無題(15)

年々に人の寿命の伸びてゆき溝に跳びゐる蛙減りたり
花の上に花咲き花の盛りをり朝の光りはさんさんと降る
警戒の耳を立てれば悪事犯そこここにゐる音の夜に立つ
サイレンの音消へゆきししばらくを死の影淀む夜の闇あり
流れしはわれの言葉が水管の空涸として冬の野にあり
歳月は肉を削りて脚細く裏山の坂立止まるかな
突然に大きな声の聞へ来て水引草のくさむらにあり
青空を高く舞ひゆくとびのあり老ひたる今日も心養ふ
寿の穂の伸びて来りて空耳に雲雀は声を雲に昇りたり
一日を寝て思へばまがまがしあると言ふこと食ふのいふこと
たんぽぽの黄の花かすかに首を振り春の光りはなざれて来る
昨日もぎし畑より茄子を今日ももぐ天の手呂は解く街のなし
水に映る白鷺貴くあらしむと神は堤の草を植しぬ
柿の葉に移れる茜の限りなく肩にふれしを掌に持つ
水口に水注がれて土黒く命養ふ変貌遂ぐる
仮借なく殺す己れの声砕き爆撃は日々に激しさを増す
研がざりし錆の浮びて包丁の厨の棚にかけられてあり
生れきて死んでゆくのを謎として脚の細まりしはもち来る

少年はうつむき石を拾ひたり殺めん礫となさんがために
しめ切りし筈の廊下に雨蛙跳びて夏への心構へる
脳検査なしたる医師は盲目となる運命を惜しみられたり 
書きし人刷りたる人等びっしりと並びし本を読めぬか知れぬ
盲目となりて如何なる明日の来る今日の思ひは今日にて足れり
枯れし木に肥料与ふる如くにて目の栄養剤を買ひて来りぬ
雨に濡れ柿の若葉の明るくて呼びたき人の影を見廻す
全盲になるかも知れぬと風前の灯火のごとし医者の診立ては
全盲になるかも知れぬと医者のいふ対応咄嗟に浮び来らず
見る力使い果して眼底の毛細管より血の沁み出でゐると
鑑真や秋成白秋などの名が一瞬胸に去来なしつく
右の目の毛細管の出血が赤く画面に写し出されぬ
詠むことを禁じられたる目を持てば切々文字に命生きたり
何処にも文字の氾濫読むことを禁じられたる眼持ちたり

素晴しき頭脳をもつとCTの検査データ告げて言ひしと
少年等つぎつぎ駆けて過ぎゆけり明日へと伸びる淀みなき足
登りゐし車眼下に千尋の万緑の谷を展げてゆきたり
一望に収むる万緑山頂に立ちて吸ひてははき出したり
幾曲り登れる道の途中にも家や田のあり人の生き継ぐ
後にてと思ひしことは皆忘れ呼びゐる声に立ち上りたり
目の力使ひつくしておとろへし網膜より血の滲み出ずると
全盲の可能性あり風前の灯火のごとと医師の見立てぬ
ことごとく空気をはきて深く吸ふ風は深まる緑運べり
這ふ蟻の姿の見へず地上より生命消へゆく我が庭となる
谷川のせせらぐ音に歩み寄せ今日の透明眺め来りぬ
透明のガラスの窓に立ちてをり過ぎゆくものはふり返り見ず
窓開けて緑を早苗田競ひをり病める眼よ暫くいこへ

目界の暗くなり来て幽玄の世界に遊ぶ日々と思ひぬ
朝納豆に入れる朝のきざみ葱鼻つき上げて土の新し
厳粛な顔して誰も噛みてをり思へば食ふは神聖にして
眠るごと死ぬると医師の言ひたるをときに思ひ出生きてゐるなり
呼びてゆく風は早苗を渡り吹く空の熱気をさらひゆきたり
小波を立てゐし夕の風止みて山明らかに水に映りぬ
生れしより定まりゐたる今日の老ひ澄む緑陰に歩み運びつ
病める目にめぐりの暗さ増してゆき降りゐる雨の音立ち初むる
白鷺は羽根ゆるやかに飛び立ちて降りゐる原に人影を見ず
大きなる山が養ふ大きなるいのち見開く眼に立ちぬ
個性追ふ短歌呼ばれ幾年か孫子夫婦の傾斜強まる
窓開ける度に田の水波の立ちおたまじゃくしはかへりたるらし
汗拭ふ涼しさ風の入り来り椅子に体を?らせゆきぬ
ほうりやりしパンを目に追ひをりし犬跳び上り口に咥へ捕りをり
雲白く雨降り止みて幾羽かの鳶飛交はす空となりたり

きっちりと覚へてゐるは食事にて大方忘れこの頃生きる
小ねずみが動いたと思ふ錯覚に病みの深まる吾の目のあり
昼凪に夏の暑さのどっと寄せ再発したる去年の記憶をただす
逞しき腕となりゐて井戸掘の工事の指揮をとりてをりたり
世を生むは鎌やつるはしの先ならず顕微鏡の映す中にて
新たなる技術に鎌やソロバンの生産遂はれ絶へてゆきたり
中国や新たな技術に生産を遂はれてほそぼそ年金に生きし
新たなる技術の生るる速くして職追はるを傍観するのみ
株投資のみが直接生産に関りて他は徒に眺めゐるのみ
株式と生産のつながり知らざれば日本の生産資金の足らず
その昔貯蓄は国のためなりき株式投資と今は移りて
幼な児は足踏み出せり世の中に出でねばならぬ第一歩にて
設備より研究費用上廻り日本先導の形を整ふ
いやなもの問ひつめゆきて我に帰り椅子に頭を?らせゆきぬ
退屈と思ひて壁を見廻して己の怠惰に突き当りたり

下手ながら懸命の気魄伝へくるみかしほこれでいいのだと閉す
窓前を過ぎてゆく声秋に入り食欲戻りし声の聞こゆる
網膜を緑に染めて山行けば緑波立ち人の出でくる
露を集め飲水つくる如くにて失ふ明りに文字を集める
定やかに見へねど爪を的確に切りをり永き体験として
くり返し読みてをりしが読み終へて亦読みを考へると定むる
もう一行と腰を浮かして読みてをり先の短きどんらんとして
朝窓に早も巣を張る蜘蛛の居て黒と金との体光らす
太陽と土の力に育ちたる葱青々と刻みゆきをり
刻々と亡びへ時の移りつつ待たれて明日といふ日のあらぬ
さぐる目に犬はしばらく見てゐしが何もくれぬと離れて行きぬ
年々が初体験にて生きるべき八十四の調和を知らず
舌先につぶす皮より夏の陽のなれるジュースの流れ中に拡がる
甘きジュースつくるブドウを作りたる人の技術に思ひを致す
取り出せし麺棒の軸歪み見ゆ目を病むこの淋しさとして

綿棒の軸歪めるはわが目病む世の歪めるも斯くの如きか
メガホンを当てゐる群れ熱狂に飢へたる怒号空駆け廻る
足の靴腕の時計も見直して用足す外へ出でてゆきたり
暮れてゆく空に群れゐて高く飛ぶ鳥あり北へ帰りゆくらし
侯鳥は帰りゆくらし残暑まだきびしき空に高く群れ飛ぶ
過ぎし日は捨てねばならぬ新聞のひと月余りの量を抱へぬ
ひと月の世界の興亡伝へたる新聞の量たかきを捨てる
秋成は金無き故に無理に書き雨月物語世に現はれぬ
いる時があるかも知れぬと取り置きしものを捨つべくまとめてをりぬ
自分より高い処にゐる者を引き摺り降し並ぼうとする
自分より高いところにゐる者に登ってゆきて並ぼうとする
時永く築きし声の呼びゐるを聞き得し者のしあはせにして
すきとほるコップの水は仰向ける命を作る喉に入りぬ
刻々とあかねの色の移りゆきひと日全く夕暮れゆく
全盲かも知れぬと言はれて蒼月光り入りくる眼を開く
有に非ず無にあらずとど絶対の死を超へたるを真人といふ

わが肉となりゐて過ぎし日々のあり追憶は全て甘美なるもの
ぼくのやと幼児泣きをりぼくのやの言葉何時より生れて来る
もの全てぼくのものらしかき寄せて入り来しものに幼な対へり
輝ける蜘蛛を浮べて青ふかし大きな空はそこひのあらず
稲の熟れいつしか風の冷へをもち本を読まむと窓開け放つ
甘さ増し熟れたるいちじく戴きて潜める舌の躍りありたり
網膜が衰へきりをり眼鏡など掛けても無駄と医師のいいたり
水草の茎につきたる垢小突く魚に小波渡りゆきをり
背広着て頭しずかに下げてゐる最早隣の童にあらず
背広着て襟首清く立つ男最早隣の童にあらず
背広着て見へし隣の男見つつ人は今より今に生きゆく
背広着て挨拶に来し青年の今日より新たな瞳を開く
幾度か断層持ちし生涯を最後の老ひに締め括るべし
徒に通り過ぎたる断層と机の前に瞼を閉す
何となく大きくなりて何となく結婚をして死へと向ひし
目より入る文字が視覚の細胞となるべし幾多郎全集を読む

生死する命過ぎゆく生命は己れ否むを生みて死にゆく
死の口を開く時行く生命の四十億年の演出として
人生を意識の深さに求めたり捨てて現はれ来れるところ
増へてゐる数字見をいこれのみに営もてる如き淋しさ
至り得る限りを究め死にゆかん我の命の望めるところ
おとろふる視力を愚痴る我のあり東条川にまとめ捨てたり
買物に行きゐる足の確かさに人を追ひ越す歩みもちたり
無理すなと子に叱られて早々に寝床に入り舌を出したり
貴方等は世界の中に生きてゐる私は世界が中にある
古への王侯超へし径の有など膳に並べて箸をとりをり
動きゐる時計の針も我を追ひ来らん人への返事を考ふ
何がなし暮れてゆく陽に歩み出で過ぎてゆきたる今日を眺むる
無精髭生やしてをりし田中才三あごを撫でる時に思へり
記念写真撮りしズボンの襞の蔭が脚細くなりしものかな
斉唱は一つの声となりてゆき杉立つ谷を越へてゆきたり
昨日より聞きゐし言葉白鷺の羽根に乗りゐて超へてゆきたり

地を潜り水清らかに湧くものを再びの言葉我にあるべし
飛ぶ鳥は自在に空を飛び交ひぬ言葉を探す見上げゐる上
タクト振る弧線は自在に空流れ斉唱は一つの声となりゆく
飛ぶ鳥が運ぶ言葉の自在など晴れたる空を見上げをりつつ
母鳥きて空晴れわたり日本の養ふ来りし言葉を探す
並びゆく黒人の目と見へてゐる違いを思ふ歴史を思ふ
遊ぼうかと幼は門より呼びてをり集合は人のおのずからにて
葉をもるる森の光りの寂けさが生みし瞑想なども思ひつ
我が宇宙宇宙が我と確めて世を去ることができると思ふ
這ふがごと出で来し顔にまだ失せぬ神気ありて暫く話す
それぞれに待つ運命を思ひやる子等は漫画を笑ひ読みをり
湖の渚に鴨の眠りゐて吹雪の怖れなしと報ずる
ふり向けば今来し方に草紅葉夕の光りに透きて照りたり

貫きて口より尻への管のありそこのみ生きる我と思ひぬ
何のその百万石も葉露乞食も憐れむ一茶詩ひし
白鳥が運び来りし空の晴れ窓を開きて本を開きぬ
一刀に三拝したる抜心生きゐてハイテク群を抜けると
一刀に三拝したる日本の心が一丁抜きんじゆくらし
それぞれの己に生きし高底に波打ち人の動きゆきをり
誰も皆宇宙の今を生きてをり比較するより不幸は生る
白鷺が運び来りて窓際に今日晴れたる光を満たす
ほほえみを運びて幼なが道曲る角より歩み早めて来る
その昔辻斬りありき誰にてもよかりし人を殺したる祖
呟きし今宵の?徹は血に飢へてゐる近勇覆面被る
早々に訪ひてくれしはギックリ腰寝床を這ひてお迎へ申す
衰へし体力まざまざひきつれるこの痛みに屈みて耐へる
この痛み一切空と言へるにあらず神の怒りに近しと思ふ
自ずから体そりくる痛みにて絶対αの有として我に迫りぬ
恐れつつ体漸くにじらせる漸く癒への兆し初めたり
絶対有絶対無のここに戦ふが癒へて来りて何事もなし
絶対空は絶対有より現はるが宇宙は充実し活動なすなり

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