患者呼び出しアプリ「とりりんりん」

今働いているところの鳥取大学医学部附属病院は鳥取県の米子市にあり、県庁所在地の鳥取市とは遠く離れています。今年は暖冬と言われていますが、それでも赴任してから結構な雪が2回積もりました。写真は2月の最初ごろ一晩で50㎝積もっていた時の市役所辺りの風景ですが、慣れない私はびっくりしました。送別会で医療センターの有志から頂いた「長靴」が役立ちました。有難うございます。

鳥取県は島根県と隣合わせですが、どちらも影が薄いため今年の1月ローカル番組の日本海テレビ「カミングアウトバラエティー!!秘密のケンミンSHOW」で、徹底比較する山陰総選挙が開催されていました。「スタバができたのはどっち?」や「大山ラーメン」など、カミングアウト不毛の2大巨頭がたっぷりいじられておりました。考えてみると大学まで毎日朝夕徒歩通勤しており繁華街の中を通って行くのですが、2m以内に人とすれ違うことがほとんどありません。今話題になっているコロナウイルスについては良い環境であり「しえんしえいはえー時に米子にきんさったね」とほめられています。鳥取、島根両県とも長い間コロナ感染者が出現しなかったところ、島根県が先にクラスター感染を発生し、そのあおりをうけて鳥取県でも感染者が出ましたが、現在では感染者ゼロという王者的な田舎「岩手県」に次いで堂々2位の地位を誇り「ざまあみろ」と島根県を蔑んでいるようです。

 米子市は人口当たり医者の数が日本一という病院だらけの町で、福山医療センターと同じ国立病院機構の米子医療センターがあり他に労災病院など、人口15万人の米子市には多すぎると思いますが、このような鳥取県米子市にあって、鳥取大学は患者さんには優しい先進的な医療を行っており、その幾つかを順に紹介します。

今回は、患者呼び出しアプリ「とりりんりん」についてお話します(図2)。大学病院という性格上他病院から「大学病院で詳しく診てもらいましょうね」という、責任の重い紹介患者さんが多く、1人あたりにかける診察、検査、治療時間が長く、どうしても外来待ち時間が伸びてしまいます。患者さんだけでなく医療スタッフにとってもかなりのストレスになりますので、患者呼び出しアプリはこれを解消するために昨年9月から病院全科で取り入れられ、赴任の後私が最も感心させられたアイデアです。具体的に言えば「とりりんりん」というアプリは鳥取大学病院が独自に開発したもので、スマートフォンにダウンロードしておくと、事前に予約している再来患者さんは、駐車場など離れた場所からでも受付を済ますことができ、診察時間が近づくと呼び出しメッセージが届くというものです。病院の半径500m以内は使用可能なので、院内のレストランやコンビニにいてもメッセージが来てから動けば良いわけです。トイレに行っている間に呼ばれたらどうしようと、外来で呼ばれるのや番号表示が出るのをずっと待っているのより遥かに快適と思われます。ただ、残念なことはこの「とりりんりん」それほど利用されていないようで、辛抱強い山陰の方々におかれましては、ほとんどの患者さんはトイレも我慢して、いまだに外来待合で耳をそばだて目を皿のようにして順番が来るのをじっと待っておられるようです。(2020.6)

最近印象の強かった演奏

辻井伸行というピアニストをご存知でしょうか。生まれつきの全視覚障害を持った彼は、おもちゃのピアノを与えられた幼児期から、聴覚だけで音楽を理解かつ演奏し、昨年若干20才の若さで世界的なクライバーンコンクールで優勝をしたのです。スコアを眼で読めないだけでなく、指揮者や他の演奏家とのアンサンブルも聴覚のみで完璧に行ったことは驚異としか言いようがありません。

これに関し思うことがあります。200年に小腸不全の患児に小腸移植を行いましたが、患児は生後より16年間経口摂取がほとんどできなかったため味覚が十分発達していなく、甘い、辛い、酸っぱい などの感覚を獲得するまで約半年かかり、グラフトは十分機能していたのに拘わらず、経口摂取を進めるのに難渋しました。小児期におけるこのような機能の一部が欠損した場合に、その獲得・補充にはかなりの時間と労力を要しますが、反面これまでにそれを補うためにつちかった他の機能は甚大なる力を発揮することとなり、これを伸ばすためには親や医療従事者を含め周囲の人の援助が重要な役割を果たすと思われます。

少子高齢化における小児医療

   ハイリスク妊娠が増加している現状において周産期母子医療センターの担う使命

                         副院長 長谷川利路

 

働く女性の増加、核家族化、女性の無理なダイエット等、女性を取り巻く最近の社会構造の変化によって、高齢妊娠・高齢出産が増加傾向にあります。それに伴い、ハイリスク妊娠(早産等の合併症)も増えています。ご存知のように、日本の出生率(数)は、現在、減少傾向にありますが、前記の理由から、低出生体重児は逆に増加しているのです。結果として、外科手術を受ける患児は増加しています。核家族化と出産後も仕事を継続する女性が多いことから、少ない子どもを、健全かつ安全に育てていくという意識傾向の変化が見られます(グラフ、FMC11月号使用と同じもの)。

 

低出生体重児には臓器の未熟性による様々なリスク因子があります。胎児期からの循環動態が残っている動脈管開存症は心不全を来し、発達障害につながる水頭症、失明リスクがある網膜症は主要なリスクです。これらに加え、肺組織の未熟性による呼吸不全も低出生体重児には認められ、呼吸不全による低酸素血症に対する、酸素投与自体の医療行為も、網膜症を増悪する要因となります。

 

低出生体重児に多く、小児外科医が関わる病気として、壊死性腸炎があります。これは胎児・新生児仮死による低酸素血症や循環不全が大きく関わっており、上記の疾患も含め、ハイリスク妊娠・出産にはMFICU(母体胎児集中治療部)を有する、総合周産期母子医療センター等での適切な周産期管理が必要です。もし消化管の穿孔や壊死が疑われれば腸を切除する手術が必要となり、時に多くの腸が失われることになります。

 

また新生児外科疾患の多くは、胎児超音波検査などで出生前に診断可能です。これによりハイリスク症例は母体搬送され、分娩時期や方法、出生した新生児の蘇生、手術が必要かどうかや時期、方法などをあらかじめ計画できるメリットがあります。重症の新生児外科疾患としては、胎児期からの肺圧迫による呼吸障害を来す先天性横隔膜ヘルニアや嚢胞性肺疾患があります。重症が予測されれば胎児が発育した週数で予定分娩や帝王切開で娩出した後、数分以内に気管内挿管、呼吸循環管理を行った後、安定した時期に根治手術を行います。これは産科、新生児科、麻酔科、小児外科、等で手順を確認し協力体制を組むことが最も重要です。

 

先天的に腹壁が閉じないで腸が体外に飛び出ている腹壁破裂という病気があります。他の合併奇形が少なく、本来予後の良い疾患なのですが、時に胎児期に腸が飛び出た状態で、腹壁が閉じてしまい、腸が短くなることがあります。これは胎児期に頻回にモニターして、閉鎖傾向がみられれば分娩時期を早めると防ぐことが出来ます。この状況や上記の壊死性腸炎では短腸症候群となり、経口摂取が進まないため、長期に静脈からの栄養補給が必要となります。新生児、特に低出生体重児では、高カロリーなどで肝障害を来しやすく静脈栄養から離脱できない場合には小腸移植が適応となり、時に肝移植を同時に行うこともあります。

 

最後に、日本と諸外国における周産期医療の現状を比較してみたいと思います。周産期死亡の指標のうち、乳児死亡率を挙げてみると、新生児、乳児の健康指標であるとともに、地域社会の健康水準を示す重要な指標とされています。2007-8年における乳児死亡率は1000出生あたりアメリカ6.9、イギリス4.8、オランダ4.1、ドイツ3.9、フランス3.6、イタリア3.5と欧米諸国に比べ、日本は2.4と世界トップクラスを誇っており、スエーデン2.5、シンガポール2.6がこれに続きます。さらに上述した小腸移植の適応となる短腸症候群の原疾患は欧米では腹壁破裂が上位を占めますが、日本では腹壁破裂で小腸移植に至った症例は皆無です。また静脈栄養関連肝疾患の発症率も極めて低く、これらは日本における周産期医療の質の高さを示すものと言えます。

今後とも増え続けると予想されるハイリスク妊娠に対し、総合周産期母子医療センターなどに集約した診療体制が望まれると思われます。