大友直人指揮、清水和音のベートーベン

 1年8か月ぶりにクラッシックコンサートに行ってきました。

米子市公会堂 入り口の天井がピアノ鍵盤の形をしている

 新日本フィルハーモニー交響楽団による米子市公会堂での公演で、大友直人指揮、清水和音ピアノ独奏の、ベートーベンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」と交響曲第7番でした。久しぶりに聴く「生の音」はやはり素晴らしく、指揮者佐渡裕氏は「音楽は“不要不急”ではない。人と人がつながり、ともに生きる喜びを感じるためにある」と言っており、他の多くの音楽家も同じ思いで徐々に演奏会を再開しております。

 勿論、この日も感染対策は万全にされておりました。(2021.9)

東京オリンピック・パラリンピック

 2021年夏、東京オリンピック・パラリンピックを観ていて、医療者の立場から幾つか感動する場面がありました。まず急性リンパ性白血病を克服してオリンピックに出場した水泳の池江璃花子選手。骨肉腫にて足を切断し義足にてトライアスロンに出場した谷真海選手。小児期におこる癌は成人に比べ極めて稀ですが、白血病や骨肉腫を扱った山口百恵、三浦友和主演のテレビドラマ「赤い疑惑」や阪大病院がモデルとなった吉永小百合主演の映画「愛と死をみつめて」が放映された半世紀前では、致死率が高い悲惨な病気という印象が強かったことと思います。しかしその後、化学療法や骨髄移植、幹細胞移植などの医療が進歩し、今では小児がんの70%は完治する時代になっておりますが、治療中の身体への負担と抗がん剤の副作用との戦いは熾烈なもので、これを克服して大会に臨んだ選手たちの努力には敬服したします。また、先天性四肢欠損症による運動機能障害の部でいくつものメダルを取った水泳の鈴木孝幸選手、戦争の爆撃で四肢を失ったイラクの選手など。視覚障害のサッカー選手は音の出るボールを頼りにプレーをします。音楽の世界では先天性小眼球症で聴覚だけで楽譜を暗記していたピアニストの辻井伸行さんは若干20歳の時にアメリカ、クライバーン音楽祭で優勝されました。我々小児外科医は新生児~小児期に器官や臓器の形成不全のために手術を行いますが、その後の患児の成長や発達能力の凄まじさに目を見張るものがあり、逆に彼らから「元気」をもらい小児外科医のモチベーションになります。さらにパラリンピックで活躍する選手を見ていて、失った機能を他の器官・臓器で代償する人間の能力は計り知れないものがあることが実感できます。いまだに水泳のクロールが全くできない私は、彼らの爪の垢でも煎じて飲みたいです。(2021.9)

京大 おどろきのウイルス学講義

 新型コロナウイルスはなかなかその勢いを止めてくれず、ウイルスは昨今一番の悪者にされていますが、病気を起こすウイルスはごく一部で殆どは非病原性ウイルスで中には哺乳類の進化を促進した有用ウイルスも多く存在し、我々にとって必要なものであるという趣旨の本が最近出版されたので紹介したいと思います。2021年4月に獣医師で京都大学ウイルス・再生医学研究所の宮沢孝幸准教授によるPHP新書「京大 おどろきのウイルス学講義」です(図)。地球上に酸素が過剰であった時代に酸素を消費してエネルギー源であるATPを産生していた細菌を、多くの生物の祖先である原始真核細胞が後にミトコンドリアとして内部に取り込みますが、同じように哺乳類がウイルスの1種であるレトロウイルスの機能を拝借したというのです。

 生物の細胞の増殖は、核の中にあるDNA上の情報がメッセンジャーRNAに写し取られ(転写)、切り取られた(スプライシング)ものから生存に必要な蛋白質が合成(翻訳)されます。これをセントラルドグマ(中心教義)と言い、全ての細胞に共通する掟(おきて)になります。ウイルスにはDNAかRNAしか持たない原始的な寄生体で、このうちレトロウイルスはRNAを持っているのですが、細胞内に入るときにセントラルドグマの掟を破って自分のRNAを核内に持ち込みDNAに変換(逆転写)して、細胞のゲノムDNAに割り込んで自分のDNAを付け加え設計図自体を書き換えてしまうという厄介なウイルスで、エイズをひき起こすHIVや成人T細胞白血病のHTLVが含まれます。その後自分が書き換えた部分だけをコピーして工場である細胞質内のリボソームに運んで蛋白質を作り増殖していくのです(図)。ウイルスは自分自身では増殖できず宿主の細胞内に入って常に感染し続けないと生き残れないのですが、生体にはウイルスに対する免疫を作ってしまうので変異を繰り返さないと生き残れないのです。単に複製ミスによる変異だけでなく、別のウイルスとの組み換え、文節の交換、まったく別系統のウイルスの遺伝子や宿主の遺伝子を拝借して生き残り、筆者はウイルスへの思い入れがあるのか、原文を引用すると「ウイルスも生き残りに必死なんです」ということです。

京大 おどろきのウイルス学講義 より

 本書の最初の方の章で新型ウイルスは様々な動物の細胞に数多く寄生・棲息しており、無防備なところからいきなりやってくるという警告が述べられているのですが、後半からはウイルスが人間などの哺乳類に貢献した明るい話題にうつり、宮沢先生の研究業績が紹介されます。哺乳類の胎盤形成にレトロウイルスが関与していたというものです。2000年にイギリスの科学雑誌Naure に、「シンシチン1」というレトロウイルス由来の細胞融合蛋白質が人間の胎盤形成に関与していることが発表されています。さらに胎児の細胞には父親の遺伝子が含まれるため、母親の細胞が異物として攻撃するのですが、もう一つの蛋白質「シンシチン2」が免疫抑制性の配列を含んでいることが分かり、免疫抑制作用を有しているというのです。これらは過去に宿主の生殖細胞に感染して固定化するとその配偶子から発生した全ての体細胞に入り込むという、内在性レトロウイルスに含まれます。宮沢先生らは牛の胎盤形成に使われる因子を発見し、Fematrin-1と名付けられました(図)。これは2500万年くらい前に牛に感染したレトロウイルス由来のBERV-1がDNA遺伝子を書き換えたものです。彼らの説によると、通常細胞が分裂する時には1個の核が分裂して2個の細胞に分かれますが、牛の場合胎児の栄養膜細胞が着床する時には、核が2個になったのに細胞は分裂しないで2核細胞(BMC)になるものがあり、母親の細胞(子宮内膜細胞)と融合して3核細胞(TMC)になるのです。これにより母親の子宮壁側に移動することが出来妊娠関連ホルモンを母親の血中に効率よく届け「私はあなたの子供ですよ。守ってね。」というシグナルを出すというものです。

宮沢ら、Nature. com, 2013より

 その他、皮膚やその他進化に関与する内在性レトロウイルス以外にも、ヘルペスウイルスのある種のものは特定の感染や病気にかかりにくいといったこと、癌に抵抗するウイルスや癌抑制性マイクロRNAを発するウイルスなど、遺伝子操作を駆使して治療につなげようとされております。

 病原性ウイルス、有用性ウイルス、いずれにも負けたくないものです。(2021.9)

ワクチン接種

 コロナウイルスのワクチンはもう接種されたでしょうか。ファイザー社、モデルナ社、アストラゼネカ社製のワクチンは、メッセンジャーRNAなど遺伝子を利用したものです。遺伝子は通常細胞の核内に存在し(細菌でさえ)保護されているのですが、ウイルスは核を持たずにDNAやRNAの遺伝子のみから成り立ち蛋白質の殻に包まれています。ワクチン製造は簡単に言えばその遺伝子の一部を鋳型にして蛋白質である抗体を作るということです。このような情報が広まっているため「コロナウイルスワクチンを打つと身体の遺伝子が作り変えられる」ような「無知」から来る恐怖感に煽られることが多く起こっているようです。さらに「卵巣に成分が蓄積する、不妊になる」などの「デマ」も横行しています。

 18世紀、イギリスのジェンナーが天然痘のワクチンを同じ病原ウイルスである牛痘(牛にできる天然痘で人と同じような症状を発する)から生成して人に接種することで、発症を防いだだけでなく天然痘の根絶に至ったのですが、開始した当時「牛からとった物質を人間に注入することは汚らわしい、神の摂理への不信である」と言われただけでなく「牛のような顔になった」「牛の毛が生えてきた」などの噂が絶えなかったようです。この頃から3世紀も経った現在でも状況は変わっていないことがうかがえます。ジェンナーや日本の緒方洪庵医師が一つ一つ丁寧に粘り強く説明をしていって、長年の後にやっと一般の方々に理解をいていただき天然痘の撲滅に至りました(図)。遺伝子ワクチンという聞きなれない手法で出来たワクチンのため、一般に捉えられる印象は3世紀以上前と全く変わっておらず、政治家に任せるのではなく医療従事者がそのメリット、デメリットについて正しい医学的な見地から丁寧に説明することが最も重要なことと思われます。(2021.8)

緒方洪庵。岡山出身。適塾(大阪大学医学部の前身)を開いた(Wikipedia)。

細胞老化とテロメア

 8月は「お盆」の時期で各家庭では「ご先祖様」をお迎えされていることと思います。「精霊の世界」についてはよく分かりませんが、56才で亡くなったアップル社のステイーブ・ジョブズ氏は「死は生命最大の発明である」と言い「古いものを消し去り新しい道をつくる」意義があると言っております。人間の細胞は37兆個ありますが、常に細胞分裂を繰り返して新陳代謝を図っています。この細胞の染色体の末端にはテロメアという「鉛筆のキャップ」のようなものがあり、これがDNAを保護しております(図)。そして細胞分裂の度にテロメアは短くなり、これにより細胞は老化していき臓器の機能が低下していき寿命が決定されるわけです。テロメアの短縮を修正すると癌化することが実証されており、テロメア自体は細胞分裂を制限して癌化を予防する働きがあるのです。このような細胞分裂によるテロメアの短縮は「体細胞系」で行われますが、「生殖細胞系」である卵子、精子ではテロメアが短くならないので、際限なく細胞分裂できます。このことは40億年前に生命が誕生してから、「生殖細胞」が生き残りあらゆる生物と最終的に人間の出現につながったことが説明出来ます。生物の種の存続に関してみれば「生殖細胞」に比較して「個々の死」はそれほど重要ではないわけです。また生殖に関して雄と雌を有する有性生殖が生命体としては効率的であり、父と母のDNAがそれぞれ受け継がれ、遺伝子の変異などを取り入れて新しい多様性ができるというメリットがあります。優れた子孫を残して次世代に後継していくという、メカニズムが出来上がっているのです

テロメア(茶色)はDNAの先端にあり、細胞分裂の度に短くなって細胞の老化と寿命を規定する。この機構が働かないと癌化につながる。(ロビンス、基礎病理学より)

優秀な子ども達を育てる象の群れ

 ご存じのように鮭など一般生物は受精が終わると直ちに死んでしまいますが、人間の子供は出生後成育するまでに手のかかることが多く、「子育て」の期間が長く保たれています。これは現代人と同じグループに属するクロマニョン人が出現した20万年くらい前から徐々に進化した結果と思われますが、優秀な次世代を育成する社会的システムが人間社会の中で生活するうちに培われたもので、後進を育てることが人間しかできない価値のある能力と言えます。今後どのようになっていくか、もし1万年くらい生きられたらその時の人に確かめてみたいものです。(2021.8)

音楽教育ハイフェッツ

 私の好きな音楽家にヤッシャー・ハイフェッツというバイオリニストがいます。1901年にロシアで生まれ、7才でメンデルスゾーンの協奏曲を弾いてデビューを果たし、16才でニューヨークのカーネギーホールでの演奏からアメリカを本拠地として活躍した、早熟の「天才」として著名な人です。「冷たいバイオリニスト」として日本ではあまり人気は高くないのですが、ハンガリー生まれのレオポルド・アウアーに師事し極度の完璧主義で完成された演奏と哲学的な造詣も深いことで、欧米では多くの支持者を得ており沢山のバイオリニストを育てています。彼の生涯を追ったドキュメントテレビによれば、自分の音楽スタイルを追求するだけでなく「アウアーから受け継いだ音楽の理論と技術を後世に残すことが、私の残された使命である」として、57才から第一線の活動ではなく南カリフォルニア大学で後進の指導に邁進することを決意しました。

私も明日からも頑張ろうと思います。(2021.8)

酒か煙草か三密(さんみつ)か

 鳥取県の平井知事や鳥取大学医学部のウイルス学教室、感染治療部の努力により、鳥取県の陽性者は低く抑えられていますが、全国的にはまだまだ多く発生し、政府や自治体は酒を提供する飲食店に休業要請しております。お酒に酔って声が大きくなって唾液などの飛沫感染が増えることが根拠とされていますが、一人で黙って飲む人、泣き上戸の人や酒を全く受け付けない人もおられますし、逆にコーヒー一杯で、延々としゃべる人の方がリスクは高いと思われ、個人の意識により三密や飛沫感染を避けることが出来ると思います。一般に口から飲んだアルコールは口腔や食道の粘膜からごく一部、胃粘膜で20%、小腸の入り口の空腸で大部分の80%が吸収され、ここから肝臓に入って代謝されます。その他、肺から吸収(奈良漬の匂いを嗅いで酔っ払うこともある)され、たぶんあまり経験ないと思いますが、直腸や膀胱からも吸収されます。肝臓に入ってからは脱水素酵素により分解されていきますが、この酵素の強さによって酒に強い、弱い、全く受け付けないなどが決まります。酒に酔う酩酊の段階には個人差がありますが、血中アルコール濃度によって爽快期、ほろ酔い期、酩酊前期くらいまでは、大脳皮質からの理性の抑制が取れ、判断力が鈍り、気が大きくなり、この辺りが要注意の時期と思われます。以前、東北地方の某大学の医師が、学会発表の時に「あがり症」であったため、落ち着くために登壇前にお酒を飲んだらしく、発表が進むにつれしどろもどろになり遂には「俺はこんな発表、ほんどはしたくなかったんだよ」と、管を巻かれたと聞いたことがあります。しかしながら、適当な量のお酒は身体によく、1日当たりの飲酒量2単位(ビール大瓶なら1本、日本酒なら1合)以下なら死亡率の相対危険度は最も低くなるというデータがあります。ただし、過量な飲酒はウイルスへの免疫力を下げる危険性があるため、注意しましょう。

社)アルコール健康医学協会「アルコールと健康」より

これに対し、煙草の方がコロナ感染にはずっと弊害が強いことをご存じでしょうか。

コロナウイルスは呼吸器などの細胞表面にあるアンギオテンシン変換酵素2(ACE2)受容体という、もともとは血圧をコントロールする蛋白質に結合して、咽頭粘膜や肺などの細胞に侵入して増殖します。煙草に含まれるニコチンはこのACE2受容体を増加させる働きがあるため、習慣性喫煙者ではコロナウイルスにかかりやすくまた重症化しやすいのです。さらに煙草に含まれる有害物質が気管支の粘膜上皮を損傷し、COPD(慢性閉塞性肺疾患)を引き起こすことは広く知られておりますが、細菌やウイルスに対する抵抗が弱くなり肺炎などを起こしやすくしているのです。いくつかの論文では、喫煙者の重症化するリスクは非喫煙者の3-4倍とされています。実際には煙草税による収益が大きいため、なかなか煙草の弊害は言いにくいのでしょうが、このような危険性があることは知っておいていただきたいと思います。また、このACE2受容体は嗅覚ニューロンや舌にある味蕾細胞にも存在し、コロナウイルスにより嗅覚や味覚の障害が起こることが説明出来ます。

以上から、飲酒は個人の意識により必ずしも三密にはつながらないこと、喫煙所は狭くて換気が悪く三密も来たしやすいのですが、煙草は三密以前に身体のウイルスに対する抵抗力そのものが障害されるため、もっともリスクが高いと思われ、以下のようなリスク順位が考えられます。如何でしょうか。(2021.7)

コロナウイルスに対するリスク
高 煙草>>三密>>酒 低

鳥取大学医学部の歴史

 鳥取大学医学部は終戦の昭和20年に最初「米子医専」として発足、その後昭和23年「米子医科大学」となり、翌24年に「国立鳥取大学医学部」が誕生したのです。こちらに来て不思議に思ったのは、タクシーに乗って「大学病院まで」というと「はい、医大ですね」と返され、理容店に予約をすると「医大の長谷川先生が来なさるよ」と言われます。上記の歴史をみると「米子医大」の名称が使われたのはわずか1年間でしたが、記念式典に同じく来賓された伊木隆司米子市長は幼少時より病院に行くときは「医大に行ってくるけん」と言っておられたくらいで、市民に愛されていた病院だったようです。学内開放として、3000人くらいの市民を病院に招いて無料検診や顕微鏡使用など提供していたらしく、市民に近く寄り添っていたようです。

鳥取大学医学部創立75周年記念式典 平井伸治県知事のご祝辞

 鳥取大学病院は鳥取県と兵庫県北部、岡山県北部、島根県東部の約100万人対象の医療圏をカバーしており、卒業生は6000人を超えています。ロボット支援手術などの低侵襲外科やドクターヘリを擁して救急医療に力を入れています。最近、上田敬博教授が救急救命センターに来られ、ますます活気づいています。上田先生は2年前の京都アニメーション放火殺人事件で、90%以上の全身火傷を負った犯人に対し「助けないと犠牲者が浮かばれないと」必死で治療し、この結果犯人は助かり徐々に心を開くようになったと言われていました。(2021.7)

植物の開花

 4月中頃の春真っただ中で、満開の桜からチューリップ、パンジー、つつじへと変わっていきます(図)。植物の開花については、長い冬の間の低温によって、植物の持つ遺伝子(クロマチン)が誘導され、温かくなった春に環境の変化に伴って開花シグナルにスイッチが入り、花が開くという機構が働くとされています。これは動物の発生や進化にも共通したメカニズムで(生体内のエネルギー代謝は植物と動物では真逆ですが)、長期間にわたって働く分子タイマーの存在が明らかになっており、また機会があれば詳しく取り上げたいと思います。(2021.6)

開花する花たち

脂質代謝

 春はまた、新入社員が入ってくる季節で恒例の健康診断が行われます。健康診断のために1週間くらいお酒を我慢し、甘いものや脂っこいものを控える人がいますが、本来は通常の生活をしているときの状況を把握するのが目的です。図に最近の検査項目別有所見率を示します。何らかの異常所見が見つかった人は半数以上にのぼり、最近微増する傾向にあります。このうち最も多いのは血中脂質異常で約1/3弱の人に見られ、肝機能、血圧、血糖、心電図の異常と続きます。

定期健康診断検査項目別有所見率(森晃爾:産業保健ハンドブックより)

 脂質はエネルギーを貯蔵(中性脂肪)し、細胞膜や脳の構成成分(リン脂質、糖脂質、コレステロール)として、またステロイドホルモンやプロスタグランデインのような生理活性物質など、生体にとって必要な重要な物質です。脂肪(中性脂肪)は、皮下脂肪、内臓脂肪など、健康の大敵のように罵られていますが、これがないと動物は長期の絶食や飢餓に耐えることが出来ません。つまり中性脂肪を蓄えることによって、飢餓に耐える能力を飛躍的に増進したことが、人間を進化させたとも言えます。中世脂肪の化学構造式を見てみますと、グリセロール(グリセリン:3価アルコール)に脂肪酸3分子がそれぞれエステル結合したもので、トリアシルグリセロール(トリグリセリド)とも言います。脂肪酸には飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸(炭素同志が二重結合を形成している)があり、二重結合の部分では折れ曲がる性質を持っています。二重結合が複数あるものを多価不飽和脂肪酸と言い、魚の油に含まれ身体に良いといわれるDHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)はこれに含まれます。このうちリノール酸とαリノレン酸は体内では合成されないため、必須脂肪酸と言われます。

中性脂肪(トリアシルグリセロール)の化学構造式(田中文彦:忙しい人のための代謝学)

飽和脂肪酸(左ステアリン酸)と不飽和脂肪酸(田川邦夫:からだの生化学)

 ここで、私の専門に関係ある発生・進化について面白い話を紹介します。かつて大阪大学医学部で生化学の教授をされていた田川邦夫先生には、学生時代再々再追試までお付き合いいただいた(つまり2回試験に不合格になった)のですが、著書「からだの生化学」から興味深いお話を引用します。

 「肉食がサルからヒトを進化させたという説に、生化学的根拠を加えて修正した挿話である」と前置きされたうえで、「動物は必須脂肪酸を合成できないので、直接または間接的にそれを植物から摂取しなければなりません。植物の油脂は種子中に多量に貯蔵されているので、これを摂取すれば必須脂肪酸の欠乏をきたすことはないのですが、サルは草食性なので、全ての必須脂肪酸を植物に依存しています。しかし、サルにとって非常に不都合なことに、多くの種子中にはヒマのリシンや大豆のトリプシンインヒビターのような蛋白性の毒物が含まれております。このためこれを大量に食べることが出来ないので、常に必須脂肪酸が欠乏しがちであります。」

 ここから、サルからヒトへ進化する説が展開されていきます。「しかし、ある時サルの中に肉食をするものが出現しました。このサルは生体膜に富んだ動物の内臓を食べることにより必須脂肪酸を十分摂取することが出来、これが大量のリン脂質を必要とする大脳を発達させる栄養的根拠となった。」というわけです。「大脳の発達した『サル』は火を使うことを知り、種子を熱することにより毒性タンパク質を変性させて無毒化するようになったため、あらゆる種類の種子を食物に出来る」ようになりました。

 サルから突然変異した我々人間は脂肪を取ることにより、大脳が発達してきたようですが、今は逆に生活習慣病で人間が苦しんでおり、この現象は因果応報というか、自然の人間に対するリベンジなのでしょうか。(2021.6)

AI(人工知能)音楽家

 歌手の「加山雄三」さんの声の発音や抑揚、パターンなどを録音して、AI(人工知能)に学習、記憶させ再現したという報道を聞きました。伝えたい内容を入力すると「加山雄三」さんの声でアナウンスしてくれるという企画で、生まれ故郷でずっと生活の拠点とされている神奈川県茅ケ崎市にて、市役所や市立病院、スーパーや温泉施設でこの4月から館内放送されているようです。また、以前NHKスペシャルで同様に、美空ひばりさんをNHKやレコード会社に残る沢山の音源、映像をもとに、AI技術によって目や特徴的な口元などを歌唱とともに巧みに再現し、視聴者の心を惹きつけていたようです(図1)。少し前、人間不在でコンピュータ音楽のみのボーカロイド・オペラを発表した作曲家渋谷慶一郎氏は、テレビ番組「らららクラシック」において、「狂気のピアニスト」と言われるグレン・グールドの残された音源からAIが学習し、どのような楽曲でもグールド風にピアノ演奏する、またAIが学習したバッハの様式で実際に作曲する、ヴァイオリニスト成田達輝がAIと共演するなどが紹介されていました(図2)。グールド特有の「音を短く切る」「繊細で深みのあるタッチ」「ドライな演奏」など、細かく分析すれば学習・記憶できると思われますが、印象に残ったことは渋谷氏が「凄い演奏家は内部に狂気を持っており、演奏会でハラハラさせられる。例えば気分によって怒って演奏を中断したり、ふざけるなと鍵盤を叩きつける。このような一番人間の極端な部分をAIに忍び込ませると面白いでしょうね」と仰っていました。グールドや他の音楽家、例えばカルロス・クライバー、ウイルへルム・フルトヴェングラー、ウラジミール・ホロヴィッツなどの持つ、演奏に込められた情熱(狂気などと紙一重のもの)という、即興的に出てくる感情を含めた人間らしいものが生み出すようになるかどうか興味のあるところです。(2021.5)

生物と非生物: AIについて

 最近の話題として、歌手の「加山雄三」さんの声の発音や抑揚、パターンなどを録音して、AI(人工知能)に学習、記憶させ再現したという報道を聞きました。伝えたい内容を入力すると「加山雄三」さんの声でアナウンスしてくれるという企画で、生まれ故郷でずっと生活の拠点とされている神奈川県茅ケ崎市にて、市役所や市立病院、スーパーや温泉施設でこの4月から館内放送されているようです。また、以前NHKスペシャルで同様に、美空ひばりさんをNHKやレコード会社に残る沢山の音源、映像をもとに、AI技術によって目や特徴的な口元などを歌唱とともに巧みに再現し、視聴者の心を惹きつけていたようです。少し前、人間不在でコンピュータ音楽のみのボーカロイド・オペラを発表した作曲家渋谷慶一郎氏は、テレビ番組「らららクラシック」において、「狂気のピアニスト」と言われるグレン・グールドの残された音源からAIが学習し、どのような楽曲でもグールド風にピアノ演奏する、またAIが学習したバッハの様式で実際に作曲する、ヴァイオリニスト成田達輝がAIと共演するなどが紹介されていました。グールド特有の「音を短く切る」「繊細で深みのあるタッチ」「ドライな演奏」など、細かく分析すれば学習・記憶できると思われますが、印象に残ったことは渋谷氏が「凄い演奏家は内部に狂気を持っており、演奏会でハラハラさせられる。例えば気分によって怒って演奏を中断したり、ふざけるなと鍵盤を叩きつける。このような一番人間の極端な部分をAIに忍び込ませると面白いでしょうね」と仰っていました。グールドや他の音楽家、例えばカルロス・クライバー、ウイルへルム・フルトヴェングラー、ウラジミール・ホロヴィッツなどの持つ、演奏に込められた情熱(狂気などと紙一重のもの)という、即興的に出てくる感情を含めた人間らしいものが生み出すようになるかどうか興味のあるところです。

生物と非生物の違いについて考えてみたいと思います。Wikipediaによると「生物」とは、動物・菌類・植物・藻類などの原生生物・古細菌・細菌などを総称した呼び方であるとされています。さらに多くの生物者が認める定義として、①自己と外界との間に明確な隔離がある、②代謝(物質やエネルギーの出し入れ)を行う、③自己増殖能がある、を満たすものとされています。また見方を変えると「常に乱雑さを増す宇宙の中で、秩序を生み出し維持できる能力」ということになります。一般に万物は乱雑(無秩序)な状態に自然になっていきます。これを物理学の基本原理、熱力学第二法則といい、宇宙、或いは閉鎖系(外界から完全に孤立した物質の集合)では乱雑さは常に増す方向に向かうということになります。図に示すように放っておくと部屋は乱雑になっていきますが、この方が自発過程でありこれを逆転し整頓した状態にするためには意識的な努力とエネルギーの投入が必要で、自発的には進みません。この乱雑さを数値化したのがエントロピーという量で、万物が乱雑に向かうという熱力学第二法則は、万物はエントロピーが増大する方向に向かうと言い換えられます。「生物」の定義をもう一度考えると、秩序を生み出すために生物の細胞は小有機物質(アミノ酸、糖、脂質など)を用いて化学反応を行い続け、周囲からエネルギーを獲得してそれにより秩序を作り出し、細胞は生活し成長するわけです。

左:整頓されている子供の部屋。右:放っておくと乱雑な状態になる。左の状態に戻すのにはエネルギーが必要。(「細胞の分子生物学」より引用)

生物界のエネルギー代謝(「生化学・分子生物学」より引用)

 こうしてみればAIはとうてい生物とは言い難いですが、人間に極めて近く仕事をしてくれるので、今後我々にとって同僚や家族のような存在になっていくものと思われます。人間とは違ってAIは疲れず「肩を揉んでくれ」とか言わないし、仕事に飽きても「賃金アップ」を要求したり新しいファッションをねだったりしないことが、AIを「生物」から分類する定義かも知れません。皆さんはどう思われますか。(2021.5)

元始女性は太陽であった

 コロナ感染が収束すればオリンピックを初め色んな行事が始まりますが、女性蔑視と思われる発言は良くないですね。平塚らいてうは「元始女性は太陽であった。しかし今は月である。他の光(男性)に依って輝く青白い顔の月である。」と言って、女性解放運動を開始しました。言語能力など女性が優れている点や大部分の女性は甘い食べ物が好きであるなどは実感するところですが、男性から見てちょっとついていけないことが時々あります。だいぶ前になりますが、藤岡幸夫(関西フィルハーモニック管弦楽団首席指揮者)が主催する番組「エンター・ザ・ミュージック」で、伊福部昭氏(映画ゴジラのテーマ曲の作曲で有名)が作曲した舞踏曲「サロメ」の紹介をしていました。「サロメ」はかつてオスカー・ワイルドが書いた戯曲をリヒャルト・シュトラウスのオペラや三島由紀夫の演劇台本演出など、多くの芸術家に取り上げられている有名な物語です。簡単に紹介すると、古代イスラエル王国において継父ヘロデ王が王女サロメ(血のつながりのない娘に当たる)に無理やりに妖艶な踊りを舞わせたところ、その見返りとしてサロメは囚われている美しい預言者ヨカナーン(サロメが心惹かれている)の首を斬り落とすことを要求したという、王女の無垢で残酷な激情と悲劇的な結末を描いたものです(図1,2)。前夫をヘロデ王に殺されたサロメの母ヘロデイアイスのたくらみであったようですが、いずれにしてもおどろおどろしい話です。私がもっと驚いたのはアシスタントとして出ていた、テレビ東京アナウンサー繁田美貴さんは、小学生の時「何故好きな人の首を欲しがったのかわからなかったが、ドキドキしながら原作を読んだ」そうです(図)。小学生の女子が、ですよ。 毎日チャンバラごっこに明け暮れ遅くまでキャッチボールをしていた小学生の私たち男子と比べ、同世代の女子たちはやはり「太古の昔、太陽であった」と驚愕せざるを得ません。男女では生まれつき精神行動学的原理が違うのでしょうか。(2021.4)

ビアズリーによる挿絵。ヨカナーンの首を手にしている(Wikipediaより)。

男と女への分化

 性染色体の構成に関連して減数分裂して得られた正常の精子には23,X(全体で23個の染色体構成で、22個の常染色体と1個の性染色体:この場合はX染色体からなる)と23,Y(性染色体はY)の2種類ありますが、正常の卵子には23,Xの1種類しかありません(図。このように受精卵の染色体は精子の持つ性染色体(X,Y)によって決定され、男性(46,XY)か女性(46,XX)が決まります。初期の生殖器系は男女とも同一で未分化性腺(原始生殖細胞など)が活動を始めるのは胎生第7週からで、男性の表現型の発生にはY染色体が必要です。Y染色体短腕の性決定領域にあるSRY(Sex-determining region Y)遺伝子が転写因子として働き、精巣決定因子TDF(Testis determining factor)のスイッチを入れて、精巣への分化を誘導します。Y染色体がない場合(女性)にはTDFが発現しないで卵巣への分化が始まるのです。その後胎児の精巣は男性化ホルモン(テストステロン、ミュラー管抑制物質)を産生し、内性器や外性器を形成していきます。男性の生殖器はウオルフ管(中腎管)が、女性の生殖器はミュラー管(中腎傍管)という、いずれも中胚葉由来の器官が中心となって分化が進んでいきます。思春期以降の発達についてはそれぞれ成熟した精巣と卵巣から出るホルモン環境が影響していきます。精神行動学に関し、男性化と女性化についても胎児期のホルモン環境の影響があるという説もありますが、エビデンスがイマイチで勉強不足なこともあり今回は触れないことにします。(2021.4)

精子と卵子の形成(ムーア:人体発生学より)

男女生殖器の分化(塩田浩平:人体発生学講義ノートより)

第32回日本腸管リハビリテーション・小腸移植研究会

 ①2020.3福山➡②2020.3.大阪➡③2020.8.大阪➡④2020.8大阪とWEBハイブリッド

 2020年8月8日、大阪千里中央にて「第32回日本腸管リハビリテーション・小腸移植研究を現地開催とWEB会議併用のハイブリッド形式で主催しました。当初は福山医療センターにて昨年3月に行う予定でしたが、新型コロナ感染の全国的な流行に対して会議やイベントを取りやめる規制が国や自治体から一斉にかかったため一旦中止・延期しました。感染は一旦収束するかに見え順調に研究会の準備を進めていましたが、7月頃より再び陽性者が増えるようになり、現地とWEBでの開催を併用することに四たび変更せざるを得なかったわけです。二転三転した苦労話を聞いてください。

大阪現地での様子。協力頂いた大阪大学小児成育外科の方々と。

 通常、学会・研究会は遅くとも2-3年前から主催者(学会長)が自薦や他薦で決まり、ここから開催日時と場所、テーマなどを決めて行きます。私が今回の主催の推薦を受けたのは2018年の研究会の時で、小児外科井深奏司医師を事務局長として医局秘書の岡佳織さんにも手伝っていただき、翌2019年初めから本格的に計画しました。2019年3月慶応大学における研究会では福山での開催を大々的にアピールし、会員一同鞆の浦での温泉と景勝地を楽しみにされたものです。これらは岡さんが準備してくれました。ところが、その年の秋になって私の鳥取大学への異動が急遽決まり、2020年の3月に大阪で開催することに変更しました。その頃には演題募集やテーマ、招待講演なども決まっており、図4のような看板も既に出来上がっておりました。しかしながら、大阪の会場を押さえ、演題も集まりプログラムもほぼ完成した矢先に、「新型コロナ感染」の騒動で、イベントや集会に対する規制がかかり、やむなく中止、延期しました。その後は上記のごとくで、最初現地開催を予定していましたが、特に東京の人が病院の規制などで動けないということで、現地とWEBのハイブリッドにしたわけです。

最初、福山医療センター主催で行う予定であった。

今回、小児外科、看護部、栄養管理部、薬剤部、臨床心理士、ソーシャルワーカー、リハビリテーション部からの演題発表や参加者を多く得ることが出来、多職種チームによるワークショップを設け意義のある話し合いが出来ました。福山医療センターからは外科病棟の松井みのりさんや小児外科井深先生の発表がリモートで聞けて嬉しかったです。国内における「腸管リハビリテーションプログラム」は、鹿児島市立病院や東北大学、九州大学、大阪大学で既に立ち上がっており、患者登録やガイドライン作成、教育や協力体制の確立など、今後の飛躍が期待されます。また、研究会の奨励賞には福山医療センター小児外科の児玉匡先生の論文が選ばれたことを付記しておきます。

今回新型コロナウイルス感染流行の間隙を縫うようなかなりチャレンジングなものの、会場でのリアルな熱い討論や懇親会での親睦も出来ない白けた研究会になりましたが、考えられる限りの感染対策を行いその結果感染者は発生していません。それよりも逆に新たな知見が多く得られ、新型コロナに対する脅威を遥かに凌ぐ実りの多い研究会であったと思います。県境を越えた移動制限のような根拠のないやみくもな規制をするのではなく、ウイルスの性質に基づく伝搬経路を医学的に緻密に検討し、ピンポイントの対策をすることが本当に必要な政策です。卑近な例では、国内での自動車事故で年間3000人が死亡していますが、自動車を無くせば死亡は無くなりますが、自動車の無い生活は今や考えられず、飲酒運転やスピード違反の取り締まりなどの基本的なルールを守れば、通常の経済活動が成り立ちまた個人の生活も楽しめるわけです。また受動喫煙が原因で国内年間15000人が死亡していますが、他人の煙草の煙を吸わないなどの対策をしております。今年もコロナ等に負けないで頑張りましょう!!

最後に、福山医療センターのスタッフを初め、ご協力を頂いたすべての方々に深謝いたします。(2021.3)

コロナ禍での出来事

このような中、私の最近起こった体験談をお話しします。

 正月には外出禁止令が出ていたので行けなかった墓参りに、陽性者数が少しおさまりかけた1月最後の週末に兵庫県の実家に一人で行き、その帰りに神戸の「〇将」でご飯を一人で食べていました。丁度餃子が来た時に、隣のテーブル席にいたお子さん(後から聞くと心室中隔欠損症を持つ1才半の男児)が突然意識がもうろうとし、チアノーゼも出てきたため、そのお父さん(神戸市内の某医療センターのマイナー科の医師)が床に子供さんを寝かせ、ほっぺたをたたいたり心臓マッサージを始めたのです。その時、私の脳裏には鳥取大学の他部署の教授たちから「先生がコロナに感染したら病院は無茶苦茶になりますよ」「学生にはきついことを言っているんやから先生は変なことせんといてくださいよ」と、戒められたことが一瞬よぎりましたが、次の瞬間には子供を抱き上げ椅子に寝かせて蘇生のABCを始める自分がいました。順にA(airway 気道確保)、B(Breahing人工呼吸)、C(Circulation心臓マッサージ)と続くのですが、まず大腿動脈が触知することを確認し、Chin upポジションにし(頸部を真っ直ぐに下顎を挙げて喉頭まで空気を通りやすくし、首や顎の柔らかい小児には有効)、次に私の右手を筒のようにして、1-2回息を送り込むと直ぐに意識は回復し全身がピンクに変色しました。父親が手配した救急車に乗せ、その後未だ冷めていない餃子を三密を避けながら一人でゆっくり頂きました。

鳥取大学では山陰を出る時には「出張届:場所、期間、目的、理由」を提出し、帰ってからは「報告書:上記に加え、現在の体温、症状の有無、滞在中に会議や集会で3密があったかどうか、複数人数で会食を行ったか」を出します。感染対策室に直ぐに報告するとともに、2週間の健康チェックなどを行い、3週間を超える現在までコロナ感染を疑う症状や反応は出ていません。医師である父親に何かの時にと名刺を渡しておいたのですが、その数時間後に資料のような感謝のメールが届きました。医師免許や看護師免許等をもつ我々医療従事者には、飛行機や新幹線の中で「病状の悪い乗客がおられます。お医者様か看護師の方、もしおられれば客室乗務員にご連絡ください」というアナウンスが流れますが、それに対応する義務や規則はどこにも明記されていません。が、私の答えは父親のメールの通りでした。

独自の政策を出す政治家や珍しいケースをレポートして視聴率や読者数を確保しようとするマスコミは、それぞれの立場で必死で対応されていますが、2月13日から「コロナ対策法-まん延防止措置」が施行されており、かえって不安を煽るような結果になっていないか検討して、レアなことにこだわらず、大きな視点で国民を指導していってほしいと思います。かつて、ハンセン病(らい病)は人に伝染する病気として恐れられ、隔離政策がとられていましたが、現在では感染するリスクはほぼ皆無であるという見解です。また、自分でミトコンドリアを持ち体外からの養分を取り込んで自己増殖できる細菌とは異なり、ウイルスはDNAかRNAという遺伝子しか持たない極めて原始的な生物ですので、自分だけでは生きることが出来ず、必ず他の細胞内に入って増殖します。「気持ちを引き締める」ような精神論だけでなく、このようなウイルスなどの医学的な知識を最大限に活用したピンポイントの対応を望みたいところです。(2021.3)

小腸の働き

 腸管は口腔、食道、胃、十二指腸、小腸、大腸、肛門から成りますが、栄養素の90%は小腸で吸収されます。口から入った食物は唾液や胃液、膵液の中にある消化酵素で分解消化されます。つまり糖質(炭水化物)はアミラーゼ、蛋白質はペプシンやトリプシン、脂質(中性脂肪)はリパーゼにより分解されますが、最終的な単糖類やアミノ酸、脂肪酸とモノグリセリドなどの低分子栄養素とビタミン、塩類、水分、他の微量栄養素などは小腸粘膜から吸収されます。小腸粘膜には多数の輪状ひだがありその表面は絨毛に覆われ、さらに微絨毛が密生し吸収面積を広げています。成人男子の小腸の吸収総面積はテニスコート一面にあたるとされています。

小腸粘膜の断面図。輪状ひだ→絨毛→微絨毛と吸収面積が広がる。

 このような小腸が生まれつき短い、或いは色んな病気で大量に切除してしまわないといけない患者さんがおられます。小腸が通常の25%しかない短腸症候群ではその80%は新生児期に手術を受けた小児で、低出生体重児にみられる壊死性腸炎や腸軸捻転、腹壁破裂などがあり、他に腸が蠕動しにくい病気や成人の炎症性腸疾患もあります。このような場合にはミルクなどの経口摂取が出来なく下痢などがおきるために、静脈栄養といって点滴からの栄養や水分を補わないと維持できなくなります。腸管不全患者さんでも腸を使った栄養を行うと徐々に腸が馴染んできますが(適応)、長期に静脈栄養を行うと点滴する静脈が無くなったり、カテーテルの感染や腸管内に細菌が増殖したり、肝臓の障害が起こります。ひどくなれば小腸移植が必要になりますが、小腸には病原体が多くまたリンパ組織が豊富なため長期的にも拒絶反応がおこりやすく、肝臓などの移植ほど良好な結果ではありません。このため、腸管不全患者さんに対して色んな治療、輸液やカテーテル管理、薬物治療、外科治療を色んな角度から多角的に検討するという多職種による腸管リハビリテーションプログラムが1990年代から欧米を中心に設立され、小腸移植もその1つの治療法と位置付けられるに至りました。(2021.3)