晩年には徐々に病気・死に対する不安や苦しみ、これまでの人生を振り返って、必ずしも明るくないものが多くなり、悲痛な叫びと思われる歌もあります。
遺歌集
晩年には徐々に病気・死に対する不安や苦しみ、これまでの人生を振り返って、必ずしも明るくないものが多くなり、悲痛な叫びと思われる歌もあります。
遺歌集
8
轟きて雷が挙げゐる鬨(とき)の声千の剣を杉の秀構ふ
細き雨に額濡れつつ歩みゆく冷えて生れ来る心あるべく
討死せんもののふの心曇りなし木の根机に暫しまどろむ
空覆ふ杉の巨木の並び立ち社は霊の棲ふ小暗き
鳥海のめぐり幾年商ひて我のつづれるいただき高し
甘すぎる菓子出されゐるお茶の承け峡の宿屋に我は泊まりぬ
ひと度を押して瓶より湯が出しもすがしく宿に茶を呑みており
寄せる波返せる波のひたひたと打つ音たちて岸の夕暮
結ぶ実を木よりもぎたる手の罪の報酬幾ばく金をかどふる
9
とこしえに保つ形のまざまざと造花のそげく埃積みたり
自慢する隣室の声の聞えつつ畳目すぐきしずけさにおり
くくみ啼く帰りし鳩の声聞え見えゐし山は闇に沈みぬ
返品とふ事実の前に致し方なし釈明なさん刃先折りつつ
肩を並ぶ美女は呼びたるモデルにて友はアルバム其処より開く
天人といふを描けり地の上に生くるは余りに苦しくありし
摂食と排便といふこの原始了えて宿屋の玄関出ずる
出張の予算一応書き上げぬこれより少なくなさん思ひに
ロックする扉に押れて閉したる障子の宿に敏く坐しおり
青き帽子被りし女乗り来り工場の壁長くつづけり
ビニールに箒とちりとり包みゐる老女は駅を一つに降りぬ
うつうつと曇れる下に灰色の屋根と壁とが連なり建ちぬ
血を出してちんばひきひき来し犬の瞳は神の前に立つかな
灰色にこめて動かぬ雲の下影なきことも一人なりゐて
土に降り消えゆきし雪積る雪先後の違ひ我は見ており
笑ふとは盗ることなりし両の手にりんご持ち来て高く笑へり
刻まれし文字を風化に読み難く無縁仏は寄せて積まるる
捨てられぬのみに寄せいて積まれいて無縁仏は見る人のなし
角棒をかざせし学生運動とは何にありしか語るひとなし
黄にやけて学生運動を載せてゐる新聞ありぬ忘れいたりし
戦争の力の余燼と学生運動のありしを我は位置づけておく
安保闘争の誰も何時しか姿消し新聞時に赤軍を報ず
エンヂンの音の止みたる夜更けて枕の下に水流れおり
草枯れて小石の白き河原を流るる水も細くなりたり
降り初めし雨に濡れたる舗装路は曇れる空を白く映しぬ
おもおもと雪のこめたる並木道秋となる葉はなべて垂れたり
雨露を溜めたる花のくれなひの園一せいに光りをなす
細き雨降りゐる朝庭さきに濡れて明るき若葉のありぬ
散る前をくれなひ染めるうるしあり老斑浮く手に瞳を移す
このところ両雄干かを交えしと焼き捨てられし民家は書かず
この坂路信玄越ゆと兵糧を担ぎし奴もありたりしかな
コスモスの折れて他に咲く花も見えたけゆく秋の光り澄みたり
茶をすすりこはばる顔をやはらげて話し合ふべき言葉を出しぬ
ふふみたる光りのままに白き雲崩れず浅間の峯を越えたり
秋たける信濃の街に雨の冷え襟を合せて宿を問ひおり
とびとびの庭石濡らす細き雨先ずは炬燵のスイッチを聞きぬ
自慢話なし合ひおりし隣室の人等は闇に出でて行きたり
今の意味問ひゐる声す月明に黒くしずもる森の中より
馬車馬は視野を囲ひて走るとど我が一筋のおのずからにて
時折りに我を見てゐる目と思ふ新聞拡げたるままに坐す
車中にて書きとめざりし短歌あり思ひ出せぬは光芒をもつ
飢えに開く黒人の子の目の写り窓おもむろに闇が閉しぬ
あはれあはれ足と胃腑との弱まりて口すこやかに生きゐるあはれ
葉のなべて上に向きゐる凛々と宿の一人に菊活けありぬ
ふくらみし白き尾花の野に満ちぬ一つ一つが抱く陽のあり
目がさめて障子に差せる明るさに一夜積みたる雪のありたり
扉同じき上に室番貼られゐるホテルといふはまだなじまず
家郷より離るる街も人居れば老ひたる首を直ぐく伸ばしぬ
花の名を室名として異なれる様にかまへし宿の親しく
便所にて作りし歌は手を洗ふひまに忘れて旅をつづくる
目が覚めて宿のカーテン先ず開く今日は傘なく歩めるらしき
宿を出て光り隈なき今日の晴れ地の果てなる空を見やりつ
この吊橋を渡り商ふ二十年揺れに応ふる足弱まりぬ
黒き衣に背を伸したる人並び類型の死のここにもありぬ
我と行く白き雲ある原の道幼き時に暫しかへりつ
高原の冷えたる風に草薄く隈なき黄葉のそよぎゆきたり
高原の草の黄葉の隈なくて澄める光りの透かしていたり
げに病めるもののうすさや高原の草の黄葉は隈なく透きて
飛び交す蜻蛉の群は移りゆく山のみどりに翅のひかりつ
移りゆく蜻蛉の群を見送りて晴れたる空に瞳の深し
サルビヤの花は袋の形なす無人の駅に赤く散りたり
高原の空の青きを見る瞳真上に向けぬ首痛き迄
力もつものの迫らぬゆるゆると機械のショベル土に近ずく
計算をされし速度と思ふ時ゆるゆる機械のショベルは止る
走りゐる列車に尾花ゆれており陽光返すをたのしむ如く
巨きなる石の川原となりて来ぬ汽車は登板の音高くして
菜の垂れてとうもろこしの葉の枯るる高原すでに霜ありしかな
大きなる輝く駅として建ちぬ高原に若き等出入りの多し
高原の輝く屋根を見上げては載り断つ空の青さがありぬ
新しく建ちたる屋根と分ちゐて空の青さの限りもあらず
高原を拓きし苦節を我が知れば今一面のレタスの青し
肩に触るる空の青さと思ほふに鳥飛びゆきし深さは知らず
トンネルを抜けて沫の岩に立つ川の流れとなりておりたり
栗落雁折りたる固き手の応へ宿屋の室に亦折りており
車掌が降り切符受け取り乗りゆきぬこの駅前に店一つあり
大根の霜に凍てたる葉の青く冬を生きゐる光りを返す
かげり来て亦陽が当る車窓にて列車は山を縫ひつつ登る
抱かれてバングラデシュの児の写る大きなる目は飯を食はざり
あばら家に人住みおりし高原の瓦を葺ける屋根が並べり
植木鉢の底の穴より根の出ずを引き抜き元の棚に並べぬ
靖国の参拝否む記事のあり我は戦に死なざりしかな
順を待つ出張員の靴二足脱ぎあり鞄を置きて出でゆく
びっしりと詰めしカタログを出しており次の列車に乗るを諦む
積まれたるりんごのにほひ漂ふをあましと嗅ぎて店頭すぎぬ
茸採る人出でて来ぬ幹白き白樺の木も混る林を
後五分汽車が来りて乗り入るを疑はざるを人と言ひけり
散る前を真紅に染めしつたの葉は秋の光りを浴びて輝く
此処にのみ棲む蝶ありと掲げゐて幹に苔むす木立の暗し
承け継ぎし父祖のなりはひ七十の吾は信濃の雪を踏みゆく
よるよるを宿屋の窓の闇に向く永なる使者の言葉受くべく
灯を点けて窓に満ちたる闇のありとうき祖先の声を棲まはす
ひしめける誰もがもて死のありと瓶は造花の菊を挿すかな
にょきにょきと雨に出でゐる茸あり落葉の下の暗き土より
土の中暗きに種子を埋めゆく大きなる花やがて見るべく
暗黒に一夜埋もれいたるかな窓さえざえと明け初め来る
一日の葬りとなして床につく明けて羽搏つ不死鳥の為
満員と断られたる宿二軒残る一軒尋ぬと歩む
ボード板にびっしり鍵のかけられて人は互いに拒みて生くる
千の鍵並べ売られて距て合ふ生き態人は互にもちぬ
あきらかに草の紅葉をなしゆくを光り亘るはしばし歩まん
枯草をあたためている光りあり木の切株に腰を下しぬ
親と子と夫と妻とも距ていて鍵は冷えたる光りに並ぶ
盛り上り苔のむしたる根の太く宮居は一樹の蔭にありたり
年に一度祭の時に旗立つと宮居は落葉踏む人を見ず
木のそびゆ天辺に鳥止まりおり高き処は遠くが見ゆる
足低き歩みは躓き易くして老ひし背中を伸ばしつつ行く
買物の衣料見せ合ふ老婆達うんと良いんだの声を交ふる
飢えたるはけもののまなことなりおりし鎌を武器とす百姓一揆は
草を刈る鎌が兵器となりたりし雨の夜を行く百姓一揆は
あて途なき争ひに行く一揆の群握りしめたる鎌の悲しさ
走りゆく車にゆれて萩の原赤く小さきはなびらこぼす
寒風を避けいる前を氷菓食み高校生の声々高し
煽りたつ埃にトラック過ぎてゆき顔をそむけば我の小さし
取引をもつを得ざりし店なれど客の多きはそこはかたのし
旧道は黒ずむ家の並びおり幟の競ふバイパス過ぎて
夕暮るる池の畔に歩み寄り残る光を吾は集めぬ
わが顔を覚へておりし主人にて葡萄酒を卓に黙って置きぬ
吾一人なればと思う密々と世間といふは組まれてありぬ
輝きて灯り点もりし夜の街輝くものは利につながりて
離るれば水の流るるトイレあり手といふものが要らなくなるか
花の字は草が化けると書きたれば女妖しく歩み来りぬ
面着るが真の我と言ひきりぬ能の舞台を勤め来りて
一面のりんご畑は葉の落ちて寄すしき枝は年の経りたり
電線の黒く果てなく続けるを見ており夕べ疲れたる目に
アスハルト灼けたる道を歩み来て商人吾はほほえみも売る
乗り込みし列車の窓は昏れ初めぬ暫く瞼閉しておらん
出でゆくは即ち粧ほふ鏡の中ひたすら見入る女のまなこは
赤きところいよいよ赤く青きところいよいよ青く塗りて笑へり
口紅を鏡に引けば雄食みし虫の原始の詩ひびかひぬ
魂を鏡に置けば化粧なる女のありど かなるかな
みずからの顔の範囲をいつ迄も出でぬ眼に鏡に向ふ
その昔水に写して顔を見し山の乙女は化粧なせしや
丹念に化粧をしたる女にていそいそとして外に出でゆく
僧堂に女を拒む男ゐていと高きものをひた求めしと
女よ汝と何の関りあらん血をしたたらせキリスト逝けり
髪の毛が蛇となり来て争ひし女の話はとうく過ぎしや
今少しと片手に拝む演技してしばらくたちて金を受取る
寝返りをなす事も出来ず二十年病むあはれさも人なるが故
濁りたる水に泥鰌の浮き沈み峡の食堂他に客なし
さは蟹はうすくれなひの足をもち砂敷く瓶の隅に小さし
音楽の鳴る喫茶店逡巡の我の傍を少女入りゆく
歯の痛み昼はうどんと決めいしが美女多くして洋食たのむ
葉の散りて細き梢の並び立ち光りをふふむ雲移りゆく
隣室は宴の声の入り乱れお茶のみどりを吾は みゆく
やすやすと歓声あげて戦ひぬ今やすやすと戦を否む
寝返りに過ぎたる宿の夜の明けて血筋浮く目を鏡に写す
宿賃をはかりつつ行く夜の街灯りつつましき一軒ありぬ
降り来る雁の声あり青空を吾も渡れる旅人として
みずからの体温蓄めて旅の宿一人の眠りに就きゆかんとす
乗り入れし列車空きゐて鞄抱く手の老斑に瞳を置きぬ
二人ゐて見るものなべて明るくて真黒に近きチューリップ咲く
吾が歩み常より今朝の軽くして知らざる犬が横に並びぬ
わが魂すこやかなれば東京の犇めく人の群にたじろぐ
アラブに思ふ
宗教の形式化程大きなる歴史の流れを淀ますものなし
日蓮は真言亡国律国賊念佛無間間禅天応と言へり
焼かれたる比叡園城東大寺射の流れの仮借のあらず
回教の中より世界の新たなる展望開くものを探せず
大初よりの宇宙の大きなる流れ常に新たな方途拓けり
大きなる世界は生死を孕みつつ全てを越へて流れ来りぬ
過去を砕き歴史は新たなものを生むさへぎるものに仮借の非ず
結局は憤死より外にあらざるか生れし宗教滅ぶ外なし
識字率出版物の最低に気位のみを高くもちたり
神の名の下に民等の欲求押へ込み学ばん場所を作ろうとせず
13
奈良京都に栄へし佛法観光の用となりて息を継ぎゆく
アメリカを憎みゐる声ああされど世界の軸心何処の代はる
忽然と莟現れ花開く幼児が言葉をもてるに似たり
ぎっくり腰
病まざりし吾に痛みを知るべしとぎっくり腰を与へ給ひぬ
寝返りを打つことすらも怖れにて仰向き真夜を目覚めてをりぬ
咳の出る喉の予感に怯へつつ痛みに耐へん手足を構ふ
底のなき痛みに怖れ向ふとき神よ汝に作られてあり
かすかなる動きに激痛はしりゆき知るべからざる身体をもつ
電撃の如き痛みに耐へて坐し壁を伝ひてトイレに通ふ
帰り来し外科医の息子がしっぷ薬痛み止めなど出してくれたり
身の中にどうすることも出来得ざる痛みのありて神にかかはる
ペタル踏む脚に突っ立ち急坂を若きら連なり登りゆきたり
澄みとほる支流の水もしばしにて大きな川の濁りに呑まる
壜の水区切りて透ける確かさに朝の卓にしずまりてをり
峯いくつ月に浮びてわが生きる大地は夜をしずもりてをり
癒ゆるのは日にち薬と人言へりのろのろとしてズボンをはきぬ
読まざりし本の並べる棚見をり後ひと月で八十となる
夕映へに水蹴り翔ちし二羽の鳩渡る茜にかくれゆきたり
柿の実の一つ残され日に映えて伝へ来りし言葉を守る
茂りゐし草の倒れて競ひたる茎の細きを露はに見せぬ
時間とは癒ゆる体が取戻す活力にして朝を起きたり
中(身体)
夏暑く冬の寒きは年中の平均に成る体なる故
年中の平均としての身を順(な)らし寒暑に応ふを修むるとなす
佛教は中観と言ひ論語では中庸と言へり至養としぬ
年中の平均温度に行動の快適をも身体にして
夏暑く冬の寒きは身体の中への観を収め越ゆべし
中を修めて累移る時々の微妙を体の知るべし
短歌も亦中を観ずる身体の営み修める一つとおもふ
日本の永く生き来し智慧にして宇宙と身体表はす歌に
出でゆきし友 三首
死にしとも今日伝はりぬふるさとを出てゆきたる君老ひてゐん
年老ひて知らぬ所に出でゆきし君よ其の後音信あらず
知人なき所に住むに年老ひし君なり死にし噂聞きつつ
吉野山
蔵王堂仰ぎて高しこの屋根より義光腹切り臓腑投げたり
腹を切り臓腑を敵に投げつけし気力もちたるいにしへなりき
法螺貝の音轟かせ山伏のこの山坂にひしめきたりし
腕程の太さの葛根飾られて山の深さに思ひの至る
音に聞く大和の吊し小屋掛けて老ひし男が一人ひさぎぬ
国の富傾け帝の詣でしと生きるは誰もおろそかならず
菜畑に唯一匹の蝶をりて飛び交ひもたぬことのさびしさ
前肢を揃へ散歩を待ちてゐる犬よしとしと雨降りつづく
生む雲の白き一すじ飛行機は大きな空を貫きて行く
競ひ合ふ異なる緑に芽の萌し山はひと日のふくらみをもつ
釣りし魚池に戻してかへりゆく程に過せしひと日なるべし
ごみ底をめくれば動くぞうり虫住めば無辺の天地なるべし
差し伸べる天の日差しに紫のリボスの角芽解きゆきたり
露に濡れ りゐる苺篭に盛り一つだけだと言ひて下さる
月光の濡れる下に杉の秀の尖るが黒く並びて澄みぬ
じいさんが要るかも知れぬと置きゐると たる物ら積れてありぬ
山坂に萌ゆる芽並びへとへとに疲れる程の若さが欲しき
花散りてふくらむ小さき実を抱き命は常によろこびをもつ
葛藤の涙を舞ひ終へ舞踏家は両手を拡げ笑みて礼しぬ
竹とんぼ過去へ過去へと飛んでゆきわれに小さき掌ありぬ
頭の上を不意に過ぎたる鳶の影不意と言へるは大きくはやし
日の光り射せる形に花開きひまわり太き茎をもちたり
栃の芽を探す眼に歩みをり天ぷら食べし記憶をもてば
苗植える機械の音の野を渡り養ふ水の満ちて流るる
水圧を耐へ来しものの噴き上がり抜かれし水は流れ出でたり
虫を待つ蛙は窓に止まりをり呼吸に喉の動くのみにて
砥に当てし鋼片火花をはしらせてものを切る刃の形なりゆく
かすかなる波紋ひろがり低く飛ぶつばめは水に翻りたり
拾はんとしたる帽子が亦ころび漫画の人となりて追ひゆく
合槌を打ちし言葉が言葉生み酒飲む席を去りゆき難し
蝉の声空渡りゆきひたすらの声もたざりしわれのさびしさ
田の水に写れる雲の流れゆき早苗は確かな青に根付きぬ
夕されば虫の飛びくる窓となり蛙は昼も動くとはせず
呼吸
死としての炭酸ガスを吐き出して草木が作る酸素に生きる
死を作り死を吐き出して生きてゆく宇宙の大きな営みの中
休みなく死を吐き出して我ならぬものに生かさる命を思へ
さん悔とは斯くの如きか炭酸ガス吐き出し酸素に生かされてゆく
休みなく罪吐き出して他者の出す言葉に新たな我にてあらん
休みなく呼吸もつごと他の語る言葉学びて生きてゆくべし
他の語る言葉に我の生くるごと我の言葉に他者も生くべし
我の死を他者に与へて他者に生く大きな宇宙の営みの中
幼子の言葉いつしか整ひぬ莟が花と開くるがごと
眠りたる一夜を覚めて今日のあり光り新たに窓に差し入る
血の流れさらさらになると玉葱と鯵の南蛮漬を下さる
一夜寝し瞳に朝の室明けてひと日を生きん布団をはねたり
緑濃き蔭に動ける葉のありて登り来りし汗収まりぬ
ひたすらに未来に向ひし若き日よ今は死が待ち明日の日のあり
人生の終りに近くなりたれば迷も豊かな内容とする
食べるより腐らすものの多くして老ひし二人に炎暑のつづく
億年の生死の哀歓限りなし蓄めてこの世に我等現はる
日に甘味増しゆく果実徒に過ぎゆく我を責めゐて止まず
真夜中をねずみ走れりわが祖等も斯く恐竜を逃れたりしか
いちじくは日々に甘さを増しゆくを我よ徒に衰ふなかれ
いちじくは一夜に大きく甘さ増す人の熟るるも斯くの如あれ
残りたる力絞りていちじくの一夜の成熟われももつべし
人を待つ間を鉢に金魚居て射に大きな眼に迫る
山路に轢かれし百足その足の多きが故の悲しみを呼ぶ
和田山の古墳より出でし鉄刀に井上昇の声の熟しゆく
和田山の古墳に数多の鉄剣の塊り出でしと誘ひ下る
写されし鉄剣の量大きなる権威なくしてあり得ざるもの
写されし鉄剣の量如何ならむ権威ありしか思ひ廻らす
貧弱な我等の知識で構想をなし得ぬ世界作りたりしか
舟運が文化圏を作り和田山が核となりしか等を思ひつ
この辺りに多々羅ありしか等問ひて井上昇館長と並ぶ
鉄が担ふ文化説き去り説き来り井上昇終るとあらず
もつれては離れる二匹の蝶のあり雌雄は踊の原点として
水なくてこの世に命あらざりき夜中に目覚めコップに注ぐ
これの世の栄華を捨てて唱名に生きし一人の女ありたり
身体の動き自ら整ひて男女は踊りをもちたるらしも
信長が亦書かれをり作家らに寸断されて信長輝く
豊かなる稔りに稲穂垂れ来り樋に渦巻きて水送らるる
争ひておたま杓子の逃げてゆく蛙となるは幾匹にして
涼風の立ち来て一気に癒さんと思ひしか日々のまどろしくあり
丸き顔丸き体を丸くしてパンダは笹の葉抱へて食ぶる
入道雲山を離れて白く浮き風は杜へとなだれゆきたり
ひと度を死したる者が生き返る神の心の即辺問ふべし
顔上げし友は輝く目となりて立ち上りつつ久闊を言ふ
目より入る言葉を己が撰び得る清しさもちぬつんぼと言へり
小さなる蚊が脚立てて血を吸へり健気と思へど即ち殺す
白雲に乗りて宇宙を遊歩なす昭々として辺際なし
酸素吸ひ炭酸ガスを吐き出せる瞬々ありて命営む
死を吐きて生を吸ひゆく瞬々の宇宙の中なる我にあるべし
はける息吸ひゆく息の体みな生かされゐるとは斯くの如きか
休みなく外と内とを交し合ふ呼吸大きな営みとして
宇宙を吐き宇宙を吸ひて止む事のなしと禅僧記しられたり
中国にこ中の世界と言へるあり広々として宇宙を収む
営み
朝の明け夕暮れゆくにちにちを重ねて我の老ひてゆきつ
年永き祖先の経験受け継ぎて今日の営重ねゆきつつ
受け継ぎし祖等の営為に日々の経験重ね老ひを迎へる
にちにちの六十億人の研鑽を加へて移る世界と思ふ
死にてゆく我等にはあれ表はれし営為は次に伝はりてゆく
六十億の人あることを知る我の己れの在処測り難なし
世を包む意識に統へる我の他世界といふは何処にもあらず
世界とは一人一人の意識にて六十余億の対話が保つ
望めるは永遠にしてほう眩に非ず言葉の湧くまま記す
大江山紀行
赤鬼の像がそこここ並べらる征服されし人の姿ぞ
われらにはよこしまなしと叫びしと征服されて鬼とされしは
亡ぼせし鬼と名付けて自らを正しとなせり勝ちたるものは
勝ちたるが裁きもちたる戦の敗者は常に言葉をもたず
粗き石ころがる中のこだされて新たな道はここに着くらし
稜線は夕のもやに浮かびゐて一すじ青き起伏引きたり
新聞を拡げて日本の危機の記事読みゐたりしが飯を食ひたり
あおこなぞ太らせ夏の沼のあり炎暑は水の済むをゆるさず
熟れてきて解かん日のためたんぽぽのじょはひしひし組みて構へぬ
ガラス戸に止まりし虫は灯を映す眼の光り増してゆきをり
灯を写し光り増しくる虫の目の動かぬものを怖れてゐたり
更けてゆく夜の空渡る鳥の声帰らん声のしばしとどまる
走る音廊下にひびき訪ね来し孫は開けると我を呼びたり
悔恨は死者につながり何うしようもなく夕闇の道歩むかな
鳴る風の音の止みたる夜更けて行方を問はん眼冷へゆく
老ひし木の肌に蟻の連なりて朽ちてくずれしところあるらし
力ある限りの燃焼をへし火は風に散りゆく灰となりたり
針金を巻きてたわむる枝いくつ鉢に松の木整へられる
覆ひくる夕闇の中帰りゐる足音のみの吾となりゆく
靴の音のみの歩みを持ちゐしが灯りに出でし我となりたり
外燈の灯りに見出でしわが姿救ひの如き歩みを運ぶ
ごみ箱に鴉が居りて寄る我に生きねばならぬ眼を向ける
戦より帰りし時の紅冷えて夾竹桃は花を満しぬ
蝸牛の小さき角の沈めるを触れたる指の冷へに見てをり
地の中に伸ばしつづける根のあればわれは一人の本を読むべし
はるかなるもの見渡さん梢高く鳶は飛びゐし羽根を休めぬ
汚るる手を透きたる水に洗ひをり即ち透きたる水の汚れぬ
びっしりと一日刻みし予定表われより遠きものと見てをり
望月にかかりてゐたる雲流れ明らかなわれとなりて立ちをり
蒼穹の見ゆる限りを見てゐしがおのれに眼還しゆきたり
一年の蓄めし力に葉の茂り杉は去年より深き蔭なす
並び来しあきつの翅が運びゐる透きたるものに歩みを合はす
累々と祖先連なり累々と子供連なり夜の目を開く
鳴く声の夜空に消えてゆけるときわれも一羽の飛びゐる鳥ぞ
密々と生え茂りゐる草の葉の互が投げる暗き蔭見ゆ
しっ黒の空晴れ来り目とつなぐ億光年の光り差し来ぬ
轟々と空を鳴らして風の吹き屋根ある家にわれは住みをり
八王子の地名残りてつち盛れ土を拝みし祖先のありし
スーダンの奥地にテロの訓練をなしゐる記事もビール飲みつつ
翅拡げ立上りたる鈴虫は全身震はせ鳴き初めたり
十五分後と告げられ誰も皆おのれが腕の時計を眺む
痴呆など体の中に潜めると焦点宙に浮きて坐りつ
這ふ虫を蛙は咥へ飲み込みぬ罪と言へるはおのずからにて
赤き光り反し走らす田のテープ啄む雀を追はねばならぬ
大きなる声に鳴けるが太りゐて子つばめ首を伸ばし合ひゆく
コスモスが休耕田に植えられて日差に色彩競ひ合ひをり
子つばめは開けたる口に声競ひ餌を持つ親の帰りくるらし
あほみどろ水の表を領じゆき夏はいとなむ命のせめぐ
夕風の冷え増し来り夏草の伸びて下葉の艶の失せたり
赤き光り走るテープに雀追ひ稲田は稔る穂の垂れ来る
これからが生れ来りし口銭と言ひゐし友のともらひに行く
雲白くゆるゆる流れ吹く風に我も野径を運ばれてをり
刈られたる茎より浅き黄みどりの芽のほそぼそと伸びて来り
風なきにはらりと落ちてわくら葉は浅き黄に澄む色を地に置く
黄のまさり熟れて来れる稲の穂の風に明るき光り渡りぬ
われ故に不幸となりし人の顔次次うかび夜を覚めたり
習はしを当然とせる父母と否める我が一つ家に居し
石に名を刻みて並ぶ墓原に花を抱へし人連なりぬ
悪人も義人も石にきざまれて人は香葉を飾りゆきをり
石に名をきざまる我とおもふとき墓前の花の赤く咲きたり
遠き灯のまたたき明るくなり来り背後の山は大きく黒し
熟れて来し黄の明るさに稲の穂は朝の原を展きゆきたり
診察を受くる思ひは身体の内部に向ひ瞼を閉ざす
病院の待合室に友来り沈黙のがれん饒舌をもつ
子を抱き空を見上ぐるブロンズの裸婦の台座は希望と記す
茜差す夕の光りにあきつ群れ輝く翅を並べ飛びゆく
目も開かぬひなが声挙げ餌を欲るわれももちゐる命の姿に
引き寄せる布団に肩の温かく遠きおやより承くるいとなみ
分ち来し血潮が結ぶ墓域あり承け来しわれの水を手向くる
並び建つ墓に日の差しいのちある限りを生きしうからを埋む
必ずや行くべき墓とおもふときうからの声の埋まりてをり
凧の昇る糸に加はりくる力少年飛翔の瞳ひからす
枯れし蔓空に泳がせ人を見ぬ畑は冬に入りてゆきたり
掌に摺り上りたる米並べ暫し恍惚の目を色をもつ
われの血にふくれたる蚊を追ひゆきて高き天井をながく見てをり
くれなひの全く澄める曼珠沙華はるかな涯は天地を分つ
夕茜光らせ飛べるとんぼ群れ吾の肩にも一つ止まりぬ
パチンコに負けたることを幾度も言ひては酒を誂へてをり
畦道に草生ひ茂り納屋隅に錆びたる鉈の吊されてをり
這ひ伸びし蔓より白き根を下し草は引かんとするを拒みぬ
透明の水は底ひに目を誘ひ砂のかすかに動きて湧きぬ
へっついの神と言へるがありたりき人の群みて食物ありき
蔓草は根を出す節に切れてゆき残るいのちを土に繋ぎぬ
刈られたる株の切新しく稲田は冬の広さとなりぬ
憎しみがいつしか消へし親しさに八十年の思い出ありぬ
葉の散りて光りの量の多くなり土親しくて林を歩む
襲ひ来し黒雲たちまち空を呑み道をたたける雨音となる
ここの山稲田に拓きし碑が立ちて休耕田は草に埋もる
曼珠沙華枯れたる花の きゐるに老ひし瞳の敏く向ひぬ
若者は力の限り唄ひたるものの笑ひにマイク置きたり
草蔭にいこへる鴨にりょう銃の筒先次第に定まりてゆく
稲妻は夜のガラスにひらめきて夜を われの伏しをり
天竜寺 二首
白き砂足に触たき白さにて水平かな池を囲りぬ
組石に見とれておりし老人は組石難しとぽつりと言ひぬ
安保容認社党の談ず
角材に対せし安保闘争よ今日容認を社党の語る
闘争に流せし血潮の時移り安保容認社党の談ず
流したる血潮を無意味とならしめて時移りゆく安保のことも
流したる血潮は移りゆく時に罪とふ言葉を多く貼られる
安保闘争忘れていしは容認に移りていしか社党の談ず
動きゆく世界は世界の論理持ち流せし徒労の血潮うるはし
角材に安保闘争なしたりし人等を容認談聞きゐん
安保闘争なしたる人等容認の談話に如何なる自己評価をもつ
争ひて吠え合ふ犬の声聞えつながる犬は立ち上りたり
降り来よと語りてやりし月面の兎に幼こえをかけたり
もの乞ひの幸やんは如何なる死に方をなせしか不意に思ひの来る
如何ならん死に態もつか年々に問ひの大きく育ちて来る
乾きたるタオルに汗を拭ひおへ緑新たに風走りゆく
本能寺に向かへと光秀采を振る決断は常に偶然に似て
軒庇闇をなしゐるひとところ落つる雫はそこに光れり
のみの先のミケルアンぜロの目に沁みて滴り落つる真夏の汗は
雨の止み出で来し原に水ひびき犬は歩める足を速めぬ
溝に水溢れて流れ早苗運ぶエンヂンの音空にひびかふ
口惜しく過去ありたれば頬杖をつきたるままによる更けゐたり
家解体さる
はぎ落すタイルの下に柱あり祖等炊ぎし煤の沁みたり
トラックに放らる瓦の砕けおり幾代過ぎし苔のむしいて
三世代住み来て我の継げる家沁みたる煤は黒く艶もつ
おやびとの炊ぎし煤の沁む柱ユンボーはたちまち引き倒したり
土煙にかすみて倒さる柱あり裂けゐる音の聞え来りる
株で得し金は株にて失ひぬ天向ひて笑ひゆきたり
翅の音曳きゐる蜂と蜂を待つ花咲きうらうら光りの亘る
雨の止み光り射し来て花めぐる蜂の翅音の早も飛び交ふ
谷底の小さく咲ける花いくつここに飛び来し蜜蜂のあり
実をつけし重さに穂先垂れ下り春生ふ草の茎伸び切りぬ
春は黄と片山さんのうたひたる草も大方実を結びたり
畦草の中に茎伸び枯るるべくだいおうは葉を紅く染め初む
おのずから伸びゆくものの艶をもちキューイの蔓は柵を抜きたり
畦草に首突っ込みて嗅ぎおりし犬は一枚の葉をしがみたり
朝よりの雨に訪ひ来る人の無くおのずからにて瞳の深し
泡を生み水の落ちゐる音ひびきしずかなる野の歩み向けたり
すりガラスの明り俄に増し来り止みたる雨に瞳放たる
朝よりの雨にしばらく目を閉じぬ人に会はぬも放たれており
新しき花飾らるる大師像きびしく罰をあてる故らし
身の終りを意味せし年貢の収めどき農夫は年々経たる事にて
願へるは己が幸せ幾人か花を供へててのひら合はす
野仏は鼻の欠けいて傾きぬ罰当てざれば人の願はず
腰かけて休める場所も備えあり罰のきびしき大師を祀る
罰あてる大師に花の供えられ我は忘らることを願ひぬ
花の山の人に従きゆき吾の目は枯れたるままのすすきに向ふ
天づたふ月を映せる水おもて至り着かざるおもひに澄みぬ
飲み了へし壜の卓上に置かれいて空しきものの透きとうりたり
目を閉ぢて瞼むくみし重さあり常より内の思ひくらくて
犬の声止みたる夜のしずけさに閉ぢたる本を再び開く
実の撥でて枯れたる草は吹き来る風のままなる傾きもちぬ
饒舌の尚言ひ足りぬ女等は手を振り合ひて別れゆきたり
奪ひ合ふ言葉に悪口言ひおりし女等いきいき帰りゆきたり
山桜散り落ちて晩春の葉群の中の一つとなりぬ
半年を梢にありて散り落ちぬこの精緻なる葉脈なして
散り落ちる一葉がもてる葉脈の精緻を畏る問ひゆきたれば
いたずらを共になしたる言葉にて禿と白髪た笑ひ合ひたり
花が咲きてあるを知りたる山桜このさびしさに向かひ立ちたり
先生と言ひたる声に見廻して我を見おれば返事をなしぬ
山桜花散りおへて葉の紛れ紫の房藤の垂れたり
山桜散りたる山に藤の房花むらさきの静なりけり
花明りして山の桜散り藤の紫は近寄りて見る
畦に咲く黄の花数の減り来り泡立草は年々低し
滴垂る柿の老ひたる幹黒く萌ゆる若葉は雨に透きたり
飛び交す羽根の唸りに花咲きて堤に春のたけて来りぬ
小柴博士ゼロに思ふ
ニュートリノは質量零に近き故如何なるものも透過なすると
絶対無の故に何をも透過すと言ひし禅家の心に似たり
超新星現はる時にニュートリノ質量なきが多く生れると
無心なる幼児の心に還るべし佛家説きしは元の心か
われわれが無心に還るは自意識を捨てる努力に生きる他なし
わが意識四遍八達の自在なるは己れを捨てて現はるるらし
自意識を全て捨て去りわが命永遠なるに透過し得るか
天空に雲のなくして満ち亘る星の光りの照し合ひたり
人間が写せし自己の影として宇宙があるといふに気付きぬ
ある上に買ひし納豆冷蔵庫の一番下の隅にしまひぬ
香に誘ふ熟れに成るらしあけびの実割れし枝より小鳥飛び立ちぬ
鳥を呼ぶ熟れに柿の実赤く照り野の共存の一つに生きる
飛び交す枝に光りを散らしめて雀は明けくる詩を転ずる
鳥を呼ぶ柿の実赤く熟れて照り客饗ぶ人につながりてゆく
重心を腰に保ちて歩まんとすれども前へのめりがちなる
人生を思索の枯草食ふなれば笹食ふパンダにほほえみ湧きぬ
同じもの食べても異なる顔もてば意を人一人の我にてあらん
うねりゐし草は風止み何事もなかりし如く陽を返しをり
山野辺の道紀行
晴天になりたる事も孝行の故と高らに笑ひさざめく
花見など早くも次の行楽を語り合ひつつ車は走る
春の陽に歩む三三五五の群古代の道は細かりしかな
背景の未だ萌さぬ黒き森景行陵固く柵を閉せり
山脈の重なり合へる忍坂に神武迎へし人等のありき
苔をむす樹の根にひきのうずくまり古代の径の跡は続きぬ
はるかなる大宮人の踏みし径昼餉の酒はコップに仰ぐ
信楽の陶の狸に似ると言ふこれより少しスマートでないか
編笠を被れば陶の狸とど少し感心なして聞きおり
川
なめらかに岩に苔生え苔を食む躍れる鮎を追ひて泳ぎし
鯉を取る姿の見えず深き淵変らぬ青にしずもりて居り
女童も槌を捲りていっさんこ追ひしはここらが草に埋もる
杉本才逸氏の思ひ出
湖内さんとの対話の席に連なられ花見に来よと誘ひ下さる
春の陽に沈める低きたたずまひ余生養ふ家のしずかに
一樹より庭園をなす大きなる桜は花の盛り上りたり
筧に丁能鍬置かれゐて誰でも筍掘れと言はれぬ
八重桜が普賢象とふ異名もつことも教はり酒を酌みたり
西中はんが先ず加はりて美加志保の男大方談笑したり
松茸の頃といつしか二回になり人饗ぶことが好きと言はれぬ
剪定の枝が音立て落ち来る改革日本の官僚のごと
水の減る池に鷺等の群りて動く頭は命消へゆく
空の青滴り咲ける露原の野辺の径をかへりゆくかな
小石見へぬ街川となり人間の暮しの澱が底にゆれをり
大股に歩み来りてつぶあんのあんパン買ひて食べにけるかも
月旅行いつしか言はず兎ゐる月のさし絵が多くなりたり
空の青露原の青と照し合ひ野辺の空気の澄みとうりたり
幾日も水減る池に鳥の群れ水が育てし命の多し
カンバスに黄色のたうちゴッホ描くひまわりの花我に向ひぬ
ながき暮しの澱の溜まりたる水の澄み来て底の惨たり
五時半となりて朝の目定まりぬ目が定まりて起き上りたり
あんパンを半分食べて半分を戸棚にしまひ老ひて来りぬ
神を祀り村人一つに結びたる古き行事のほそぼそとして
名簿持ち甘酒頭をふれて来ぬ村人結びし永き行事は
不倫とは文化であると文字浮び男女次々映されてゆく
人妻のときめきも亦ゆるさるべきと判断越へる文字映されて
甘漿の日毎に充ちて柿の実の大きく紅く夕日に照りぬ
柿の実は充ちて大きく日に照りぬ営み来りし晩年として
柿の実は甘く大きく熟れて来ぬ土に還らん晩年として
急速に言葉の充ちて自在なる我の晩年などもあらんか
おごそかに茜の空にわたりたりひと日照しおのずからにて
柿の実は大きく甘く熟れて来ぬ食はれゆくべき営みにして
充実は他者に与へん営みか柿の実甘く大きくなりぬ
食はるべく甘く大きく育ち来し柿が営む宇宙の命
食はれゆき己れ越へたる命もつ柿の実なると熟れたるを?ぐ
我が食ふも鴉が食ふも同じ価値柿の実びっしり熟るるを眺む
大刷山駆けて登りし足なりき両手をつきて漸く立ちぬ
甘酒も神の成したるものなりきお頭をさせてもらふとふれくる
日本海の潮の流れが舟運び文化運びて来しにあらずや
出雲神話浦島伝説丹後王朝裏日本の開化思ひつ
中国や韓国が潮に乗らむには日本海岸先進なりし
山陰に文化が栄へ大和など未開なりしも思ひてみつつ
垂直の断崖いくつ石切りて人等はここに営みながし
ナノの微と宇宙の大を究めゆき世あり様の限りもあらず
その昔女の虚栄と言はれたりファッションは今産業にして
鍛冶工も算盤工もすたれゆき朝シャンなどに若き等生きる
目一箇の神を祀りて鍛冶ありき総会などに神像掛けにき
天の日鉾出石に壕りし漂白の鉄を作りし民にありしと
元伊勢に五こくを生める女性ありて豊受神と祀られたると
松葉散る
悲しみが洗へる母育ち来年は母の死にたる齢を迎ふ
年々に浄まる母の姿にて死にたる歳は来年となる
歩こう会
ぴったりと足に添ひたる古き靴歩こう会の朝晴れ渡る
家並は水の面に明かに映りて春陽原に亘れり
春の陽に我も生れしと思ふ迄芽吹きゐる葉の光りを透かす
自動車のしばらく絶えてたかむらの秀先に映る春陽と歩む
放送の止みたる暫しスピーカーは百の幼の声を伝ふる
村順に並びて列の歩み出ず赤き白きの服に陽の射し
枝朽ちて幹のみとなる松の木の芽吹く若葉の間に立ちぬ
急坂を登りて広き原に出ず幾軒建てる家新たにて
牧草の濃き緑が拡がりて乳牛飼へる小屋をめぐりぬ
うす暗き牧舎に乳牛並びゐてひとつひとつと目を交したり
乳牛の並びて顔を覗かせるうす桃色の鼻と出会へり
登り坂となりて先頭の帽子見ゆ蜿蜒として歩みゆくかな
水気失せ赤くなりゆく松幾つ枯れゆくものに瞳は至る
拡がりし野に点々と家ありて菜の花が見ゆ櫻咲く見ゆ
この山も舗道が着きて好評中分譲土地の看板かかぐ
まだ細き櫻に花の満ちて咲く誰ぞ花枝地に落せるは
水流るかすかな音を聞きゐしが道を曲がりて小川に出でぬ
弁当をもらひ人等拡げゆく野原に食はん笑ひ声挙げ
ここかしこ箸の動ける旺んなり吾もおでんの竹輪ほほ張る
新しき御堂の朱に陽の映えて西中藤治壁に描けり
きらめきて春となる陽の野を亘り万の草の芽地の潜ます
花が咲きてかくもたんぽぽ多かりき風吹くままの野の径つづく
光り恋ふ虫飛び来り瞳を上げて底見ぬ闇の深さに向ふ
青深く澄みてひそまる山池の底見ぬものを瞳恋ひたり
鈴蘭の増しゆく青さ今朝もあり若き葉末に露の光りつ
美しく見ゆる位置迄絵を離るかかる形に人に向はず
たかむらの青新しく澄みとうり通ひ来る風汗を冷せり
青き幹明かに立ったかむらの蔭の下葉のかすかに動く
青まさる新たな竹の抽き出でて秀を初夏の風渡りゆく
額の汗拭ひて冷ゆるたかむらの蔭あきらかに青き幹立つ
天照らす光りの渡り木蓮の真白き花は開き初めたり
陽に透きて蔭も真白き木蓮の仰げる天に花開きたり
雨を避くる偶なる事に寄り合ひてひさしの下のそこはか親し
保険金にて済せてくれと自殺せし同業者を言ひて帰りぬ
鈴蘭の青き葉群は母植えぬ置きたる露の光りふふめり
一夜経て開き切りたるてっせんの青き花ある庭とはなりぬ
わがいのちの在処を問へばはつ夏のさつきの花は陽を返したり
陽に透きし萌ゆる葉群のあさ緑浴びつつ抱く言葉老ひたり
大黄の茎伸び切りて秀の赤く草生は夏に変らんとする
蜜蜂がこぼしおりたる雪柳地しろしろと昏れなずみおり
草葉より滴り落つる地下水に濡れいて夏の山路冷えたり
水を撒く庭昏れてゆき朝顔のつぼみはぐくむ闇が迫りぬ
灼熱の日射しに萎えて垂るる葉の露を置くべき夜が来りぬ
声立てて鵙の去りゆきとたん打つ雨降る音が聞え来りぬ
採りし種子袋に入れて名を記す暫しを暗き処に眠れ
厚くなり光り透さぬ木の下葉吾にはあらぬと通りすぎたり
試験管並べられいて血の立てり互に拒絶反応を秘む
風を吹ひ炎が煽る燃ゆる火の一とき過ぎてしずまりそめぬ
炎が呼ぶ風に炎は逆巻きて煽り狂ひて風を呼び込む
食卓に一人の時の過ぎてゆきガスの炎は透きいて燃ゆる
枝に来て暫く見廻しゐし鵙は動かぬ我に降りて啄ばむ
老人の顔寄せ低く笑ひあり互に病めば時に笑ひて
二杯です小児の如く答へゐる医師の前なる吾がありたり
発想は幼児の如く純ならん青年さやけき眉を上げたり
愛憎もやがて眠りに入りゆかん庭の泉の水も昏れたり
すこやかに腹の空きいて味噌汁の煮ゆるにほひが漂ひきたる
明らか吾の額を月照らし死すべく生まれし虫鳴き渡る
望月の光りに濡れし屋根を指す寄りゐる君の肩の近しも
出張に出でし日付の新聞を拡げしままの部屋に戻りぬ
雨止みし庭となり来て山茶花の花群に蜂飛びまひはじむ
昨夜より細き雨降りふくらめる雫に山茶花のはなびら落ちる
花芯より蜂が出で来て山茶花の紅きはなびら落し去りたり
蝶を呼ぶ密もちたりとこの白く小さき花をながく見ており
ないくせに自慢をすると話しおり怯まぬ心と我は思ひぬ
ダイヤガラス距てて干せる濯ぎものの白さ増し来て雨上るらし
ふかく吸ふ息となる迄すみとうる葉群の蔭に出でて来しかな
枯れて伏す古せに土を肥しゆくわらびか春の光りの亘る
ガラス戸の不意に輝き距て干すシーツに空の晴れて来たりぬ
今日のみのひと日がありて月光は灯り消したる庭に溢るる
藷の葉のそよげは戦に汁の実となしたる味も忘れ果てたり
炎昼に競ひ伸びゐる稲の葉とガラス戸距てて胃を病みており
強き罰当てる王子の大師像バス待つ老婆は詣ずと言ひぬ
おろがみに老婆行くとふ大師像罰を与ふることの強しと
石に像刻みしのみと我の言ふ利けなくなるぞと老婆答ふる
いにしえゆ伝へ来りて罰当ると大師の像に香華新らし
草原に満ちて降りゐる日の光り蝶々は黄の翅をひろげぬ
炎昼の光りを返す黒と金蜂は屋根越え飛びてゆきたり
ろうそくを点さんとして擦るマッチ十三盆夜祖霊の帰る
仰向けに腕を拡げて寝ねたるを暫しの我の領域とする
毒の針もりゐる蜂を産まむべく夏の日射しは地を灼きたり
一本の木に咲きてゐる赤と白原初のさつきのもたざりしもの
死んだ方がましと思ひて急坂のこの山城の石を運びし
保険金かけて殺せしとふ記事を今日も読みおり押れて来りぬ
肝を病む老父の為に身を売りし女の話今はあらなく
銀色に光りて鰯の腹新らし秤の台に掴みのせらる
休刊と知りておりつつ何がなし新聞受を覗き込みたり
新聞の来らぬ今朝の暫くを何なすとなき我となりおり
炎なす夏の真昼を鳴く蝉の命の在処に至りゆくべし
皆我に当てはまる事ばかりにて薬舗の掲ぐビラおびただし
倒産の噂を語りかけてくる声の低きは真実に似て
五、六人使へる店が危しと危くあらぬか我のめぐりの
売上の去年より減りし決算書亦取出して致方なし
領じるは足の下のみと思ふとき己が歩みに映りゆくなり
石斧に陽の降るさらば縄文のただむき隆く肉の盛りたり
よべの雨流れし跡の道乾き常より白き砂のありたり
民族独立の戦い
機関銃の向けたる口に走り寄る民族自決叫ぶ若きは
独立を叫べるものに銃火噴き死したるものは言葉をもたず
死とは何自由とは何ぞ銃火噴く前に出で来て血潮に倒る
常に常に変革は血潮に購はる街頭走る戦車を映す