動脈瘤の入院

動脈瘤不治の病と告げられて語らん思ひもたぬすがしさ
治すことを思ふ用なき病にて朝は朝の光り浴びをり
明日のこと思ひ煩ふことなかれ煩ふ用なき病に罹る
酒少し塩分少し魚少し老ひし体はおのずからにて
おもむろに歩み運びて咲く花の透きゐる白を眺め病みをり
今生きる思ひに喉を下りゆく渇き癒やせる冷えし水あり

新たなる芽の出るところに枝曲り大樹は空を覆ひ拡がる
墓石を抜け出る如く光り曳き蛍は闇をさまよひゆきぬ
この広場に埋立てられし沼ありてえだらにどんこすみてゐたりき
餌を獲る頭と口の大きくて山池のどんこ肉のやせたり
山池に頭の大きなどんこ居て肉の少なき胴をもちたり
埋まりてゆけるいにしえ神の名の残りて土のわずかに堆し
生きし日の眼をかっと開きゐて魚は店頭に並べられをり
死の淵の深さ覗きて生きてゐる日々の高さに思ひの至る
死の淵を眺むる眼を返しゆき生きゐる高さ限りのあらず
毒もつと標示をなせる黒と黄の背を輝かせ蜂は屋根越ゆ
忘られてゐること淋しさ淋しさを超えん呼吸をながく吐きつつ
己が歌に見出でたる魔にたじろぎて陰うつな歩みを運ぶ
二百億儲けし記事を読みてをり御飯にすれば何杯だろう
ふかぶかと羽毛の布団にくるまれて朝の十時に目を覚ませるか
鳥は木に森は大地に昏れてゆきくらめる声もいつか止みたり
露いりて葉末に置きて降るとなくはるかな塔はかすみて並ぶ

開きたるてのひら乾きてゐるなればてのひらの歌作りて寝ねん
年重ね空にそびへてゆける樹をかすみ初めたる眼に見上ぐ
殺すことを意識して殺す年となり壁に止まれる蚊をたたきたり
大空のはてなく深きを見上げをり鳶一つ舞ふさびしさありて
塗箸に挟みしに煮豆の滑めり落ち記憶はるかな力ある指
新緑の霞みて淡くそよぎゐる光りを時に内にこもらす
たたなはる山はもやひにうすれゆきはるかな稜線一すじ青し
庭隅に白く覗きて草の芽の土割り出づるは力の強し
窓を拭きて虚ろな我の眼の写り外は夕の山暮れてゆく
何処にも我は用なきものにあれ夕の闇に包まれてゆく
一に金二には歌作得ることの易きを順に挙げて思へば
限りなき深さとなりて山の池さすらへる目に青く澄みたり
幼な子とたはむれたくて正月の雪はふはりふはりと落つる
半眼を開きしままに動かざる眼ならんと坐りゐるかな
うねりつつ競ひ流れてゐし水は淀みに入りて木の影写す

ひらすらのみに彫りゆく木片は怨める鬼の面となりゆく
恨みもつ心を面に刻みつけ清しき顔に立ち上りたり
残りなく恨み刻みし鬼の面作りて清しく立ち上りたり
抱えたる頭より落ちし雲脂の跡汚点となりゐて本の在りたり
飯食ふと立つときのみの正確になり来しわれよ笑ひの苦し
よべ降りし露を置きたる庭の木の青あたらしく朝光差しぬ
双の手を合はせて頭垂れてゆき伝へ伝へし神への祈り
運命を垂らす紙札木に結び石の階段人等下りぬ
運命を告ぐる紙を見せ合ひて各々己が歩みを運ぶ
舗装路を割りて出でたる草の芽の細く淡きが光りを透す
新らしとは如何なることとあぐみゐて窓開けあらたな空気を入れぬ
流れゆく水は光りを躍らせて早苗を植ふる田へと入りゆく
波立てる水は群れゐる魚にして池に沿ひたる坂下りゆく

空映す水を張る日に田植機は見る見る早苗挿してゆきたり
桶を抜くと布令のありたるこの朝光りうねりて水の流るる
畦直ぐく区劃整ふ田の並び流るる水の淀みのあらず
水渡る土を均せる機械見え水平かな田の面を開く
早乙女の並び植えたる記憶もつ田植はちらほら機械が動く
二、三日に田植の終りて一望に早苗のそよぐ田となり並ぶ
得る金は機械の代に消えゆくと笑ひておりし泥を落せり
しずかなる微笑の如く夕波の白く光りて闇に消えゆく
雪落ちしばさとふ音の後絶へて涯なき闇に耳の澄みゆく
明鏡はくまなくしわを映しをり我におぞましく我ある勿れ
とこしえを現はし居らん我なりや鏡の中を歩みて来る
夕されば床机を出してながながと寝そべり風に委す目を閉す
重なりて居りし葉を分け花びらはおのが姿を開き咲きたり
生れ来し故のあはれの動脈瘤病めるは生きる証にあらん

空洞となりて老木立ち居るを過去うすれゆく我の向ひぬ
たるみたる肉塊ようやく運び居り八十余年生き来る果
破れ易き紙にてはなを拭ひたり我より出ずしもの疎ましく
儲けたる金は何する当もなし売るのは高く売らねばならぬ
覚えざる男が話かけてくる過去を引摺り生くるの一つに
春の日の営として花敷の落ちし跡より青き実の覗く
包丁にやすく肉の切られゆく泳ぎもちゐし柔らかなるは
訃報あり君はこの世に居らぬなりわれはわが死に思ひの沈む
うかび来し君の笑ひて居りし顔訃報を机の上に置きたり
怖いから怖くないといふ言葉間に挟み死を誇りをり
天つたふ差して来れる億光年星の光りはわが目に届く
平かな池の面の一ところ魚の群れゐて波?みなし
小さなるつぼみと思ひゐたりしが重なる葉を分け花開きたり
タイヤガラス青く輝き窓外はもゆる日差しに早苗のむかふ

水の香を胸に満たして白鳥を象どる船は風を切りたり
八王子神の名のこり池にdすむ魚は異国の種属の住むと
太き杭打ち込まれをりゆるぎなきものを詠むべきわが歌の為
毒と聞く茸が今日のふくらみをもちをり即ち蹴り飛ばしたり
突風に飛びたる帽子に足早め弱りし脛に思ひ移りぬ
太き茎大きなる葉にひまわりは夏の日差しをむさぼりてをり
おのずから出でて来れる言葉あり己れ充たして一人ゐるべし
水底の意志の光りて泳ぎゐる鴨にゆれゐる影の届きぬ
光らざる電池をおもふ電池入れ光り放てる灯り携げつつ
夕焼けの詞に赤く夕焼は唄へる声とひろがりてゆく
澄む水の底を知らざる青き水たたかふ我となりて立つかな
報ぜらる世界の流れ株の値の資料となして我は読みをり
株の値に写して動く世の流れ読みつつこれに過ぎるはかなさ
散りてゆく日の近づくを知るようにうすき花びら震へてゐたり
くれなひの花体一片ひとひららを散らして風は走り去りたり

黒雲は憎しみもつごと急速にふくれて空を覆ひゆきたり
雷鳴が黒雲おこし黒雲が雷鳴呼びて窓を震はす
わが乗れし汽車の向へる山蔭にとびゐし鳥は消えてゆきたり
戦場になりたる後を基地となり骨髄に生るる平和を叫ぶ
共産圏に直と向きたる沖縄の宿命おもふ戦場に基地

2015年1月10日