恐竜ブーム

巨きなるものへの憧れ亡びへの怖れに恐竜展の賑はふ
この地上制覇なしたる恐竜の亡びに人の運命を思ふ
限りなく肥大なしゆく生命の終え亡びし恐竜嬌りに生きし
恐竜の怪異の姿眺めつつ人は共存へ思ひを運ぶ
大きなるものはいよいよ大きくなり亡びにゆける運命をもつ
この地上わがもの顔に歩みたる大きな骨を怖れに仰ぐ
人間よおごる勿れの声聞ゆ亡びし恐竜の巨き骨より
人間の極まる栄華如何ならん形に亡びの来るかは知らず
木の蔭に水を見てゐる人のあり散歩の足を寄せてゆきたり
突然に蛙跳び込む音立て春行く堤に一人なりけり
ひるがへる葉裏の白くはつなつの風は谷間をかけのぼりゆく
木の枝を雀飛び交ひ散る光りわれは出でゆく帽子とりたり
梅の実の尻円かに育ち着て山の緑は盛り上りたり
飲む水はほてりを洗ひて散歩より帰りしのみどを流れ入りゆく

喉過ぎる冷え明らかに散歩より帰りし胃腑に水の入りゆく
貫きてほてりを洗へる喉となりコップの水を仰向きてゆく
産卵に躍る魚より生るる子をブラックバスが全て食ふとど
目が覚めて窓に差しゐる日の光り布団を跳ねぬおのずからにて
殻を脱ぎ羽根もつ蝉は濡れをり目に展けたる果しなき空
殻を脱ぎし蝉ははるかな森蔭の鳴きゐる声に向ひ飛びたり
生きものの眠りを抱く夜の森明日の命は闇に養ふ
一人なる故に大きな我となり果なき空を眺めゐるかな
かへり来し田鮒と思ひ眺めしが動き早きは異国種らしき
鮒の子を食べし草魚の稚なきをブラックバスが全て食ふとど
戦のひもじき記憶食卓に並べる皿の何れか夢か

篠山旅行

知る顔の次々乗りておのずから車内を満たす笑ひ合ふ声
久しぶりに出合へる顔に漏れる笑み心開きし声の明るし
降るとなき雨に紅葉の色冴えて桜並木の色の明るし
大きなる屋根のどっかと大書院新たに篠山城跡のあり
山の芋椎茸大豆猪の肉口になじみし栗なぞ記す
バスを降り連なる人にいち早く焼栗試食と媼出しをり
石垣の石を採りゐて死にゆきし人等を小さき祀に祀る
めぐる壕に水の満ちて低き家大きなる樹を写すしずけさ
水に浮く落葉を打てる細き雨壕に一年暮てゆきつつ
経験とおもひて飲みし黒豆のコーヒー我の舌になじまず
約したる細大根の漬物とわが食ふしめにぶら下げ歩む
量販店電飾などを掲ふ店あらざる街と眺めて歩む
若者の少なき街かと電飾の見えざる街を歩みゆきつつ
神域に苔むす杉の茂く立ち宮居小さく古び建ちたり
我も亦移れる時の中なると古びし宮に拍手を打つ
葺く瓦詳しき屋根の家のあり崩れし土の少覗きて
手に重き荷物が心を満しゐて夕闇迫るバスに入りゆく
土と炎に表はる心知らざれば並べる陶を腰に過ぎたり

鈴成りの捥かざる柿の実赤く熟れ植えたる人との乖離に照りぬ
人の声乗せたる電波の密密と空に混めると大きなる空
物の力駆使して空を我となす航跡雲のひたすら直し
見廻せる目を導きて羽根そびへ木の天辺に鳶の止まりぬ
本を閉ぢ深夜を一人の凱歌挙ふ今日判り得し己が思ひに
草等皆枯れて岩間のすきとほる水を眼に帰りゆくかな
減食とヘルスメーター下りゐつつ一昨日もかく思ひたり
飛行雲鋭く空を切りし跡とんぼは急がぬ羽根光らしぬ
近寄れる我を見ること多くなり鴉はごみを啄みてをり
回復の願ひに点滴光りつつ針跡くろき腕に入りゆく
怠惰なる日々を病気にかこつけて自己への弁解なしてゐるかな
山上に播磨山脈見廻しぬ視界狭窄避けんが為に
癒えてきて腹の力のややに増ししずかに坐り得るべくなりぬ

黒土より掘られし葱は洗はれて養ひ来る白き根をもつ
土の何処に白き肌のありたりと洗はる葱に問ひにけるかな
十人のよろこびかなしみ揺りゐつバスは坂道登りゆきたり
ことごとく枝を切られし裸木が冬澄む空に風鳴らしをり
澄む水を踏みて濁せし溜りなどのありて買物下げて帰りぬ
気をつけて還れとわれも常識の言葉を出してん孫に手を振る
際立ちてひげ剃り落ちぬ改まる年の初めの剃刀替えたり
億年を地に成りたる油燃へ我は掌かざしゆきたり
アラブなる砂より湧きし油にて我の体を温めてをり
はるかなるアラブの油に手をかざし生きてゆくべき暖をとるかな
この地球半周なして来りたる石油と思へて手をかざしゆく
見も知らぬアラブの砂より湧き出でし油燃やして手をかざしたる
恩恵と祖先等言へり山に入り汗に薪を取りたることを
スイッチを押して炎の昇れるを当然としててのひら出しぬ
櫛の歯の欠ける如くといふ言葉さながら街はさびれゆくなり

アーケード破れて日差しもれてをり小売り革命に抗はんとしたる
店仕舞全品半値の赤き文字書かれて店前人影見えず
駐車場となりたる隅に黒川局と碑立ちて祀りたり
こわされし家の隣の古りし壁縄巻く升の朽ちしも覗く
シャッターを閉せるままの家のあり駐車場の一つ増ゆるか
知る人の感慨呼びて立つ墓が無縁の我と雨に濡れつつ
大きなる福を享くると和尚言ふ捨てて生きんと思へる我に
永遠の前に立てると思ふわれ更に恵まるものなどあらず
大きなる福とは何ぞわれを知る人との会ひあるかも知れぬ
私はあなたのファンになりましたと言はれぬ狐につままれしごと
上ぐる足大地に還るおのずから運ぶ一人の歩みなりけり
地球より足の離れて動きもつ我と思ひぬ歩みゆきつつ
上げし足大地に還る音立つる昏れゆく一人の歩みなりけり
地を蹴りて歩みゆく足上げし足地に還りして歩みもつ足
両極に時計の振子動きをり遂に決め得ぬ机の上に
おもむろに退へゆく病ひ目を閉ぢて命運ぶは我にはあらぬ

漂着のところに伸ばす根の出でて水草は岸の波にゆれをり
ひとの目を逃れ来りて人の目の無きさびしさに歩みてゐたり
はるかなる声にそばだつ耳となる人の声より逃れんと来し
大広場埋めて手を振る万の人互に歓声あふり合ひつつ
狂ひたく声挙げ手を振る万人の煽り煽られ広場のありぬ
昨日より日向に来りゐし猫はとがむる眼に我を見つむる
ゆるゆるとひれを動かす魚をり希ひし我の生き態にして
貫きて白く噴きゆく飛行雲大きな空を人渡りゆく
大空を白く貫く航跡雲人のゆかむは限りのあらず
雲一つ見ぬ大空と思へるに人行く航路余裕のなしと
熟れ柿の赤きが夕日に透けるとき柿右エ門の目の狂ひゆきたり
薪取る足に成りひる径なりき繁り朽ちたる雑木覆ひぬ
薪取る用なき山は忘られて入るを拒める草葉繁りぬ

ぴしぴしと音立て氷張りてゆき障子距てて闇限りなし
傘型に冬の梢の空を抽き来らん光りの呼び声を待つ
松食ひに朽ちたる杉の並び立ち薪とらざる山の荒れたり
氷張る下に張りゐる氷見え刃の白き光り走らす
曲る背となりて吹きくる夜の風昔の人は寒声とりき
イネゲノム解読完了スイス企業イネは日本であひかりしに
太陽の沈みてゆきて闇に湧く人の作りしきらめくあかり
十二月三十一日世紀末明けたる朝は新世紀にて
見はるかす方より寄せくる万の波大きな海は一つたゆたふ
太初より寄せては返す万の波海は一つのたゆたひとして
イネゲノム解読急ぐと農水省スイスに遅れとりしあせりは
食糧の明日を決めくるイネゲノム多くの人は読まざるらしき
如何ならん八十二才となるらんか初めてなれば大切にせん
新聞に西紀と皇紀並び載り我等重なる時間に生きる
風波形の残れるままに氷凍てて耳削ぐ風の光り過ぎゆく

生きゐるは罪の如くに涙垂り遭難船長状況語る
戸を開けて朝をこめたる霧深し日本に開くる未来のありや
新月の夜に番人首刈しと闇を裂きたる光り鋭し
鴨の毛のかたまり池に漂ふにしまる瞳となりて過ぎたり
太りたるこのごろなると思ひゐしが天恵のごと下痢となりたり
天辺に止まりし鳶はもつ羽根の及ぶ限りを眺め渡りぬ
大空に飛び交ひ舞へる鳶の群次第に高く晴れ渡りたり
山際に草の枯れ伏す他のありて汗に拓きし希ひを埋む
豊饒の藁を抱きて拓きたる畑にてあらん草に埋もる
新月は細き光りを闇に研ぎ番人首を刈りし夜なり
このところくちなしありき咲く花を映せし水の今も澄みたり
はつかなる緑によもぎ萌え出でて野焼の跡に日差し渡りぬ
夜を目覚め寝返り打ちぬおのずから反らん方を欲してゐたり
西暦と日本紀年を並び記しわれ等重なる時を営む
枯れ切りし堤の草にたれ下り氷柱は透明の光り走らす

窓ガラスに額打ちたり降り止むと聞きたる声に足の早みぬ
中心に向かひて渦の巻込みぬ悲しみは斯くの如くにありき
くり返し一首の歌を温めて散歩の終る家路を辿る
木せんぼの先に球当て走りゆき英雄新たに誕生なしぬ
思ひ切り声挙げ手を挙げ騒ぐを欲しゐて球場に新たな英雄生る
波打ちしままに凍てたる溜り見え襟寄せ歩む寒さのつづく
並べらる食料品の札見つつ小さくなりし胃袋をもつ
山積みに並べられたる食料品乏しく食べしんものうまかりき
手の甲に疾の如きが出来てをりいつとは知らず何故とは知らず
孫悟空が駆けし仏の掌を人工衛星が廻りてをりぬ
ためて来し不満の如く噴き上り煙は空に拡がりてゆく
平かな水の面とおもへるに反す光りの壁に乱るる
入場者総数報告されてをり我も総理も一人として
お前等は一銭五厘と言はれたり地球より重しと平和の変へぬ
亡き母よ承けし頭脳の至り得る限りに着きしと今を報さむ

整へし髪の毛写れ今一度指に押へて少女出でゆく
夕陽は犬とわれとを染めてをり無事に過ぎたるひと日の歩み
はつかなる緑は南の風を呼び野焼の跡に蓬萌しぬ
草未だ生へざる水のうねり貝へ潜みし魚の動き初むらし
子供等の声去りゆきて田の広く夕は没りたる刈株白し
霜に萎へ土に這ひたるたんぽぽの茎みじかくて花を着けたり
栄たる店のありたる跡ならん駐車場に稲荷ありたり
押し合ひて鉢に緑のチューリップ競へしものは鮮しくして
積れたる土のうの破れに草萌し春の光りはさんさんと降る
冬の株洗へる潮が育てたるあをさの青を飯に載せたり
渡る陽に山の梢のけぶらひて萌す若芽の生毛もたちたり
どうしても自分以上であることも以下なることも出来ぬと知りぬ
茜差す光り夕を満しゆく斯くおごそかに汝等終れ
呼気吸気調べて宇宙と一ならんヒンズー行者は岩頭に座す

平げし皿を眺めつ浮び来る太ったねえの医師の顔あり
三度目は解った顔にうなづきぬ如何なることか耳に澱みつ
この松の捩れはわれより深きらし山の端なる幹を見てをり
政治面読みて来し目に黒き雲湧きて巻きつつ競ひ走れり
今降りし雪融けゆきて土黒く明日を知らざる眼に眺む
星光る空ある故に血の暗く凝らす瞳に家路を辿る
一回り大きくなりて春となる渚に魚のゆるゆる動く
突きぬけて晴れたる空に白木蓮の花の挙りて光りを反す
クロバーは大きなる葉をひらきをり久の小さき葉群の上に
せんべいを噛む歯応へに我ありて行き詰りたるペンを持ちをり
開きゆく墨跡即ち宇宙にて自在ならざる腕をなぜをり
一杯と定められたる晩酌なり表面張力ぎりぎり入れる
山行けば空より声の降り来り杉の高きに人等の動く
起き出でて風邪の鼻汁の量増しぬ外気へ調節なしてゐるらし
腹の中にガスの生れゐる音のして宇宙の思考ここに切れたり

口に入れうんとうなずく相似形テレビに料理の宣伝競ふ
食料を積まれし傍に押し合ひて量販店に胃袋猛し
わが国の歴史記述を他の国の利益によって変へねばならぬ
郵便車止まる音してかすかなる凶か吉かの緊張配る
郵便車止まる音して歩み出ず外より我の行為は呼ばる
無雑作に坐りし布団に模様あり模様に賭けし命もあらん
胸に押す水に光りを遊ばせて人見ぬ池に鳩自在なり
貧乏をしてゐし時につけし仮面死ぬ迄外せぬしがらみのあり
藁葺の一軒ありて満開の桜の花がはなびらこぼす
碑に春の日そそぎ山を白に変へたる人の名前連ねる
エンヂンの音の響きて土返し春を人等はたたかひ生きてゆく
色黒き牛蛙が跳びぬ腐りたるこの水底に冬を潜みし
盛り来る頭(かしら)に飛沫噴き上がり波は砕けて泡にしずもる
取り落す茶碗の蓋に握力の衰へありて手のしは深く
轟ける爆音となり若者は風に向はん背を伏せてゆく

空区切る鉄骨繁く立並び大きマンション工事初まる
血を流し汗を流してあやまちに生きし我等が戦史読みつつ
あやまちとたとへ言はるも燃へし血は真実なりき戦史読みつつ
大きなる曲線を歴史の描くとき人の行動是非を超えたり
生と死の選択もちて迫り来し戦終りて悪と言はれつ
沸る血に出でてゆきたる戦なりき負けたる故の悪と言はれつ
生きゆくは他者を亡す行為にて死しては生れしことの意味なし
原罪を負ひて生れたる人なると思ひ結びて戦史を閉す
たんぽぽの黄金敷きたる草の径王者の歩み運びゆきたり
芽吹きたるみどりかすかにふるはせて風やはらかく頬をなでゆく
冬のまま立てる並木にさんさんと萌えを促す光りそそぎぬ
新聞をひろげる窓に鴉飛びそれぞれ生きる朝明けてゆく
腕時計ポケットより出て一時間おそくなりたる机に向ふ
窓開けるサッシに日に増すぬくもりのありて全く晴れ渡りたり
濁したる中に魚影かすかにて見究む瞳凝しゆきたり

窓開けるサッシの冷えのいつか消え畦にたんぽぽの花盛りたり
筍に沁みる光りに太りゐん去年の落葉の積りたる下
地の中に?食む筍の太りゐんそそぐは差しの背中ぬくとし
カーテンの透きし模様が明らかに障子に写り晴れて来りぬ
一まわり小さくなりて明子来ぬ母を送りし幾首かの後
光りもつ生毛に若葉萌しきて違へる色に木々のさゆらぐ
畦焼に枯れたる萩は地中より今年を継がむ若芽出したり
散ばれる羽根短きは泳ぎゐし?にてあらん撃たれたりしか78
湧き上る緑の泡に梢萌え春の光りはさんさんと降る
茹で上げて水に放てるアスパラガス青し今宵の晩酌を待つ
柿の種割られて白き胚のありわが祖父わが子の繋がれてゆく
大歳の祭りは当番のみ集ひ米作にては生活出来ぬ
鎖張りつながる犬の立上り近寄る我に前肢泳がす
目に深き枯草色を見てゐしが出す当もなき封筒買ひぬ
見つめゐる我に寄り来て子の問ひぬ瞳はひとつになるを欲せり

ぽつぽつと池の面に草浮ぶやがて隈なく覆ひゆくべし
無数の棘鎧ひ伸びゆく鬼あざみしろがねをなす光り反しつ
わが庭に植えたき思ひひしひしと淡紅色にぼたん咲きをり
ひれ長き飛魚箱に並べあり月光ひきて飛びしそのひれ
地の中に何を求めて伸びゆきし牛蒡が袋に収り切れず
散り敷きて白うずたかき雪柳過ぎゆく時のきびしさを積む
急速に明るき室に見廻して障子に木影ゆらぎ晴れたり
うんといふ返事は聞いて居らぬらしパズルに向ふ瞳離さず
蔭深む若葉となりて山並は棚引くもやに沈みゆきたり
光を噛む流れ終りて海近き河口に水の動くとあらず
枯草の覆へる下に朽木見えほしいままなる山の荒たり
一斉に魚等の水に潜きゆき失せし動きを瞳わびしむ
金の砂撒きたる如ききんぽうげ画面の一人となりて立ちたり
若草に人の坐れる帽二つ長く動かず空の晴れたり

足許の渚の不意に波ゆれて背を干し居りし亀の泳ぎぬ
草による魚ゆるゆるとひれを振り春の光りは原を抱きぬ
背を干してをりたる亀は首のばし泳ぎhじめぬ驚かせしか
きんぽうげ咲きゐる畦に足の向き春の半ばは既に行きたり
鬼あざみ刺を養ふ葉をのばし日差しはげしき夏近づきぬ
しろがねのうろこ光らせ産卵の雌恋ふ魚はひるがへりたり
照り出でてつつじの紅し梅の葉の蔭ふかまりてきたりし庭に
目に測る水の深さに四、五人の連立ち田植の季近づきぬ
たんぽぽの絨毯並び春行きぬ追ひかけたきと言ふにもあらず
過去とふが未来に関るその深さ歴史記述を韓国責める
たんぽぽのわたが構へし円型の巧も散りて春の過ぎゆく
黒雲の西空覆ひ鯉幟揚げたる家の今朝は見へざり
痛快な黄門ドラマ正体は民を抑へし強権にして
目に立ちて赤き筋増すサボテンの咲き出ずる花を用意するらし

シートにて囲む中よりユンボーの動きて更地とここもなるらし
梅の実の円み帯びきて落しゐる蔭ふかまれる庭となりたり
鯉幟尾の垂れ下り黄の花は反す光りを競ひあひたり
繁りくる土に青草青くして久し振りなる雨空仰ぐ
腰曲げし小刻みの歩みだんだんになりたくはなきわれとなりゆく
採点の少なきことを誇りたる若き日恋ひて歌会に居り
繁りくる木木は葉蔭に闇を生み伸ばさん枝を競ひ合ひをり
何がなし飴の入りゐる蓋を開け口さびしくて老ひて来りぬ
吊鐘にこもりし音のおのずから離れて谷を渡りゆきたり
鉛筆の芯を鋭く尖らせて原稿用紙の白きままなり
拡げたるノートの白く鉛筆の芯を鋭く尖らせてをり
腰弱き人の歩みに目の行きて買物終るを待ちてをりたり
水底を這ひて成りたるおのずから貝は砂切る殻を尖らす
人刺しし包丁百円と書かれあり殺人よりも安価をおもふ
有茜冬の寒さにすきとほり山と雲とに一すじひきぬ

くろくろと山横たはり夜更けぬ怒りておりし声も眠りし
追ひつきて屈めば亦も編笠のまろびて初夏の戯画となりをり
鬼あざみ刺を養ふ葉をひろぐてらてらと緑光らせながら
山並みはむくろの如く横たはりわが足音はそこに消へゆく
雪被くはるかな峯の日に照りぬ浮き一首の我にあるべく
太き枝のみ残されて刈り込まれすがるが如く新芽伸びをり
陸橋の上に陸橋架かりゐて尚渋滞の車連なる
傾ける屋根に葺く土露はにて半ば新たな瓦置きたり
格子戸の黒くなりたる家並び若き人等の姿の見えず
大和の富の七分ありしと格子戸の並べる家のいくつか空きぬ
石段の高く木影に消えゆくを見てをり登れば降りねばならぬ
老ひて来し脾肉の嘆き石段の高きに脚の途惑ひて立つ
かすかなるゆらめきもちて澄める水置かるる杓を取りて「ゆきたり
そそり立つ杉の巨木の深き蔭浮めん水はゆらぎ澄みたり
修復の成りたる塔を口々に言ふを聞きてし石段高し
ひびの入るコンクリートに草の生へ溜る埃に根を伸ばすらし
一望に展ける大和その昔国まほろばと言ひしを肯く

64

光りと影争ひてをり吹く風に波の起りし水の底ひに
おもむろに潮満ち来る遠き日の死にし肉親思へるがごと
利春さんこんな花でも見てゐると美しいなあと畦の老婦は
一つの花眺めてをりぬさまざまの光りと影の生れて来るを
ああ生きもの光りを生みて影を生み一つの花はひそかに咲きぬ
不幸にて泣くとふことの素晴しさ腰をかけたる石を眺めつ
生れくる光りが光りを生みつぎて一つの花の開きてゐたり
懸命に咲くとは如何なることにして一日に花は萎へてゆきたり
地の中の闇に生きたる永き時蝿は飛翔の殻を脱ぎたり
時長き地の中にて整へし飛翔か蝉は高く飛びたり
鳴く声に飛びし蝿ありはるかなる森を己の空間となす
飛ぶ蝉と殻もつ蝉の断絶と連続神に至る他なし
瓜の皮固くなりゐて日々の過ぎ亡びの秋の近くなりたり
瓜茄子を抜き捨て畑を整えぬ秋の野菜の種子を蒔くべく
蝉脱と大悟を言ひし佛僧の如何なる大空開かれをらん
結迦供座組みて修めし永き時蝉の地中に比すべきものか

わが命運べるものをわが知らず閉してをりし窓を開けたり
這ふ毛虫探して求め得べくなく光り反して蝶の舞ひ飛ぶ
這ふ毛虫舞ひる蝶を眺めをり同じきものといふを問ひつつ
棚の上に何かあるかと開くれば菓子なり忘れて度々買ひし
紙に見る澱滞をせるわれの文字良寛自由の筆跡に対す
争ひて生きし億年重ねたる月日の罪の量に我あり
過去を負ひ人は生きゆく争ひし遠き祖より体継ぎたり
欲すまま他者を殺せし戦なる時ありたりし心の動く
無制約者の欲望の底に棲はせて幾人殺すか知れぬ我あり
血に飢ふる刀のせりふ背負ひゐる歴史の重さはかり難なし
新聞紙二枚に亘る大写真五輪マラソン高橋優勝
わが知らぬ我の体は億年の営み重ねし命受けつぐ
思ふまま殺して見たき衝動の時に生れゐて平穏に居る
大悲心起させしめし大き罪歴史に流せし血の量のあり

投げつけし瓦微塵に砕けるを眺めて男頭垂れたり
見はるかす稲田は熟れに黄の映えて落?は今し山にかかりぬ
相似たる服に肩波動くとき各々異なる運命を持つ
風冷えて落?の赤しまだ生きて今年の暮れも迫り来りぬ
人間がつくりし幾つの色並びクレヨン箱に仕舞はれてゆく
並びゐる箱のクレヨン取出さる順番競ふ光りを反す
茜差す光りの中に赤とんぼ湧ききて並ぶ羽根に飛びゆく
箱の中にクレヨン数多並びゐて順番競ふ光りを反す
見る程に思ふままなる良寛の腕の動きし筆の跡なり
空えずき起る元凶とおもひつつ動脈瘤の薬服みをり
いのこづち棘をもてると柿の実の熟るるは共に奪はれんため
永くて何する命と思へるに薬を服みて安らぎをもつ
草生えし風化をなせる岩のあり老ひては時の永さ数ふる
梨の汁指の間より滴らし卓をめぐれる笑ひのひびく
身のめぐりおびえを撒きて蜂飛びぬ金と黒とのおのずからにて

次の世を担はむ嬰児眠りゐて過去となりゆく我等の覗く
音を立つパワーショベルのいつか見ず建ちゐし休暇の広き跡あり
唯二匹蛙が跳びをり波立てて泳ぎてをりしおたまじゃくしは
右やしろ左じょうどじ遠き日の迷ひ救ひし文字の崩れぬ
この山に径の分れて道標崩れし文字に苔の生へたり
求む気のなしと判りて言ひ負をしたる形に黙しゆきたり
吹き上げし水に灯りを反しゆき浅蜊は店頭の槽に棲みたり
幾度か偶然の死に出合ひきて生きゐることの他者より淡し
一糎一秒の差がもたらせる生死幾度か戦場に知る
見廻してすぐ傍にありたりき何時よりかくも視野の狭まる
読み残す西田幾多郎を開きたり向ひて死なん残る幾日
撫でる手のままに撓へる猫の背の潜む力を思ひてゐたり
殺人は次の殺人呼びてゆきドラマは心の必然つづる
今宵の虎徹は血に飢えてゐる背は負へる歴史のはかり難なし
開拓に流せし汗をわが知れば人逝き土は草の繁りぬ

拓きたる山に藷植え漸くに生きたる人も逝きて草生ふ
黄にすみて稔り充ちたる稲の田はひと日の熟れを営みてゆく
水面にいくつ雨紋のひろがりて低く垂れ来し雲の覆ひぬ
田を出でしズボンの半ば泥に厚し当然のごと歩み過ぎたり
大きなる荷物担ぎし背の曲りたゆみのあらぬ足に過ぎたり
たちまちに野山を渡る夕茜呼吸止めて我は立ちたり
布団干す屋根の並びて音の無し秋の日差はわたりゆきたり
うねり高く魚のはしれり異国より来りて地の魚絶へしめたるは
地の魚を絶へしめたるか立つる波見てをり秋の藻草枯る池
種子蒔きし上に砕きし土覆ふその暗黒に萌しくるなり
うねり立て水を濁して魚逃ぐるいのち動くを見んと来りし
草の種子抱きて冬の土のあり靴裏固き原を歩みぬ
土の中の闇に帰りて萌しもつ種子と思へり水を掛けつつ
かけてやる水を含みて育まむ黒き変ぼう土のなしゆく
発芽して大きく赤き花咲くを信じてをりぬ所以は知らず

一粒の種子にひそめる赤き花不思議を問へば問ふも不思議もありて
雲の間に昇りし雲雀の声渡る一切か無を我に迫りて
ふり返るすすきの原は光りをり車窓はたちまち離れゆきたり
怒りたる顔に仁王は立ちてをり慈悲なる寺の入口守る
生きるため食ふにはあらず食ふための料理番組画面につづく
茜透くうすき羽根にてとんぼ飛び秋の夕はなざれて暮るる
葉の枯れて種子を落せし草群は露はな土に帰りゆきたり
たちまちに車窓の景は飛び去りて眺むる我のぽつねんとあり
研ぎ上げし鎌の刃先を透しをり更なる完成目の中に住む
作る手と完きすがた求む目の乖離眺めて亦も砥に当つ
計画は死なざるものの如く立て暮れゆく一人の淋しさに居り
否応なく今を否まん成長を少年躯に潜まされをり
教室に古き太鼓の置かれゐて音こもらせる胴のふくらむ
こもりたる音にひびきて鳴るならん太鼓の胴はふくらみをり
一つの形生まん苦しみわが知れば鳴らん太鼓の胴のふくらみ

ゆるやかに曲るふくらみもつ太鼓胴を作りて過ぎし人あり
工人の賭けし命も遠く過ぎ古き太鼓は棚に忘れらる
過ぎ去りしもの放られて忘らるる人は同じく笑ひ語りて
置かれたる古き太鼓に流れたるときの相を我は見てをり
尾を消して生えくる足を秘めもつとおたまじゃくしはのろのろ泳ぐ
どんぐりは幼き時の円みもち廻せし記憶に転がりゆきぬ
マッチの軸さして回せし手の記憶呼びてどんぐり転がり落ちぬ
大きなる屋敷はあたり従へて竹組あらはに壁の崩れぬ
狭き道に古く大きな家並びしんかんとして戸を閉したり
幼な日の追ひたる記憶どんぐりは意志の坂道転びゆきたり
生物の見えざる水の透明に冬の一日過ぎてゆくなり

2015年1月10日

61

舞ふ独楽の舞ひ澄む如き目となりて一章読み了へ暫く居りぬ
思索こそ己れ開かん拠り処なると繁る瞳に肯ひてをり
死を祝ふインドネシアの葬式を読みをりながき慣はしとして
死を悲しむならはし日本になかりしと佛教が伝へし無常の教へ
泣き女などをつくりて中国は死のかなしみを儀礼化したり
キリスト教は賛美歌唄ひ神の下に行きたる者と奏して送る
不死鳥の説話つくりてエジプトは不滅の国に行くと信ぜし
死者をして死者葬らしめよキリストはおのれ尽くして生くべくを説く
幾片の桜紅葉が日に透きて澄める山路の空にかかりぬ
同じような歌を作りて月々の歌誌に出しをり呼吸するごと
相似たる料理を毎日食べて居り作れる歌も斯の如きか
土器作る手をもつ迄に人体は三十億年余り経て来し
羊水は海水に成分似てゐるとたっぷりつかり育ち来りし
胎児となる始めに出づる斑点は海に生きたる鰓の痕とぞ
胎児にて育つ途中に尾が生えて消えゆき人の形となると
単細胞・多細胞・海中より陸と転じて人に生るると

笑み交す今のわれらは三十億年生死経て来て成りたるものぞ
限りなき過去の生死に作られし体と思へ言葉と思へ
細胞の六千兆は時ながく人営みて積み来しものぞ
百年の生死を嘆くこと勿れ数十億年人と成りたり
被きたる如く重なる雲覆ひ雨徐に結び降り来ぬ
この我の差す手出す足いと深き宇宙の姿と思ひ生くべし
這ふ毛虫飛びゐる蝶の断絶と連続神に至るほかなし
ものを育て作るは機械がなしてゆきテレビは美味を求め継ぎをり
走る脚鍛へしこの坂斬合ひの竹切れ携げて友と登りし
日々に澄み高くなる空明日も咲く露草ふみて帰り来りぬ
お茶と言ふ声に忘れし作歌なり思ひ出せぬは佳き歌にして
嘆きゐる言葉何処より来りしか思ひ追ひゆき嘆くことなし
大きなる傘にいくちのどうさい坊年老ひたれば蹴らずに過ぎぬ
閉したる書斎の中に一夏に死にゆく蝉の鳴く声届く
稲の花食ひて太りし魚はしり流るる水は冷えて澄みたり

包まれし皮膚の内側はわが知らぬわれの命と病みて臥しをり
否応なく過去となりゆく我等にて仮装高社などの記事増す
皮膚の内は我の知らざる我にして薬店の棚見廻してをり
増えて来し電子取引などの記事知らず我より離れてゆくを
与へられし仕事を真面目に勤むるを否みて世界の情報社会開く
過ぎし日に積み重ねたる経験に残る命はよりて過さん
溜りゐるバケツの中の雨の了この降りに稲の稔り足るべし
必死にて漕いでゐるのだ残されまい時代の潮は流れのはやし
離りゆく時代の潮を眺めつつ生くべき己が姿をさがす
ののさんと拝みて月を仰ぎたりき十二進法も今に残りて
開墾の碑鳴らす風の吹きめぐれる草は伸びゐて粗し
暮れてゆく室に満ちくる闇の量動かぬ我となりて坐れり
西空に細まりゆける夕茜追ひ立てられる足に立ちたり
刻々と昏れてゆきゐる夕光に縛らる我となりて立ちたり
仮借なく窓に迫れる夕闇に眼開きて我の坐しをり

2015年1月10日

水圧におもふ

水圧といふを見てをり樋を抜きし水は噴き出て光り躍らす
堪へゐて静かな池と見てゐしが抜かれたる樋に噴き出られる30
静かなる村の人等も密密と押し合ふ力の日々にあるべし
放たれしものの輝き抜かれたる樋よりはしれる水は躍りぬ
旅の恥かき捨てといふ言葉あり解放されしよろこびを言ふ
大きなる貯水は大きな圧力をもちたりダムのえん堤おもふ
かぎりなくふくれてゆける近代の耐へ得ぬ心生むにあらずや
足の爪も自由を与へてやらんかな靴を脱ぎてつっかけをはく
残りなき命と思ひ開きたる本は暫しに新聞寄せぬ
流れゐし輝く雲の消え去りて隈なく空の青澄みとほる

碁の本は若き名前の多くして歌は知りゐてながきが並ぶ
一時間幼が居りし跡として砂場に砂の橋のかかれり
お土産と砂で作りすぃ饅頭を手に載せ幼は帰ると言ひぬ
こめかみにふくれて来る血管あり内のこはれしものを循らす
秒針の代りに人形動きゐて文明とふは目を疲らせる
踏みつけし野径の花よふりかへり傷み抱ける歩みを運ぶ
のろのろと立ちたる猫はにらむ目に見返り急ぐにあらず去りゆく
領域を犯されし目が立上り猫はしばらくにらみて去りぬ
並び立つぜいをつくせし太柱われの祖先は柱担ぎし
夜の山は大きく黒く横たはり眠れる家の灯りを抱く
時折りに猫の日向に寝てゐしがおのが棲家の如き目となる
百年の木蔭は涼風運びゐてはるかに稜線青く連なる
斂葬に昭和終ると書かれをり香淳皇后一人の死去

信号の赤と時計をくらべつつ会場はもう開いたか知れぬ
針金に止められてゐる標本箱色鮮かに蝶は飛ばざり
鮮かに蝶が拡げし翅の色恫喝として見ねばならぬか
鮮かな模様は恫みし生きんため標本箱に蝶の並びぬ
そそり立つ木のいただきに羽根休めとびは飛翔の空を見廻す
天辺の枝に飛びゐし羽根休め鳶は力の限りを見渡す
足音にすばやく魚の沈みゆきこの池釣りに来る人多し
光る迄白く晒れたる枝萱の此処等で腐ねば障りとならん
くっきりと我と過去へと区切りゆくIT革命とふを読みをり
来るべきアイテイ革命に区切らるる如何なる姿勢我はもつべき
大学へ進むが既定のごと孫等我は鎌売と決められてゐし
暫し経て浮び来れる魚のあり水に振りゐるひれのしたしさ
浮び来し魚は動くとあらずしてひれをかすかに動かしてをり
魚が水泳ぐごとくに生れたる歌の一首の我にありしや
魚泳ぐ水とはなりて安らげる瞳となりし我に気付きぬ
うねりたる鱗に魚の泳ぎゆき掴みたる手の記憶鮮らし

はしる魚少年我の鼓動との動き一つにありたりし日よ
年々の力を今も蓄めてゆく大きなる木の芽吹きを仰ぐ
むくむくと擡げしゐくちのどうさい坊蹴る力失せて歩みゆくかな
言葉もて石に刻まるものの為路傍の石に両手を合はす
風の吹きくるままに葉を散らし大きなる木は晩秋に立つ
新しき知を容る体とならんため癒さん薬をのみ込みゆきぬ
力ある限りを学びそれを容る体とならん癒えゆく躯
死の灰の中より飛び立つ白き鳥束後は詩神の羽根が抱かん
点となりて飛びゆく鳶のあり瞳の遠くわれを立たしむ
谷鳴りに神去りゆきし空眺めしをれる葉は埃を被る
ピンと張る弦にいのちに生きたりと八十年を自負もちて立つ
するめ噛む歯応へのみが確にて今日一日の終らんとする
入道雲わが家の上迄伸びて来て稲田に乾く亀裂の入る
映像は思ひ出写しわが脳の新作とぼしくなり来るらし
真直ぐに向けぬ瞳は包みごともつらし孫の肩まるまりぬ

憎まれてげじの走れり憎めるは人の勝手とげじの走れり
刺す針をもちて生れれば刺すことの正義にあらん輝く蜂は
足多きげじの走れり足多き故に箒もて殺されにけり
石垣に大きな石の積まれをり運びし人は眠りてゐしや
影深き草より夏の羽虫飛び野より生れたるわれとなりゆく
今日の記事載る新聞をたたみゆく明日は如何なる記事をもつ
仮借なく枝を落としてより多き結実はかる剪定終る
配られし朝の新聞たたみをり読みしニュースは最早要らざる
烈日を反せる黒と黄のひかり蜂は灼けたる屋根に飛び交ふ
殺傷の無残の記事を読みおへて靴下をはき会ふ人浮ぶ
読みし後は他人の事とほうりゆき保険代金に思ひめぐらす
雨降りし朝の草は天を向き日照りのながく続きてゐたり
渇水の池の堤に人集ひ行きつ戻りつ指を指しをり
如何に自己の売込みなすがセールスの要諦具に説かれてゆきぬ
自己を売れおのれも亦魅力あるとなれとセールス??として

商品とおのれがなる術説かれ終へセールスマンの会場を出ず
商品になりきり販売はじまると新入社員耳をそばだつ
商品となりきりはじめて勝ち抜けるとかくて人間より疎外されゆく
南北の朝鮮対話をはじめたるこれもITのつくる世界か
日日に水の減りゆき水なくて行き得ぬ魚の並びあぎとふ
照りつづき生きる水域狭まるを魚にてあれば狂はずにをり
照りつづき生きゐる場所の狭まるをゆるゆる泳ぐ魚にかへれ
悪童を斬る舞伝へ開拓は蝮とたたかふ業にてありき
雑事より放れたる目は夏の木の重なる影にいこひゆきたり
日本の湿地は蝮多かりき拓きて何処も蛇神祀る
人間は胎児の時に尾をもつと雄の心の竟に消えざり
数知れぬ蝮を殺し数知れぬ人殺されて田畑拓きし
蛇神の祀りにうめし数知れぬ消えてゆきたる命を思へ
三十五度の気温予報見しのみに気たゆき体の思ひのありぬ
尻餅を今日はつきゐて弱れるを老ひゆくものの正常とする

殺さねば殺さる戦生きゐるはおのれ生きゆく手足の動く
蝿一つ夜のたたみに止まりゐて近しき命分ちあへるも
蝿一つたたみの近きに止まり来て更けゆく夜はそのままにをへ
かつてわが走りし記憶青年の躍れる腿と木蔭に消えぬ
伸ばしゐる青ひたすらに稲の葉は降りくる夏の日差しに向ふ
携帯を出してながなが語りをり公衆電話と変らぬ笑ひ
置き去られる情報社会と思ひしが携帯電話の笑ひ変らぬ
われと子のグラス合せり離れゆく過去と未来の鳴る音立ちぬ
離れゆく親子の世界充たされしビールのグラスが触るる音立て
全員死亡予想なしゐし事ながら発表されし記事読みふける
類人猿樹より降りたる日の如くどんぐり坂を転がり来る
草ら皆枯れて沈みし水おもて白く?めたる波生れつづく39
切線のなきところより椀かれたるちり紙をしばし黙して眺む
子は親を離れゆくべく生れたり帰省せる子とグラスを合はす

若き日は考へさらし運命が思ひの中にのしかかり来る
偶然の思ひが老ひと増して来て生まれしことに思ひの至る
偶然の生と思へば神の他至りつき得ぬ命なりけり
何ものの運びて今日のありたりし酔ひたる夕の躯を任す
影の下に影あり光りの上に光りあり波紋は水の底にゆれゆく
闇に目の押れて来りてそれぞれにおのが形をもちてをりたり
水底にゆれゐる影と光りあり風に起れる波の届きぬ
目が覚めて痛み癒へたる手を振りぬ眠りて体は己れ整ふ
目が覚めて差し入るさやかな光り見あり眠りて体は己を癒す
背のこごみそりかへり亦こごみゆき薬かかりし蟻の死にたり
遠くより来りしものに騒ぐ血の未だ残りて小包み受くる
遠方と言ひける未知をひざにのせ包のひもを鋏に切りぬ
はるかなる距離を縮めて小包の結びしひもを切りてゆきをり
どの頬もふくらみ豊かに写されて不幸の歌を詠むとは見えず
不幸なる我と言はんにベルトの穴一つ増やせる腹をもちたり
幾世代人の生き死ぬ二千年大賀の蓮はピンク鮮らし

休もうと思ふ短歌のうかび来て幾多郎開きしままに進まず
夜の間に出でたる稲穂休むなくおのれはぐくむものを見てをり
多すぎし肥料に実入り拒みたる稲なり白穂直ぐく並びぬ
乾きたる砂より水を集めゐて咲きたる百合の白く艶もつ
水の気のあらぬ砂地に艶をもつ真白き花を百合の掲げぬ
咲くために乾く砂より集めたる水が真白く百合の咲きたり
真白なる小さき花を一つ着け乾ける砂に百合の咲きたり
全てなど安易に言へる男あり耳の底ひの澱と沈みぬ
反りくる谺を応ふる声として昔の人は山を怖れき
一粒の砂なる我と思ひ見る積みしダンプの木蔭に曲る
下の葉は枯れつつ乾く砂に伸び百合は真白き花を着けたり
歩みゐる背中の撓ひおのずから猫は繁れる木の間過ぎゆく
入道雲山を離れて白く浮き吹きくる風のややに冷えたり
草の根はからまりあひて土深く負けてはならぬ伸びを競へり
幼少壮老と過してわが命完成せざる不束にして

長生きをせよと言ひをり幼少壮老と過して完結成らず
幼少青壮老を生きて残がいの惨を過ごせと人の言ひをり
似たような歌を毎月並べゆき長谷川利春ポストに入れる
脱ぐ殻の下に生えゐる羽根のあり蝉は飛翔の変身をもつ
殻脱ぎし蝉は生えゐる羽根をもち空の高きへ飛びてゆきたり
這をりし蝉と殻脱ぎ飛翔する蝉を結ばん思ひ至らず
疑はずバス停迄を急ぎをり人が構へし世の中として
飯を食べ排便終へて新聞読み篭へと捨てて靴をはきたり
脱がむ殻我も持ちゐて果しなき空へ飛翔の瞳を向けたり
久し振りに幾多郎を読む光明を放ちて並ぶ一粒の文字
世の中を己が思索の体系に見んと幾多郎死ぬ迄努む
一章を漸く読みぬ渾身の力で向ふことの清しさ
わが命開きてくれる一々の文字に呼吸整ひてゆく
幾重にも脱ぐべき殻をもちゐると過ぎたる人の労苦のありぬ
幾重にも脱ぐべき殻は先人の労苦の跡ぞ守りゆくべし
蝉脱と悟りを言ひをり如何ならん変化を裡にもちゐる人ぞ

2015年1月10日

連なり向ふ

毒の針もちてゐる背の輝きて蜂は炎暑の屋根乱れ飛ぶ
パンツより汗のしたたりあごを出し男炎昼を走りゆきたり
頭ふり流るる汗を掃ひたる男再び稲田にこごむ
金持つは偉ひ思ひを引摺りてつばき飛ばして争ひて居り
水の上に開きゐる葉の濃きみどり渡れる風を深く吸ひたり
波打ちて緑の光り運びゐる風と堤の歩みを合す
靴下を脱ぎてくっきり織目跡つきたる足を風に任しぬ
陰白く動脈瘤が写り居り今日より付合ふ一つと眺む
如何ならん変身遂ぐる我なるかと動脈瘤の陰画見てをり
かなしみは神が潜める幕なりと言ひたる人の言葉肯ふ

上腕の内側の皮膚しわをもちたるみてをりぬ何うしようもなし
目は届く限りを求め透明の水の底ひにざりがに動く
入道雲杉のみどりに腰据えて伸びてゆく秀と激しさ競ふ
われの無事他人の難事何処かで引換えられてありしならずや
濡れてきて己れを主張するごとく黒あきらかな幹となりゆく
ふくれきてわれに背ける血管が爆けてやると脅しをり
香淳皇后斂葬の儀の営に昭和の世代終り告ぐると
衣服みなふくらみ舞ひてぶらんこの少女は空の一つに躍る
斂葬の儀式に昭和終りしと皇室とありし歴史の名残りは
青き山青き稲田を渡り来し風は胸底満しゆきたり
このところ追はれし人の恨む眼も潜めてダムの水平らなり
食べ残し置きし煎餅まがりをり高温多湿の半日暮るる
水青く湛へしダムに風渡り高層なすは地下人ならず
去年ありしあたりに爪切草の生えみどり透きたる葉を伸ばしゆく
地の中に今年につなぐ種子ひそめ爪切草はみどりを透かす

ながき日を重ね来りし大き樹の密密として緑陰をもつ
暗み来し室に窓開けのしかかる如くふくらむ黒き雲あり
生れ来し不思議に死ぬる不思議あり二つの不思議思へる不思議
花殻の下より青実覗かせて梅の木今日の営みをなす
波立てる故に流れの澄みとほり石光らせて谷間を下る

2015年1月10日

 動脈瘤の入院

動脈瘤不治の病と告げられて語らん思ひもたぬすがしさ
治すことを思ふ用なき病にて朝は朝の光り浴びをり
明日のこと思ひ煩ふことなかれ煩ふ用なき病に罹る
酒少し塩分少し魚少し老ひし体はおのずからにて
おもむろに歩み運びて咲く花の透きゐる白を眺め病みをり
今生きる思ひに喉を下りゆく渇き癒やせる冷えし水あり

新たなる芽の出るところに枝曲り大樹は空を覆ひ拡がる
墓石を抜け出る如く光り曳き蛍は闇をさまよひゆきぬ
この広場に埋立てられし沼ありてえだらにどんこすみてゐたりき
餌を獲る頭と口の大きくて山池のどんこ肉のやせたり
山池に頭の大きなどんこ居て肉の少なき胴をもちたり
埋まりてゆけるいにしえ神の名の残りて土のわずかに堆し
生きし日の眼をかっと開きゐて魚は店頭に並べられをり
死の淵の深さ覗きて生きてゐる日々の高さに思ひの至る
死の淵を眺むる眼を返しゆき生きゐる高さ限りのあらず
毒もつと標示をなせる黒と黄の背を輝かせ蜂は屋根越ゆ
忘られてゐること淋しさ淋しさを超えん呼吸をながく吐きつつ
己が歌に見出でたる魔にたじろぎて陰うつな歩みを運ぶ
二百億儲けし記事を読みてをり御飯にすれば何杯だろう
ふかぶかと羽毛の布団にくるまれて朝の十時に目を覚ませるか
鳥は木に森は大地に昏れてゆきくらめる声もいつか止みたり
露いりて葉末に置きて降るとなくはるかな塔はかすみて並ぶ

開きたるてのひら乾きてゐるなればてのひらの歌作りて寝ねん
年重ね空にそびへてゆける樹をかすみ初めたる眼に見上ぐ
殺すことを意識して殺す年となり壁に止まれる蚊をたたきたり
大空のはてなく深きを見上げをり鳶一つ舞ふさびしさありて
塗箸に挟みしに煮豆の滑めり落ち記憶はるかな力ある指
新緑の霞みて淡くそよぎゐる光りを時に内にこもらす
たたなはる山はもやひにうすれゆきはるかな稜線一すじ青し
庭隅に白く覗きて草の芽の土割り出づるは力の強し
窓を拭きて虚ろな我の眼の写り外は夕の山暮れてゆく
何処にも我は用なきものにあれ夕の闇に包まれてゆく
一に金二には歌作得ることの易きを順に挙げて思へば
限りなき深さとなりて山の池さすらへる目に青く澄みたり
幼な子とたはむれたくて正月の雪はふはりふはりと落つる
半眼を開きしままに動かざる眼ならんと坐りゐるかな
うねりつつ競ひ流れてゐし水は淀みに入りて木の影写す

ひらすらのみに彫りゆく木片は怨める鬼の面となりゆく
恨みもつ心を面に刻みつけ清しき顔に立ち上りたり
残りなく恨み刻みし鬼の面作りて清しく立ち上りたり
抱えたる頭より落ちし雲脂の跡汚点となりゐて本の在りたり
飯食ふと立つときのみの正確になり来しわれよ笑ひの苦し
よべ降りし露を置きたる庭の木の青あたらしく朝光差しぬ
双の手を合はせて頭垂れてゆき伝へ伝へし神への祈り
運命を垂らす紙札木に結び石の階段人等下りぬ
運命を告ぐる紙を見せ合ひて各々己が歩みを運ぶ
舗装路を割りて出でたる草の芽の細く淡きが光りを透す
新らしとは如何なることとあぐみゐて窓開けあらたな空気を入れぬ
流れゆく水は光りを躍らせて早苗を植ふる田へと入りゆく
波立てる水は群れゐる魚にして池に沿ひたる坂下りゆく

空映す水を張る日に田植機は見る見る早苗挿してゆきたり
桶を抜くと布令のありたるこの朝光りうねりて水の流るる
畦直ぐく区劃整ふ田の並び流るる水の淀みのあらず
水渡る土を均せる機械見え水平かな田の面を開く
早乙女の並び植えたる記憶もつ田植はちらほら機械が動く
二、三日に田植の終りて一望に早苗のそよぐ田となり並ぶ
得る金は機械の代に消えゆくと笑ひておりし泥を落せり
しずかなる微笑の如く夕波の白く光りて闇に消えゆく
雪落ちしばさとふ音の後絶へて涯なき闇に耳の澄みゆく
明鏡はくまなくしわを映しをり我におぞましく我ある勿れ
とこしえを現はし居らん我なりや鏡の中を歩みて来る
夕されば床机を出してながながと寝そべり風に委す目を閉す
重なりて居りし葉を分け花びらはおのが姿を開き咲きたり
生れ来し故のあはれの動脈瘤病めるは生きる証にあらん

空洞となりて老木立ち居るを過去うすれゆく我の向ひぬ
たるみたる肉塊ようやく運び居り八十余年生き来る果
破れ易き紙にてはなを拭ひたり我より出ずしもの疎ましく
儲けたる金は何する当もなし売るのは高く売らねばならぬ
覚えざる男が話かけてくる過去を引摺り生くるの一つに
春の日の営として花敷の落ちし跡より青き実の覗く
包丁にやすく肉の切られゆく泳ぎもちゐし柔らかなるは
訃報あり君はこの世に居らぬなりわれはわが死に思ひの沈む
うかび来し君の笑ひて居りし顔訃報を机の上に置きたり
怖いから怖くないといふ言葉間に挟み死を誇りをり
天つたふ差して来れる億光年星の光りはわが目に届く
平かな池の面の一ところ魚の群れゐて波?みなし
小さなるつぼみと思ひゐたりしが重なる葉を分け花開きたり
タイヤガラス青く輝き窓外はもゆる日差しに早苗のむかふ

水の香を胸に満たして白鳥を象どる船は風を切りたり
八王子神の名のこり池にdすむ魚は異国の種属の住むと
太き杭打ち込まれをりゆるぎなきものを詠むべきわが歌の為
毒と聞く茸が今日のふくらみをもちをり即ち蹴り飛ばしたり
突風に飛びたる帽子に足早め弱りし脛に思ひ移りぬ
太き茎大きなる葉にひまわりは夏の日差しをむさぼりてをり
おのずから出でて来れる言葉あり己れ充たして一人ゐるべし
水底の意志の光りて泳ぎゐる鴨にゆれゐる影の届きぬ
光らざる電池をおもふ電池入れ光り放てる灯り携げつつ
夕焼けの詞に赤く夕焼は唄へる声とひろがりてゆく
澄む水の底を知らざる青き水たたかふ我となりて立つかな
報ぜらる世界の流れ株の値の資料となして我は読みをり
株の値に写して動く世の流れ読みつつこれに過ぎるはかなさ
散りてゆく日の近づくを知るようにうすき花びら震へてゐたり
くれなひの花体一片ひとひららを散らして風は走り去りたり

黒雲は憎しみもつごと急速にふくれて空を覆ひゆきたり
雷鳴が黒雲おこし黒雲が雷鳴呼びて窓を震はす
わが乗れし汽車の向へる山蔭にとびゐし鳥は消えてゆきたり
戦場になりたる後を基地となり骨髄に生るる平和を叫ぶ
共産圏に直と向きたる沖縄の宿命おもふ戦場に基地

2015年1月10日

23

石の角正しく並び墓石は葉の散り落ちし冬山に立つ
石肌の冷えて居らんと距離をもつ眼に香黄もちて立ちたり
何の家も瓦輝き建ち並び戦知らぬ脚伸び歩む
戦の諾部などと書く文字も見えなくなりてよぼよぼ歩む
埋め立てて魚ら滅びし空間の人行き交す高きビル建つ
地球儀に赤く塗らるる細き島我の何処とペン先に指す
奪ひしと言はば言ふべし海なりしところに広く土を敷きたり
地球儀を廻してわれの在処指す住めば都よ地球の最中よ
落武者は斯くの如きか野焼せし樰の木棘の焦げしを鎧ふ
霞ひくはるかな山となり来りきらめく光り原にこめたり
登りつめし尺取虫は頭ふりそらに伸びしが下りはじめぬ
窓に鳴る風音空に走りゆき肩を屈めて扉開きぬ
うまし子をうごうと名付けひたすらに内なる闇に向ひゐたりき
粗き皮割れて老ひたる木に寄りぬいたはり合はん心さびしく
火と煙競へる畦を若者の姿はしりて冬草焼かる

はしる火に春を呼ぶ使い焼けてゆく枯れたる草の?になりけり
黒き灰畦を覆ひて去年の草焼けたる跡を歩みゆくかな
きらめきて春来る光りの差しゐるを農婦素直に眸に写す
未知の地は囲む山並越えあり散歩ににちにち歩む道ゆく
のぞき込み何買うたんと手に触れて還れる我に老婆の笑まふ
しろがねに春ふくらめる猫柳女活くべく鋏入れたり
茫々と白一色の霧の中凝らしてかすかな道に歩みぬ
覆ひゐる霧の中なる白き闇凝らしてかすかに歩む道見ゆ
枯草は呼びを挙げて焼かれをり葉を巻きくず折れ地に伏して
つづまりはコップの中の嵐とど思へど口を挟んでしまひぬ
噴き上り光り散ばす水見えて昇りしものは落ちねばならぬ
丸き苔踏みて歩めり目の限り追ひたる日々もかすみ来りぬ
ながながと老女祈れり悲しみにつながりゆける凝固せる顔
寒風に服のそよぎつ釣糸を垂れて一人の男立ちをり
さすらひて古代祖先は生きたりと一人の室に不意に思ひつ

吹かれゐし枯葉それぞれ落ち着きて舗道の風は冷えを増しぬ
この川に魚釣りたりき橋の上歩み通へる今も覗きつ
陽炎の立つ草畦を見てゐしが歩まん足のをのずからにて
茜差す光りとなりて水面魚は競ひて跳びはじめたり
辺りなき室に光りの渡りゐて眼は光りを命となしぬ
茜差す光りに魚の跳び初めぬ太古に陸へ移りゆきしは
茜差し跳びゐる魚は水離る光りと眼の関り知らず
茜差す光りに魚の跳べるときわれは内なる飛翔と出逢ふ
命よ命水の面に茜差し魚の跳躍おのずからなる
しろがねの鱗光らせ魚の跳び差せる茜は空に亘りぬ
日差し蓄めふくれし夜具のふかぶかとはやき眠りを誘(いざな)ふらしき
太陽の日差しにふくれもち温く弾むが体に添ひぬ
温き日差しの恵みしみじみと干してふくれし夜具に寝ねたり
白梅のふくらむつぼみ玄関にありて出てゆくわが目を洗ふ
霧こめて足許のみが見えてゐるわれとなりゐて歩みゐるかな

春の陽がペンの先より照り出でる字がどうしても浮び来らぬ
満目の原の緑を眺めをり獄の記録読み了へし駿
春近き野のきらめきを竹内ひさゑ言へりそれより心して見る
いつくると思ひて居りし日となりて如何に過しか記憶をもたず
昇りゆく凧を見上げし少年は空の高さに瞳置きたり
せきれいは己が姿の写りたるこうしに亦も飛びつきゆきぬ
一つだけとつまみし菓子が半ばなく食べてはならぬ蓋を閉しぬ
襟に首埋めて女歩みたり後は人見ぬ冬の風吹く
冬の日を溜めたる垣の温しさに人待つ時を過しゐるかな
きらめきを増しゆく空に春来り野原に今日の緑ふくらむ
目は止めて楓の木木の紅を差し春となりたる光り渡りぬ
こまやかに楓の梢差し交し艶もつ赤き樹液登りぬ
艶をもつ赤き樹液の登り初め楓は細き梢末組みたり
のぼりゐる赤き樹液に艶を増し楓の梢こまかく交す

戸を開き他者にむかはん背を伸ばす我となりゐて歩み出でたり
この花を愛し育てし人逝きぬ艶をもちゐるわかき紫
紫の花艶やかに開きゐて植えたる人の三年過ぎたり
暴くなく過し来りし秘密なぞ保ちし皮ふのたるみ来りぬ
冬の畦露はに礫白く曝れ蹴り得ぬ老ひし足に過ぎたり
窓ガラスにひらめくライトの間の遠くなりて眠らん夜の更けたり
みひらきし大きなる目が迫り来て殺人事件の画面の進む
一日の総括として更けてゆく夜のしずけさに坐りて居りぬ
更けてゆく夜にかすかな呼吸なす闇はあたりを包みて来る
発つ鳥の飛翔はかつてわが腕にありしや果なく青き大空
日を溜むるなざりのありて目の通ひ風吹く池の堤過ぎたり
白陶の狐が灯りに浮びゐて夜を祈れる人の動かず
置くつぼが堪ふる内の闇ありて一人の室に坐りゆきたり
澄とほる水の傍を歩みをり一期と言はむ今とし言はむ

澄む水の流れの起伏凛々と言葉輝き反りて来る
春の日を蓄むるなざりに人食ぶる土筆は土を被きもたぐ
枯草の秀のすり切れて春近し釣人歩む細き畦道
蒼黒く去年の腐れを沈めたる水底に青き新芽が覗く
食はれざりし大根土よりのり出でてきらめく春の光りとなりぬ
すき焼きにつぶすと人等語りをり負けたる鶏は片隅に立つ
煽られてビニールシートははためきぬ風の狂へるままに狂ひて
音響を受くる螺旋に耳の立ち頭脳に暗く穴下りゆく
新聞に幼児虐待の報せらる平和日本の象徴として
白梅の白鮮やかに照り出でて日差しの渡る空を見上げぬ
歩み来し足横たへてながながと犬は眼を閉しゆきたり
細き目を開けたる犬は亦閉ぢぬ温き日差しの庭にわたれり
脛の骨斯く大きくて病み長き男が杖突き歩みて来つ
暖かき日差しずかに土に沁む蓄めてはげしき命生ふるや
届きたる日差しの中に忘れゐし拡大鏡が光りを返す

照り出でて室の明るみ密密とあまれしたたみのいぐさの青し
捲き上り音立て壁にたたきつけビニールシートは風に揉まるる
全てみなさざめとおもうしずけさは細くなりたる食に由るらし
足跡のくぼめる雪の降り初めて証は斯の如くはかなき
辛うじて寒さに耐へて歩めるを声をかけられからだふるひぬ
休みなく動きて居りし蟻潜む土の上踏み歩みゆくかな
流れ出る汗の力威何時か失せ顔にハンカチ当ててゆくかな
積上げし過去の手なれに運転手わが目危く荷物積みゆく
更けて来て窓を固める深き闇眠りの中に入りてゆくべし
夜の灯に深く頭を垂れて居り成せしことなく過ぎし日をもつ
うまきもの断ちたる僧の直ぐき首我はうつむき表をひからす
つながりてはるかなものに届く目をもつと晴れたる星空見上ぐ
億光年眼の繋ぐわが在処至り難くて星光降りぬ

両手突き脚をふん張り立ちたるに坐るときにはへたへた早し
究まりは宇宙を包む我となり星の光りの瞳に届く
筧より流れて落つる水の音収めて庭の木蔭のふかし
癒へたりと思ひ居りしに起き出でて機能と変らぬ足に歩みぬ
皮膚一枚距ててもてる内の闇動脈瘤のネガを説かれつ
春嵐に操る鳶の滑空の拡げし翼おのずからにて
高く低く春の嵐を飛ぶ鳶の拡げしままに翼あやつる
朱の受益のぼりゐるらし差し交す楓の梢に春の日の差す
待ち兼ねしものの競ひにつくぼうし頭を出して春陽わたる
目の渋り退きて手足のおのずから伸びもち起きる時間となりぬ
一夜寝し手足に大きな伸びをなし朝の床に起き上りたり
いち日を立ちてはたらく誘ひに障子明るくわが目に届く
傘形に梢は空に拡がりて日差し受くべきネットを構ふ

吊り下げしズボンの脛の歪みをりひと日はきたるものの疲れに
臥す床と草畦歩む日々にして財布が月追ひふくらんでゆく
貫きて闇を走りしサイレンの内耳に残り闇に消えたり
去年の草朽ちて水底に沈みたる黒き中より萌し来りぬ
作りしは天皇なるか時匠時又奴れい甍の高く
菓子なぞを食べる時間に過ぎてゆきおのれ所在の問淡々し
撰ばれてこの世に出でしわれなると霧混迷の中を歩みつ
眠れぬは眠らず居れの忠心と思ひつ眠らん瞼閉ぢをり
男たるは鍋の蓋とることなかれ俺は男に一寸足らぬか
肥りたり間食するなと言はれ来て今日は饅頭半分に割る
赤青の灯り競ひて俄のあり大きな闇の覆ひゐる下
青き水魚の棲まずと泥少し底に溜めたる渚を眺めつ
純白の挙りし花に朝日照りこの木蓮は母の植えたり
白き翅突如現れ闇を飛ぶ虫はライトの光りに直ぐし
饅頭を食ひ了へてよりとめられてゐる間食に思ひの及ぶ

皮のみに残り朽ちる大き幹そのまま今年の若葉を萌やす
或る点に来し秒針が光りゐて人無き室に循りて居りぬ
拡げたる翼のままに鳶高く気流はそこに昇りゐるらし
一すじの土のくぼみて草の絶へ人の踏みたる体重ありぬ
揮ふ鞭奴隷の肌を破りゆき丹に輝ける高殿建ちし
いにしゑの小舎震はせる雷鳴に弥生の人は集り耐へし
目の届く億光年のはるけさよ星我を作らず我星を作らず
平かな水の面を見たる瞳に机の本を開きゆきたり
ぎりぎりの間食ひなるらりし啄みて居りし鴉は羽根を拡げぬ
今日ひと日如何に生きしか問へるとき氷の如く坐るわれあり
羽根を博ち尚啄みてゐし鴉近寄る我に飛び立ちゆけり
紫をあつめてすみれの花咲きぬ母なる日差しさんさんとして
雷鳴の空を震はせゆけるとき縄文人の小舎粗かりき
石斧に日の降るさらば縄文のだだむき隆く肉を置きたり

殻の中に養ひゐたる飛翔力蝉ははるかな森に渡りぬ
紙切りしナイフがたたみに光りゐて童等去りし室のしずけさ
殻脱ぎし蝉はしばらく這ひゐしがはるかな森に渡りゆきたり
むくみたる瞼に細き目となりてしばらく本を開きたるまま
刻みゆく刀の先に導きの大きな静けさ云ひてゆきしか
一刀を刻み手現はる御姿に三度拝みて成りたる像ぞ
たたみの目こまかに並び夜ふかし眠らん灯り消さんと立ちぬ
いくつもの谷より水の集りて東条川は水争ひき
大きなる静けさ希ひ一刀に三拝したる仏師ありたり
みずからの力を頼み振り捨てて夕の道の一人なりけり
空覆ふ緑の凱歌反し合ふ日差しに原の一樹立ちたり
道傍に黄の水仙の一つ咲き歩める人の言葉を誘ふ
打ちし水乾きてゐたり跡もなく舗道を灼ける日の照りつけて
霜に萎え伏してをりたる葉の立ちてたんぽぽ黄に照る花を掲げぬ

太陽に向ふ黄の花一斉に掲げて春の光り満ちたり
たんぽぽの黄に照り競ふ畦となり羽虫は空に羽根輝かす
何ものの動くと見えし草蔭に大き蛙の我を見てをり
春の陽の原に渡りてあふみどろ溝の表を領じ来りぬ
寝ねて唯伸ばせしのみの手足なり八十年のしわのよりたり
澄みわたる山頂の上天空の果なきが見ゆ見えざるが見ゆ
歩み来し山の奥なる岩や木の時経し中に我は立ちたり
手を合はせ尊く光る月なりき祖母や母等と仰ぎ見たりき
窓の灯の次々消えて外灯の淡き光に夜更けゆきぬ
映画館なりし建物こわされて失なひゆける若かりし日日
花の絵が澄みで小さく描かれゐて虫殺す指の圧に押へぬ
照り出でて匂ひ漂ふ菜の花のありて春原歩みゐるかな
亦一つ思ひ出消され映画館建ちゐし土地の?されてをり
拓きたる人に吹きたる涼風か荒れし棚田の草をなぎゆく
春近く己を切らん日の差して痛みに落つる放したる枝

しわ深き手に人生論を開きゆく頭の中の僅なる?
戦に植えて絞りし人等死に菜種は堤に今年を咲きぬ
かたはらを車のはしり木蓮のはなびら白く散りて落ちたり
引ける手にそこより切れて這ふ草は葉の節毎に白き根をもつ
競ふごと木蓮の花散り落ちぬ地に着く迄の白き光りに
ひんやりと目が覚め出でし廊の枝春踏む足となりにけるかも
拡がれる花火に花火打ち上りひしめく人となりて見上ぐる
みどり透く葡萄一粒口中に潰して解けぬ本に向ひぬ
タイヤーの沈みて動きし泥の跡乾きて深き蔭をもちたり
われの顔眺めて飽きぬ不思議さに暮れゆく窓に写りゆきたり
暮れてゆく窓にわが顔写りゐて見なれし筈を凝らす目となる
ブランドと言ひて触れらるアメリカの小市民趣味に組み込まるらし
酸欠に大きな亀が浮び来ぬ泥の底ひにながく生きしは
短かかる命といへど亀ならぬ人に生れて来しこと思ふ
流星は輝き虚空に燃へ尽きぬ我の選ばん命なりけり8

若き葉は日に透き空を指してをり地に落ちたるわくら葉いくつ
金の砂撒きたる如ききんぽうげ我は王者の歩みを運ぶ
晴れわたる空よりはなびら降り来り歩み止めて山並眺む
たんぽぽのわたとび散りて簡潔に茎は春ゆく畦に立ちをり
瓜の筋いたく際立ち来れるを切らんと呼べし指に眺めつ
引き寄せて車の走り目指しゐる山は雲間に高く立ちたり
ひしめきて言葉群るるに原稿紙の上に正しく並んでくれぬ
ぐんぐんと引き寄せてゆく富士の単車は風を巻きて走りぬ
百年の蓄めし日光ごうごうと風を鳴らして松の立ちたり
補聴器を買へとすすむる友のあり聞こへぬことを楯となしゐる
買物を下げゐる靴の音高く女階段を降りて来りぬ
むらさきの光りを集め春の野にすみれは花を開きゆきたり
説明をされゆく水の美しく底ひに光る石の白あり
美しいと言はれし言葉に澄む水の見えて車は山中走る
春の陽の一日照りてあふみどろ領域拡げしほとりを歩む

作るもののこころはぐくみゆくべしと思へることもごう慢にして
他者否む若き日ありき散りへりし全て相似る林を歩む
黄にもゆる葉をふり落とし公孫樹至りし冬の簡潔に立つ
二本足で歩みもちたる進化論解放されし手にて取り出す
掃除され整へられしたたみの上本を散らしてわが室とする
振るひれが掃きて通へる水底の砂にてあらん一すじ白し
冬ながく地にひそみし咲く花の爆ひるが如く乱れ満ちたり
とぼとぼと杖にすがりて老人は死なざる故の歩みを運ぶ
死なざれば己れに生くるほかなしと杖にすがれる老人見つつ
みずからの中に悪魔を見たる日よながき記憶のひと日とならん
星と目のつながるものを追ひゆきて宇宙の初めに思ひの至る
新しき溝つけられて傍の沼は泥積み草に挟みぬ
山草を分ちて風の吹きゆけば昔はさわに葦生えたり
高手小手針金にしばり鉢植の松並べられ育てられをり

餌を咥ふ雀を追へる雀あり生きねばならぬ命もちたり
うぐいすの声に止まりし山路にて深き若葉は光透きたり
ひしめきて溢れる人の中歩む瞳動かぬ一人の足に
さざなみに水の面に平らにて夕のもやに?のかくれぬ
結局は家に帰りて誰も皆同じく眠らん散会となる
去年と似る言葉聞きゐる開講式終る時刻を時計に眺めつ
わし無茶こうん無茶言ひよる知っとんねんがひコップ酒飲む夜更けてゆく
稲妻の走れる度に見合せる瞳となりて止むを待ち居り
庭石をたたきてしぶき降る雨の寺にてあれば大きしずけさ
知るとふは悲しむこころ増すものと歴史の本を閉したる後
癒へて来て呼吸整ふわれの日々神はしずかにあらんとおもう
脱け出でし蝉殻のごと歌作りひとりし居れば老ひのふかしも
今一度生れなほすかと問はるればわが生涯は罪多かりき
水求め山さすらひし戦の記憶のありて水栓ひねる

反すうをなしつつ牛はい寝ねてをりこなれをらぬを体内にもつ
もの掴む指に開きて手袋は春逝く納屋に忘れられをり
冬の?研き落されて忘られし鎌は草切る光りを放つ
雷鳴は還れる音に響き合ひはしりて還り轟きわたる
雷鳴は鳴りたるときより響き合ひ返し返しておさまりゆきぬ
釧に見しは羨望なりしかはた恐れ石室ながく閉されゐたり
ひとの言ふつまらん言葉はそれでよしわれより出るは我慢がならぬ
流れゆく滴に肌を光らせて裸の木々は冬を立ちたり
雷鳴は山と山とに轟きを返し合ひつつ空を覆へり
兵従きし跡は千里に人見ずと伝へて広き平原ありぬ
灯をしたふ虫のとびくる夕膳となりてビールの喉を洗ひぬ
朝顔の青あざやかに咲き出でぬ眠りのひまに育ついのちは
暗黒の闇がはぐらむ朝顔の朝の光りを開きたるかも
眠りゐるひまをはららく胃腑らあり朝さわやかに目を開きたり

飾られしひな人形は人形師幾代重ねし端正にして
細き首写して立てる白鷺は動く魚を計る目をもつ
白豪の光り放たぬわが眉間足の先迄満たす息吸ふ
届きたる歌誌読みおへてよき歌は我が作らねばならぬと思ふ
空伝ふ黄砂含みし雨乾き駐まる車は斑点をもつ
草の生え枯るるが如き歌の数命保つは斯くの如きか
尾の躍り背の波打ちて鯉幟吹きくる風を汲みゆきたり
手に持てるコップの水のゆらげるが机に置きてさだまりゆきぬ
昭和とふ年号記憶に新しき思ひのありて手のしわ深し
はるかなる塔先かすみ春の日の差しゐる坂を下りゆくかな
あの池に魚は今も居るかなと老ひたる足に坂登りゆく
亡き母と重ねたる目に木蓮のはなびら白く澄みとほりたり
トラクター草刈る音の響き合ひ原にぬくとき光りわたりぬ
灼熱の光りとなりて這ひ出でし殺さねばならぬ大量の蟻
葉の裏の白一斉にひるがへり迫れる谷を風登りゆく
暮れてきてかすかに浮ぶわが家見へ点もる灯りが闇押し返す

目を閉ぢて見えてくる闇朝顔の赤きつぼみのふくらみてゆく
春光に直ぐく伸びたる脚となり歩巾ゆたかに歩みを運ぶ
小さなる星と蛍の飛び行けば光りはいつもはるかにありぬ
目が覚めて朝新しき光り射し包む布団を揆ねてゆきたり
日日に土に落せる影ふかく若葉は張るの光り盛りぬ
差せる日とわれの体温一となり原のみどりの限りもあらず
朝が来て昼が来て夜となりてゆき布団の中に意識うするる
混沌の闇に身体を横たへて朝新しき目を開きたり
引寄せし布団の中に目を閉ぢて深きカオスの中に入りゆく

2015年1月10日

療養

地平より吹きくる風を一杯に吸ひて満たる胸に歩みぬ
明日死ぬか知らぬ命は常に見る山新しく玄関開く
足運ぶ今の首の尊く流れゐる水と歩みを合せゆくかな
渡る陽に苔の増しゆく青き色命は今を営みてをり
時ながき悩に体歪みしが神経性の難聴と書く
本町のところどころの駐車場こわせし跡を区切り名を書く
ところどころ家こわされて朽ちし枝くずれし壁に本町のあり
押し合ひてせいもん松に集ひたる記憶重ねてぱらぱら歩む
うどん屋に並び待ちゐし人の群還るはあると思へず歩む
映画館量販店と変りたる建物壊され砂利を敷きたり
濁りたる水平かに雲映し昨日よりの雨そりたるらし
照る月と流るる雲の争ひて更けゆく夜の窓に嵌りぬ
常に見る日差しを溜むるなざりにも巻く風ありて窓を閉しぬ
十二時となりてふらりと立上る未だ空かざる腹をおぼへつ
熟れて落ちつぶれし柿も新たなるいのちを生まんをのずからにて
増してくる冷えに瞳の締りゆき空は刃金の光りもちたり
身を締むる冷えに瞳の遠くして空は刃金の光りもちたり
わが思慮の届かぬところに身のあるをしみじみとして覚え臥しをり
他をけなす声の次第に高くして女等手振りも加へはじめぬ
くさりたる落葉沈めて溜る水青く濁るは死の色をもつ

はるか遠くはるかに遠く飛ぶ鳥の入りゆき透ける空のありたり
届かざりし柿の実二つ夕焼と紅を競ひてそらにかかりぬ
健かな脚ある内にと希ひたる死にてありにし壁を伝ひつ
深みゆく霜が染めゐる草の紅少し廻りて群るるに歩む
葉の散りて明るき林虫などの居らざる歩みすたすたとして
食ひ過ぎを慎まねばと思ひ居り腹の満ちたる意識を持ちて
豊か故ひもじさありと止めらるる酒瓶並ぶを眺めて過ぬ
吹きつける風に抗ひ立ちて居り本読みながく坐りゐたり
一つまみ程青き草あり後枯れて堤の景の今日も変らぬ
茜差す溜りが見えて閉せしが間もなく障子蒼く移りぬ
水草の朽ちしを底に沈ませて眼窩の如く冬の池あり
朽ちし草沈みて水の底黒くわが顔写るは捕はるに似る
山と山迫れの間に草を刈る人動きをり小さなる腕
年永きかなしみ蓄むるにあまりにも細き体ぞ女泣き伏す
捕はれてわが顔あらぬ水草の朽ちゐて黒き水の底ひに

絵の鷹はわれを見をり描きたる人が伝へん研ぎし眼に
易るとこそ伝へて道土風狂の変らぬかんろうに描かれゐたり
天地の肇まる力伝へゐて鷹の眼は描かれてをり
頭に巻く布上げ口に挨拶を言ひて寒風に歩みのはやし
食ふために生れ来たかと思はせて料理番組テレビに続く
生きるために食べるとおのれに戒めぬ料理番組テレビに続く
青ふかく露草咲きてすみとほる果なき空の青と向き合ふ
噴き出でて火花の走り鍛冶工は削る鋼を当ててゆきたり
平かな水に雲影移りゐて冬は乱さん生物のなし
整はぬイメージがイメージこわしゐて電子社会の本を閉しぬ
霜に枯れ咲く木蓮の花のあり母植えられは母の思ひ出
閉ぢ合へる氷に凍てし冬の朝いきいきとして光りはしりぬ
枯草に円な露は結ばぬと朝の原を歩みゆきつつ
円かな露を置かざる枯草と朝の原を歩みゆきつつ
雪煙上げて仔犬の走りゆき原は新たな一斉の白

起き出でて朝の冷えを知る腰に行かねばならぬ時計を眺む
承けて来し枝一つづつ奪はれて老婆は漬物撰びて居りぬ
草枯れて下に溜れる水の透き原は夕へと移りゆきたり
八王子神の御名のみ残りゐる痩せたる土を歩みゆくかな
唇を尖がらしてゐる相似形熱きおじやを並び食べをり
とけそめし霜まるまりて露結び天つ光を宿しゆきたり
土深く茎を保ちし冬葱の洗はれ白く艶もち並ぶ
永き冬護らん梢の厚き皮空に光りを争ひ並ぶ
金色に公孫紅葉の極まりてこの荘厳に散りてゆくべし
もののいのち極まるところに死はありと公孫樹黄夕陽を透かす
極まりし公孫樹黄葉の散りてゆく木は惜しまざり我は惜しみて
一日をこもりて出来し歌幾首読み返しをり外は雪降る
朽ちて来し村の神殿集めたし宮の瓦も欠けて来りぬ
村中の神殿集め祀りたる宮も板古り欠けて来りぬ
必死といふ言葉のありきこの頃の若者使ふことを好まず
草枯れて平らな冬の径となり歩巾自在な歩みとなりぬ
散りさけし魚は芝生に跳ねてをり水を求むるおのずからにて

同化作用営むものの傘型に梢並びて冬の山あり
吹く風が運びし砂丘こまやかな砂なだらかに光り渡りぬ
審議拒否採決強行くりかへす茶番劇にて面目のため
かくしもつ殺意曝きて包丁の刃先鋭く照されてをり
殺すため裂くため人の作りたる包丁光り並べられをり
ブランドの素敵なマフラーと言ひし口何着せもらふ駄目なのねえ
更けてゆく空を掲ぐる月光りわれは一人の影法師置く
家陰の形くっきり霜残り原は輝く光渡りぬ
草枯れて露はとなりし深き谷突き出る岩の影あらあらし
縁側に陽の当りをり冬されば坐りて毛糸編み居りし母
枯れて来て変らぬ姿に草の葉はおだしき冬の光りを返す
セーターを解きて帽子に編み直し冬日に母は出でてゆきゐし
降る雨に笹の濡れ来てかたつむり動かん角を伸ばしはじめぬ
寒き風防ぎてかくす頬かぶり冬の田に見ゆ過ぎし親しさ
飛び立ちし鳥に枯葉の落ち来りいのちを抱く山のしたしさ

敷きやりし紙食ひ千切り雨空に散歩させざる犬は過しぬ
枯原の展開ぐる白に目を上げて薄るる雲に日輪学ぶ
刈られたる稲田の広く渡りゐる秋の日差しにいこひゆきたり
一年の営をへし稲の白は冷く冬の陽差し受けをり
明らかな山の梢をあらしめんガラスの露を拭き取りてゆく
檻の中の獅子は大きな欠伸せり噛み殺したき退屈もてば
読み返し傍線引きて消してをり消すはたちまち十首をこえて
枯草の沈みて瑠璃展ぶ冬の池透明空に渡りゆきたり
夢に来し母の許せるほほえみにあかときの目をみひらきてをり
ペンの数ふえてノートの文字ふえぬ机の上に頬杖を突く
蒼き水底を知らねば魔の棲むと古人言ひたり祖母の言ひたり
この山に鬼女棲みたりとかつかつに食ひて生きしを伝ふるならん
牛の玉の由縁問ひしが昔からと池の堤に紙札を立つ
一本の杉の木立てり永き時蓄めて来りし幹の太さに
コンクリートの鉢に植えたる花の苗夏の無惨を路傍に置きぬ

不意に足かけて来りしつなぐ犬帰さぬ力を入れて抱きつく
昼食を一人が言ひて全員が腹空き会の旅行のありぬ
刈る人も刈らるる草も陽炎の一つにゆれて春の日の照る
平かな水に梢の映りゐて腑して眺むるものはくわしき
濡れて来て白き光りに枯原を直ぐく貫く舗道となりぬ
耕して得たる金にて買増せし田畑と祖母は幾度も言ひぬ
忘れゐしアルミの脚立枯草に光り走らせ冬の痩せたり
一夜にてかねもちの木の萎えたりと失なふものをもつものの声
打ち合ひて騒げる木末隣ゐていとなむものの必然なれば
青く澄む播磨山脈見てゐしが果なき空に瞳移しぬ
線香の煙くゆれる六地蔵我が家の香もたててゆきたり326
草枯れて畦が区切れる田の並び人は競り合ひ耕しきたる
四十億年以前に物はくりかへし自己組織化を進め居りしと
弾丸それし一糎程の命にて測るべからず死との距ては
熟れざりし無花果黒く乾きゐて過ぎたる我の生に関る

わが命囲へる皮膚をもちたればかなしみは外へもらさずにをく
庭隅に小さくあきし穴ありて知るべからざる内部をもちたり
アラブの神キリストの神と争ふもそこに石油が湧きて出る故
常に抱く滅びの慄へ事の無くノストラダムスの年の過ぎしも
子午線の町を訪ぬとバス頼み縁求むる人の集ひぬ
子午線が通れる故に子午線の通れる町を訪ぬと集ふ
枯萱のされしが白く揃ひゐて光れる風にそよぎゆきたり
抑へゐし襟を放して雲かげの風と去りゆく枯野を眺む
感傷も何時しか消えて葉の散りし林明るき歩みを運ぶ
雨水の溜りに雲の流れるを見てをり人も束の間の生
降り止みし溜りに雲の移りゐてこの世にあるは他者に関る
葉の散りて裸の墓石となりたりし寒きを眺めわれは立ち居り
逃れたき足の早みて風寒き道に帰らん歩みを運ぶ
まさやかに畦に区切れる田の並び人営みし歴史はくらし
冷ゆる日も土の暗きに営みしリボスの角芽出でて来りぬ

舗装裂き出でて来りし草の芽のやわらかなるを畏みてをり
流れゐる水は草にと消えゆきて明日を知らざるわれの止まりぬ
襟抑へ心閉せるわれとなり冷えたる道を帰り来りぬ
流水の運べるものに目は止めて僅に残る白髪のあり
夕映えは来りて我を包みしが影の黒きに残し去りたり
冬の雲重なり空に満ち来り支ふに細く木末立ちたり
水涸れてわずかに残る青き籐夏をはびこるあふみどろとこそ
坐りゐし距て狭めて語りゐし人等肯き立上りたり
並べらる目差しの窩の大きくて修羅に生きたる荒き海あり
明日の昼食はんと仕舞ひ置きたるを一つ味見て半ば食べたり
戸を開ける我と小舎出る犬の目と合ひしが風あり散歩を止める
冬の山掘りてうもれるけものらの山と一つの眠りもちたり
水底に光りの届き朽ちし草沈めてゐるをあばきて止まず
朽ちしもの底に沈めて水ありと届く光りのうごめきてをり
生きものの動くを見れば飛びかかる犬あり食はるる肉もちたれば

昼食べて満せし腹の空となるそのどんらんを愛し酒飲む
口開けて腹に落ちゆく闇のあり限りのあらず欲望すまふ
夜の廊下区切りて照らす灯りつけ眠らん室に我は歩みぬ
夜の橋の巾を灯りの照しゐて闇に流るる水音ひびく
行き詰る思ひは煎餅かじりゐて更けゆく室にペンを持ちをり
寺の名の残る地下より出でて来し飯碗などを埋め戻しをり
奥山の峯けぶらふは雪降りぬひしひし緊めてくる冷え
耕転機去りたる後に土盛りて粗き影なす変貌ありき
永遠を誰も変へるとおもをふに世間の噂告げて帰りぬ
倒産が亦ありたりと告げくるる己にあらぬ笑ひをもちて
歯応への確にかへるを我としてものを食べつつ本を読みをり
風が来て落葉のあらぬ道となりながき変転の歩みの運びぬ
中に簾がありとひかざる大根の常なき迄に太り来りぬ
食へざれはひかぬ大根のび上り日々に太るを憎む目に見る
与へても要らぬと言ひし幼なりきよう食ふようになりておりたり

水に触れ身を翻へし空に飛ぶつばくら黒き羽根光らせる
一せいに飛び立ちゆきし群雀羽音充ちたる冬空となる
雲低くこめて来りし街となり陰影淡く人の歩みぬ
灰色に雲こめ来り色淡き吾となりゐて通り過ぎたり
倒産をしたる商社のビル高く空抜き目に立つ社名掲ぐる
世を離る思ひは世も亦離りゆく切実にして会合に居り
剪定をなしゐる男てっぺんに届く梯子をかけてゆきたり
揺れゐつつ梯子を登る男ゐて見てゐるわれの脚がゆれゆく
たわひもつ梯子を平気で踏む男見てゐるわれのすねがふるへつ
冬空に羽音満して群雀翔ちてゆきたり一斉にして
目の前を猫が走りて買物の二つをすませ一つ忘れぬ
一人ゐる時の淋しさ潜めもつ女出会ひし肩を打ち合ふ
出合ひたる女は肩を打合ひぬ黙せる時より出でて来りし
倒産の 社は街並抜きてをり野望と破綻は背中を合す
命囲ふ皮擦りむきて血の出るを絆創膏にて修理なしたる

疑ひをもつ目鋭く大きなる開きをもちて画面の映す
窓ガラス打ちて唸れる風の吹き防がん構え祖より継ぎぬ
冬の日のすき透されて土黒く淡き日差しを蓄めてしずもる
頭より続くくちばし太くして鴉は塵場に舞ひ下り来る
近寄れる我を見てゐし大鴉まだ距離のある横を向きたり
長き日を稲が育ちし冬の土返して人は空気通はす
ガラス戸に昼を動かぬ雨蛙生きゐるものの喉を動かす
横向きし頚に刻めるしわ見えていつより斯かる太さのありし
閉したる冬の夕を風めぐりつぶやきなどを集めるがごと
生きの日の残り少なくなり来り庭の一木貴かりける
踏みて揺るる梯子を渡りくる男大地の如く足を出しをり
ひらめきて窓のガラスをライト過ぎひろげしままの原稿白し
半分に破りそれを亦半分に破りなかなか想まとまらぬ
ひらめきて過ぎたるライトを恋ひたれば再ひの闇にわれは立ちをり
草朽ちし土に草生え年を継ぎおのれ養ふいのち眺むる

真夜さめてうかび来りし歌一首忘れ去りしは出来のよからし
降りつみて白一斉の朝の雪歩み難しと扉閉しぬ
折々に障子を撫でる黒き影干せるタオルに風吹くらしき
渦巻きて樋門に水の吸はれをり落葉をもてる高原の池
抜かれたる樋門に吸はれゆく水は渦巻き拡げて音立て初めぬ
義経をジンギスカンにならしめし幻想いかなるかなしみの果
風と風木と木の打ち合ふ音ひびき暴風警報の夜更けてゆく
夏日差す海に集へる人無数一つの海に遊びもちたり
戦に山を走りし熱き血のめぐりし脚も細くなりたり
夜の空を挙げたる音に風荒び蒲団の中に手足小さし
口多き老婆が日向に並び居り顔合せては返すもならず
羽根急ぐ の窓を通り過ぎ夕映え凋み暮れて来りぬ
小さなる池と思ふに現はれて消えてゆく波限りのあらず
無人駅に園児等来り声溢る溢るるものよりもたぬその声
不意に出でし声にあたりを見廻して恥ずる思ひ出この街にあり

耕転の後つけてゐる鷺の群曲れるときに一せいに飛ぶ
坂道の途中にしばし止まりぬ年々足の衰へはやし
限りなく小さなわれとならしめて夜の空吹く風の りぬ
夜の空は一つの音に風猛り蒲団の中に我の小さし
濁りたる青きを拒む目となりて街裏の溝に沿ひてゆくかな
おもむろに霧退きて差す光りわれは日輪の歩み運びぬ
旅に出て一人の歩みもてるとき人の目幾重に囲む常なり
吠えてゐし犬が消えたる家蔭の底なき闇となりて更けゆく
頭垂れ今日生きてゐる歌作る大動脈瘤を内にもちたれ
壺立ちて壺の中なる闇のあり空虚な用として作らるる
新聞紙束ねてゆける過ぎし日のありて残らぬ記憶に立ちぬ
幾人の老婆が日向に並びをり憂ひのあらぬ忘られし顔
千両の赤が掲ぐる庭あかり冬の空気は澄みとほりたり
いたいいきし魚を殺さん羽を研ぎて差せる光りにかざしゆきたり
うららかにわたる光りを眺めをり電波過密の空間と聞く

他者拒む釘を打ちをり野良猫が出入りをなせる庭隅の垣に
千両は今日の紅掲げゐて冬の光りの澄みとほりたり
ふくらみて地雷に似たる形成し草は次々殖えてゆきをり
眠れざる時を惜めば起き出でて書斎の灯りを点もしゆきをり
月越せば破れ捨てらるカレンダーの美女ほほえみて我に向ひぬ
如何ならんもののあるかと首伸ばしガラス歪める映像なりき
明日に着る服整へて掛けてをり知らぬいのちと書きし手をもて
ひたすらに生きしおのれを肯へばわれゆえ貧しく生きし父母
ひたすらにおのれに生きてうから等を困惑させし経歴をもつ
尻上げてペダルを踏める少年は坂の頂き見つめてゐたり
枯れし葉は底に沈みて冬の水流るとあらず澄みとほりたり
木蓮の白きつぼみが挙りたり霜置く匂水母の植えたり
歩み来し野原の景色帰りたる室に言葉となりて整ふ
帰り来て散歩のイメージ整ふる室を言葉の工房として
整ふる言葉にイメージ鮮明となり来て室に散歩の終る

窓ガラス拭きゐし男去りゆきて山に梢のこまやかに立つ
わが知らぬわれの命を包みたる皮膚と病にたふれたる後
山並が囲ひてわれの村のあり果なきものは仰ぎ眺むる
年月が太り加へてゆくしわを刻める顔に我は見上げぬ
鋸に挽きて直ぐなる枝となし耳に挟みし鉛筆取りぬ
ながく引く声に鳴きゐる犬のゐて囲へる棚に肢を掛けをり
幼な日に遊びし山は草覆ひ杉木倒れて入るを拒みぬ
氷張る三日が過ぎてもやい立つ今日の日差しを歩みゆくかな
追腹を切るよろこびを記す遺書武門の面目ありたりし日の
おいしいと言ひて画面にほほえめるテレビ相似る顔をもちたり
手袋の手を握り緊めて歩む冷え氷は白き光りはしらす
仮借なく枝の剪られて陽の量の増えし葡萄の下歩みゆく
草を食む犬の欲るままに立ち止まり背中に温とき冬の陽満たす
つけらるる怯えに後を振向きて見えざる怯えに夜の道歩む
はしり出し妻の行く手に目をやりて曇る空より引く雫あり

腰上げてペダルを踏める少年は未来を駆けんとかがみ伸ばす
コンピューターが促す合併三人の社長は固く手を握りたり
三人の社長ほほえみ手を握る内の二人の降格すべく
合併に三社の社長手を握る人員淘汰の吹き荒るるべし
一人の社員に幾人の家族あり人員整理発表を報ず
ふくらみてきたるつぼみに目のゆきて忘れてゐたる梅の木ありぬ
草にじり土を抉れるわだち跡冬の夕べはそこより昏るる
蔭濃く茂りて居りし葉の散りて株は浅き光り遊ばす
爪切りに剪りて過ぎたる日々のあり机の上に散ばりてゆく
爪切りに剪りたる爪を集めをり老ひては捨てんにちにちにして
漫然と生きたる日々の爪の伸び切りしを捨てにゆくべく集む
棚に伸びて枝のぱさりと落ちてゆきさわに稔らす剪定進む
さわに得ん鉄の刃鳴り用捨なし葡萄畑に剪定すすむ
潮引きし砂に見えゐる穴の数底につななぐと浸みしは眺む
今日もまた刑事の大きく研ぐ眼映りて人の欲するは何

2015年1月10日

世の中の知らぬ命をはしらせて逸らせて酒の喉下りゆく
重なりし水のひかり交し合ひ扉を開けし瞳に展く
重なりし水のひかり交し合ひ冬の朝の明けて来りぬ
霜の禾冷えに鋭く戸を開けし我に争ひ襲ひ来りぬ
夜の間を樹液が運びしふかき青朝顔の花開きて居りぬ
文字綴る力の未だありたりと点滴の管外されし後
三合の米にもならぬ程の落穂老婆は手はかかり拾ひぬ
枯れ果し原に瞳の遠くして空を分てる稜線濃し
日の光り一日届きし棰の枝久しぶりなる素足に踏みぬ
足交互に出して行ければ結構と日向に腰を掛けゐる は
移りゐしいのち極まる原澄みて曝れたる草の白く輝きぬ
枯れてゆく草に追はるる身をもてば言葉をもてば冬の陽浅し

2015年1月10日

無題(12)

のぼりたる体重計の針の先生きるいのちの揺れいて止まず
置かれいるガラスの瓶の半ば程区切りて水は明るさをもつ
右足の指に歪みし靴拭きぬ明日より長期出張に出る
根を伸ばすガラスの瓶のヒヤシンス水のふふめる光りに白し
雑草のはげしき萌しをくり返し妻にこの夏過ぎてゆきたり
ゆるゆると風を孕みてカーテンのふくらみ来る涼しさにおり
陽の亘る庭となり来て鶏頭の真紅の花が庭を統べたり
ふくらめるカーテンの裾より流れ来て風は読みゐる瞳を冷す

釘打ちし鉄の臭ひの洗ひたる手に残りゐて夕餉に並ぶ
ホースよりほとばらしめる打水のとどく限りの口を絞りぬ
ホースの口絞りて水のほとばしる唯それのみに吾が背の直ぐし
卓に置くガラスの瓶の水満ちて涙と同じ密度に光る
涙のごとガラスの瓶の水満ちて昨夜一人の卓にありたり
設計の紙に引かれし直ぐき線山を貫くトンネルにして
朝顔の葉の枯れ来り吹く風の瞳締まれる冷えをもちたり
ひしの実を採りし童は爪をあて歯をあていしが遠くへ投げぬ
残りたるいのちは赤き鶏頭の花の炎に瞳置きたり

彼処より一人とならん岐れ道見えいて変らぬ歩ゆに歩む
手を振りて岐るる道を過ぎしより我の歩みの少しく早し
走り寄る途中に切れし電話器の我に関る何のありたる
いちにちをおへて門辺に見はるかす住み在りなれし山亦草木
客の背の消えゆきしを見定めて我となりたるあくびをなしぬ

出合ふ人何の人も知る人にして村一軒の店にと通ふ
大方は老人にして村の店ながくかかりて物を撰べり
殺意なぞ誘ひもちて三日月は細く鋭く冬空に研ぐ「光りを研ぎぬ」
何買うたん買物袋をのぞき見て出合ひし人は挨拶とする
挨拶をされて出来ゐし歌一首思ひ出し得ずかへりゆくかな
遺伝子の不思議を読み居りわれが持つ遥かなる過去はた亦未来
身がもてる過去と未来の果しなし読み了へてわがおごそかに坐す
果しなき過去と未来を包みもつ我と思ひぬ今と思ひぬ
大寒の氷重なり刺し合へる光りを見つつ家路を辿る
曝ひ切りて白く光りを交しゐる草の堤を再び歩む
濡れてゐるところは青き苔保ち冬の小川の杭の立ちをり
耐へ生きて何のあらんと言ふならねストーブに掌かざしゆきつつ
大きなる声に吐きたき思ひあり記憶は恥の多く残りぬ
虚ろなる言葉の交しに移りゆき残る記憶は恥の多くして
照らしたるライトに振り向き輝きし顔をしばらく保ちてゐたり

灯を消して寝床の中に背を丸め眠りを待てるわれとなりたり
山際に日を溜めてゐるなだり見え曝れたる草の光りを返す
忠霊碑風に冷えゐて弾丸に死ぬ痛みを知るは減りて来りぬ
不思議なるものの一つに裸にて走り居りしが口紅をぬる
おとがひの角の張りきし女にて如何なる由の移りもちたる
一すじの髪の乱れに目を止めし女は亦も櫛を出したり
数多き髪の乱れの写りたる少女は亦も梳き直したり
飴なめて無 の時を満しをり包みもはぎし手の皮たるみて
枯草に火を放ちたり地の中に新たな春を待つもののため
炎あげ枯れたる草は燃へてをり新草育つ灰と化しつし
灰となり新たな草の肥となる命か野焼の炎爆ひつつ
おれの悪口当然言ってゐるだろうおれも他人のあらが見えゐる
みどりごは固く握りて泣きゐたり掌紋如何なる運命をもつ
腹満たし一人の室に戻りしが机の菓子に手を伸ばしたり
八つ橋の歯に立つ音に一人なる時をしばらく充たしめてゐつ

鳥の声何処かへ去りて降る雨の音も閉せし室に届かず
根を伸ばし枝を拡げて松のありひたすら己れの大を励みて
沈丁花咲かせて厠ありたりき竹の蔭より人入りたりき
拡げたる翼のままに飛ぶ鳶を眺めてゐしがとぼとぼ歩む
テレビにて体によしと報ぜると納豆売場に人の集ひぬ
テレビにて体によしと報ぜられ鯖買ふ人の朝より多しと
八つ橋が一枚多く包みあり笑うてはならぬ頬のゆるみぬ
自転車を押して登れる老人の登り切る迄眺めて居りぬ
犬連れて歩みし土にのこりゐる二本の脚の大き足裏
伸びてゆく夕の影の頭のあたり闇に消えゆき我は歩みぬ
草の枯れ水枯れ大きな水管が地の堤に口開けてをり
犬の声止みたる夜中亦鳴きてうつろとなり闇を満たしぬ
針尖かに突きたき乳房のふくらみにゆれつつ女通り過ぎたり
ペンをもち頬杖つきてゐたりしがせんべいかじりて立ち上りたり
生きものの眠りに入らん闇の中背中丸めて我の寝ねをり

開きたる眼に魚の並べられ泳ぎて見ざりし天に向ひぬ
あごの骨動きて噛みし幾億回一人の男生きて来りぬ
葉のみどり縫ひて下れる光る条仰ぎて眺むるものはかしこし
降り止みし溜りの澄みゐて光陰の流るる雲を映してゐたり
水管に流れの絶えて冬久しゴム手袋が泥に乾きぬ
戴くといふ字をおもう与へたる童は掴み走り去りたり
海に迄かへらん水が降る雨の流れて草にかくれゆきたり
出会ひしは尊かりしと過ぎし日の還りて来るこの頃にして
落ちし葉は風に走りて消えゆきぬ知らざるいのち運ぶ夕暮
落ちし葉は風に走りて消えゆきぬ夕は知らざるいのちを運ぶ
こまやかに空に競ひて立つ梢白きもまじり冬の陽の差す
枯れし草映れるかげと照らし合ひ澄みたる冬の池の明るし
秋の水冷えたる風に澄みとほり我は洗はん頭蓋もちたり
羽博きて羽ばたき帰る鴉ありなへて夕日に向ひゆきたり
夜の灯に鎌を研ぎゐる人が見ゆ指当て透かし亦も研ぎたり
赤き顔灯りに照し飲居りし人等次第に声高となる

2015年1月10日

浄土寺 

中世のひとみしずかに浄土堂ふきたる屋根のながくのびたり
ゆるく反りひとみ果てゆく展び長き屋根は静かな息に見るべし
光り入る化粧屋根裏塗れる朱の限りもあらぬ高き翳なす
かなしみの底ひにすまふ目の細く阿弥陀如来は立ち給ひたり
喜びも悲しみも底深くしてあるともあらぬ笑まひをふふむ
印相は如何なる意味をもつ知らず結べる指のふくよかにして
死するべき肉に見出しとこしえの笑まひかすかに立ち給ひたり
生き死にを越えしししむら刻みたるいにしえ人にかへりゆくべし
肉丸き指のしなひにそう瓶をもちたる像は雲に乗りたり
一刀に三拝したるいにしえの人を顕たせる仏像の前
とこしえのすがた願ひし一度の刻みは三度伏して祈りし
ひと度の刻みに三度拝めるを我こそ思へとこしえ思へ
雲に立つ三尊像の背後より我等に射さん光り入り来る
肉親が殺し合ひたる鎌倉の冥想ふかし菩薩の面は
父子背き干か交ふるかなしみに内を見つむる菩薩彫りたり

2015年1月10日

無題(11)

従客たる死の難ければ吹く風のままに流れる綿雲ありぬ
吹く風にうねりもつとき輝きて秋の尾花の原はありたり
五十軒の内十軒は空家とぞ出合へる人の多く老ひたり
目のかすみ耳鳴り疲れ動悸など薬舗のポスター見覚えのあり
鬼鐘鬼般若お多福いにしえの人等は面に托し作りき
いにしえのいのち定かに神楽面裡なるものを露はとなしぬ
鬼の面般若の面を作りたる心の修羅も継ぎて来りぬ
吾の死の既に定まりあるべしと一人の室に掌紋見入る
箸折れし事の不運に連なるる祖母の言葉も棲むはせており

巣立ちたる子つばめ低く飛び交し梅の実の尻丸くなり来ぬ
はりはりとらっきょう漬を食みており好み変りし歳月知らず
定まりてあると思へば掌紋の如何なる修羅も静かにあらん
金を包みお布施と書きぬいにしえゆ伝へてくれば当然として
夕雲のくれなひ帯びて来るより水の面に魚とび初めぬ
くれなひに光り差し来て跳ね上る魚に乱るる水となりゆく
水面に映りし茜掻き乱し魚は競ひ跳ね上りゆく
くれなひの光をしたふ魚群れて水の面を乱しつつ跳ぶ
夕光は空より水に赤くして魚跳び初めぬ数を増しつつ

茜さす光りに魚の跳ねておりもてる力の限りの高く
跳ねるべきいのちにありと夕茜亘る水面魚の繁し
夕茜水に亘れり今は唯光りに向ひひたすらに跳べ
葉の濃く花の小さき朝顔が畦に咲きおり野の花として
炎天に競ひ伸びゐる稲見えて水奪ひ合ふ白き根をもつ
荒廃をしたる山峡の田の見ゆる祖先が流せし汗の量(かさ)見ゆ
もぎて来し茄子をくりやに腐らしめ老ひし二人のたつきの続く
行き着きて終らぬ水や悲しみしはるかな人の声をのせたり
その指を反らして見つつこの反りの如何なる性を棲はせてゐる

掌に葡萄の房を載せており一粒一粒円らかにして
朝顔の花の萎びる十一時この炎熱を屋根に働く
口開き寝ゐしならずや乾きゐる舌の覚えにあたり見廻はす
深く反る指は如何なる性棲ふ一人留守居の部屋に坐しおり
ぬば玉の闇はありけり戸を開けて今より吾の踏み出すところ
若き日にいのちを捨てん戦を持ちたることの今をも充たす
弾雨の中いのち捨てんと進みたる若かりし日を今も肯ふ
死するとも惜まぬ命知ることのなき若き等はさかしく動く
栄ゆべき祖国の為に戦ひき若かりし脚すこやかなりき

祖国ありき戦に出でてゆきたりき若き血潮に激ちゐたりき
不機嫌をそのまま出してもの言ひき母故その母今はあらざり
流れいる水の生みゆく風ありて夏のたかむら深く澄みたり
この種子の紫の花秘めゐると今掌の上を転ばす
排気ガスに黒く汚れし並木道歩める人等足早にして
風化せる石に幾すじのみの跡見えて野の花供えられおり
草原に寝たる牛は大ひなる地と一つの如く動かず
頭欠けし野の石仏の苔むしぬ此処に願ひをかけし人あり
戸を開けて今日はてっせんの花ありぬにちにちの我が庭と思へり

幼な手をつなぎ抱へし住吉の宮居の松も枯れて跡なし
朝顔の花にちにちに小さくて秋となる空高く澄みたり
耕転の土返さるる田のめぐり白鷺いつか来りて立ちぬ
耕転の土返されて出る虫か白鷺群れて上を飛び交ふ
明くるとは物の象のあきらかになり来る事と朝に立ちおり
駅口をなだれ出でたる夜の影相似て吾は吾にて歩む
盛り上るコップの酒に笑ひ声挙げて居酒屋人の群れたり
盛り上るコップの酒を一息に呑み干し笑まふ顔となりゆく
二杯目の酒のコップを持ちしより話しを交す人となりゆく

コップ酒立ちて呑みゐる人見えて夜の灯りに濃き影をもつ
手にもてるコップに酒の注がれいて溢るるときに笑まひもちたり
爆竹の音の聞えて立上る休みの午後の肘枕より
かげり来る光りとなりてかますだれ花びら閉ぢてゆくべく立ちぬ
花半ば開きしのみのかますだれ朝より雲の雨をふくみて
昼前の光りとなりてかますだれ開き切りたり一斉にして
音立てて蝶とび来り夜々を宿屋異なる我のありたり
燈し火に音立て蝶のとび来り峡の旅館に今日は泊りぬ
廃屋はくされてかびてゆく臭ひバスを待つ間の雨の醸せり

細き雨直ぐく降りゐる肩の冷え草の枯れたる冬原広し
砂を巻き吹き来る風に肩屈むみちのくは冬の来れる早し
おろしたる篭に りゐし行商婦やがて寝息を立てはじめたり
藁屋根の傾く軒に吊されてとうもろこしは秋の陽返す
実の熟れて葉の散りゆくと柿の枝渡れる風の吾には告げよ
空を飛ぶ鳥一羽のさびしさに旅ゆく吾となりてゐるかな
朝々にふくらみ増せる鶏頭の花の真紅を庭に見ており
昨夜より数へておりし朝顔の花のむらさき先ずは眺むる
ふるとなき雨が濡らして黒竹の艶も庭となりにけるかも

いつよりか降り初めおりし雨細く濡れて明るき庭となりたり
うすべにの秋海どうの花つぼみ掲げて庭の軒蔭澄みぬ
咲き初めしうすくれなひの花明り秋海どうは軒蔭にして
むらさきのうすく匂へる花並びリボスは茎を長く伸ばせり
うつむきて少女の胸に鳴る動悸秋海どうははじらへるごと
単線の止まりながき乗る列車地ひびかせて特急越しぬ
素焼の壺土より出でて千年の時より今の声交す中
水深み水すきとをる湖の底ひぞ神をすまはせたりき
捨てられし缶に雨降り百の波百の修羅をぞ立たせていたり

思ひ出の悔しきものに声出でて何事なるかと妻の問ひたり
ガラス戸につきたる霧の寄り合ひてふくらみ露となりて流るる
重なれるかなしみに似てガラス戸に付きたる露は寄りて流るる
一片の葉とはこの木に何なりし裸の梢に風の鳴りゐる
木枯が吹きて散らせる万の葉の一つ一つぞ夜半に思へり
盛んなる同化作用を営みし葉ぞいさぎよく散り落ちゐるるは
夕風の膚に冷えて夏移り朝顔は種子を充たし来りぬ
障子開けて机に読みゐる本の見ゆ即ち我は帰り来しなり
朝顔のつぼみ開きてゆくふるえあかとき何処か祈られあれば

ねむの葉の合さりゆけばとうき日の母の腕もすでに忘れぬ
蒸気抜く列車の音に目が覚めて深夜の駅の広さがありぬ
草原に寝転び仰ぐ大空の広さに腕を拡げゆきたり
店前に送りし品の並びゐず売り切れたるか荷ほどきせぬか
目の合ひし店主のかかすかに笑みふふむこの度注文多きか知れぬ
他店より新たに入りし品並ぶ如何なる言葉の店主より出ず
眠りゐる鼾聞こゆる夜を覚めて我がすぎこしは争はざりき
墓原に花溢れいる彼岸会の石碑はるけき名を刻みたり
ふと出でし卑屈なる語が地にひく己れの影をじっと見ており

拡大鏡かざして新聞読むことも当然としてにちにちの朝
我の名もやがて刻まれ忘られん蕭条として墓石立ちたり
何の墓も花のさされて刻まれし石碑の名前大方知らず
石階に屈まり曲る影となる即我は登りゆくなり
何を指し空の深さに入りゆける鳥は鋭き声を残して
きはまりて紅き楓もかたはらの枯れたる草も昏れてゆきたり
利を求めめぐれる旅に老しるく疲れて今宵酔ひ深まりぬ
野火赤く映ゆる農夫の手の指の土とたたかふ節立ちゐたり
燃しゐる火に照されて顔深く土とたたかふしわを刻めり

幼な子が手を引きに来し溝澄みて鮒幾匹が泳ぎていたり
朝顔を引かんとせしが明日開くつぼみ見えいて一日のばす
スコップを入れて争ふ千の根が土の中にて交叉なしゐぬ
土の中に争ふ千の根がありぬ穴を掘らんとスコップ入れしに
亡き母が植えし水仙夕闇に顕ちいて白き花を咲かせり
食はぬ方が体によしと思ひつつ置かれし饅頭一つを取りぬ
C型のブロック並べる溝となり淀まぬ水は魚の住はず
背の灼けてパンツのみなる運転手ドア開け大きな声を出したり
急坂に後進なせるトラックの音ひびかせて砂礫摘まるる
積みおへし合図に手を挙げトラックは石伐り砕く山を降りゆく
網をもち足しのばせしこの堀も 場整備に埋められてゆく
茜空映せる水を掻き乱しまいまい虫は舞ひつぎゐたり

2015年1月10日

 誉田懐古 十一首

塚幾基舟木蓮を伝へたり風にすすきの葉鳴りひびきつ
陽を葬る木舟石舟作りたる舟木蓮と記されてあり
葬りたる日の神天照大神否天照御魂太神
玄界灘越えたる舟を作りたり舟木蓮神功皇后の時
神功皇后如何なる夢を結びしや玄海灘征く舟木の舟に
加古川の流れは今より清かりし統べおりたらん舟木蓮は
住吉の御旗なびかす舟木氏の此処に住ひし彼処にありし
番といふ地名は勤番の匠より出で来りし母は語りぬ
勤番の匠となりて上りしと葬りし塚も田畑となりぬ
槌の音昔も今も変らざる音とし思う番匠思ふ
そぞろゆく雑草のみが変らざる千年の前千年の後

2015年1月10日

歩こう会 

ぴったりと足に添ひたる古き靴歩こう会の朝晴れ渡る
家並は水の面に明かに映りて春陽原に亘れり
春の陽に我も生れしと思ふ迄芽吹きゐる葉の光りを透かす
自動車のしばらく絶えてたかむらの秀先に映る春陽と歩む
放送の止みたる暫しスピーカーは百の幼の声を伝ふる
村順に並びて列の歩み出ず赤き白きの服に陽の射し
枝朽ちて幹のみとなる松の木の芽吹く若葉の間に立ちぬ
急坂を登りて広き原に出ず幾軒建てる家新たにて
牧草の濃き緑が拡がりて乳牛飼へる小屋をめぐりぬ
うす暗き牧舎に乳牛並びゐてひとつひとつと目を交したり
乳牛の並びて顔を覗かせるうす桃色の鼻と出会へり
登り坂となりて先頭の帽子見ゆ蜿蜒として歩みゆくかな
水気失せ赤くなりゆく松幾つ枯れゆくものに瞳は至る
拡がりし野に点々と家ありて菜の花が見ゆ櫻咲く見ゆ
この山も舗道が着きて好評中分譲土地の看板かかぐ
まだ細き櫻に花の満ちて咲く誰ぞ花枝地に落せるは
水流るかすかな音を聞きゐしが道を曲がりて小川に出でぬ
弁当をもらひ人等拡げゆく野原に食はん笑ひ声挙げ
ここかしこ箸の動ける旺んなり吾もおでんの竹輪ほほ張る
新しき御堂の朱に陽の映えて西中藤治壁に描けり

きらめきて春となる陽の野を亘り万の草の芽地の潜ます
花が咲きてかくもたんぽぽ多かりき風吹くままの野の径つづく
光り恋ふ虫飛び来り瞳を上げて底見ぬ闇の深さに向ふ
青深く澄みてひそまる山池の底見ぬものを瞳恋ひたり
鈴蘭の増しゆく青さ今朝もあり若き葉末に露の光りつ
美しく見ゆる位置迄絵を離るかかる形に人に向はず

たかむらの青新しく澄みとうり通ひ来る風汗を冷せり
青き幹明かに立ったかむらの蔭の下葉のかすかに動く
青まさる新たな竹の抽き出でて秀を初夏の風渡りゆく
額の汗拭ひて冷ゆるたかむらの蔭あきらかに青き幹立つ
天照らす光りの渡り木蓮の真白き花は開き初めたり
陽に透きて蔭も真白き木蓮の仰げる天に花開きたり
雨を避くる偶なる事に寄り合ひてひさしの下のそこはか親し
保険金にて済せてくれと自殺せし同業者を言ひて帰りぬ
鈴蘭の青き葉群は母植えぬ置きたる露の光りふふめり

一夜経て開き切りたるてっせんの青き花ある庭とはなりぬ
わがいのちの在処を問へばはつ夏のさつきの花は陽を返したり
陽に透きし萌ゆる葉群のあさ緑浴びつつ抱く言葉老ひたり
大黄の茎伸び切りて秀の赤く草生は夏に変らんとする
蜜蜂がこぼしおりたる雪柳地しろしろと昏れなずみおり
草葉より滴り落つる地下水に濡れいて夏の山路冷えたり
水を撒く庭昏れてゆき朝顔のつぼみはぐくむ闇が迫りぬ
灼熱の日射しに萎えて垂るる葉の露を置くべき夜が来りぬ
声立てて鵙の去りゆきとたん打つ雨降る音が聞え来りぬ

採りし種子袋に入れて名を記す暫しを暗き処に眠れ
厚くなり光り透さぬ木の下葉吾にはあらぬと通りすぎたり
試験管並べられいて血の立てり互に拒絶反応を秘む
風を吹ひ炎が煽る燃ゆる火の一とき過ぎてしずまりそめぬ
炎が呼ぶ風に炎は逆巻きて煽り狂ひて風を呼び込む
食卓に一人の時の過ぎてゆきガスの炎は透きいて燃ゆる
枝に来て暫く見廻しゐし鵙は動かぬ我に降りて啄ばむ
老人の顔寄せ低く笑ひあり互に病めば時に笑ひて
二杯です小児の如く答へゐる医師の前なる吾がありたり

発想は幼児の如く純ならん青年さやけき眉を上げたり
愛憎もやがて眠りに入りゆかん庭の泉の水も昏れたり
すこやかに腹の空きいて味噌汁の煮ゆるにほひが漂ひきたる
明らか吾の額を月照らし死すべく生まれし虫鳴き渡る
望月の光りに濡れし屋根を指す寄りゐる君の肩の近しも
出張に出でし日付の新聞を拡げしままの部屋に戻りぬ
雨止みし庭となり来て山茶花の花群に蜂飛びまひはじむ
昨夜より細き雨降りふくらめる雫に山茶花のはなびら落ちる
花芯より蜂が出で来て山茶花の紅きはなびら落し去りたり

蝶を呼ぶ密もちたりとこの白く小さき花をながく見ており
ないくせに自慢をすると話しおり怯まぬ心と我は思ひぬ
ダイヤガラス距てて干せる濯ぎものの白さ増し来て雨上るらし
ふかく吸ふ息となる迄すみとうる葉群の蔭に出でて来しかな
枯れて伏す古せに土を肥しゆくわらびか春の光りの亘る
ガラス戸の不意に輝き距て干すシーツに空の晴れて来たりぬ
今日のみのひと日がありて月光は灯り消したる庭に溢るる
藷の葉のそよげは戦に汁の実となしたる味も忘れ果てたり
炎昼に競ひ伸びゐる稲の葉とガラス戸距てて胃を病みており

強き罰当てる王子の大師像バス待つ老婆は詣ずと言ひぬ
おろがみに老婆行くとふ大師像罰を与ふることの強しと
石に像刻みしのみと我の言ふ利けなくなるぞと老婆答ふる
いにしえゆ伝へ来りて罰当ると大師の像に香華新らし
草原に満ちて降りゐる日の光り蝶々は黄の翅をひろげぬ
炎昼の光りを返す黒と金蜂は屋根越え飛びてゆきたり
ろうそくを点さんとして擦るマッチ十三盆夜祖霊の帰る
仰向けに腕を拡げて寝ねたるを暫しの我の領域とする
毒の針もりゐる蜂を産まむべく夏の日射しは地を灼きたり

一本の木に咲きてゐる赤と白原初のさつきのもたざりしもの
死んだ方がましと思ひて急坂のこの山城の石を運びし
保険金かけて殺せしとふ記事を今日も読みおり押れて来りぬ
肝を病む老父の為に身を売りし女の話今はあらなく
銀色に光りて鰯の腹新らし秤の台に掴みのせらる
休刊と知りておりつつ何がなし新聞受を覗き込みたり
新聞の来らぬ今朝の暫くを何なすとなき我となりおり
炎なす夏の真昼を鳴く蝉の命の在処に至りゆくべし
皆我に当てはまる事ばかりにて薬舗の掲ぐビラおびただし

倒産の噂を語りかけてくる声の低きは真実に似て   
五、六人使へる店が危しと危くあらぬか我のめぐりの
売上の去年より減りし決算書亦取出して致方なし
領じるは足の下のみと思ふとき己が歩みに映りゆくなり
石斧に陽の降るさらば縄文のただむき隆く肉の盛りたり
よべの雨流れし跡の道乾き常より白き砂のありたり
        

2015年1月10日

(重)山の辺の道紀行   十首 ほか

晴天となりたる事も善行の故にて高く笑ひさざめく
花見なぞ次の行楽奔放に拡げ合ひつつ車は走る
楠の若葉萌しつ落つるべき葉群は濃き蔭をもちたり
帽に陽の映えゐる三、三、五五の群古代の道は細かりしかな
山の峯重なり合える此処忍に神武迎へし人等のありき
背の森の未だ萌さぬ翳黒く景行陵は柵を閉せり
信楽の陶の狸に似ると言うあれよりスマートと自負しゐたるに
蹴り殺す相撲に昔はありたりき野見の宿弥の社に詣ず
花かざし大宮人の行きし跡昼餉の酒は差し交し飲む
コーヒーを長谷川さんと出しくるる大和大原春陽亘れり

目を閉ぢて我の知らざる我のあり友の一人の訃報が届く
夜更けし居酒屋に老ひし酔漢の喚ける憎し喚き得るよし
そよ風の流るるままに水光る原の平らな池に出でたり
闇に向き吠えゐし犬が我を見ぬいのちの在処互に知らず
仰臥して煤けし太き梁架かる逝きたる母の声祖母の声
手の玉の書かれし紙札さされいて睦月の池は祀られており

2015年1月10日

無題(10)

七百年過ぎにし時は石にさびはだらに落す冬陽の淡し
吠ゆること忘れし犬と差し来る冬の陽光を分ちてゐたり
熱りもつ吾子の寝息のやや高く灯り消したる闇に聞ゆる
行き違う列車待ちゐる窓に見え遠き灯りが一つ消えたり
威勢よく魚取出す行商の寒風にひびの入りし指もつ
夜の道に縄一匹の蛇と見えさびしや常に死の翳を負う
平らかな水に写れる裸木のこの簡潔に老ひてゆくべし
草原にあまねく降りゐる日の光り蝶々は黄の翅をひろげぬ
一むらの枯草に光りしずもりて開墾田の土くれ粗し
石曝れし開墾田に風すさび冬の野径は人影を見ず
鮮かな黄色と思うごみ箱にみかんの皮を捨てんと持ちて

野を行けば緑の炎君の脚夏の光りに直ぐく立ちたり
湯槽より溢れ出る湯をおごりとし大つごもりの体浸しぬ
迷はざるものの逞し草の上に寝たる土工の胸盛り上る
呼び声を止めし売り人歩み去り駅舎は午前三時の黒さ
一匹の蛙に見たる偶然死吾が影誰の影にもあらぬ
鋸の粗き切口に樹液出で惨もたざれば人生きられぬ
吸ひさしの煙草を土にたたきつけ土工は始業のつるはしをとる
我が影の伸びゆき闇につながるを踏みて昨夜の道かへりゆく

軒先に干魚吊されありしかば背後の闇に瞳移しぬ
脱ぐ服に白き埃のつくが見え宿の灯りは一人を照らす
草の道下りし所に家ありて冬の陽差しに大根つるす
凱々の雪の景色の一ところ家にて屋根の雪かきおろす
水害の跡の礫に陽の返り昨年はここに家建ちゐたり
向岸にとどきし波紋見とどけて再び一人の歩みもちたり
ひらめきてライト過ぎたる夜深く再び窓はしっ黒の闇
葉先迄登し虫は暫し経て頭回らし降りはじめたり
売らるべく篭に入れられし鶏の荒くなりたる呼吸が聞ゆ

投げし石すでに底ひに沈みゐて面は波紋が呼びゐる波紋
一すじのひびの入りたるコップあり透きたる冬の光りを立たす
いくすじの枯れたる草が残りゐてかすかな風にふれ合ひて鳴る
霜置ける凍てし土にて芍薬の萌えて出ずべき芽をひそませる
発芽弱き種子を選り分け落し捨つ血潮循れる掌の上
白きうなじひくつき泣ける傍に男は遠き瞳を落す
生きてゐる限りは持てる影にして壁の歪みに歪みて過ぎぬ
くず買の篭にヒルライの本が見ゆ淋しき人は何処にありし
歪みつつダイヤガラスの千の翳窓に一人の通りすぎたり

灯に狂ひ舞ひて止まざる虫なりき朝の机に小さく死にぬ
眠りゐるひまもいちじく熟れゐたりその確さに大地は生くる
吹く風に放れゆきたるたんぽぽのわたは落ちずに池を越えたり
昏れてゆく夕闇の中吾が姿見えずなる迄立ちておりたり
読みおへて暫しを夜の壁による窓を出でゆく蚊の羽音あり
灯をしたひガラスに動かぬ白き蛾の負ひゐる闇の深さがありぬ
差し来る朝の光りに葡萄房一つ一つの紫透きぬ

小蛙を喰へし蛙が泳ぎおり水平かな池の面に
去年より吊りておりたる風鈴をぬくくなりたる風に聞きおり
誰も皆死にてゆかんを慰めとなして我等の英雄ならず
幼なるをしばし英雄となさしめて掌の中鮒のおだしき
口堅く閉して直ぐく鮎並ぶ美しき死を我は見しかな
帰る人の車の傍に寄り立ちてながく笑まふは女房に任す
洪水に打ち伏したりし草群の一夜過ぎたる げありたり
宿の灯に一人食みゐるお茶漬の沢庵漬ははりはりと鳴る

何の部屋も団体客にて声高し早々蒲団を被りて寝る
手洗ひの小さき灯り点る故吾背のまとふ厚き闇あり
走りゆく列車の一人と坐るとき天涯澄みて夏柑甘し
どぶ川の泥に生きゐる赤き虫夜半醒めたるときに思へり
一様に風に伏しゆくすすき原風にむかへば繁るまみあり
雨止みし雫間遠となりゆくを聞きおり夜を一人覚めゐる
部屋の中に落葉が一つ転び来て一つといふは自己を問はしむ
バス停に出ずるに近き畑の畦草の低きは吾も踏みたり
山黒き彼方に一つの灯り消え寝るべき今宵の本を閉しぬ

貝殻の七色の内部夕光に乗りし栄光の使者馳せ来る
敗れたるものは即ち裁かるる捕虜連なりて頭垂れおり
パックして笑ひ堪えゐる女あり汝と何の関りあらんや
開きゆく吾が口腔の暗ければ人にこびたる言葉の出でぬ
いつはりの優しき言葉に罪犯す女となりてつながれてゆく
幾万の飢餓を強ひ来て一人の帝が作せし仏像仰げ
干されたる菜はにちにちに水気失せ老ひし手首の如く並びぬ
平凡に生きゐることを幸せとなさむと永く勤め来りぬ
妥結せむ一線すでに定まるを机たたくは弁明のため

バイブルと利殖の本を傍に置き男変型の靴をはきたり
枯れし葉の不意に散り来て忽ちに風は宿屋のガラス戸鳴らす
そばを売る笛の細まり消えゆきて聖者の文字に瞳を返す
夜の窓を幾つか音の過ぎゆけり机に白磁の簡潔ありて
これだけと出されし金は予定よりはるかに少なく黙し肯ずく
まとまらぬ思考となりてペンを置き壁に向ひて影を動かす
覆ひ来る闇に埋まる我あれば背すじを直ぐく伸ばし立ちたり
ひき寄せる思ひに待ちしこの会ひも会へは語らん事のすくなし
ふかぶかと頭を下げる銀行員の押されたるを不意に疎みぬ

ふと投げし石に生れつぐ百千の波紋しばらく離れ難かり
ふと投げし石が砕きししずけさに百の波紋は生れて相打つ
ふと投げし石に生れつぐ百の波紋一つ一つが岸に向へり
消えてゆくものの悲しさ見むとして水澄む池に石をほうりぬ
ほうりたる石はゆらめき水深き青にそまりて消えてゆきたり
砕きたる水に光り散乱す冬の路上の絢爛として
下りたるつらの先の雫して冬の光りをふくらませゆく
成るときの人の寄る辺は忘却か窓の柱に目を閉ぢてゆく
競ひ合ひ争ひ合へる家々の屋根見下せる山の澄みたり

枯れし葉と淡き光りの囁ける冬野の声を聞きて帰りぬ
生涯をかけて記すと告げて来し君も悩める一人にあらむ
執念の悲しき文字を君の書く今玲瓏と語り合へるに
憎しみし君への思ひも淋しかり見違ふ迄に写真に老ひる
犬小屋の前に密度を増せる闇我を見る目を犬は閉せり
ゆるゆると肩迄風呂に沈めおえ瞼を閉ぢて一日をおはる
頬にかかる細き氷雨のいくすじに我あり首をすくめて歩む
ストーブに寄りてかかぐる掌の温もりし後の思ひはもたず
松尾さんの車があると思ひしが左程の用もなくて過ぎゆく

藤原つよし老を養ふ屋のさび姿見えぬは見返りて過ぐ
母逝きて二た冬を経ぬアネモネの草に紛れて萌し小さし
あはただしく看護婦数人駆けて過ぎ待合室は話を継がず
唐突にサイレン響きあごに手を当てゐるのみの我がありたり
幼な日に此処にどんこをとりたりき跳ねる感触今も手のもつ
ようやくに葉を開きたる五つ六つ林に降れる光り染めたり
遠山に光りのさしてさし交す梢けぶるは若芽萌え出ず
ひしめきておたまじゃくしの游ぎおり裡幾匹が蛙に育つ
豌豆の莢実となりし浅みどり一夜を経たるふくらみをもつ
20
よべの雨をつゆに置きたる鈴蘭の一夜のみどろ増せる葉をなす
ずりさがりたくなるズボンにのろのろとガラス戸の中我歩み来る
しぎ二羽が庭に啄ばみ歩めるを押へておりし咳の出でたり
信号が赤となり来て停車する死に関るは素直なりいて
足音に蛙幾匹逃げゆきぬひしめきおりしおたまじゃくしは
呼び交す工事する声今朝のなく太き電線空に架かりぬ
ぴったりと皮膚に付きたる吸盤に我が心臓の計られている
幾つかの吸盤体に付けられて計られて知る心臓をもつ
グラフ紙にあらはとなりし鼓動にて読み得ぬものを吾は見ており
正常です医師に言はれて異状なしこのあやふさに出でて来りぬ
      

2015年1月10日

 苔寺    三首

寒き日に耐えたる苔の固き表皮茶色となりて低く地を這う
もれて来る光りは歩みに移りつつ一すじ苔の生えぬ道あり
老ひし木に光りかすかな斑を作り観光客等声をつつしむ

2015年1月10日

天竜寺   二首

白き砂足に触たき白さにて水平かな池を囲りぬ
組石に見とれておりし老人は組石難しとぽつりと言ひぬ

2015年1月10日

無題(9)

枯れて伏す株の間より土もたげ新芽は確かな青さに出ずる
道に影ひかざる事も旅なればさびしき瞳となりておりたり
風塵を捲ける車の過ぎて去り再びもとの歩ゆとなりぬ
葉の間にしべの枯れいて櫻立つ風に老ひたる瞳研がれつ
一人の嘆きといふは如何程のものかと肩並む雑踏の中

原中に一人の男見えおりて鍬急がぬは年の経りたり
尖りたる鉄柵囲ふ家見えて廃れし家を見るよりさびし
離りゐる小野の柳も芽ぐめると伝へて耳吹く風やはらかし
売店の女も本を読み初め単線の駅停車のながし
はりつきしさまに曇れる空の下葡萄一粒舌につぶせり
赤き杭区画をなして打たれいる如何なる工事初まらんとして
流れたる血量思へ戦史には死者三千と半行記す
註文のあらずといはれて出で来しが頭を直ぐく保ちて歩む
きびきびと田植なせるを見ておれば減反拒む思ひも知りぬ

落苗を植えゐし老女顔を上げ腰を伸ばして胸を反らしぬ
足音に蛙つぎつぎ水に消え池の堤の陽炎ゆるる
伸ばしたる腰をたたける二つ三つ老女は再び落苗植える
並行して走る車の幼な児は手を振りており目の合えば吾に
伸びて来し茎にバラの葉五つ六つ幼なき刺は指にふれみる
血圧の薬をしまふ宿の室一人を照す灯りありたり
差し交す若葉に光り透きとうりかすかな緑道にありたり
さわに花咲かせし街路この国の平和を我は歩みゆきおり
八重櫻咲ききはまりて散りゆけり今の平和のあやふさはある

てっせんの蔓先ふるひ朝凪の庭に生れ初む風のあるらし
寸ばかり揃ひ萌せるあさみどり杉草未だ雑草ならず
ながながと工場の壁のつづく道いつより頭垂れておりたり
報ひらる日のあらむかと思ひしが今を生きゐる鞄を提げる
血圧の薬とり出す宿の灯に我あり開くる口腔くらし
隣室のおらぶ宴の聞えいて一人と言へるすがしさに寝る
何ものも過ぎ去りゆけば煌々と夜汽車の窓に我の目のあり
宿帳の兵庫県を探せるに松尾鹿次の名前に出合ふ
宿帳を再び見つつ松尾鹿次数日前に此処を過ぎにし

注ぎ交す酒にいつしか花を見ず光りつつ席に落つるいくひら
枯れ初めて黄に移りゆく秋草の降りゐる雨に濡れて明るし
註文の今年も減りし店を出ず廃業の方途めぐらしゐつつ
職人の暮しを思ひ廃業を考へ決断つかざるがまま
夢に見し母の言葉の明るくて覚めたる吾の慙愧と並ぶ
年々に売れなくなると言ひゐつつ見えたしるしと註文くれぬ
切味は良いが何しろ使はぬと言ふを肯ずき金を受取る
在庫の残調べに行きしが註文は後程電話で報せると言ふ
貧しくて生きるすがしさ言ひたるを一言にして斥けられる

緑濃くかさなる木曽の山見えて百草丸の看板掲ぐ
掲げたる乗って残そう飯田線重なる山に雲の流れつ
小便をなしゐる間にタクシーの無くなり灼けし舗道をあゆむ
高遠は雲湧く彼方仰ぎつつ幾たび過ぎき今日も過ぎゆく
従業員募集の看板掲げしまま閉ざす扉のノブの錆びたり
かにかくに今日いち日の過ぎたりと酒はのみどを熱して下る
玄関を出でて頬吹く寒き風一夜の宿を見返りて去る
この宿で風邪ひかれてはならざると羽織をもちて走り寄り来る
盆栽に鋏を入れる老ひのゐて激しき爆音振り向かぬまま

きはまりて赤く柘榴の輝けばかへらぬ月日我のもちたり
去りゆきし月日をもてばきはまりて赤く輝く柘榴にむかふ
渾身の思ひに生きし事のなき我にむかひて幸せと言ふ
道端の草といえども身を渾て咲かせ来りし花と思ひぬ
我がさがを露はにすべく生きゆくと定まる運は異なる如し
とる人のなきうれ柿を惜しめるは大正八年に生れ出でたり
郊外に新たな駅の出来ており無人となりし駅過ぎ来る
電飾の循る光りに囲まれて吾は田舎に住めるものなり
足音に散ばりゆける金魚あり立たせる波に緋色歪みつ

むかれたる裂目に歪みごみ箱にみかんの皮の捨てられており
いちにちのセールス終へて登りゆく宿の階段歩みに軋む
英辞典読める少女と並びおりかぼそき首をのぼる血をもつ
庭隅に小さき蟻の穴のあり夕べ昏れ来て出入りをもたず
文字を離れしばらく蝿の遊ぶさま見ており午後の室のひととき
乾きたる高き台地に生え来り水を吸ふ根の何処迄伸ばす
鳴りゐるは我にあるかな夜の底ひ眼つむりて渡る風聞く
おぼおぼと歩める我がもつ鎖背をしなはせて犬の歩めり
どぶ泥に赤き虫棲み流れくる水に頭を振りていとなむ

しろがねの光り乱るる映る月水にむかひて虫とびゆけり
つながれし船べり打てる波の音かすかに高く夜となりゆく
今日ひと日足りるとなして床に入る百合は孤りのために咲たり
オルゴール電話の中に聞え来てもちゐしみじめな言葉を匿す
照らす灯のわずかに分つ古宿の階段ぎしぎし鳴らして登る
夕闇に死魚の眼として立てるガラスに我の顔写りおり
見上げては何に生きゐるいち日のゆるゆる空を鳶わたりゆく
平凡の言葉を拒む口もてば会欠席を○にて囲む
みずからを煽る言葉も逞しき脚もつよりとこのごろにして

ともしびに手影さけつつ書き入れる数字は今日の無能を曝らす
雲行けば雲を映して庭前の溜りし雨の水の澄みたり
ガラス戸に並ぶ水滴寄り合ひて成し重さに動き初めたり
各池の草なき面平らにて流る雲と吾をうつせり
狂ひたる夕べの虫の死にて落ち動かぬものにしじまの深し
夜の闇を裂きて気笛の音流れ吾は一日の頭垂れおり
そそり立つ岩に注連張り小さなる魚船を浜に並べておりぬ
山蘭の真白き花の挿してあり旅の一夜の血を眠らしむ
空に向くカンナの花を剣とせん明日の可能に夕日燃え立つ

草の種子落ちてひそまる冬原の凍てたる工に浅き日の差す
地の中に数限りなき虫卵のひそみて冬の原平らなり
食卓にあるは食え得ぬものとして犬は揃へし足に待ちおり
うたげなす声の乱れの聞えいて宿屋の窓の夕闇ふかし
マルロオは従軍志願をなしたりき祖国を己が全てとなして
すみとうる心あらんと来し宿の闇の深さに閉されてゐる
一軒の湯宿のみある山峡の泊りし窓に茜がきえゆく
苔の秀の青ほつほつとはぐくみて岩の襞より水したたりぬ
月光は死者のごと差し幼な子は規則正しき寝息を立つる

嵐めく夕の窓の鳴り止まず商ふ明日の手帳を開く
サンプルを返し見てゐる商店主のつらつらなるは買くるるらし
草原に春の光りの満ち亘り山羊は異性を呼びて えたり
干く潮にもまれて躍りゐし砂が干泥となりてしずまりありぬ
草青く分けゆく春の風ありて山羊は生きゐる声を挙げたり
掴み合ふ議会のさまを亦写す選びし人の代表として
戦争をはげしく憎む声聞ゆこのはげしさが戦いたりき
あかあかと野火の燃ゆれば戦に友を焼きたる若き日のあり
殻を脱ぎ這ひゆく蝉は濡れており目にほのぼのと飛びてゆく空

色未だ透ける幼きかまきりの吹き来る風に斧をかまえぬ
トランプを並べて一人占へる女かすかな笑ひもちたり
無精卵産むといえども鶏の頭を高く挙げて鳴きたり
みずからが作りし巣より出で得ざる蜘蛛あり深く雲閉す下
山際にともし火ひとつ点きしより我を囲める闇となりたり
揆けざりし草の実夾の黒く枯れ其処より冬の夕は昏るる
野に亘る陽は早春を伝えいて転ばす種子に花の眠れり
まな板に割かるる鯉の静にて刃金の光り室を走れり
ひっそりと吾が横歩む乙女子の頬よ月光の標的となる

2015年1月10日