のあらんと言ふならねストーブに掌かざしゆきつつ
大きなる声に吐きたき思ひあり記憶は恥の多く残りぬ
虚ろなる言葉の交しに移りゆき残る記憶は恥の多くして
照らしたるライトに振り向き輝きし顔をしばらく保ちてゐたり
灯を消して寝床の中に背を丸め眠りを待てるわれとなりたり
山際に日を溜めてゐるなだり見え曝れたる草の光りを返す
忠霊碑風に冷えゐて弾丸に死ぬ痛みを知るは減りて来りぬ
不思議なるものの一つに裸にて走り居りしが口紅をぬる
おとがひの角の張りきし女にて如何なる由の移りもちたる
一すじの髪の乱れに目を止めし女は亦も櫛を出したり
数多き髪の乱れの写りたる少女は亦も梳き直したり
飴なめて無 の時を満しをり包みもはぎし手の皮たるみて
枯草に火を放ちたり地の中に新たな春を待つもののため
炎あげ枯れたる草は燃へてをり新草育つ灰と化しつし
灰となり新たな草の肥となる命か野焼の炎爆ひつつ
おれの悪口当然言ってゐるだろうおれも他人のあらが見えゐる
みどりごは固く握りて泣きゐたり掌紋如何なる運命をもつ
腹満たし一人の室に戻りしが机の菓子に手を伸ばしたり
八つ橋の歯に立つ音に一人なる時をしばらく充たしめてゐつ
鳥の声何処かへ去りて降る雨の音も閉せし室に届かず
根を伸ばし枝を拡げて松のありひたすら己れの大を励みて
沈丁花咲かせて厠ありたりき竹の蔭より人入りたりき
拡げたる翼のままに飛ぶ鳶を眺めてゐしがとぼとぼ歩む
テレビにて体によしと報ぜると納豆売場に人の集ひぬ
テレビにて体によしと報ぜられ鯖買ふ人の朝より多しと
八つ橋が一枚多く包みあり笑うてはならぬ頬のゆるみぬ
自転車を押して登れる老人の登り切る迄眺めて居りぬ
犬連れて歩みし土にのこりゐる二本の脚の大き足裏
伸びてゆく夕の影の頭のあたり闇に消えゆき我は歩みぬ
草の枯れ水枯れ大きな水管が地の堤に口開けてをり
犬の声止みたる夜中亦鳴きてうつろとなり闇を満たしぬ
針尖かに突きたき乳房のふくらみにゆれつつ女通り過ぎたり
ペンをもち頬杖つきてゐたりしがせんべいかじりて立ち上りたり
生きものの眠りに入らん闇の中背中丸めて我の寝ねをり
開きたる眼に魚の並べられ泳ぎて見ざりし天に向ひぬ
あごの骨動きて噛みし幾億回一人の男生きて来りぬ
葉のみどり縫ひて下れる光る条仰ぎて眺むるものはかしこし
降り止みし溜りの澄みゐて光陰の流るる雲を映してゐたり
水管に流れの絶えて冬久しゴム手袋が泥に乾きぬ
戴くといふ字をおもう与へたる童は掴み走り去りたり
海に迄かへらん水が降る雨の流れて草にかくれゆきたり
出会ひしは尊かりしと過ぎし日の還りて来るこの頃にして
落ちし葉は風に走りて消えゆきぬ知らざるいのち運ぶ夕暮
落ちし葉は風に走りて消えゆきぬ夕は知らざるいのちを運ぶ
こまやかに空に競ひて立つ梢白きもまじり冬の陽の差す
枯れし草映れるかげと照らし合ひ澄みたる冬の池の明るし
秋の水冷えたる風に澄みとほり我は洗はん頭蓋もちたり
羽博きて羽ばたき帰る鴉ありなへて夕日に向ひゆきたり
夜の灯に鎌を研ぎゐる人が見ゆ指当て透かし亦も研ぎたり
赤き顔灯りに照し飲居りし人等次第に声高となる