ワクチン接種

 コロナウイルスのワクチンはもう接種されたでしょうか。ファイザー社、モデルナ社、アストラゼネカ社製のワクチンは、メッセンジャーRNAなど遺伝子を利用したものです。遺伝子は通常細胞の核内に存在し(細菌でさえ)保護されているのですが、ウイルスは核を持たずにDNAやRNAの遺伝子のみから成り立ち蛋白質の殻に包まれています。ワクチン製造は簡単に言えばその遺伝子の一部を鋳型にして蛋白質である抗体を作るということです。このような情報が広まっているため「コロナウイルスワクチンを打つと身体の遺伝子が作り変えられる」ような「無知」から来る恐怖感に煽られることが多く起こっているようです。さらに「卵巣に成分が蓄積する、不妊になる」などの「デマ」も横行しています。

 18世紀、イギリスのジェンナーが天然痘のワクチンを同じ病原ウイルスである牛痘(牛にできる天然痘で人と同じような症状を発する)から生成して人に接種することで、発症を防いだだけでなく天然痘の根絶に至ったのですが、開始した当時「牛からとった物質を人間に注入することは汚らわしい、神の摂理への不信である」と言われただけでなく「牛のような顔になった」「牛の毛が生えてきた」などの噂が絶えなかったようです。この頃から3世紀も経った現在でも状況は変わっていないことがうかがえます。ジェンナーや日本の緒方洪庵医師が一つ一つ丁寧に粘り強く説明をしていって、長年の後にやっと一般の方々に理解をいていただき天然痘の撲滅に至りました(図)。遺伝子ワクチンという聞きなれない手法で出来たワクチンのため、一般に捉えられる印象は3世紀以上前と全く変わっておらず、政治家に任せるのではなく医療従事者がそのメリット、デメリットについて正しい医学的な見地から丁寧に説明することが最も重要なことと思われます。(2021.8)

緒方洪庵。岡山出身。適塾(大阪大学医学部の前身)を開いた(Wikipedia)。

細胞老化とテロメア

 8月は「お盆」の時期で各家庭では「ご先祖様」をお迎えされていることと思います。「精霊の世界」についてはよく分かりませんが、56才で亡くなったアップル社のステイーブ・ジョブズ氏は「死は生命最大の発明である」と言い「古いものを消し去り新しい道をつくる」意義があると言っております。人間の細胞は37兆個ありますが、常に細胞分裂を繰り返して新陳代謝を図っています。この細胞の染色体の末端にはテロメアという「鉛筆のキャップ」のようなものがあり、これがDNAを保護しております(図)。そして細胞分裂の度にテロメアは短くなり、これにより細胞は老化していき臓器の機能が低下していき寿命が決定されるわけです。テロメアの短縮を修正すると癌化することが実証されており、テロメア自体は細胞分裂を制限して癌化を予防する働きがあるのです。このような細胞分裂によるテロメアの短縮は「体細胞系」で行われますが、「生殖細胞系」である卵子、精子ではテロメアが短くならないので、際限なく細胞分裂できます。このことは40億年前に生命が誕生してから、「生殖細胞」が生き残りあらゆる生物と最終的に人間の出現につながったことが説明出来ます。生物の種の存続に関してみれば「生殖細胞」に比較して「個々の死」はそれほど重要ではないわけです。また生殖に関して雄と雌を有する有性生殖が生命体としては効率的であり、父と母のDNAがそれぞれ受け継がれ、遺伝子の変異などを取り入れて新しい多様性ができるというメリットがあります。優れた子孫を残して次世代に後継していくという、メカニズムが出来上がっているのです

テロメア(茶色)はDNAの先端にあり、細胞分裂の度に短くなって細胞の老化と寿命を規定する。この機構が働かないと癌化につながる。(ロビンス、基礎病理学より)

優秀な子ども達を育てる象の群れ

 ご存じのように鮭など一般生物は受精が終わると直ちに死んでしまいますが、人間の子供は出生後成育するまでに手のかかることが多く、「子育て」の期間が長く保たれています。これは現代人と同じグループに属するクロマニョン人が出現した20万年くらい前から徐々に進化した結果と思われますが、優秀な次世代を育成する社会的システムが人間社会の中で生活するうちに培われたもので、後進を育てることが人間しかできない価値のある能力と言えます。今後どのようになっていくか、もし1万年くらい生きられたらその時の人に確かめてみたいものです。(2021.8)

酒か煙草か三密(さんみつ)か

 鳥取県の平井知事や鳥取大学医学部のウイルス学教室、感染治療部の努力により、鳥取県の陽性者は低く抑えられていますが、全国的にはまだまだ多く発生し、政府や自治体は酒を提供する飲食店に休業要請しております。お酒に酔って声が大きくなって唾液などの飛沫感染が増えることが根拠とされていますが、一人で黙って飲む人、泣き上戸の人や酒を全く受け付けない人もおられますし、逆にコーヒー一杯で、延々としゃべる人の方がリスクは高いと思われ、個人の意識により三密や飛沫感染を避けることが出来ると思います。一般に口から飲んだアルコールは口腔や食道の粘膜からごく一部、胃粘膜で20%、小腸の入り口の空腸で大部分の80%が吸収され、ここから肝臓に入って代謝されます。その他、肺から吸収(奈良漬の匂いを嗅いで酔っ払うこともある)され、たぶんあまり経験ないと思いますが、直腸や膀胱からも吸収されます。肝臓に入ってからは脱水素酵素により分解されていきますが、この酵素の強さによって酒に強い、弱い、全く受け付けないなどが決まります。酒に酔う酩酊の段階には個人差がありますが、血中アルコール濃度によって爽快期、ほろ酔い期、酩酊前期くらいまでは、大脳皮質からの理性の抑制が取れ、判断力が鈍り、気が大きくなり、この辺りが要注意の時期と思われます。以前、東北地方の某大学の医師が、学会発表の時に「あがり症」であったため、落ち着くために登壇前にお酒を飲んだらしく、発表が進むにつれしどろもどろになり遂には「俺はこんな発表、ほんどはしたくなかったんだよ」と、管を巻かれたと聞いたことがあります。しかしながら、適当な量のお酒は身体によく、1日当たりの飲酒量2単位(ビール大瓶なら1本、日本酒なら1合)以下なら死亡率の相対危険度は最も低くなるというデータがあります。ただし、過量な飲酒はウイルスへの免疫力を下げる危険性があるため、注意しましょう。

社)アルコール健康医学協会「アルコールと健康」より

これに対し、煙草の方がコロナ感染にはずっと弊害が強いことをご存じでしょうか。

コロナウイルスは呼吸器などの細胞表面にあるアンギオテンシン変換酵素2(ACE2)受容体という、もともとは血圧をコントロールする蛋白質に結合して、咽頭粘膜や肺などの細胞に侵入して増殖します。煙草に含まれるニコチンはこのACE2受容体を増加させる働きがあるため、習慣性喫煙者ではコロナウイルスにかかりやすくまた重症化しやすいのです。さらに煙草に含まれる有害物質が気管支の粘膜上皮を損傷し、COPD(慢性閉塞性肺疾患)を引き起こすことは広く知られておりますが、細菌やウイルスに対する抵抗が弱くなり肺炎などを起こしやすくしているのです。いくつかの論文では、喫煙者の重症化するリスクは非喫煙者の3-4倍とされています。実際には煙草税による収益が大きいため、なかなか煙草の弊害は言いにくいのでしょうが、このような危険性があることは知っておいていただきたいと思います。また、このACE2受容体は嗅覚ニューロンや舌にある味蕾細胞にも存在し、コロナウイルスにより嗅覚や味覚の障害が起こることが説明出来ます。

以上から、飲酒は個人の意識により必ずしも三密にはつながらないこと、喫煙所は狭くて換気が悪く三密も来たしやすいのですが、煙草は三密以前に身体のウイルスに対する抵抗力そのものが障害されるため、もっともリスクが高いと思われ、以下のようなリスク順位が考えられます。如何でしょうか。(2021.7)

コロナウイルスに対するリスク
高 煙草>>三密>>酒 低

鳥取大学医学部の歴史

 鳥取大学医学部は終戦の昭和20年に最初「米子医専」として発足、その後昭和23年「米子医科大学」となり、翌24年に「国立鳥取大学医学部」が誕生したのです。こちらに来て不思議に思ったのは、タクシーに乗って「大学病院まで」というと「はい、医大ですね」と返され、理容店に予約をすると「医大の長谷川先生が来なさるよ」と言われます。上記の歴史をみると「米子医大」の名称が使われたのはわずか1年間でしたが、記念式典に同じく来賓された伊木隆司米子市長は幼少時より病院に行くときは「医大に行ってくるけん」と言っておられたくらいで、市民に愛されていた病院だったようです。学内開放として、3000人くらいの市民を病院に招いて無料検診や顕微鏡使用など提供していたらしく、市民に近く寄り添っていたようです。

鳥取大学医学部創立75周年記念式典 平井伸治県知事のご祝辞

 鳥取大学病院は鳥取県と兵庫県北部、岡山県北部、島根県東部の約100万人対象の医療圏をカバーしており、卒業生は6000人を超えています。ロボット支援手術などの低侵襲外科やドクターヘリを擁して救急医療に力を入れています。最近、上田敬博教授が救急救命センターに来られ、ますます活気づいています。上田先生は2年前の京都アニメーション放火殺人事件で、90%以上の全身火傷を負った犯人に対し「助けないと犠牲者が浮かばれないと」必死で治療し、この結果犯人は助かり徐々に心を開くようになったと言われていました。(2021.7)

植物の開花

 4月中頃の春真っただ中で、満開の桜からチューリップ、パンジー、つつじへと変わっていきます(図)。植物の開花については、長い冬の間の低温によって、植物の持つ遺伝子(クロマチン)が誘導され、温かくなった春に環境の変化に伴って開花シグナルにスイッチが入り、花が開くという機構が働くとされています。これは動物の発生や進化にも共通したメカニズムで(生体内のエネルギー代謝は植物と動物では真逆ですが)、長期間にわたって働く分子タイマーの存在が明らかになっており、また機会があれば詳しく取り上げたいと思います。(2021.6)

開花する花たち

脂質代謝

 春はまた、新入社員が入ってくる季節で恒例の健康診断が行われます。健康診断のために1週間くらいお酒を我慢し、甘いものや脂っこいものを控える人がいますが、本来は通常の生活をしているときの状況を把握するのが目的です。図に最近の検査項目別有所見率を示します。何らかの異常所見が見つかった人は半数以上にのぼり、最近微増する傾向にあります。このうち最も多いのは血中脂質異常で約1/3弱の人に見られ、肝機能、血圧、血糖、心電図の異常と続きます。

定期健康診断検査項目別有所見率(森晃爾:産業保健ハンドブックより)

 脂質はエネルギーを貯蔵(中性脂肪)し、細胞膜や脳の構成成分(リン脂質、糖脂質、コレステロール)として、またステロイドホルモンやプロスタグランデインのような生理活性物質など、生体にとって必要な重要な物質です。脂肪(中性脂肪)は、皮下脂肪、内臓脂肪など、健康の大敵のように罵られていますが、これがないと動物は長期の絶食や飢餓に耐えることが出来ません。つまり中性脂肪を蓄えることによって、飢餓に耐える能力を飛躍的に増進したことが、人間を進化させたとも言えます。中世脂肪の化学構造式を見てみますと、グリセロール(グリセリン:3価アルコール)に脂肪酸3分子がそれぞれエステル結合したもので、トリアシルグリセロール(トリグリセリド)とも言います。脂肪酸には飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸(炭素同志が二重結合を形成している)があり、二重結合の部分では折れ曲がる性質を持っています。二重結合が複数あるものを多価不飽和脂肪酸と言い、魚の油に含まれ身体に良いといわれるDHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)はこれに含まれます。このうちリノール酸とαリノレン酸は体内では合成されないため、必須脂肪酸と言われます。

中性脂肪(トリアシルグリセロール)の化学構造式(田中文彦:忙しい人のための代謝学)

飽和脂肪酸(左ステアリン酸)と不飽和脂肪酸(田川邦夫:からだの生化学)

 ここで、私の専門に関係ある発生・進化について面白い話を紹介します。かつて大阪大学医学部で生化学の教授をされていた田川邦夫先生には、学生時代再々再追試までお付き合いいただいた(つまり2回試験に不合格になった)のですが、著書「からだの生化学」から興味深いお話を引用します。

 「肉食がサルからヒトを進化させたという説に、生化学的根拠を加えて修正した挿話である」と前置きされたうえで、「動物は必須脂肪酸を合成できないので、直接または間接的にそれを植物から摂取しなければなりません。植物の油脂は種子中に多量に貯蔵されているので、これを摂取すれば必須脂肪酸の欠乏をきたすことはないのですが、サルは草食性なので、全ての必須脂肪酸を植物に依存しています。しかし、サルにとって非常に不都合なことに、多くの種子中にはヒマのリシンや大豆のトリプシンインヒビターのような蛋白性の毒物が含まれております。このためこれを大量に食べることが出来ないので、常に必須脂肪酸が欠乏しがちであります。」

 ここから、サルからヒトへ進化する説が展開されていきます。「しかし、ある時サルの中に肉食をするものが出現しました。このサルは生体膜に富んだ動物の内臓を食べることにより必須脂肪酸を十分摂取することが出来、これが大量のリン脂質を必要とする大脳を発達させる栄養的根拠となった。」というわけです。「大脳の発達した『サル』は火を使うことを知り、種子を熱することにより毒性タンパク質を変性させて無毒化するようになったため、あらゆる種類の種子を食物に出来る」ようになりました。

 サルから突然変異した我々人間は脂肪を取ることにより、大脳が発達してきたようですが、今は逆に生活習慣病で人間が苦しんでおり、この現象は因果応報というか、自然の人間に対するリベンジなのでしょうか。(2021.6)

生物と非生物: AIについて

 最近の話題として、歌手の「加山雄三」さんの声の発音や抑揚、パターンなどを録音して、AI(人工知能)に学習、記憶させ再現したという報道を聞きました。伝えたい内容を入力すると「加山雄三」さんの声でアナウンスしてくれるという企画で、生まれ故郷でずっと生活の拠点とされている神奈川県茅ケ崎市にて、市役所や市立病院、スーパーや温泉施設でこの4月から館内放送されているようです。また、以前NHKスペシャルで同様に、美空ひばりさんをNHKやレコード会社に残る沢山の音源、映像をもとに、AI技術によって目や特徴的な口元などを歌唱とともに巧みに再現し、視聴者の心を惹きつけていたようです。少し前、人間不在でコンピュータ音楽のみのボーカロイド・オペラを発表した作曲家渋谷慶一郎氏は、テレビ番組「らららクラシック」において、「狂気のピアニスト」と言われるグレン・グールドの残された音源からAIが学習し、どのような楽曲でもグールド風にピアノ演奏する、またAIが学習したバッハの様式で実際に作曲する、ヴァイオリニスト成田達輝がAIと共演するなどが紹介されていました。グールド特有の「音を短く切る」「繊細で深みのあるタッチ」「ドライな演奏」など、細かく分析すれば学習・記憶できると思われますが、印象に残ったことは渋谷氏が「凄い演奏家は内部に狂気を持っており、演奏会でハラハラさせられる。例えば気分によって怒って演奏を中断したり、ふざけるなと鍵盤を叩きつける。このような一番人間の極端な部分をAIに忍び込ませると面白いでしょうね」と仰っていました。グールドや他の音楽家、例えばカルロス・クライバー、ウイルへルム・フルトヴェングラー、ウラジミール・ホロヴィッツなどの持つ、演奏に込められた情熱(狂気などと紙一重のもの)という、即興的に出てくる感情を含めた人間らしいものが生み出すようになるかどうか興味のあるところです。

生物と非生物の違いについて考えてみたいと思います。Wikipediaによると「生物」とは、動物・菌類・植物・藻類などの原生生物・古細菌・細菌などを総称した呼び方であるとされています。さらに多くの生物者が認める定義として、①自己と外界との間に明確な隔離がある、②代謝(物質やエネルギーの出し入れ)を行う、③自己増殖能がある、を満たすものとされています。また見方を変えると「常に乱雑さを増す宇宙の中で、秩序を生み出し維持できる能力」ということになります。一般に万物は乱雑(無秩序)な状態に自然になっていきます。これを物理学の基本原理、熱力学第二法則といい、宇宙、或いは閉鎖系(外界から完全に孤立した物質の集合)では乱雑さは常に増す方向に向かうということになります。図に示すように放っておくと部屋は乱雑になっていきますが、この方が自発過程でありこれを逆転し整頓した状態にするためには意識的な努力とエネルギーの投入が必要で、自発的には進みません。この乱雑さを数値化したのがエントロピーという量で、万物が乱雑に向かうという熱力学第二法則は、万物はエントロピーが増大する方向に向かうと言い換えられます。「生物」の定義をもう一度考えると、秩序を生み出すために生物の細胞は小有機物質(アミノ酸、糖、脂質など)を用いて化学反応を行い続け、周囲からエネルギーを獲得してそれにより秩序を作り出し、細胞は生活し成長するわけです。

左:整頓されている子供の部屋。右:放っておくと乱雑な状態になる。左の状態に戻すのにはエネルギーが必要。(「細胞の分子生物学」より引用)

生物界のエネルギー代謝(「生化学・分子生物学」より引用)

 こうしてみればAIはとうてい生物とは言い難いですが、人間に極めて近く仕事をしてくれるので、今後我々にとって同僚や家族のような存在になっていくものと思われます。人間とは違ってAIは疲れず「肩を揉んでくれ」とか言わないし、仕事に飽きても「賃金アップ」を要求したり新しいファッションをねだったりしないことが、AIを「生物」から分類する定義かも知れません。皆さんはどう思われますか。(2021.5)

男と女への分化

 性染色体の構成に関連して減数分裂して得られた正常の精子には23,X(全体で23個の染色体構成で、22個の常染色体と1個の性染色体:この場合はX染色体からなる)と23,Y(性染色体はY)の2種類ありますが、正常の卵子には23,Xの1種類しかありません(図。このように受精卵の染色体は精子の持つ性染色体(X,Y)によって決定され、男性(46,XY)か女性(46,XX)が決まります。初期の生殖器系は男女とも同一で未分化性腺(原始生殖細胞など)が活動を始めるのは胎生第7週からで、男性の表現型の発生にはY染色体が必要です。Y染色体短腕の性決定領域にあるSRY(Sex-determining region Y)遺伝子が転写因子として働き、精巣決定因子TDF(Testis determining factor)のスイッチを入れて、精巣への分化を誘導します。Y染色体がない場合(女性)にはTDFが発現しないで卵巣への分化が始まるのです。その後胎児の精巣は男性化ホルモン(テストステロン、ミュラー管抑制物質)を産生し、内性器や外性器を形成していきます。男性の生殖器はウオルフ管(中腎管)が、女性の生殖器はミュラー管(中腎傍管)という、いずれも中胚葉由来の器官が中心となって分化が進んでいきます。思春期以降の発達についてはそれぞれ成熟した精巣と卵巣から出るホルモン環境が影響していきます。精神行動学に関し、男性化と女性化についても胎児期のホルモン環境の影響があるという説もありますが、エビデンスがイマイチで勉強不足なこともあり今回は触れないことにします。(2021.4)

精子と卵子の形成(ムーア:人体発生学より)

男女生殖器の分化(塩田浩平:人体発生学講義ノートより)

第32回日本腸管リハビリテーション・小腸移植研究会

 ①2020.3福山➡②2020.3.大阪➡③2020.8.大阪➡④2020.8大阪とWEBハイブリッド

 2020年8月8日、大阪千里中央にて「第32回日本腸管リハビリテーション・小腸移植研究を現地開催とWEB会議併用のハイブリッド形式で主催しました。当初は福山医療センターにて昨年3月に行う予定でしたが、新型コロナ感染の全国的な流行に対して会議やイベントを取りやめる規制が国や自治体から一斉にかかったため一旦中止・延期しました。感染は一旦収束するかに見え順調に研究会の準備を進めていましたが、7月頃より再び陽性者が増えるようになり、現地とWEBでの開催を併用することに四たび変更せざるを得なかったわけです。二転三転した苦労話を聞いてください。

大阪現地での様子。協力頂いた大阪大学小児成育外科の方々と。

 通常、学会・研究会は遅くとも2-3年前から主催者(学会長)が自薦や他薦で決まり、ここから開催日時と場所、テーマなどを決めて行きます。私が今回の主催の推薦を受けたのは2018年の研究会の時で、小児外科井深奏司医師を事務局長として医局秘書の岡佳織さんにも手伝っていただき、翌2019年初めから本格的に計画しました。2019年3月慶応大学における研究会では福山での開催を大々的にアピールし、会員一同鞆の浦での温泉と景勝地を楽しみにされたものです。これらは岡さんが準備してくれました。ところが、その年の秋になって私の鳥取大学への異動が急遽決まり、2020年の3月に大阪で開催することに変更しました。その頃には演題募集やテーマ、招待講演なども決まっており、図4のような看板も既に出来上がっておりました。しかしながら、大阪の会場を押さえ、演題も集まりプログラムもほぼ完成した矢先に、「新型コロナ感染」の騒動で、イベントや集会に対する規制がかかり、やむなく中止、延期しました。その後は上記のごとくで、最初現地開催を予定していましたが、特に東京の人が病院の規制などで動けないということで、現地とWEBのハイブリッドにしたわけです。

最初、福山医療センター主催で行う予定であった。

今回、小児外科、看護部、栄養管理部、薬剤部、臨床心理士、ソーシャルワーカー、リハビリテーション部からの演題発表や参加者を多く得ることが出来、多職種チームによるワークショップを設け意義のある話し合いが出来ました。福山医療センターからは外科病棟の松井みのりさんや小児外科井深先生の発表がリモートで聞けて嬉しかったです。国内における「腸管リハビリテーションプログラム」は、鹿児島市立病院や東北大学、九州大学、大阪大学で既に立ち上がっており、患者登録やガイドライン作成、教育や協力体制の確立など、今後の飛躍が期待されます。また、研究会の奨励賞には福山医療センター小児外科の児玉匡先生の論文が選ばれたことを付記しておきます。

今回新型コロナウイルス感染流行の間隙を縫うようなかなりチャレンジングなものの、会場でのリアルな熱い討論や懇親会での親睦も出来ない白けた研究会になりましたが、考えられる限りの感染対策を行いその結果感染者は発生していません。それよりも逆に新たな知見が多く得られ、新型コロナに対する脅威を遥かに凌ぐ実りの多い研究会であったと思います。県境を越えた移動制限のような根拠のないやみくもな規制をするのではなく、ウイルスの性質に基づく伝搬経路を医学的に緻密に検討し、ピンポイントの対策をすることが本当に必要な政策です。卑近な例では、国内での自動車事故で年間3000人が死亡していますが、自動車を無くせば死亡は無くなりますが、自動車の無い生活は今や考えられず、飲酒運転やスピード違反の取り締まりなどの基本的なルールを守れば、通常の経済活動が成り立ちまた個人の生活も楽しめるわけです。また受動喫煙が原因で国内年間15000人が死亡していますが、他人の煙草の煙を吸わないなどの対策をしております。今年もコロナ等に負けないで頑張りましょう!!

最後に、福山医療センターのスタッフを初め、ご協力を頂いたすべての方々に深謝いたします。(2021.3)

コロナ禍での出来事

このような中、私の最近起こった体験談をお話しします。

 正月には外出禁止令が出ていたので行けなかった墓参りに、陽性者数が少しおさまりかけた1月最後の週末に兵庫県の実家に一人で行き、その帰りに神戸の「〇将」でご飯を一人で食べていました。丁度餃子が来た時に、隣のテーブル席にいたお子さん(後から聞くと心室中隔欠損症を持つ1才半の男児)が突然意識がもうろうとし、チアノーゼも出てきたため、そのお父さん(神戸市内の某医療センターのマイナー科の医師)が床に子供さんを寝かせ、ほっぺたをたたいたり心臓マッサージを始めたのです。その時、私の脳裏には鳥取大学の他部署の教授たちから「先生がコロナに感染したら病院は無茶苦茶になりますよ」「学生にはきついことを言っているんやから先生は変なことせんといてくださいよ」と、戒められたことが一瞬よぎりましたが、次の瞬間には子供を抱き上げ椅子に寝かせて蘇生のABCを始める自分がいました。順にA(airway 気道確保)、B(Breahing人工呼吸)、C(Circulation心臓マッサージ)と続くのですが、まず大腿動脈が触知することを確認し、Chin upポジションにし(頸部を真っ直ぐに下顎を挙げて喉頭まで空気を通りやすくし、首や顎の柔らかい小児には有効)、次に私の右手を筒のようにして、1-2回息を送り込むと直ぐに意識は回復し全身がピンクに変色しました。父親が手配した救急車に乗せ、その後未だ冷めていない餃子を三密を避けながら一人でゆっくり頂きました。

鳥取大学では山陰を出る時には「出張届:場所、期間、目的、理由」を提出し、帰ってからは「報告書:上記に加え、現在の体温、症状の有無、滞在中に会議や集会で3密があったかどうか、複数人数で会食を行ったか」を出します。感染対策室に直ぐに報告するとともに、2週間の健康チェックなどを行い、3週間を超える現在までコロナ感染を疑う症状や反応は出ていません。医師である父親に何かの時にと名刺を渡しておいたのですが、その数時間後に資料のような感謝のメールが届きました。医師免許や看護師免許等をもつ我々医療従事者には、飛行機や新幹線の中で「病状の悪い乗客がおられます。お医者様か看護師の方、もしおられれば客室乗務員にご連絡ください」というアナウンスが流れますが、それに対応する義務や規則はどこにも明記されていません。が、私の答えは父親のメールの通りでした。

独自の政策を出す政治家や珍しいケースをレポートして視聴率や読者数を確保しようとするマスコミは、それぞれの立場で必死で対応されていますが、2月13日から「コロナ対策法-まん延防止措置」が施行されており、かえって不安を煽るような結果になっていないか検討して、レアなことにこだわらず、大きな視点で国民を指導していってほしいと思います。かつて、ハンセン病(らい病)は人に伝染する病気として恐れられ、隔離政策がとられていましたが、現在では感染するリスクはほぼ皆無であるという見解です。また、自分でミトコンドリアを持ち体外からの養分を取り込んで自己増殖できる細菌とは異なり、ウイルスはDNAかRNAという遺伝子しか持たない極めて原始的な生物ですので、自分だけでは生きることが出来ず、必ず他の細胞内に入って増殖します。「気持ちを引き締める」ような精神論だけでなく、このようなウイルスなどの医学的な知識を最大限に活用したピンポイントの対応を望みたいところです。(2021.3)

小腸の働き

 腸管は口腔、食道、胃、十二指腸、小腸、大腸、肛門から成りますが、栄養素の90%は小腸で吸収されます。口から入った食物は唾液や胃液、膵液の中にある消化酵素で分解消化されます。つまり糖質(炭水化物)はアミラーゼ、蛋白質はペプシンやトリプシン、脂質(中性脂肪)はリパーゼにより分解されますが、最終的な単糖類やアミノ酸、脂肪酸とモノグリセリドなどの低分子栄養素とビタミン、塩類、水分、他の微量栄養素などは小腸粘膜から吸収されます。小腸粘膜には多数の輪状ひだがありその表面は絨毛に覆われ、さらに微絨毛が密生し吸収面積を広げています。成人男子の小腸の吸収総面積はテニスコート一面にあたるとされています。

小腸粘膜の断面図。輪状ひだ→絨毛→微絨毛と吸収面積が広がる。

 このような小腸が生まれつき短い、或いは色んな病気で大量に切除してしまわないといけない患者さんがおられます。小腸が通常の25%しかない短腸症候群ではその80%は新生児期に手術を受けた小児で、低出生体重児にみられる壊死性腸炎や腸軸捻転、腹壁破裂などがあり、他に腸が蠕動しにくい病気や成人の炎症性腸疾患もあります。このような場合にはミルクなどの経口摂取が出来なく下痢などがおきるために、静脈栄養といって点滴からの栄養や水分を補わないと維持できなくなります。腸管不全患者さんでも腸を使った栄養を行うと徐々に腸が馴染んできますが(適応)、長期に静脈栄養を行うと点滴する静脈が無くなったり、カテーテルの感染や腸管内に細菌が増殖したり、肝臓の障害が起こります。ひどくなれば小腸移植が必要になりますが、小腸には病原体が多くまたリンパ組織が豊富なため長期的にも拒絶反応がおこりやすく、肝臓などの移植ほど良好な結果ではありません。このため、腸管不全患者さんに対して色んな治療、輸液やカテーテル管理、薬物治療、外科治療を色んな角度から多角的に検討するという多職種による腸管リハビリテーションプログラムが1990年代から欧米を中心に設立され、小腸移植もその1つの治療法と位置付けられるに至りました。(2021.3)

生物界の生態

 私は職業柄人間だけではなく生きている生物の生態に大きな興味を持っています。動物行動や生態に関する知見を扱ったテレビ番組「ワイルドライフ(BSプレミアム)英国BBC作成が基」や、分かりやすいところでは「ダーウインが来た(NHK総合テレビ):以前の生き物地球紀行、地球不思議大自然」などが好きで昔からよく見ていました。これらでは最新の撮影技術を駆使し、数々の迫力映像で生き物の素晴らしさを伝えています。テーマは「食うか食われるか」という動物同志の生存をめぐる戦いや、メスを確保するためのオス同士の戦い、子供を育てる母親の自己犠牲的な努力など、自然に密着した生物の種々の生きざまです(図)。根底にある思想は英国の生物学者チャールズ・ダーウイン(1809-1862)の進化生物学で、全ての生物種は共通の祖先から長い時間をかけて進化し、この原動力となるのが自然選択・自然淘汰(同じ生物種内で生存競争がおこり、生存と繁殖に有利な個体はその性質を多くの子孫に伝え、不利な性質を持った個体の子供は少なくなり、その適応力に従って自然環境がふるい分けを行う)になります。現在ではダーウイン説の解釈は少し異なりますが、これらの番組を見て確かに感じるのは「生物行動の根源は、自分の遺伝子を残すように優秀な配偶者や家系を求め、その生殖を確実にして強い子孫を作ることに全力を尽くすことである」ということです

ロッキー山脈にて、メスをめぐって戦うビッグホーンのオスたち

アフリカサバンナで狩りをするチータと、その子供たち。愛する家族のために巨大な水牛にも立ち向かう。

熊の親子。献身的な愛情が感じられる。

 我々の身体は1個の受精卵から全ての細胞が分化して臓器が出来上がります。このうち大部分をしめる体細胞といわれる細胞・臓器は個体を維持するものですが、これは1代限りで死んでいき次世代には遺伝しません(図)。これに対し遺伝し種を維持する細胞は生殖細胞系列といわれ、体細胞系列とは別の系列に属します。受精卵から分化した胎児には初期に卵黄嚢という腸などを入れておく組織があり、この一部に原始生殖細胞が出現して後に体幹部に移っていき性染色体によって精巣か卵巣に分化していきます。その頃には既に出生後に成人して自分の子供をもうけるために必要な細胞やゲノムが用意されるのです。不思議ですね!!  

 その後思春期に成熟した精子(父親)と卵子(母親)が受精した場合、減数分裂という特殊な細胞分裂を経てそれぞれ1セットずつのゲノムをもつようになります。一般の体細胞が細胞分裂する時には元の細胞とDNA量も染色体数も同じ細胞が2つ出来ますが、生殖細胞系ではそれぞれ半分ずつになった細胞が出来るわけです。このようにして受精によって発生が始まる次世代の子供は精子(父親)と卵子(母親)からそれぞれ受け継いだゲノムを持つようになります。地球上に出現して以来、生物は遺伝的に多様な次世代を数多く生み出すという方法をとっており、特定の個体の生存のためには必ずしも有利ではありませんが、環境変化への対応や病原微生物との戦いなどを考えた場合、種というレベルで生物を永続させるために実に有効な手段と言えるのです。かくして生殖細胞は自分の種を保存するために巧妙なメカニズムを獲得するに至ったわけです。これに対し体細胞が持っているDNAは次世代に遺伝することはなく、遺伝子の突然変異によっておきる胃癌や大腸癌、その他の病気はその個体が死ぬと遺伝することは無いのです。(2021.2)

図 人を構成する細胞のライフサイクル(前野正夫、磯川桂太郎:生化学・分子生物学。羊土社、より)

生殖系細胞の発生。(ムーア:人体発生学。医歯薬出版より)

細胞や器官の発生

 私は、小児外科を専門としております。扱う病気のほとんどは身体の発生異常で、お母さんの胎内にいる間に起きます。では、私たちの身体の細胞や器官はどのようにして出来上がるのかご存じでしょうか。今回はごく簡単に人体発生について述べてみたいと思います。

 私たちの身体はいくつもの臓器から成り立ちますが、それを構成する組織は200種類以上、さらにその成分の細胞は37-70兆個にも及びます。その最初の細胞はたった1個の受精卵(精子が卵子と受精したもの)であるのです。驚くべきことだと思いませんか?!(私は学生の頃この生命の神秘に大いに感動しました)。この性質のため受精卵は全能性の細胞と言えます。その後受精卵は細胞分裂を開始し、2分割、4分割と卵割を行い、桑実胚を経て子宮内膜に着床して胎盤が出来ていきます(図)。その過程で内部に杯盤胞腔という腔(体の中で空になっている部分)を形成し、それに偏在した形で内細胞塊が出来ます(図1赤枠)。これはのちに内胚葉、中胚葉、外胚葉の三胚葉に分化する能力を持つ多能性(Pluripotent)細胞で、後述するようにそれぞれ決められた組織や器官に分化していくのです。これらは組み込まれた(プログラムされた)遺伝子の情報に従って順序よく正しく行われていくのです。不思議ですね⁈(2021.1)

受精卵は分裂を繰り返し、2細胞、4細胞から桑実胚を経て子宮内膜に着床する。(白澤信行:新発生学、日本医事新報社、より)

幹細胞(ES細胞・iPS 細胞)

 最近よく話題になっている幹細胞について述べます。ES細胞やiPS 細胞などです。Wikipediaによると幹細胞(かんさいぼうStem cell)とは、分裂して自分と同じ細胞を作る能力(自己複製能)と、別の種類の細胞に分化する能力を持ち、際限なく増殖できる細胞と定義されています。発生における細胞系譜の幹(Stem)となることから、名付けられています。ES(Embryonic Stem Cell)細胞は初期胚の内細胞塊から取り出し、その未分化性を保ったまま培養下で増やし樹立した細胞で、胚性幹細胞(Embryoは胚という意味)と呼ばれ、成体のどのような細胞でも生み出せるものです。一旦細胞が分化を始めると後戻り(脱分化)は出来ません。分化によって機能的・形態的な変化は起きるのですが、細胞個々のゲノム(生物が正常な生命活動を営むために必要な、最小限の遺伝子群を含むひとまとまりの染色体)や遺伝子情報は当初の受精卵と同じで何ら変化していないのです。このため分化が進行した体細胞でも遺伝子発現の制御状態を巻き戻したり、リセットすることが出来ないかと考えられ、人工的に初期化(リプログラミング)したのが、かの有名な山中伸弥先生が作成した、iPS (induced Pluripotent Stem Cell)です。Inducedとは人工的に誘導したという意味で、人工多能性幹細胞とか誘導万能細胞とかに訳されています。山中先生は、マウスの繊維芽細胞(皮膚にある細胞)を用い、初期化を促す転写制御因子(遺伝子DNAにある情報がRNAに写し取られる過程を転写といいますが、これを促進したり抑制する蛋白質)をコードする遺伝子セット(山中因子と呼ばれる3-4個の因子)によりiPS 細胞を作成するというノーベル賞受賞に至る偉業をなされました。これにより多くの難病の再生医療や創薬、種々の臓器作製に寄与していることは皆さんもご周知のことと思います。

 話を人体発生に戻しますと、幹細胞の性質を持つ内細胞塊(図1,2の赤枠)は二層性胚盤から三層性胚盤となり、順に外胚葉、中胚葉、内胚葉と形を変えます。これらの運命として

・外胚葉は神経管(➡中枢神経、網膜、松果体、神経下垂体などに分化)と、神経堤(➡脳神経、知覚神経節、副腎髄質、色素細胞などに分化)を形成する神経外胚葉と、表層外胚葉(表皮、水晶体、内耳、歯などに分化)とになります。(図)

・中胚葉は内側から沿軸中胚葉(➡骨格筋、骨、真皮、結合組織などに分化)、中間中胚葉(➡泌尿生殖器系に分化)、側板中胚葉(➡内臓の筋と結合組織、循環器系、副腎皮質などに分化)になります。 ・内胚葉は呼吸器系(➡気管、気管支、肺の上皮部に分化)と、消化器系(➡消化管と付属線、膀胱などに分化)になります。(2021.1)

受精卵からの発生と分化。三層性胚盤より三胚葉構造となる(前野正夫、磯川桂太郎:生化学・分子生物学。羊土社、より)

外胚葉、中胚葉、内胚葉の分化。(白澤信行:新発生学、日本医事新報社、より)

クラシック音楽演奏・鑑賞にともなう飛沫感染リスク検証実験報告書

 最近面白い実験結果が出たので紹介します。題材はやはり私の好きなクラシック音楽に関するもので、クラシック音楽講演運営推進協議会と一般社会法人日本管打・吹奏楽学会が今年の7月に行った実験で、クリーンルームにおいて飛沫微粒子を測定したものです。その報告書に沿って概略を述べたいと思います(コロナ下の音楽文化を前に進めるプロジェクト:クラシック音楽演奏・鑑賞にともなう飛沫感染リスク検証実験報告書HPより)。

 左は今年の5月にベルリンの専門家達によって、弦楽器奏者間の距離1.5m、管楽器奏者間の距離2mを確保することが理論上かつ暫定的に提唱され、標準的安全距離(ソーシャルデイスタンス)と認識されるようになり採用された時のオーケストラの配置です。右は同じ会場における従来の演奏形態です。しかしながら、この標準的安全距離を確保するのは演奏の質を担保するのに不十分かつ困難であり、広く演奏される多くの作品の演奏が不可能となります。ウイーンフィルなど多くの団体が楽器演奏時の飛沫等の可視化実験を行い、以上の安全距離は過大ではないかという疑問が出始めました。

 ソーシャルデイスタンスを取ったオーケストラの配置(左)と従来の配置(右)上記HPより

 可視化実験では飛沫等の飛散する様子を立体的、経時的、定性的に捉えることは可能ですが、隣接する演奏者の位置における飛沫等の暴露の程度は、実際にその位置で微粒子の量を測定する必要があります。環境中に多く存在する埃も微粒子として測定されるのを避けるために、クリーンルーム環境においてパーティクルカウンターを用いて楽器演奏時の微粒子測定が行われました。

 方法客席と演奏者について、ソーシャルデイスタンスをとった場合と従来の方法をとった場合に微粒子の飛散程度が測定され比較検討されました。対象楽器として木管楽器(フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、アルトサクソフォーン)、金管楽器(ホルン、トランペット、トロンボーン、ユーフォニウム、チューバ)、弦楽器(バイオリン、チェロ)、歌手(ソプラノ、テノール)、客席(聴衆の会話、咳、発声を再現)が選ばれました。各楽器当たり3名の演奏者が、それぞれ1分間x3回の演奏を行い、演奏者の間近、及び前後左右計9か所にパーティクルカウンターで測定されました。

 

 客席(左)と演奏者(右)の前後左右を含め9か所に測定器(パーティクルカウンター)を設置。それぞれ、「隣接した位置」⇔「一席あけた位置」、「従来の距離」⇔「ソーシャルデイスタンス」で比較。

 クリーンな環境下にて実験を行うアルトサクソフォーン演奏者

「結果と提言のまとめ(原文より)」

・演奏者およびマスク着用下の客席において、従来の間隔の場合でもソーシャルデイスタンスをとった場合と比較して、飛沫などを介する感染リスクが上昇することを示すデータは得られなかった。

・ただし、ホルンでは右側50㎝、トランペット・トロンボーンでは前方75㎝において他の測定点よりもやや多い微粒子が観測された。飛沫などを介した感染リスクに限らず、人の直接・間接の接触がある限り感染のリスクをゼロにすることはできない。

・しかし、合理的な対策を組み合わせることによって感染リスクを下げること、そして仮に感染が生じてもできるだけ狭い範囲にとどめることは可能である。

・各団体が感染リスクを理解した上でそれを下げる方法を十分に検討し、方針を決定することが望ましい。

 このような実験とその結果は、演奏者や観客にとって、これからの演奏形態がどうあるべきかを具体的に考える上でエビデンスのある極めて有意義なもので、実際の運用方針は各団体に委ねられるとはいえ、音楽の演奏は空間的時間的共有が不可欠であるという演奏家やファンの熱い思いを代弁しこれからの方向性を示すものと思われます。

 N響は今後状況により従来と殆ど変わらない配置での演奏を考慮するようですが、やはり金管楽器はリスクがありそうです。演奏者や指揮者は本番では喋らないので良いのですが、リハーサルで興奮して唾をとばす広○○一氏のような指揮者には自覚して欲しいものです。

 またファンにとっては客席では席を空けなくてもリスクに差がないとはいうものの、「ブラヴォー」を大声で叫ぶのとマスクをしていてもずれたりすることがあります。咳はマスクをしていても飛散リスクがあるようですが、そもそも咳をしている人は演奏会には行かないだろうし、咳より熱が初発症状となるコロナ感染者では入口の検温検査で引っかかってしまうと思われます。

 やっぱり感染対策はキッチリすべきでしょう。(2020.12)

 その他の懸念として、演奏会の休憩中にホワイエ(演奏会場のロビー、幕間に飲食がふるまわれる)でのシャンパンやワインサービスは無くなるのでしょうね。これが一番残念です!!(2017年 ドイツバイロイト音楽祭)

演奏会場外でのワイン:海外ではこのような演奏会形式があり羨ましい限りです。(

大学医学部の役割

 私は現在大学医学部に所属していますが、医学部についてあまりご存じない方も多いと思いますのでちょっと紹介してみます。ここ中国地方の医学部は、岡山大学、広島大学、鳥取大学、山口大学、島根大学と各県に1つの国立大学と、私立大学の川崎医大があります。その医学部における教授や教員たちの仕事は何だろうかと思われませんか?山崎豊子の「白い巨塔」の中で、末期癌に侵された浪速大学第一外科財前五郎教授は「国立大学医学部の教授は、教育、研究、臨床の全てに完璧であることを強制されるのか?」という言葉を残して死んでいきました。私たちのような医育機関において最も大事な仕事は言うまでもなく「教育」で、後進を育成することが最も大きな使命になります。医学部は6年間のカリキュラムですが、医学的な専門分野の勉強が段々早くから取り入れられる傾向にあり、鳥取大学では1年生の後半から解剖学や生化学、生理学などの基礎医学が始まり、2年生では解剖学や生理学の実習、基礎的な臨床医学の講義(例えば基礎的な消化器病学等)があります。3年生では地域医療や基礎・臨床医学の教室に何か月か配属されて実験や研究などを行います。4年生から臨床医学系の本格的な講義が始まり、ここら辺りから私の出番が回ってきます。担当は勿論「小児外科学」です。5、6年生はクリニカルクラークシップといって臨床各科を周り、我々は「消化器・小児外科」として、5年生では2週間毎に5人の医学生を受け入れ、外来や入院患者さんの担当、手術への参加、検討会での発表などを、マンツーマンで教官が指導に当たります。今の5年生には福山の高校出身者が5人おられ、毎日「尾道ラーメン」や「鞆の浦」の話題をして飽きません。6年生は「医療倫理学」を学んだ後、前半で1か月ごとにクリニカルクラークシップ2として将来的に専門にしたい科を重点的に3科まで選択できます。この辺りから各診療科による学生の争奪戦が始まるのですが、小児外科に進みたい人が今の6年生に2-3人、興味がある人が5年生に4₋5人おられ、期待したいところです。6年生の夏休みくらいから研修したい病院を選んで試験を受け(病院により異なりますがマッチングプログラム)、卒業試験と国家試験をクリアすれば、目出度く医師免許証が与えられます。鳥取大学の学生は半分以上が関西(特に兵庫県、大阪府)出身者で、兵庫県人である私も鳥取県、島根県に残ってもらうように努力しています。上述の福山出身者には福山医療センターを勧めていますので、実習などに行った場合にはスタッフの皆様からご指導の程お願いします。学生指導において大きな問題は、我々が昔勉強した頃とは医学の進歩とともに、同じ教科書も内容ががらりと変わっているという点です。卒業して40年近く経つのですから、当然といえばそうですが、例えば、小児外科は胎内での人体発生の途中で何らかの問題があっておこる「先天性異常」が原因となるものが大半です。以前は人体発生学では形態学が主でしたが、色んな細胞や器官が形成される過程に分子生物学的なアプローチを導入して、あらかじめ決められた(プログラムされた)遺伝子情報に従って次々と誘導されるわけです。一生懸命勉強していかないと最新の情報についていけません。(2020.11)

中海から大山を背景に鳥取大学医学部を望む
航空写真 右は中海
梅の花の頃
ドクターヘリとヘリポート

ウイルスに抵抗する細菌の免疫防御機構

 一般にウイルスが人間に感染しても体細胞内に入らないと生存できず、この場合マクロファージやリンパ球などの免疫担当細胞が働いて攻撃するのですが、1回目の感染の時にリンパ球(B細胞から分化した形質細胞と言います)が免疫グロブリンという抗体を産生します。これが働き2回目にウイルスが体内に入ってきたときに、抗体が速やかに作られ細胞内に入る前に攻撃するのです。これを利用した予防方法がワクチンと呼ばれる、死滅した或いは毒性を弱めた病原物質を体内に注射してあらかじめ抗体を産生しやすくした予防接種です。細菌は大腸菌やコレラ菌、溶連菌など約1μm(百万分の1メートル)の大きさで、ウイルスはさらに小さく数十~数百nm(nm:10億分の1メートル)で、細菌の約数十分の1の大きさになります。細菌はウイルスの侵入に対抗する独自のシステムを持っているようです。人間のように免疫グロブリンを作れない細菌は、特殊な組織(CRISPR系という、人間でいうならば抗体産生する免疫機構に相当)で、初回に侵入してきたウイルスのDNA(ウイルスはDNAかRNAしか持たない)の一部を切り取って自分のゲノムに取り込み(人間の免疫に相当)これに相対するsnRNA(small nuclear RNA、人間では抗体に相当)を産生して次回のウイルスの侵入に備えます。snRNAはCRISP(cr)RNAと形を変え、Casタンパク質という物質と複合体を作り、侵入してきたウイルスを発見して迎撃機のように破壊するというものです。細菌には県境を越える移動や5人以上の食事会を自粛するという決まりがあるかどうかは知りませんが、強敵ウイルスの侵入に対してかくも逞しく健気に戦っているのです。さすがは何十億年も前に出現した人間を含めた生命体の祖先の「知恵」でしょうか。もう1つ話をすれば原核細胞(細胞の中に核を持たない)の細菌は大気中の酸素が過剰であった太古において、酸素を消費してエネルギー源であるATPを産生・提供していたのですが、我々人間の体を構成する細胞の祖先である原始真核細胞(細胞内に核を持つ)は細菌のこの機能に目を付けて細菌を自分の細胞内に取り込み、ミトコンドリアとしてエネルギー産生に利用するに至ったのです。このような「細胞内共生」が進化の原動力であるというものはリン・マーギュルス(米国1938-2011年)による学説ですが、我々現代の人間もいろんな病原体等とも共生していきたいものです。(2020.10)

ロボット支援下手術

 鳥取大学病院で行われているロボット支援下手術について紹介します。 ロボット支援といえば、荷物の運搬などを人間の代わりにロボットが行なってくれるものと思われるかもしれませんが、そのようなことになれば我々外科医の生命線が絶たれることになります。ロボット支援下手術の原理は内視鏡手術と同様に、お腹や胸の中を内視鏡で覗きながら、術者が遠隔捜査して手術を進めるというものです。上図は離れた場所で術者が内視鏡で映し出された画像を見ながら手許にあるハンドル操作をするサージョンコンソールを示します。中図は患者さんの側の操作部位で、内視鏡のカメラと実際に使用する電気メスや把持鉗子(組織などをつかむもの)などを挿入するペーシャントカートです。下図のような手術画面を見ながら手術を行います。画像は3次元画面で見え立体的な手技が可能となります。鉗子の先は多関節機能となっており、直線方向の操作しかできなかった従来の内視鏡手術とは異なり、360度どの方向でも操作が可能で拡大視されるため、複雑な剥離(血管などの組織を周りからはがすこと)や吻合(腸などを縫い合わすこと)などで繊細な操作が可能となります。また人間の手の動きがロボットアームに伝わるのですが、手振れがなく安定して手術できます。さらに術者は清潔操作が不要で腰かけて出来るので疲労も少なくて済みます。図2は2つのコンソールシステムで指導者が隣で同じ画面で操作するなど教育体制にも優れております。鳥取大学では2010年に低侵襲外科センターが設立され、2020年8月までに計1330件のロボット支援下手術が行われており、全国でも有数の施設として指導的立場にあります。泌尿器科が最も多くその6割強を占め、呼吸器外科、消化器外科、婦人科、耳鼻科(通常の手術視野では届かないような咽頭などでも比較的容易に出来るようです)、心臓血管外科がこれに続きます。小児外科では体格が小さくあまり普及していませんが、現在臨床応用に向け準備中です。ロボット支援下手術の欠点としては触覚がない、コストが高いなどの問題がありますが、国産の機種が8月に製造販売承認を得ており、価格も1/3くらいに抑えられ今後の普及が期待されます。(2020.10)

サージョンコンソール 
ペーシャントカート

実際に行っている手術の画面

コロナウイルス検査

 2020年の現在コロナウイルス感染が拡大していると政府関係者やマスコミから報道されていますが、医学的な専門の見地から言えば、まず鼻咽頭ぬぐい液による抗原検査やPCR検査での陽性というのはそこにウイルスがその時いること(付着)を示すもので、粘膜内に侵入して感染が成立すること(疾病発症)とは明確に区別する必要があります。つまり陽性者には結構な数の健康保因者が含まれ、また検査数が増加すると当然陽性者の絶対数は増えるのは当然で、今報道されているデータは感染が拡大していることを直接示すものではありません。太古の昔から微生物と人間の共生(大腸におけるビフィズス菌などの善玉菌等)が徐々に確立されて来ましたが、近代先進国においては衛生状態が良くなっており病原体との接触が少なく抗体を作り出せなくなり「きれい好き」がかえって免疫力を下げています。現在日本での重症者が他の先進国に比し少ないのは「経済力を犠牲にしても自粛を順守する」に加え、以前にほぼ全国民が受けていた結核菌を予防するBCG接種(他の国々では施行されていない)が効力を発しているという意見があります。某地域で行った抗体検査では住民の約1%で陽性であったと報告され、これを日本国民1.27億人に適用すると127万人の人が既にコロナウイルスに何らかの形で接触して免疫が出来たことを示しており、現在PCRや抗原検査陽性約3万人の40倍で、かつての麻疹や水痘のように自然免疫が徐々に出来つつあると考えられます。過去に流行した感染症を見ると、ペスト(黒死病)は14世紀のパンデミックでは世界の人口4.5億人の22%である1億人が死んだとされ、1894年に日本人の北里柴三郎などが原因菌を突き止め、ペスト菌を保有するノミや宿主のネズミの駆除と抗生剤等が大きな効果を上げました。また天然痘はウイルスが原因で致死率は20-50%と極めて高く、平安・室町時代頃から痘瘡と恐れられて来ましたが、1796年にジェンナーがワクチンを開発し種痘の実施によりほぼ根絶されています。しかし、いずれも流行から終焉まで数百年かかっており一刻も早いコロナウイルスワクチンの開発が待たれるところですが、当面は習慣喫煙者や糖尿病罹患、高齢者等ハイリスクの方は特に予防を心掛けていただきたいです。コロナウイルスは気道分泌物に含まれて飛沫感染しますが、一般にウイルスというのは単独では生きていくことが出来ず、必ず細胞内に入って増殖します。従って感染者や健康保因者から飛沫したウイルスが死滅するまで、手洗いやマスクにより鼻咽頭への侵入を防ぐとともに、鼻咽頭粘膜に付着したウイルスを頻回の口腔や鼻腔のうがいにて洗浄することが重要です。鼻うがいは痛いからと抵抗がありますが、某メーカーの「ハナ〇ア」というのは専用の容器で苦痛も少なく優れものです。(2020.9)

鳥取大学医学部附属病院

 2020年1月より現在働いているところの鳥取大学医学部附属病院は鳥取県の米子市にあり、県庁所在地の鳥取市とは遠く離れています。この年は暖冬と言われていますが、それでも赴任してから結構な雪が2回積もりました。2月の最初ごろ一晩で50㎝積もっていた時、慣れない私はびっくりしました。送別会で医療センターの有志から頂いた「長靴」が役立ちました。有難うございます。

 鳥取県は島根県と隣合わせですが、どちらも影が薄いため今年の1月ローカル番組の日本海テレビ「カミングアウトバラエティー!!秘密のケンミンSHOW」で、徹底比較する山陰総選挙が開催されていました。「スタバができたのはどっち?」や「大山ラーメン」など、カミングアウト不毛の2大巨頭がたっぷりいじられておりました。考えてみると大学まで毎日朝夕徒歩通勤しており繁華街の中を通って行くのですが、2m以内に人とすれ違うことがほとんどありません。今話題になっているコロナウイルスについては良い環境であり「しえんしえいはえー時に米子にきなったね」とほめられています。鳥取、島根両県とも長い間コロナ感染者が出現しなかったところ、島根県が先にクラスター感染を発生し、そのあおりをうけて鳥取県でも感染者が出ましたが、現在では感染者ゼロという王者的な田舎「岩手県」に次いで堂々2位の地位を誇り「ざまあみろ」と島根県を蔑んでいるようです。

 米子市は人口当たり医者の数が日本一という病院だらけの町で、福山医療センターと同じ国立病院機構の米子医療センターがあり他に労災病院など、人口15万人の米子市には多すぎると思いますが、このような鳥取県米子市にあって、鳥取大学は患者さんには優しい先進的な医療を行っており、その幾つかを順に紹介します。

 今回は、患者呼び出しアプリ「とりりんりん」についてお話します。大学病院という性格上他病院から「大学病院で詳しく診てもらいましょうね」という、責任の重い紹介患者さんが多く、1人あたりにかける診察、検査、治療時間が長く、どうしても外来待ち時間が伸びてしまいます。患者さんだけでなく医療スタッフにとってもかなりのストレスになりますので、患者呼び出しアプリはこれを解消するために昨年9月から病院全科で取り入れられ、赴任の後私が最も感心させられたアイデアです。具体的に言えば「とりりんりん」というアプリは鳥取大学病院が独自に開発したもので、スマートフォンにダウンロードしておくと、事前に予約している再来患者さんは、駐車場など離れた場所からでも受付を済ますことができ、診察時間が近づくと呼び出しメッセージが届くというものです。病院の半径500m以内は使用可能なので、院内のレストランやコンビニにいてもメッセージが来てから動けば良いわけです。トイレに行っている間に呼ばれたらどうしようと、外来で呼ばれるのや番号表示が出るのをずっと待っているのより遥かに快適と思われます。ただ、残念なことはこの「とりりんりん」それほど利用されていないようで、辛抱強い山陰の方々におかれましては、ほとんどの患者さんはトイレも我慢して、いまだに外来待合で耳をそばだて目を皿のようにして順番が来るのをじっと待っておられるようです。