黄疸を病む友を見舞ふ

しばらくは目を疑ひて君ありき黄に染まりたる体横たふ
すさまじき黄色の皮膚に臥しており鼻やかん骨確か君にて
腕ほそく腹の上部のふくらむは肝臓の病み進めると見つ
語尾ほそくしばらく呑めぬとほほえみぬ黄疸病みし君のやせたり
黄に濁る眼ようやく向けており豪傑笑ひはまなうらにして

2015年1月10日

 柳生の里

杉の根の露はに階をなせる径登りし処に石仏彫らる
足止めて水引草と言へる声赤く小さき花を並べる
聞き及ぶ峠の茶屋は屋根古りて床机二つを店前に置く
狩野派らし描ける襖覗かせて終りたる年に柱痩せたり
編笠を被り大刀横へし武士の思ひに床机に掛けぬ
草餅を並べしままに人見えぬ峠の茶屋は風渡りゐて
おとなへる声幾度に出でて来し女あるじは手を拭ひつつ
その昔武士も食ひたる草餅の味はひ互にたたえ合ひつつ

伊賀甲賀柳生武を練る人の住み伝へ来りし史のかなしさ
明らかに底ひに白き砂ゆるる柳生の川は声挙げて見る
万珠沙華陽を浴び咲きて水清き堤は昼の弁当開く
戦にそのままとりでとなる構え家老屋敷は山を背にして
陳列をされし伊万里の皿の彩乏しく家老は暮していたり
大名となりし子孫の蔭に見え石舟斎の墓の小さし
案外に細き体をなしゐしと鎧の前を女等過ぎぬ

2015年1月10日

無題 (8)

目を閉ぢて己れを知らざる己れあり今亦一人の訃報がとどく
光紋が壁に映せる裏の庭このしずけさも動きて止まず
青深く澄みて見えざる山池の底ひと老ひし息を沈ます
そよ風の送れるままに水光る山の小さき池に出でたり
手の玉と書かれし神札祀られて睦月の池の水はしずまる
提げてゐるランプのひかりに現はれて虫は眞直にとびて来りぬ
灯を映し動かぬ虫の目を見れば棲みゐし闇の深かりしかな
手を温む光りの原に満ち亘り彼拠我が家の梅の花咲く
ぴったりと足に馴れたる古き靴歩こう会の空晴れ渡る
平らかな水に家並の鮮に写りて春陽原に亘れり
むき出しに削りとられし埴土見えて山の残りは若葉芽吹けり
春の陽に吾も生れしと思ふ迄芽吹きたる葉の光りを透かす

集ひたる人等に今日の晴れ渡り赤き白きの服を顕たしむ
産土の恨の魂は虫に枯る太しき杉の幹のみ立てり
太き枝幹の残りて杉の枯れ芽吹かぬものは光り返さず
草未だ枯れゐる原に牧草の新たな緑が風になびけり
乳牛の並びて枠より覗かせるうす桃色の鼻と出会へり
うす暗き牧舎に乳牛並びゐて一つ一つと目を交したり
芽吹きゆく山に虫喰ふ杉ありて枯れゆくものに眼は至る
点々と家が建ちゐて野の展け菜の花が見ゆ櫻咲く見ゆ
重なれる山をまたぎて舗道つき此処も分譲の看板掲ぐ

山槌に人家が見えて木の間より水の流るる音の聞ゆる
飛び立ちし蜂が落せる紅の蘇芳に庭の時移りゆく
竹群の直ぐく伸びゐる青き幹あきらかに見えて山の音無し
よごれなき毛をもつ猫が横に来て縁側に坐す吾と並びぬ
訪れし我に眼を光らせて己が領域猫ももつらし
すずらんの今朝もひと日の青さ増す若き葉群の露を置きたり
玉きはる今朝のいのちぞ熱き粥口とがらして吹き冷ましおり
継ぎて来しうす桃色の鼻の先乳牛は草食む顔を上げたり
書斎より出で来て音なき裏庭の縁に腰掛け眺むともなし

午後の影濃く落せる裏庭のつつじの朱はきはまりにけり
一夜経て開き切りたるてっせんの青き花ある庭とはなりぬ
コーヒーに落せし練乳歓声の如く揆くを見定めており
昼凪の庭に蘇芳の紅こぼし蜂あきらかに光りて飛びぬ
水を打つ庭暮れてゆき朝顔のつぼみはぐくむ闇が覆ひぬ
出でてゆく戸を引き寄せる音聞えひと日一人の静けさとなる
葉の厚く光り透さぬ社の葉の古りたるものを見さけつ過ぎぬ
庭の木に鳴きつぐ鵙の固き声も今は一人の留守居にて聞く
水底に動く眞砂のあきらかに寄せ来る波は足下に伸ぶ

ほのほがほのほを煽り燃ゆる火の一とき過ぎてしずまり初めぬ
燃え上る炎は風を呼び込みて逆巻きあふりて炎昇れり
関りのあらぬ瞳は動くなし病室に入る我を見てゐる
飯二杯と小児の如く答えおり医師の前なる我の素直に
サルビヤの緋のきはまりに澄みとうりひと年逝かむ庭の冷たり
設けたる足場の未だ架かりゐて新たなビルは空を区切れり
赤き土未だ新しく道のつき杉の林をつらぬき消ゆる
積み上げし工事残土の影粗く安全章旗風にはためく
降り出して散歩さす事出来ざれば罪もつ如く犬と向き合ふ

2015年1月10日

山野辺の道紀行

晴天になりたる事も孝行の故と高らに笑ひさざめく
花見など早くも次の行楽を語り合ひつつ車は走る
春の陽に歩む三三五五の群古代の道は細かりしかな
背景の未だ萌さぬ黒き森景行陵固く柵を閉せり
山脈の重なり合へる忍坂に神武迎へし人等のありき
苔をむす樹の根にひきのうずくまり古代の径の跡は続きぬ
はるかなる大宮人の踏みし径昼餉の酒はコップに仰ぐ
信楽の陶の狸に似ると言ふこれより少しスマートでないか
編笠を被れば陶の狸とど少し感心なして聞きおり

2015年1月10日

26

さんさんと地に降りゐる日の光り走れる孫を手をひらき追ふ
見出しが紙面半分とりており清原場外ホーマー放つ
次々と接続ありし電車にて目を閉ぢ尿意とたたかひており
弁当屋に人の集ひてゐるが見ゆ即ち我の腹の空きたり
ひさぎゐる菓子をガラスに囲ふ上城主がもちし石高掲ぐ
己が顔くさして金得る漫才師一人の顔に家路を急ぐ
きつねうどん頼みて隅の席につく短歌一首出来たるが故
パンツよりしずきて走る男ゐて汗なき吾のひたひの熱し
亦報ず幼女誘拐人間の半ばは陰を負ひて生きゐる

戦ひもとうき日となり否まるる言葉をのみに語り継がるる
書店より楠木正成などの本見えずなりしを疑はれゐず
否まるる戦なりとも若き日を燃えたたしめし血潮にありき
戦ひし日を生きたりと眉上げて我は言はなむ若き碑として
手の熱く銃とりたりき否まるる戦なりとも血の真実は
否まるる戦なりとも戦友の流して死せし血潮尊し
光り見る眼窩の底ひはるかにて大観の富士北斎の富士
こわれたる義歯をはめいて傷つきし歯ぐきをいつとなどる舌あり
閉せしと思ひし窓が開きいて他人(目なき時他人目を怖る

自動車の起せる風も朝冷えて左肩よりおのずとすくむ
病気ではなきかと噂していしと宿めし炬燵の席を席を開け呉る
やや濡れし服を吊せし宿の窓明日は日の照る茜の兆す
この所堂のありしとやや高く車二台が駐められありぬ
言はざるに二本の酒が膳にあり宿れる常の慣はしとして
宮中の儀式に伝ふ十三夜風寒ければテレビにて見る
頬かくす帽子被ぎし人の立ちプラットホームは長く伸びたり
まばらなる人家が見えて東北のプラットホームは長く伸びたり
痛む歯にうどんを食ひて三日経ち菓子売る店も眺めて過ぎぬ

ながくながく板古る峡の湯宿なりき壁輝きて一棟建ちぬ
信号に止まりし隣の車より犬が顔出し瞳合せぬ
時計見つプラットにうどんを食ひおりぬぎりぎりに生きる事の楽しさ
発車ベル高く響きて走り乗る立ち喰うどん少し残して
くり返し口紅あかくぬりおりし女笑まひて鏡しまひぬ
飲みおへし酒のカップに今一度口当てあふぎて老人立ちぬ
並び走る車は玩具の如くにて我は己れに他者として坐す
若物と同じ心を思へどもテイシュペーパー分ちて使ふ
みの虫の殻に紅のなき事のすがしく山を下り来りぬ

戦の日の償ひも少しあり中華甘栗買ひて皮むく
指定席はたった五百円と妻のいふ五百円惜しみ商ひ来りし
予定せし時間どうりに商ひのすみて列車のゆれるに任す
前輪の土にめり込み捨てらるる用なきものにこうか借なし
穫入れのおはれば獅子の面被ぎ笛を鳴らして神楽来りし
コーヒーの中に入れたる練乳は湧きて浮びて け拡ごる
何の室も人が寝いて幼児の眞夜に泣き立つ家愛すべし
指示されて頬を寄せ来る幼児の温し廻せる手の小ささよ
子を背負ひ鎌の行商なしいたりき子に囲まれて孫を抱きぬ

どうしてもここに泊れと言へるらし早き方言大方解らず
きのこ汁刺身てんぷらなど並べ我に食はさん為に買ひしと
月末に金がなくなるを疑はず生きて夕餉の話あかるし
紅葉の燃え立つさまを写しゐし画面は車の渋滞となる
透明のガラス戸一つ距ていて肩をすくめし人等の急ぐ
肩すくめ霧に消えたる人ありて尾花はうすき墨色に立つ
霧こむる朝の窓にうすずみのあはあはとして人等すぎゆく
四、五本の並木の見えて霧覆ひ人等突如に現れ歩む
山薯が池に鰻となりたりき古人没して見しものあらず

巾広きカラー舗装の道となりござにひさぎし老婆の見えず
山囲む湯沢の街に降り立ちぬむしろにきのこ売るを見るべく
土つきしままに茸の並べられ筵に坐り老婆のひさぐ
悠なるかな薯が鰻となりしこと山池の水青く澄みたり
束の間に過ぎし月日と思ふときうるし紅葉は鮮かに立つ
花をつけしままに枯れしが挿されいて無人の駅の雨紋に汚る
ぬば玉の夜の底ひに目を閉ぢて果なく沈む体のありぬ
底ひなく脚より沈みゆくが如一日歩みし旅の臥床に
春と秋の商ふ旅にそびえたる鳥海山も竟かと見放く

いつの間に日かげさえぎる雲の出て体に沁みる風を伴なふ
おのずから地に瞳の落ちてゆき一つの言葉の背後を疎む
新しき飲食店の亦出来て幟幾本競ひはためく
飲食の人呼ぶスピーカー公園に今年の菊の展示はじまる
金の札銀の札など吊されぬ菊は日を浴び咲きゐるのみを
幾人の交せる言葉かしましく入賞の札はけられてゆく
コーヒーに入れしミルクが揆けくる吾がなさざりし歓声として
松の樹皮削られゐるは戦にやにを採りたる跡にて古りぬ
夕刊に株式欄のなきこともみちのく秋田の人の貧しき

投げ出して疲れし足を休みしが暫くにして行かねばならぬ
道端に黄菊白菊供えらる盛られてゐるは悲しみ深し
隣家より南京食へと持ちおりぬ貧しきものは乏しく足れり
己が家見えし時より老婆立ちバスは峡路の坂を下れり
痛みもつ歯茎を舌に触りゐて病めば望の身に関りぬ
癒えむことのみを思へる昼つ方思ひ返せるさびしさにおり
口開けて寝ねいしならん不態さや目覚めて舌の乾ききりおり
噛む事の斯く豊かにて十日まり痛みし歯茎の傷のなほりぬ
砂利を踏む音かへり来る夜の道吾を指したる星光ありぬ

雨雲の裂けて走るも目になれて冬の越路の出張おはる
襟立てて風を防ぎし十日まり出張おへし歩みをはやむ
教ふると従き来くれたる少年の指を差したるところに別る
歌人の名言ひて歌書く傍に来ぬ頼むしばらく黙っていてくれ
遠天の雲黒きてつるはしを上げて急がぬ工夫が見ゆる
雨雲の裂けて千切れて走りゆき岩打つ波は沫と立ちぬ
両脇を巡査が抱へ行く男かくさねばならぬ顔をもちたり
サルビヤの千の花穂はくれなひの高き揃ひて昼を咲きたり
舞台の面脱ぎゐる見れば我ももつ人前の姿一人の姿

わが鳥を光れる空へ発たしめぬ着きしは黒き杉の森にて
昼となれば飯食ふのみに過ぎゆきて列車にながく孤り乗りおり
東北と近畿の顔の類型のやや異なると見つつ旅行く
空黒く交叉をなせる電線に流るる力は人の生きたり
夕空に黒く電線顕ち来り灯りを点もれる家々の見ゆ
降り止みし道しろしろと闇迫る夕べの光をあつめて伸びぬ
昏れてゆく野に一すじの川見えて血よりも赤く夕雲映す
歩みきし足なげ出して旅ながき疲れにめぐる血潮のくらし
咲くよりも散りゐる花の多くして赤眞寂しきサルビヤとなる

複眼の如く灯りの点き来り人を呑みゆく夕街となる
戦に死なざりしかば走りゐる列車の窓に頬杖つきおり
捨ててゐしものをもちゐる友達に返せと幼は泣き声あぐる
ほうり込みし空缶の音大きくて夕べの駅に一人待ちおり
若き等の肩抱き合ひて歩めるをおのずと避ける瞳もちたり
地深く伸ばしゐる根よ靴音の還り来れる歩みもつ下
ストーブを切りてたちまち冷え来る夜の底ひにしはぶきひびく
庭先の松の緑も今朝出合ふ老ひては静かな呼吸となりいて
野焼して草のまとはぬ池堤広き面を水のもちたり

野を焼ける煙いくすじ立昇りおだしき冬の光り亘りぬ
野焼せし堤の僅に灰残るかくて昨日は過ぎてゆきたり
炎あげ燃えたる跡の平にて堤に灰のわずかに吹かる
ひよが二匹降り来てあたりを見ていしがわがもの顔に歩み初めぬ
一ヶ月手形の期日伸ばせしを黙し出せるを黙し受取る
ものの影あきらかに落す裏庭の今日は背中を屈めぬぬくさ
乾きたるタオルの風に動くさま見るともあらぬ縁のぬくとし
縁側にかくるは今日も孤りにてすきとうりたる冬蔭見ゆる
誰にしもあらざる吾と坐しゐつつ られし声ほめらるる声 245

千の根のからまりあえる地の中のありて冬原平らに展く
後頭にてのひら当てて考へゐる吾あり不意に戯画となりいて
しぎ二匹庭に来りて啄むをおさへておりし咳の出でたり
この朝目覚めざりせば我のなし水仙の白き花を眺むる
点りたる工事現場の赤ランプ停車をなすは死に結ぶ故
停車する工事現場の赤ランプ死に関るは人等の敏し
おらび合ふ工事する声今朝のなく黒新らしき電線架かる
こつこつとかすかな音の立ちゐるは我が心臓の図られてゐる
心電図は如何なるさまを示しゐん我が身体を我の知らざる

心臓の動きあらはとなりし図の我が読み得ぬを医師に渡しぬ
心臓を図る音のみ室にありしずかな呼吸をなさむとつとむ
裏庭に萌し初めたる芍薬の一年ぶりの赤き芽と会ふ
正常です医師に言はれて我の知るこのあやふさに門を出でたり
冷やかに棺の行くを見送りき死に関りのなきが如くに

2015年1月10日

とこしえに保つ形のまざまざと造花のそげく埃積みたり
自慢する隣室の声の聞えつつ畳目すぐきしずけさにおり
くくみ啼く帰りし鳩の声聞え見えゐし山は闇に沈みぬ
返品とふ事実の前に致し方なし釈明なさん刃先折りつつ
肩を並ぶ美女は呼びたるモデルにて友はアルバム其処より開く
天人といふを描けり地の上に生くるは余りに苦しくありし
摂食と排便といふこの原始了えて宿屋の玄関出ずる
出張の予算一応書き上げぬこれより少なくなさん思ひに
ロックする扉に押れて閉したる障子の宿に敏く坐しおり

青き帽子被りし女乗り来り工場の壁長くつづけり
ビニールに箒とちりとり包みゐる老女は駅を一つに降りぬ
うつうつと曇れる下に灰色の屋根と壁とが連なり建ちぬ
血を出してちんばひきひき来し犬の瞳は神の前に立つかな
灰色にこめて動かぬ雲の下影なきことも一人なりゐて
土に降り消えゆきし雪積る雪先後の違ひ我は見ており
笑ふとは盗ることなりし両の手にりんご持ち来て高く笑へり
刻まれし文字を風化に読み難く無縁仏は寄せて積まるる
捨てられぬのみに寄せいて積まれいて無縁仏は見る人のなし

角棒をかざせし学生運動とは何にありしか語るひとなし
黄にやけて学生運動を載せてゐる新聞ありぬ忘れいたりし
戦争の力の余燼と学生運動のありしを我は位置づけておく
安保闘争の誰も何時しか姿消し新聞時に赤軍を報ず
エンヂンの音の止みたる夜更けて枕の下に水流れおり
草枯れて小石の白き河原を流るる水も細くなりたり
降り初めし雨に濡れたる舗装路は曇れる空を白く映しぬ
おもおもと雪のこめたる並木道秋となる葉はなべて垂れたり
雨露を溜めたる花のくれなひの園一せいに光りをなす

細き雨降りゐる朝庭さきに濡れて明るき若葉のありぬ
散る前をくれなひ染めるうるしあり老斑浮く手に瞳を移す
このところ両雄干かを交えしと焼き捨てられし民家は書かず
この坂路信玄越ゆと兵糧を担ぎし奴もありたりしかな
コスモスの折れて他に咲く花も見えたけゆく秋の光り澄みたり
茶をすすりこはばる顔をやはらげて話し合ふべき言葉を出しぬ
ふふみたる光りのままに白き雲崩れず浅間の峯を越えたり
秋たける信濃の街に雨の冷え襟を合せて宿を問ひおり
とびとびの庭石濡らす細き雨先ずは炬燵のスイッチを聞きぬ

自慢話なし合ひおりし隣室の人等は闇に出でて行きたり
今の意味問ひゐる声す月明に黒くしずもる森の中より
馬車馬は視野を囲ひて走るとど我が一筋のおのずからにて
時折りに我を見てゐる目と思ふ新聞拡げたるままに坐す
車中にて書きとめざりし短歌あり思ひ出せぬは光芒をもつ
飢えに開く黒人の子の目の写り窓おもむろに闇が閉しぬ
あはれあはれ足と胃腑との弱まりて口すこやかに生きゐるあはれ
葉のなべて上に向きゐる凛々と宿の一人に菊活けありぬ
ふくらみし白き尾花の野に満ちぬ一つ一つが抱く陽のあり

目がさめて障子に差せる明るさに一夜積みたる雪のありたり
扉同じき上に室番貼られゐるホテルといふはまだなじまず
家郷より離るる街も人居れば老ひたる首を直ぐく伸ばしぬ
花の名を室名として異なれる様にかまへし宿の親しく
便所にて作りし歌は手を洗ふひまに忘れて旅をつづくる
目が覚めて宿のカーテン先ず開く今日は傘なく歩めるらしき
宿を出て光り隈なき今日の晴れ地の果てなる空を見やりつ
この吊橋を渡り商ふ二十年揺れに応ふる足弱まりぬ
黒き衣に背を伸したる人並び類型の死のここにもありぬ

我と行く白き雲ある原の道幼き時に暫しかへりつ
高原の冷えたる風に草薄く隈なき黄葉のそよぎゆきたり
高原の草の黄葉の隈なくて澄める光りの透かしていたり
げに病めるもののうすさや高原の草の黄葉は隈なく透きて
飛び交す蜻蛉の群は移りゆく山のみどりに翅のひかりつ
移りゆく蜻蛉の群を見送りて晴れたる空に瞳の深し
サルビヤの花は袋の形なす無人の駅に赤く散りたり
高原の空の青きを見る瞳真上に向けぬ首痛き迄
力もつものの迫らぬゆるゆると機械のショベル土に近ずく

計算をされし速度と思ふ時ゆるゆる機械のショベルは止る
走りゐる列車に尾花ゆれており陽光返すをたのしむ如く
巨きなる石の川原となりて来ぬ汽車は登板の音高くして
菜の垂れてとうもろこしの葉の枯るる高原すでに霜ありしかな
大きなる輝く駅として建ちぬ高原に若き等出入りの多し
高原の輝く屋根を見上げては載り断つ空の青さがありぬ
新しく建ちたる屋根と分ちゐて空の青さの限りもあらず
高原を拓きし苦節を我が知れば今一面のレタスの青し
肩に触るる空の青さと思ほふに鳥飛びゆきし深さは知らず

トンネルを抜けて沫の岩に立つ川の流れとなりておりたり
栗落雁折りたる固き手の応へ宿屋の室に亦折りており
車掌が降り切符受け取り乗りゆきぬこの駅前に店一つあり
大根の霜に凍てたる葉の青く冬を生きゐる光りを返す
かげり来て亦陽が当る車窓にて列車は山を縫ひつつ登る
抱かれてバングラデシュの児の写る大きなる目は飯を食はざり
あばら家に人住みおりし高原の瓦を葺ける屋根が並べり
植木鉢の底の穴より根の出ずを引き抜き元の棚に並べぬ
靖国の参拝否む記事のあり我は戦に死なざりしかな

順を待つ出張員の靴二足脱ぎあり鞄を置きて出でゆく
びっしりと詰めしカタログを出しており次の列車に乗るを諦む
積まれたるりんごのにほひ漂ふをあましと嗅ぎて店頭すぎぬ
茸採る人出でて来ぬ幹白き白樺の木も混る林を
後五分汽車が来りて乗り入るを疑はざるを人と言ひけり
散る前を真紅に染めしつたの葉は秋の光りを浴びて輝く
此処にのみ棲む蝶ありと掲げゐて幹に苔むす木立の暗し
承け継ぎし父祖のなりはひ七十の吾は信濃の雪を踏みゆく
よるよるを宿屋の窓の闇に向く永なる使者の言葉受くべく

灯を点けて窓に満ちたる闇のありとうき祖先の声を棲まはす
ひしめける誰もがもて死のありと瓶は造花の菊を挿すかな
にょきにょきと雨に出でゐる茸あり落葉の下の暗き土より
土の中暗きに種子を埋めゆく大きなる花やがて見るべく
暗黒に一夜埋もれいたるかな窓さえざえと明け初め来る
一日の葬りとなして床につく明けて羽搏つ不死鳥の為
満員と断られたる宿二軒残る一軒尋ぬと歩む
ボード板にびっしり鍵のかけられて人は互いに拒みて生くる
千の鍵並べ売られて距て合ふ生き態人は互にもちぬ

あきらかに草の紅葉をなしゆくを光り亘るはしばし歩まん
枯草をあたためている光りあり木の切株に腰を下しぬ
親と子と夫と妻とも距ていて鍵は冷えたる光りに並ぶ
盛り上り苔のむしたる根の太く宮居は一樹の蔭にありたり
年に一度祭の時に旗立つと宮居は落葉踏む人を見ず
木のそびゆ天辺に鳥止まりおり高き処は遠くが見ゆる
足低き歩みは躓き易くして老ひし背中を伸ばしつつ行く
買物の衣料見せ合ふ老婆達うんと良いんだの声を交ふる
飢えたるはけもののまなことなりおりし鎌を武器とす百姓一揆は

草を刈る鎌が兵器となりたりし雨の夜を行く百姓一揆は
あて途なき争ひに行く一揆の群握りしめたる鎌の悲しさ
走りゆく車にゆれて萩の原赤く小さきはなびらこぼす
寒風を避けいる前を氷菓食み高校生の声々高し
煽りたつ埃にトラック過ぎてゆき顔をそむけば我の小さし
取引をもつを得ざりし店なれど客の多きはそこはかたのし
旧道は黒ずむ家の並びおり幟の競ふバイパス過ぎて
夕暮るる池の畔に歩み寄り残る光を吾は集めぬ
わが顔を覚へておりし主人にて葡萄酒を卓に黙って置きぬ

吾一人なればと思う密々と世間といふは組まれてありぬ
輝きて灯り点もりし夜の街輝くものは利につながりて
離るれば水の流るるトイレあり手といふものが要らなくなるか
花の字は草が化けると書きたれば女妖しく歩み来りぬ
面着るが真の我と言ひきりぬ能の舞台を勤め来りて
一面のりんご畑は葉の落ちて寄すしき枝は年の経りたり
電線の黒く果てなく続けるを見ており夕べ疲れたる目に
アスハルト灼けたる道を歩み来て商人吾はほほえみも売る
乗り込みし列車の窓は昏れ初めぬ暫く瞼閉しておらん

出でゆくは即ち粧ほふ鏡の中ひたすら見入る女のまなこは
赤きところいよいよ赤く青きところいよいよ青く塗りて笑へり
口紅を鏡に引けば雄食みし虫の原始の詩ひびかひぬ
魂を鏡に置けば化粧なる女のありど かなるかな
みずからの顔の範囲をいつ迄も出でぬ眼に鏡に向ふ
その昔水に写して顔を見し山の乙女は化粧なせしや
丹念に化粧をしたる女にていそいそとして外に出でゆく
僧堂に女を拒む男ゐていと高きものをひた求めしと
女よ汝と何の関りあらん血をしたたらせキリスト逝けり

髪の毛が蛇となり来て争ひし女の話はとうく過ぎしや
今少しと片手に拝む演技してしばらくたちて金を受取る
寝返りをなす事も出来ず二十年病むあはれさも人なるが故
濁りたる水に泥鰌の浮き沈み峡の食堂他に客なし
さは蟹はうすくれなひの足をもち砂敷く瓶の隅に小さし
音楽の鳴る喫茶店逡巡の我の傍を少女入りゆく
歯の痛み昼はうどんと決めいしが美女多くして洋食たのむ
葉の散りて細き梢の並び立ち光りをふふむ雲移りゆく
隣室は宴の声の入り乱れお茶のみどりを吾は みゆく

やすやすと歓声あげて戦ひぬ今やすやすと戦を否む
寝返りに過ぎたる宿の夜の明けて血筋浮く目を鏡に写す
宿賃をはかりつつ行く夜の街灯りつつましき一軒ありぬ
降り来る雁の声あり青空を吾も渡れる旅人として
みずからの体温蓄めて旅の宿一人の眠りに就きゆかんとす
乗り入れし列車空きゐて鞄抱く手の老斑に瞳を置きぬ
二人ゐて見るものなべて明るくて真黒に近きチューリップ咲く
吾が歩み常より今朝の軽くして知らざる犬が横に並びぬ
わが魂すこやかなれば東京の犇めく人の群にたじろぐ

2015年1月10日

轟きて雷が挙げゐる鬨(とき)の声千の剣を杉の秀構ふ
細き雨に額濡れつつ歩みゆく冷えて生れ来る心あるべく
討死せんもののふの心曇りなし木の根机に暫しまどろむ
空覆ふ杉の巨木の並び立ち社は霊の棲ふ小暗き
鳥海のめぐり幾年商ひて我のつづれるいただき高し
甘すぎる菓子出されゐるお茶の承け峡の宿屋に我は泊まりぬ
ひと度を押して瓶より湯が出しもすがしく宿に茶を呑みており
寄せる波返せる波のひたひたと打つ音たちて岸の夕暮
結ぶ実を木よりもぎたる手の罪の報酬幾ばく金をかどふる

2015年1月10日

鎌を商ふ

2015年1月10日

35

不景気と雷族の絶えしこと偶然ならん静かなる街
癒えて来てしばらく命保つらし読みたき本を書店に探す
つかの間を揆けて散るを愛しゐて孫と夏夜の花火を囲む
一枚のシャツを着重ね増し来たるわが体温に出でてゆくかな
時ながき蔭に生ふ草少なくて大きなる木の下水のひそまる
ながながと倒産せるを語りくるるわが倒産をせぬ声高く
古沼に幾年継ぎて水草の冬を潜める黒き根が見ゆ
満開の桜の花の饒舌に君と行かんか言葉携へ
カーテンを閉ずれば個室開けたれば共同の場に病室のあり

見の広き池となりゐて鴨が押す立てゐる波が光りを交す
生きてゐることに過ぎゆくにちにちに病室の窓眺めゐるかな
吹き荒れしひと日の過ぎておのずから瞼垂れくる日差しの亘る
こめて来し霧にいただき高くして天に浮ぶは畏み仰ぐ
岩と岩囲ふところの波収め底ひに砂のゆれて動きぬ
白き壁目に立ち冬の街のあり葉の枯れ落ちし梢の細く
ほくほくと我は食べ居り焼栗の揆けし一夏の日差しの量を
羽搏きて窓を掠める黒き影鴉はねぐらへかへるをを急く
松葉杖立掛け夕焼見る人と窓に並びて没陽の赤し

彼よりもましとの思ひふと兆す病みゐる心衰へしかな
月光は落ちたる紙に白くして渡れる天の澄みとほりゆく
涙もつ体に生まれし不思議さに思ひ及べり涙ぐましも
海底に這ひゐし魚の大き口開きて箱に並べ売らるる
わたつみの寄す群青の波の背の鯖放られて土間に散ばる
流れゐし雲去りゆきて晴れわたり果なきものに瞳向ひぬ
煮魚の骨の数多を疎みつつ骨が支へし魚体にありぬ
芽吹きゐる下に枯葉のくさりゐて一年とふをわれは見てをり
散り落ちし枯葉の腐りゐることもいのち蓄めゐる大地を歩む

階多く重ねるビルの間に立ち円型のタンクのっぺらぼう
赤い舌窓より垂らすバーゲンの広告眉に唾つけるべし
指折りて正月迎へし幼な日の情景ありて床に臥し居り
靴下の織目を写す脚となりひと日はきたる靴下脱ぎぬ
けものらの眠れる夜を開きゆき電飾空に輝き循る

同化作用持たぬ葉群となり来り散りてゆくべき冷ゆる風吹く
おのずから葉の散り落ちる林あり身に受けるべく歩みを向けぬ
降りかかる散り葉の中に立止まり頭と肩を打たせていたり
かすかなる風に散りゐる葉のありて至り難しもおのずからなる
埴土に対き山を削れるブルドーザ人生きてゆく黄の意志は顕つ
ゆれいつつ我を運べる車窓にて老ひては移れるものを怖るる
たちまちに青き起伏の輝きて甘藍畑に日の差し来る
与へらる死の有りようを問ひゆけばみずうみは夜の眼を開く
曇天に田は一さまの平にてもやひし山に車窓近ずく

2015年1月10日

無題 (7)

八十を楯にあやまち庇ひゐて今日も過ぎたり明日からも亦
さまざまの医療具とつなぐベットにて使はれざるが良しと備はる
ひるがへる自在に鳥の飛びゐるに安静の眼窓を距てつ
変身の誘ひしきりに透く服のショウウインドウにぶら下りたり
鎌で草刈りゐる顔が先ず浮ぶ男にありて病みて臥せると
羽重き唸りに蜜蜂飛びゆきぬ耐へて生くべき性に生れし
暮れて来て点れる店に人並び鉢食ふさまにラーメンすする
左手に串焼持ちてコップ酒飲みをり今日を働きし声
星辰とつなぎて夜の眼ありしみじみ人に生れけるかな

それぞれの室のもちゐる断絶に大きなビルは並び建ちたり
公民館に明る過ぎゐる灯の点り唯事ならぬしずけさに照る
得たるものに執着少なき我の性握力弱きに関るらしき
一輪の花がもちゐる完結を屈み眺めて問ひつめ飽かず
照り出でて窓の紅葉に光り透き抹茶を点せる手許明るむ
吹き来る風に再び転びゆき落葉に安らぎ与へられゐず
泥と水分れて上の水の澄み豪雨止みたる一夜明けたり
吹き溜るくぼみのありて転びゐし落葉はそこに重なり合ひぬ
くり返し倒産の話してくれぬ高き笑ひの声も混へて

脚の力弱くなりゐて幼な日に心かえれる歩みなりけり
転び来し葉は翻り転び去る枯れきて枝を離れ落ちしは
窓開けて吾の吸ふべき新たなる空気流れて室を満しぬ
枯草に雨降る言葉紡ぎゆき紡ぐ言葉に雨降りつづく
青亦の電飾空を占めてゆき闇を拓けるいのちの動く
電飾のめぐれる下を歩みゆき原色渦巻く肉体をもつ
安静の二旬が過ぎて唯に臥す己が在り処の言葉をさがす
地下の水涸れたる木々の肌乾き吹きくる風に枯葉を落す
明日ありと眠りしならず横たへし瞼に意識うすれ来りし

黄葉紅葉燃え立つ木木の開きたる瞳となりて歩みゆくかな
風船に針を刺したる如き萎え我は病床に横たはり居り
もう死ぬと思ひたりしが癒えの見へ今暫くを生きて居らんか
書き綴るペンの先より生れくる言葉に動く指となりゆく
ふり向きてわが顔ありし窓ガラス眠らん今日の闇ふかまりぬ
子の恩師岡田先生いちはやくリボンを結び花を賜る
晴れたりと思ひし空の亦時雨る秋の天気の如く病み居り
花びらを落せる花に算えられわが入院の半月過ぎぬ
考へて成ることならず食ひをへし休みの時の体横たふ

泥の手に顔振り汗を落したる男再び屈まりゆきぬ
勝敗のその簡潔の好ましくテレビに相撲のスイッチ入れぬ
われの意志超えゐて事の進みゆき無力の腕に頬を支へぬ
安静に臥せてゐる身は暮れなずむ秋のもやひに瞳置き居り
にちにちの臥して過ぎゆく病める身の今日の曜日を問ひ糺したり
濡れし羽根しばしば振ひ落しゐし鳩もいつしか消えゆきたり
ふくらます羽根に振ひて雨落し鳩は飛立つ羽づくろひなす
びっしりと車の駐まる広場にち変りて居りて街の明けちゅく
蹴るボール追ひて走れる人の群シャツに光りの流れゆきつつ

霞み来て摸糊と拡がる街となり球形タンクの簡明が顕つ
若物は夏を走れり雫なす汗流るるを恩恵として
羽根打ちて鳥の飛びゆき大空は果しのあらぬ青となりゆく
ながながと寝て思へり結局はこの安らかにかへりゆかんか
明けてゆく道にライトの増し来り競ふ早さに走り過ぎゆく
紅に一葉一葉を染めたるを散りて跡なく裸木立ちぬ
億年の光りの届く夜の空に悲しみ小さし捨てて歩まな
読みしだけ書きたるだけの我なると残さる日日の灯りを点もす
刃なす氷の光り万の虫眠れる土を覆ひ張りたり

限りなく虫潜ませる冬の土夕影ひきて帰りゆくかも
奔流の如くライトの走りゆく暗き闇へと眼いこはす
振り合へる手を引き離しエレベーター閉ゆき一人の歩みを返す
窓に置くびんに日差しの及び来てびんがもちゐる緑を散らす
らんらんと窓を点して夜のビル競ふ高さに立ち上りたり
萎れつつ残る蒼の開きゆきびんに挿したる花房ありぬ
如何ならん数値出るかと血圧計見てをりわれの体を知らず
腰痛み動き得ぬ迄歌会の作品集め刷りてくれたり
アパートの窓に干物溢れさせ日差しは背中暖めて照る

隣床の人は鼻より管差すを退院の足罪にも似たり
夜の水は光り集めてしろしろと迷ふ眼を照してゐたり
行方なき一人の歩みとなれるとき白く輝く雲の生れたり
落ちる陽は今日を茜に輝きて蝉のむくろを照してゐたり
同化作用失せゆく固き葉をそよがす風の冷えもち初めぬ
おのずからほほえみ生れて記憶もつ人の瞳と瞳出合ひぬ
軒下の草のいつしか緑増しそよがす風のひかりふふみぬ
わたくしの知らぬわたしの事を問ひ知らぬと言へば隠すなと言ふ
照り出でてアパートの窓のすすぎもの色それぞれの光りを返す

昨日読みしところを忘れ進まざる本を開けり飽きてはならぬ
砂に水かけるが如く読みしときのみを覚えて本をめくりぬ
つぼみまだ半ば残りて花房の枯れをり天に向ひしままに
月光を登れば月に至るべし冬の夜冴えて裸木に掛る
たわふだけ風にたわひて折れし枝掻き寄せられて火にくべられぬ
開きたる目より涙の溢るるを溢るるままに傍に立ちをり
大き間口小さき間口に並びゐて営む人の出でて入りゆく
プリズムに分ちし色どり撒き散らし花園に花咲きて満ちたり
背の温む光りの沁みてたんぽぽの花より春を掲げ来りぬ

たんぽぽの花と差しくる光りとの交せる中を歩みゆくかな
光り射す紫集めて咲き出でしすみれの花を嗅ぎて寝るべし
立つ爪に飛びゐし鳶はわが言葉さらひて山に消えてゆきたり
深き穴掘られてをりぬいにしえにけもの陥して獲りし暗さに
光り増す風となりゐて地低くたんぽぽの花は開き初めたり
店頭に強き陽射しを集めたる南国の花飾られありぬ
打つ波がやしんふ脚の赤銅の猟師大股に歩みて来る
注ぐ湯に開く桜の花びらの春行楽の友を浮べつ
いくつにも裂けゆく花火乱れ滅ぶもの美しく展きゆきたり

時ながき煙にくすむ巨きなる煙突が統ぶる空間のあり
ノストラダムスの予言の年の来るれば次の終末生まねばならぬ
肩に手に触れて散りくる花びらのひける光りに包まれてゆく
艶をもつ細き緑の密々と草は田の面を覆ひ来りぬ
照り出でて透くあさ緑春となる田の面に草は競ひ萌えたり
竹の子の伸びる芽地中に調ふを掘り居り金に代へんがために
薬戴せるワゴンを押して夜を廻り看護婦は何時眠るとあらず
雪もよふ空を渡れる雁の群くずれぬ列に山を越えたり
冬ながく乾きし土に竹の葉の色は褪せつつ伸ばす根をもつ

振る腕にたすき受ると待つ走者足を上げ初め駅伝熱し
色褪せし竹の葉打てる細き雨春を待ちゐるつぶやきをもつ
はなびらに山盛り上げて花咲きぬ統べねばならぬいのち持たり
切尖に土を開きて筍は伸びねばならぬこの世に出でぬ
夜を降れる雨に舗道の濡れ来り点る灯りを集めて光る
われの目を開きて朝の明け来たり雀生きゐる鳴く声伝ふ
死者をして死者葬らしめわれ生くるああ戦に死にたる友よ
このここに道に迷ひし人ありき右じょうどじ左うれしの
手術するかせぬかの検査何事と思へど口のしきりに乾く

夕闇を鎧ひて迫る山となり一夜こもらん窓を閉しぬ
地の中に調ふ新たな芽のあらん竹の葉褪せて寒風に鳴る
なびく葉の緑褪せたる冬の竹乾ける庭を影の掃きゆく
何事のありてナースの走り過ぎわれは己れの首廻し居り
巻く渦の空洞作り空洞の巻きつつ水の流れ出でゆく
漂へる小舟の如く検査受く明日待つ体を床に横たふ
明日の検査如何になるかと無駄なこと亦も思ひて時過ぎてゆく
生かされてゐると言ひつつ悪口を言はれたと怒る声を出し居り
影として霧の中より現はれて影とし人は去りてゆきたり

飛ぶ声の突き出す頭の先端に尖るくちばし神はつけたり
溜飲を下げたき万の目を集め打者はバットを上げて構へぬ
フェンスを越へゆくボール数万の溜飲下げゐる眼が追ひぬ
道乾き木の幹乾き我の目の乾きて冬の風の吹きをり
めぐらせる思ひに明日は恐ろしき顔をもちゐて立ち上りたり
雨防ぐ構へし屋根を仰ぎをり縄文展を見ての帰り路
ねぐら指す鴉窓を過ぎてゆき夕餉の灯り人等点もしぬ
けだものの眼となりて飲食の鉢の並べる前に立ちたり
ガラス戸の向ふの闇にわれのあり昏るる深さに現れゆきて

2015年1月10日

無題 (6)

湧き上る霧が押し上ぐ山の峯一すじ青く天に遊べり
比えい山焼打したる信長は下天は夢を常うたひしと
欲しきものなきかと見舞に来り言ふ欲しきは大方禁制にして
追憶は母が大方占めてをり幸せなりし記憶なきため
けん命に血を循せる心臓など更けゆく眞夜に思ひてゐたり
八十のおきなのためにナース等の若きが眞夜を走る音聞く
朝の日が運ぶ新たも臥せる目に押れてわずかに頭回らす
葉の落ちて樹液少なく乾く幹露に並ぶ道となりたり
眞夜中のかすかな音に目のゆきて便を捨て呉るナースの動く

寝台にひとでの如くはりつきて旬日経たり明日も然らん
葉の散りてあらはな幹が乾きたる白き光りを返し並びぬ
昼も夜もいつとはなくて過ぎてゆき入院十日の検査するとど
照り出でて秋山紅き恍惚に向ひてゆける歩みなりけり
くれなひの樹液登りてゐるならん秋の山路の葉を分け登る
うすずみに暮れてゆきゐる夕山のなずみていつとはあらぬ淋しさ
ブルガリアヨーグルトとふを食べ終へて唇なめて夕食終る
幽鬼など作りて昔の人あれば静かならざる夜の雨そそぐ
静脈の青く夜の灯に浮びゐて安静ながく病みて臥しをり

交し合ふ枝に競へる紅葉に昼の陽差しは澄みとほりつつ
重なれる山の奥処に墓建ちていのち継ぎゆく人の住みたり
しっ黒の闇のカンバス七彩の花火を人は展げゆきたり
遠く飛ぶ翼をもてば高き木の梢に鳶は眼置きたり
つひ一つ食べし豆菓子レントゲン撮らるることを忘れてゐたり
夕闇に靴音生れ歩みゐる我の姿の消えてゆきをり
食べるなと言はれし故の腹空きぬ治りゆきゐる我にてあらん
差出してかざしゐる手に並ぶべく焚火の群に入りてゆきたり
生れたるいのちにこの世の声挙げて燕のひなは巣より乗り出す

賜りし花の蒼の開けるを瞳尋ねて朝の明けたり
ほつほつと緑の若芽吹き出でて古木乍らの今年新らし
輝きてカーテンのすきを日がもるる開けと呼べる声をひそめて
口開けて深き陰あり生涯を食ひて養ふいのちの底ひ
時が来て便意に立ちし腹腔の暗き底ひの秩序もちたり
寝台の狭きにいつしか順ひて伸ばせる脚のつかえ失せたり
大別山駆けて登りて敵追ひし脚にてありきベットにすがりつ
木枯しに吹き散されて転ふ葉の枯れて落ちしは行方を知らず
手を足をベットに投げて臥してをり癒えゆきゐるか医者が知りゐて

お通じがありましたかとナース問ふ弁証法より緊急にして
たわふだけたわひて柿の実りをり継ぎて栄へん必然にして
みとる媼みとらる翁病室の中はテレビが音なく写る
限りなくおや等仰ぎし星かげを仰ぎて夜の道かへりゆくかな
ながき時地中に距ていにしえの乙女は墓の壁に新らし
木の下に赤きポストのあることを見つけてあたり暫く見廻す
朝の口漱げる水に仰向きて今日も底なく晴れし空あり
忘れたる古き歌集の出で来りよみがへくる文字の新らし
吹き溜る落葉の量に足止めて並木は激しき夏の日経たり

夜の空を赤く点りて統べゐしが消されてビルの角に小さし
小さなる注射の針の刺さるるを怖れて皮ふは体を包む
蛆よりもたやすく人を殺す文字人なる故の憎しみもてば
鉄板を敷く一ところ音高く足踏みしめてわれの渡りぬ
聴診器胸に当てられ皮ふが包むわが暗黒の計られてゐる
死ぬべしと思ひ定めし体にて布団にひざを揃へ坐しをり
六つの管に採られたる血が並べられ各々異なる検べを受くる
冬の夜の眼は冷えに澄みとほり天を渡れる月と向き合ふ
身をつくし傷き生きし母なりき与ふるのみの一世にありき

神の御名遺りて草生ふ小道のあり人等つつしみ歩みし跡か
萎へ初めし早さに瓶の花りて臥しゐる床に旬日過ぎぬ
断っ立てて高く建ちゐるビルとなり果なく青く空の晴れたり
うつむきて来りし花と朝見みしに花びらいくつ卓に散ばる
人間が建てたる故に仰ぎをり空貫きてビルの輝く
巨きなるビルと思ひて仰ぎしがビルの中なる人間となる
天渡る茜の空に満つるとき染まれる我となりて仰ぎぬ
夜の灯に降圧剤の白く照り水をくむべく我を立たしむ
昼の陽のさんさんと照る山の道紅葉は己れに酔ひてゆきたり

幾年かすれば居らざるこれの世に怒れる我の声がひびきぬ
愛想笑ひなしたるわれのあるなれば人居る所を離れゆきたり
ひろげたる翼に空を従へて飛びゐる鳶は見ても見飽かぬ
音ありて耳あることを耳ありて音あることを臥して思ひぬ
窓渡る小鳥の声の入り来りしばらく空の青きに遊ぶ
朝の薬数確めて服みをへて病みゐる我のひと日初まる
蜜々と凝りて集る天心のしたたる原を歩みゆくかな
泳ぎゐし泥鰌も泥にもぐりゆき草枯る水は澄みて来りぬ
死にし故謝るすべをもたざれば言葉の荊負ひてゆくかな

下からは上は見へぬと常に言ふ小金を儲けて蓄めたる奴が
与へられし薬服みをへ用終るものの如くに横たはりゆく
すこやかな若物網に昇り来て臥しゐる我と向ひ窓拭く
病む胸に朝の光りの直ぐくして生きねばならぬ我となりゆく
ながながと足を伸ばして寝るとき生きる命のありたりしかな
伝へたる播州ひでりに米買ふな水に争ひおや等生きたり
萎へて来し花殻捨てて残りたる咲く花見つつ緊る瞳は
湧き上る雲を眺めつわが血潮応へぬ冷えをもちて循れり
ふくらめる霧が写せし天と地の伸びゆきはらりと落ちてゆきたり

2015年1月10日

無題 (5)

飛ぶ雲の岐れて空を走りゆき枯葉捲かれて土に狂ひぬ
神装束なして鉄打つ鍛冶なりき破れて黒き に残さる102
打つ鎚と受ける鎚とに向ひゐて鉄を鍛ふる二人は黙す
胸撮りし断層写真は如何ならんうつし絵もつか我は寝ねつつ
黄葉を生み赤き葉生みて秋来る画匠の彩管揮はさんため
夕鳥は言葉さらひて飛びゆけり瞼を合はす闇迎ふ故
白き紙振りて豊饒祈りゐる宮司未明の水を浴びたり

呻きゐし声も眠れるいびきとなり朝の空は明け初めてゆく
呻き声出して一夜を過したる疲れに朝を眠りゐるらし
思ひ出に辿るいのちは限りなし収めてしずかな老ひの日ならん
朝もやに茜の渡り病みて臥す瞳を開く光り差しくる
戦中と戦後を生きて来りしと点滴受くるやせし手は見つ
原なりしところに密々家の建ち光る車の出でて来りぬ
手術するせぬは家族に任せゐてわれは点滴の歌考へる
杉の秀の伸びゆく晴れし青き空我を呼ぶ声そこより来る
見舞客帰りて声のなくなりし室にしばらく何すとあらず

あめんぼがかすかな波を起しゐて昼が落せる葉蔭のふかし
片かなの工場の文字より朝明けて車の出入りは人の営む
工場の片仮名の文字明らかに見え来てはたらくひと日初まる
白く映ゆ壁となりきて光り差し閉せる窓は人まだ眠る
払はるる霧の中より一つづつ象現はれ来るたのしさ
一つづつ異なる象に現はれて山に生ふ木に霧はれてゆく
炎をなすと見上る楓の紅の情緒過剰に虫の這ひをり
ドア閉ぢて寒気断ちたる室となり病みて生きゆく空間ありぬ
ゆれ止まむ体重計の針見をり知らざるおのが体をもてば

喉の下に肉衰へしくぼみ出来ながき安静の時の過ぎたり
安静の体に臥して懸命に己れいやせる循る血のあり
転々と寝返り打つ日日寝台の小さくなりしに体順う
曇り来し窓に安静の目はゆきて重なり来るこめる雲あり
一日に癒ゆるならずと胸に置く手を本棚に伸ばしゆきたり
挟みたる豆が箸よりすべり落ち生きる力の指に失せゆく
澄む水と泥とに分れ溢れたる昨日の雨は一夜過ぎたり
幼らはひそみて闇を見つめをり闇を見る目の光り増しつつ
今撮りしネガを眺むる医師の目の動かぬものを我は見てをり

生まれしは全て死するとおもうとき舗道に人は溢れて歩む
病める身は医師に委せて起き伏しの湧ける思はいは文字に托しぬ
安静の医師の言葉に臥してをり縛らる服を壁に向けゐて
するするとカーテン上りて人の居ず自動といふを我は見てをり
わが体を他人に尋ね知るを得るこの不可思議に病みゐるなり
順調の言葉がありて開きたる安静の目を亦閉じてゆく
広き空の広きを眺め安静の今日いち日も暮れてゆきたり
夏の用終へたる布の千切れゐて案山子は畦にほうられてをり
大きなる緋色の鋏ふりかざしざり蟹激つ水さかのぼる

いそしみて紅き葉をなす庭の見え罪のごとくに臥してこもりぬ
老ひし木も紅葉なしゆく一斉を見つつこやりて今日も過ぎゆく
渇きたる口をうるほす湯のあるを何に向ひて感謝すべきか
十二時となれば食事の運ばるる恵みを我は受取りてをり
窓開けてひと日増したる紅を見てをり楓に臥せる目やしなふ
錠剤が一つふゆると卓に置きナースは安静告げて去りゆく
点りゆく灯りは高く階昇るビルの象となりて昏れゆく
各々のビルの形に整ひて闇に灯りの増して来りぬ
ひょうひょうと鳴りゐる風の耳を研ぎ一夜研がれし耳に寝ねをり

しわくちゃの手と思ひしがいつの間にかやせたるままに艶をもち来ぬ
夜の駅を降りたる人等いち日の疲れもてるはひたすら歩む
赤きもの見れば血として歌に書く戦し日をながく離るも
仔犬らは生れしものの当然の如く朝の光り浴びをり
母よりも悲しく生きしものありやことごく我を原因として
一日をたしかに満せし紅に楓は秋を輝きてをり
走りゆく落葉となりて風の吹き襟を押へて人歩みゆく
同じ程老ひたる人がひさぎゐて買はねばならぬ物のあらざり

風神は大きな袋担げると夕飯はやく食ひをはりけり
医師の言葉ひたすら守り過ぐる日日命令は死に関り生まる
計りたる体の数値メモをして我に告げず医師の去りゆく
薬包やみかんの皮など一人臥す室のくず篭もいくらか溜る
窓下に紅葉増しゆく一樹あり無視せる群をわれは眺めつ
開け口と書きあるところ開けられず力任せの力失せたり
屋上に赤き灯ともり迫りくる夕の闇を統べてゆきをり
更けてゆく夜のしずけさに読み居りし本を閉して坐り直しぬ
照り残る茜の雲も沈みゆき蒔に帰る鳥も絶えたり

2015年1月10日

なめらかに岩に苔生え苔を食む躍れる鮎を追ひて泳ぎし
鯉を取る姿の見えず深き淵変らぬ青にしずもりて居り
女童も槌を捲りていっさんこ追ひしはここらが草に埋もる

2015年1月10日

病室の景

からみゐる痰を吐き出す唸る声擦る女の頬赤くして
押へゐる声に夜半を咳込みて誰も耐えゐて患ふらしき
咳込める声の止まざる夜半にてカーテン距つわが耳冴ゆる
誰も皆眠れる室に点滴の透きたる液がきらめき落つる
口中に唇落ち込み頬削げて老婆眠りしいびきかきをり
痰をとる咳する声のいのちある限りの声が夜明にひびく
暖房に病衣つて寝るが見へやせたる脚の大き足裏
腕に針鼻より管を差込まれ安静の手足伸べて寝ねをり
言うことを聞かざる男の大き目のぎろぎろとして瘠せてゆきをり

くり返し声挙ぐ老婆痴呆症と知りつつベットに起きて見守る
血の色の頬に冴えゐる看護婦と見守り採血の腕を差出す
若き女が隣の見舞いに来て居りぬ隣の故に美しくして
カーテンを引きて己の城となし病める四人が一室に住む
咳込みて夜をとうせし男にて昼を寝ねゐるいびきの聞こゆ
人の来し気配に開きし瞳にて血圧計る看護婦が立つ
四日ぶりに膳にのせたる飯の出て腹空きたるをかくさずに食ふ

2015年1月10日

病む

胸締むる痛みが不意に襲ひ来て持てる碁石を置きて伏したり
胸しめる痛みに漸く呼吸あり急救車を呼ぶ声聞きつ
わが体担架に載せて車へと押し込み直に走り出したり
服白き医師に看護婦白き壁我は病院に寝てゐるかな
泡を吹く器具運ばれて鼻に管さされて我は横はり居り
死際の刹那にほほえみ浮ばせて保ちしままに瞼閉じたし
ひきつれる痛みに呼吸の細くなりほほえみ死なん演技をおもふ

2015年1月10日

無題(4)

杉の秀の光りし緑映しゐて山に囲まる池しずまりぬ
平らかな池の面に輪を描く虫のうごきて山しずまりぬ
あるだけの声挙げ幼の走り寄り帰れる母の脚を抱きたり
目の は大きく暗し鮓にする鯖くり抜かれ並べられをり
回る砥に当てし鉄より火花散りものを切る刃の形なりゆく
しろがねの露を置きたる万の葉の原は一つに光りを交す
救はれん魂ここに眠れると地蔵の掛けたる布のあたらし
日本の危機など記せし新聞をまとめ括りて納屋隅に置く
飯を盛る碗の形の簡潔をいつくしみゐて老ひ来るなり
美しく塗られし故に剥落の壁もつ堂を廻りゆくかな
剥落の姿の故の慈悲の顔まさり来れる仏に向ふ
もの掴む形に波の立ち止り砕けて泡に消えてゆきたり

鈴虫の鳴きゐる声の渡るとき怠惰に過ぎしにちにちのあり
岩の間に一つ生えたるりんどうの守れる青に咲きてゆきたり
金色に全身装ひ逝く秋の光りを浴びて公孫樹立ちたり
台風がゆさぶり菜の葉の萎へゐしが一夜過ぎたる張りを持たり
幼子は危く階段登りをり迷はず出せる小さなる腕
街に住む孫に送れと柿の実の熟れしを交互に持ち来下さる
竹の幹直ぐく並べる影黒く透かして夕の茜かがやく
すさびたる昨夜の風のまざまざと倒れし稲は縦横にして
賞められし言葉に我の声の浮き厭へる我となりてゆくかな

台風を防ぐと打ちし板外す音そこここに晴れ上りたり
同じ時間指せる時計はさまざまの装ひもちて並べられをり
殺すべく双のてのひら上げてをり這ひゐる黒き蝿の背の上
村人は眠りゆくらし亦一つ灯りの消へて黒き家並
月の差す白さに家並の瓦照りもの皆眠りに入りたるらしき
刈られたる後の稲田の草細く蔭に育ちしものは眺むる
昼食を告げたる孫は扉押へ出でくる我を待ちてをりたり
食ふために分けてゐる声捕へ来し魚は篭に黒き目をもつ
水を押し鴨ゆるゆると泳ぎをり猟解禁の始まるは明日

霜置けば枯るるひこばえ命ある限りの青葉伸ばしゆきをり
輪を作る少女等空へ響きゆく声の陶酔深みゆきをり
肺洗ふ空気しばらく吸ひ蓄めて本を読むべく窓を閉しぬ
鎖よりのがれんとして引っ張りし犬は素直な肢に戻りぬ
うすれゆく霧の中より紅き葉の先ず現はれて秋ふかまりぬ
おのがごとのみを語れるかたはらに疎み増しつつ肯きてをり
灯したる我が家のたたみにあぐらかき茶碗と湯呑手に取ゆきぬ
向けてゐる母の瞳に手を挙げて幼な童は歩みゆきたり
おとがひの肉の力の衰へて垂るるが映り店の明るし

苔さびし墓に向ひて君問ひぬ耐へ生くとは如何なる事ぞ
足音のわれに還りて冬原はいとなみおへししずけさにあり
めぐりゆく時計の針に廃屋とならんが為に建ちし家見ゆ
石垣の間に根差し育ち来て一輪の小さき花を掲げぬ
両手上げ泥より足抜き倒れたる稲を起して刈取りてをり
ひとかたと言へるは暗くにんぎょうと言へば明るき歴史もちたり
曇り来て光り沈める水の青そこより原の黙ふかし
誰が為といふにはあらず熟睡する裸女豊満の白きししむら
次々と霧の中行く人の影朝の歩みは淀みのあらず

集めても飛ばん術なくむしられし鳥の羽毛が散ばりてをり
支柱より伸びたる蔓は蔓と蔓巻き合ひ天に向ひてゆるる
はいりたる蟹は出られぬ構造の箱を沈めて人去りゆきぬ
ぐさと刃を刺し入れ柿のへた取りて女は皿に出してくれたり
誰も見ぬ故闇のやさしかり涙の頬を伝ひ来りて
開きたる朝顔青く日に澄むを領ちて朝の門を出でたり
おごそかに昇る朝日に背の直ぐき我となりゆき迎へてをりぬ
今日生きるならはしとして目覚めたる朝の口をすすぎゆくかな
すすぎたる朝の口に味噌の香の今日新しく啜りゆくかな

密々と木を組み交し建つ塔の匠の深き翳を仰ぎつ
夕闇に沈みてゆける目の冴へて光りあつめる水の白あり
耕して死にたる親に似て来り隣のをきなしわの増しゆく
掴むべきものあらざれば双の手をポケットに入て歩みゐるかな
ずり下るズボン露はに映りゐて旅する駅に鏡立ちたり
実の成るが神秘にあればくずるるも神秘にあらん熟柿落ちたり
柿の実のなべてもがれて黄に映ゆる光り失せたる畑となりたり
木の上に鳥の止まれり目の届く限りを見渡す頭を上げて
腰低く脚やや開き一輪車押せるは重きものを積むらし

落つる葉に肩を打たしめ秋の逝く林の中の我となりゆく
しべもたげ花びら垂るる野の草の滅びの中を歩みゆくかな
スタンドを埋めし人等こうふんに飢えたる声の応援送る
大空に球はしりゆき熱狂に渇ける声のドームゆるがす
せめぎ合ふ雨紋となりて飛沫立ち池の平らに雨の募りぬ
にらみ合ふ女の開く大きな目われはテレビを消して寝たり
木の蔭のなす幽晴に入りゆきて人に疲れし我のありたり
開きたる窓に入りくる風のあり動けるものはさはやかにして
重ね合ふ葉蔭を通ふ風冷へて長き山坂登り来りし

亦前のページに戻り読みてをり解きがてなるをよろこびとして
水落つるところに集ひ小魚は生きゐるものの動きを競ふ
見のかぎり稲葉のみどりゆれてをり遠きおやより耕しきたる
退院して日が浅いから暑いから読まざる口実次次ともつ
にじむ血に縮みて肉の焼けてゆき食ふべくたれの中につけたり
ごきぶりをたたき殺して口の端の歪める我となりて立ちをり
笑ひ声挙げたるときに思ひ出す名前となりて話はずみぬ
脱がされて自由となりし手や足に親の手を抜け幼はしりぬ
大きなるごきぶり茶色の背の光り人居ぬ卓を領じてをりぬ

耳動く猫との音の違ひなぞ思ひ追ひゆき日向にながし
山陰に舞ひ交ふ鳶の高くなり気流はそこに昇りゐるらし
熱き血の循りし記憶戦ひは愚かなりきと人の言ふとも
沸る血が全てでありし青春のわれは戦に出でてゆきたり
ボール蹴り転びし後を追ふ童一人遊びて休むことなし
柿の種切られて白き胚が見ゆ育ちて胚を作らん胚は
勾玉と胎児の形似てゐると遺跡展示をめぐりゆきつつ
休みなき活動として蟻の這ひ暮れてゆく日と姿消したり
地を灼く日差しの庭にふりそそぎ蟻はひたすら動きてゐたり

いにしえは賊の棲家の峠にて車窓に紅葉眺め過ぎたり
水かめの水を覗きて我を見る我の眼と向ひ合ひてをり
水草の朽ちて沈める底黒く冬池の水澄みとほりたり
目の合ひし雀飛び立ち残されて枯れたる原の広きがありぬ
行届く世話に育ちし大根の白つややかに洗はれ並ぶ
テレビには若き女が騒ぎをり亡き母に斯る日のありたりや
掻き上げて僅に残る髪の毛の多く見ゆるを写し出でゆく
引き捨てしカンナの株の根付きゐて命もちゐる領域拡ぐ
手袋が水の流れに沈みゐてものを摑まんゆらめきをもつ

生え継ぎて永き時間を展ぐると切られし胚は白く小さし
新たなる命を生まん白き胚胚に潜める胚限りなし
生まれたる時より見たる前山を退院したる瞳に眺む
もがれざるままに柿熟れ先祖らの植えし心もありてきたりぬ
鑑真の歌作らんと書いて消し大きな心至り難しも
風に乗る羽を拡げしおのずから鳶は大きな空に遊べり
己が弾く音に振りゆく首となりオーケストラはテンポを早む
水冷えて魚等しずめる冬の池澄みたる青の深さに湛ふ
湯気の立つ煮へし大根やはらかく息を吹きつつ舌に載せゆく

吹く風にはしれる紙を追ひかけて躍れる肢を犬の愛せり
大根の熱く煮へしを食べをりし人等次第に饒舌となる
大方は断りを言ふ人にしてベル鳴る音に立上りたり
病むは医者死ぬれば坊主後えんま委してわれは読むと定むる
死にたるが楽屋に入りて煙草吸ひ次に死ぬるが舞台に立ちぬ
美しく歩く練習などをして女は高き笑ひもちたり
誤ちてゐたかも知れぬ墓の前ひたすら己れに生きんとせしは
枯れ草の間に紅き葉のありて斜となりし光りが透かす
死にしもの病みたる者を数へ合ひ久方ぶりの出合ひ終りぬ

霜に萎へ地にはりつける葉となりて草は緑を保ちてをりぬ
くら闇の中に太れる憎しみの体を溢れ寝返りを打つ
芽生へたる双葉に水をそそぎをり赤き大輪信じられゐて
艶失せし手に支へゐる夜のあご思ひの痩せて追憶多し
吹く風枯葉散り落ち年老ひて言葉失せたるわが目の追ひぬ
電柱の一すじ並び枯れし草低くそよげる冬原となる
照したるライトの過ぎて夜の道の更なる深き闇を歩みぬ
生きし日の生活地下に作られて遺跡は上なるおごりを伝ふ
死して尚万の人をば酷使せし遺跡で塚は高く盛らるる

万の人苦しめ一人の王ありき埋めて高く土を盛らるる
人が人打ちて作りし塚高く王と呼ばるる人を埋むる
雲の間を流れて光り差し来り杉の秀光は天に鋭し
赤き花赤きに咲けり一年をいとなむ命しんともえ立つ
大きなるロマンも埋め土高き墳墓の主はここに眠りぬ
ここに沼ありて魚等も埋められし記憶うすれて舗道の広し
夜を待ち出でて来りしごきぶりの営みながき果にてあらん
移りつつ回りゐし独楽は一点の軸心となり回り澄みゆく
杖を突きよろよろとして歩みをり退屈とふより逃れんがため

湾曲の細さに月の光り冴え冷えたる冬の空裂き渡る
二千年一月八日まっさらの八十一翁胸張り歩む
赤き服着たる女が草枯れし冬の野原を歩みゆきたり
葉の散りて軒の露はに家並び冬は田に出る人影を見ず
ましぐらに猫は樹上に登りゆき喉もどかしく犬吠へ立てぬ
白鷺は水に映りて立ちゐたり草なき冬の池のしずけさ
いつまでも生きよと友と言ひ交しはかなき思ひ沸きてきたりぬ
死にしもの互に数へいつまでも生きよと言ひて友と別れぬ

狂ひたる女の舞が見せつけし命よ終りて帰る夜の道
夕茜うつろひ早く暮れてゆきひたいひたと寄る草蔭の闇
草枯れてユー型溝の白く照り冬の野原を分ちゆきたり
朝早き葉末に結ぶ露無数集ふは円を原型とする
征服をせしは英雄されたるは鬼と歴史は記し伝へる

2015年1月10日

清死す 

残りなく生きたるもののほほえみに遺影は我の顔を見てをり
兄貴から死んでゆくのが順当と言ひて居りしが先に死にたり
子や孫も大きくなりて商売も順調なればよしとなさんか
いきいきと受註の電話受けてをりやすらかに永き眠りにはいれ
いつにても明日を望みて生きてゆく長谷川の血の伝へしものぞ

2015年1月10日

大江山紀行

赤鬼の像がそこここ並べらる征服されし人の姿ぞ
われらにはよこしまなしと叫びしと征服されて鬼とされしは
亡ぼせし鬼と名付けて自らを正しとなせり勝ちたるものは
勝ちたるが裁きもちたる戦の敗者は常に言葉をもたず

粗き石ころがる中のこだされて新たな道はここに着くらし
稜線は夕のもやに浮かびゐて一すじ青き起伏引きたり
新聞を拡げて日本の危機の記事読みゐたりしが飯を食ひたり
あおこなぞ太らせ夏の沼のあり炎暑は水の済むをゆるさず
熟れてきて解かん日のためたんぽぽのじょはひしひし組みて構へぬ
ガラス戸に止まりし虫は灯を映す眼の光り増してゆきをり
灯を写し光り増しくる虫の目の動かぬものを怖れてゐたり

更けてゆく夜の空渡る鳥の声帰らん声のしばしとどまる
走る音廊下にひびき訪ね来し孫は開けると我を呼びたり
悔恨は死者につながり何うしようもなく夕闇の道歩むかな
鳴る風の音の止みたる夜更けて行方を問はん眼冷へゆく
老ひし木の肌に蟻の連なりて朽ちてくずれしところあるらし
力ある限りの燃焼をへし火は風に散りゆく灰となりたり
針金を巻きてたわむる枝いくつ鉢に松の木整へられる
覆ひくる夕闇の中帰りゐる足音のみの吾となりゆく
靴の音のみの歩みを持ちゐしが灯りに出でし我となりたり

外燈の灯りに見出でしわが姿救ひの如き歩みを運ぶ
ごみ箱に鴉が居りて寄る我に生きねばならぬ眼を向ける
戦より帰りし時の紅冷えて夾竹桃は花を満しぬ
蝸牛の小さき角の沈めるを触れたる指の冷へに見てをり
地の中に伸ばしつづける根のあればわれは一人の本を読むべし
はるかなるもの見渡さん梢高く鳶は飛びゐし羽根を休めぬ
汚るる手を透きたる水に洗ひをり即ち透きたる水の汚れぬ
びっしりと一日刻みし予定表われより遠きものと見てをり
望月にかかりてゐたる雲流れ明らかなわれとなりて立ちをり

蒼穹の見ゆる限りを見てゐしがおのれに眼還しゆきたり
一年の蓄めし力に葉の茂り杉は去年より深き蔭なす
並び来しあきつの翅が運びゐる透きたるものに歩みを合はす
累々と祖先連なり累々と子供連なり夜の目を開く
鳴く声の夜空に消えてゆけるときわれも一羽の飛びゐる鳥ぞ
密々と生え茂りゐる草の葉の互が投げる暗き蔭見ゆ
しっ黒の空晴れ来り目とつなぐ億光年の光り差し来ぬ
轟々と空を鳴らして風の吹き屋根ある家にわれは住みをり
八王子の地名残りてつち盛れ土を拝みし祖先のありし

スーダンの奥地にテロの訓練をなしゐる記事もビール飲みつつ
翅拡げ立上りたる鈴虫は全身震はせ鳴き初めたり
十五分後と告げられ誰も皆おのれが腕の時計を眺む
痴呆など体の中に潜めると焦点宙に浮きて坐りつ
這ふ虫を蛙は咥へ飲み込みぬ罪と言へるはおのずからにて
赤き光り反し走らす田のテープ啄む雀を追はねばならぬ
大きなる声に鳴けるが太りゐて子つばめ首を伸ばし合ひゆく
コスモスが休耕田に植えられて日差に色彩競ひ合ひをり
子つばめは開けたる口に声競ひ餌を持つ親の帰りくるらし

あほみどろ水の表を領じゆき夏はいとなむ命のせめぐ
夕風の冷え増し来り夏草の伸びて下葉の艶の失せたり
赤き光り走るテープに雀追ひ稲田は稔る穂の垂れ来る
これからが生れ来りし口銭と言ひゐし友のともらひに行く
雲白くゆるゆる流れ吹く風に我も野径を運ばれてをり
刈られたる茎より浅き黄みどりの芽のほそぼそと伸びて来り
風なきにはらりと落ちてわくら葉は浅き黄に澄む色を地に置く
黄のまさり熟れて来れる稲の穂の風に明るき光り渡りぬ
われ故に不幸となりし人の顔次次うかび夜を覚めたり

習はしを当然とせる父母と否める我が一つ家に居し
石に名を刻みて並ぶ墓原に花を抱へし人連なりぬ
悪人も義人も石にきざまれて人は香葉を飾りゆきをり
石に名をきざまる我とおもふとき墓前の花の赤く咲きたり
遠き灯のまたたき明るくなり来り背後の山は大きく黒し
熟れて来し黄の明るさに稲の穂は朝の原を展きゆきたり
診察を受くる思ひは身体の内部に向ひ瞼を閉ざす
病院の待合室に友来り沈黙のがれん饒舌をもつ
子を抱き空を見上ぐるブロンズの裸婦の台座は希望と記す

茜差す夕の光りにあきつ群れ輝く翅を並べ飛びゆく
目も開かぬひなが声挙げ餌を欲るわれももちゐる命の姿に
引き寄せる布団に肩の温かく遠きおやより承くるいとなみ
分ち来し血潮が結ぶ墓域あり承け来しわれの水を手向くる
並び建つ墓に日の差しいのちある限りを生きしうからを埋む
必ずや行くべき墓とおもふときうからの声の埋まりてをり
凧の昇る糸に加はりくる力少年飛翔の瞳ひからす
枯れし蔓空に泳がせ人を見ぬ畑は冬に入りてゆきたり
掌に摺り上りたる米並べ暫し恍惚の目を色をもつ

われの血にふくれたる蚊を追ひゆきて高き天井をながく見てをり
くれなひの全く澄める曼珠沙華はるかな涯は天地を分つ
夕茜光らせ飛べるとんぼ群れ吾の肩にも一つ止まりぬ
パチンコに負けたることを幾度も言ひては酒を誂へてをり
畦道に草生ひ茂り納屋隅に錆びたる鉈の吊されてをり
這ひ伸びし蔓より白き根を下し草は引かんとするを拒みぬ
透明の水は底ひに目を誘ひ砂のかすかに動きて湧きぬ
へっついの神と言へるがありたりき人の群みて食物ありき
蔓草は根を出す節に切れてゆき残るいのちを土に繋ぎぬ

刈られたる株の切新しく稲田は冬の広さとなりぬ
憎しみがいつしか消へし親しさに八十年の思い出ありぬ
葉の散りて光りの量の多くなり土親しくて林を歩む
襲ひ来し黒雲たちまち空を呑み道をたたける雨音となる
ここの山稲田に拓きし碑が立ちて休耕田は草に埋もる
曼珠沙華枯れたる花の きゐるに老ひし瞳の敏く向ひぬ
若者は力の限り唄ひたるものの笑ひにマイク置きたり
草蔭にいこへる鴨にりょう銃の筒先次第に定まりてゆく
稲妻は夜のガラスにひらめきて夜を われの伏しをり

2015年1月10日

吉野山

蔵王堂仰ぎて高しこの屋根より義光腹切り臓腑投げたり
腹を切り臓腑を敵に投げつけし気力もちたるいにしへなりき
法螺貝の音轟かせ山伏のこの山坂にひしめきたりし
腕程の太さの葛根飾られて山の深さに思ひの至る
音に聞く大和の吊し小屋掛けて老ひし男が一人ひさぎぬ
国の富傾け帝の詣でしと生きるは誰もおろそかならず

菜畑に唯一匹の蝶をりて飛び交ひもたぬことのさびしさ
前肢を揃へ散歩を待ちてゐる犬よしとしと雨降りつづく
生む雲の白き一すじ飛行機は大きな空を貫きて行く
競ひ合ふ異なる緑に芽の萌し山はひと日のふくらみをもつ
釣りし魚池に戻してかへりゆく程に過せしひと日なるべし
ごみ底をめくれば動くぞうり虫住めば無辺の天地なるべし
差し伸べる天の日差しに紫のリボスの角芽解きゆきたり
露に濡れ りゐる苺篭に盛り一つだけだと言ひて下さる
月光の濡れる下に杉の秀の尖るが黒く並びて澄みぬ
じいさんが要るかも知れぬと置きゐると たる物ら積れてありぬ
山坂に萌ゆる芽並びへとへとに疲れる程の若さが欲しき
花散りてふくらむ小さき実を抱き命は常によろこびをもつ

葛藤の涙を舞ひ終へ舞踏家は両手を拡げ笑みて礼しぬ
竹とんぼ過去へ過去へと飛んでゆきわれに小さき掌ありぬ
頭の上を不意に過ぎたる鳶の影不意と言へるは大きくはやし
日の光り射せる形に花開きひまわり太き茎をもちたり
栃の芽を探す眼に歩みをり天ぷら食べし記憶をもてば
苗植える機械の音の野を渡り養ふ水の満ちて流るる
水圧を耐へ来しものの噴き上がり抜かれし水は流れ出でたり
虫を待つ蛙は窓に止まりをり呼吸に喉の動くのみにて
砥に当てし鋼片火花をはしらせてものを切る刃の形なりゆく

かすかなる波紋ひろがり低く飛ぶつばめは水に翻りたり
拾はんとしたる帽子が亦ころび漫画の人となりて追ひゆく
合槌を打ちし言葉が言葉生み酒飲む席を去りゆき難し
蝉の声空渡りゆきひたすらの声もたざりしわれのさびしさ
田の水に写れる雲の流れゆき早苗は確かな青に根付きぬ
夕されば虫の飛びくる窓となり蛙は昼も動くとはせず

2015年1月10日

鉄斎

2015年1月10日