遺歌集

商売で全国の得意先を回っている時に汽車から見える風景や人々との会話を題材に短歌を詠み、短歌という方法論を用いて、人生の喜び、悲しみ、楽しさ、苦しさといった人の生業、自然との触れ合い、さらに生命とは何か、永遠とは、など色んなことを鋭く洞察し、それを歌に託しています。
晩年には徐々に病気・死に対する不安や苦しみ、これまでの人生を振り返って、必ずしも明るくないものが多くなり、悲痛な叫びと思われる歌もあります。


遺歌集

病む

胸締むる痛みが不意に襲ひ来て持てる碁石を置きて伏したり
胸しめる痛みに漸く呼吸あり急救車を呼ぶ声聞きつ
わが体担架に載せて車へと押し込み直に走り出したり
服白き医師に看護婦白き壁我は病院に寝てゐるかな
泡を吹く器具運ばれて鼻に管さされて我は横はり居り
死際の刹那にほほえみ浮ばせて保ちしままに瞼閉じたし
ひきつれる痛みに呼吸の細くなりほほえみ死なん演技をおもふ

病室の景

からみゐる痰を吐き出す唸る声擦る女の頬赤くして
押へゐる声に夜半を咳込みて誰も耐えゐて患ふらしき
咳込める声の止まざる夜半にてカーテン距つわが耳冴ゆる
誰も皆眠れる室に点滴の透きたる液がきらめき落つる
口中に唇落ち込み頬削げて老婆眠りしいびきかきをり
痰をとる咳する声のいのちある限りの声が夜明にひびく
暖房に病衣つて寝るが見へやせたる脚の大き足裏
腕に針鼻より管を差込まれ安静の手足伸べて寝ねをり
言うことを聞かざる男の大き目のぎろぎろとして瘠せてゆきをり

くり返し声挙ぐ老婆痴呆症と知りつつベットに起きて見守る
血の色の頬に冴えゐる看護婦と見守り採血の腕を差出す
若き女が隣の見舞いに来て居りぬ隣の故に美しくして
カーテンを引きて己の城となし病める四人が一室に住む
咳込みて夜をとうせし男にて昼を寝ねゐるいびきの聞こゆ
人の来し気配に開きし瞳にて血圧計る看護婦が立つ
四日ぶりに膳にのせたる飯の出て腹空きたるをかくさずに食ふ

療養

地平より吹きくる風を一杯に吸ひて満たる胸に歩みぬ
明日死ぬか知らぬ命は常に見る山新しく玄関開く
足運ぶ今の首の尊く流れゐる水と歩みを合せゆくかな
渡る陽に苔の増しゆく青き色命は今を営みてをり
時ながき悩に体歪みしが神経性の難聴と書く
本町のところどころの駐車場こわせし跡を区切り名を書く
ところどころ家こわされて朽ちし枝くずれし壁に本町のあり
押し合ひてせいもん松に集ひたる記憶重ねてぱらぱら歩む
うどん屋に並び待ちゐし人の群還るはあると思へず歩む
映画館量販店と変りたる建物壊され砂利を敷きたり
濁りたる水平かに雲映し昨日よりの雨そりたるらし
照る月と流るる雲の争ひて更けゆく夜の窓に嵌りぬ
常に見る日差しを溜むるなざりにも巻く風ありて窓を閉しぬ
十二時となりてふらりと立上る未だ空かざる腹をおぼへつ
熟れて落ちつぶれし柿も新たなるいのちを生まんをのずからにて
増してくる冷えに瞳の締りゆき空は刃金の光りもちたり
身を締むる冷えに瞳の遠くして空は刃金の光りもちたり
わが思慮の届かぬところに身のあるをしみじみとして覚え臥しをり
他をけなす声の次第に高くして女等手振りも加へはじめぬ
くさりたる落葉沈めて溜る水青く濁るは死の色をもつ

はるか遠くはるかに遠く飛ぶ鳥の入りゆき透ける空のありたり
届かざりし柿の実二つ夕焼と紅を競ひてそらにかかりぬ
健かな脚ある内にと希ひたる死にてありにし壁を伝ひつ
深みゆく霜が染めゐる草の紅少し廻りて群るるに歩む
葉の散りて明るき林虫などの居らざる歩みすたすたとして
食ひ過ぎを慎まねばと思ひ居り腹の満ちたる意識を持ちて
豊か故ひもじさありと止めらるる酒瓶並ぶを眺めて過ぬ
吹きつける風に抗ひ立ちて居り本読みながく坐りゐたり
一つまみ程青き草あり後枯れて堤の景の今日も変らぬ
茜差す溜りが見えて閉せしが間もなく障子蒼く移りぬ
水草の朽ちしを底に沈ませて眼窩の如く冬の池あり
朽ちし草沈みて水の底黒くわが顔写るは捕はるに似る
山と山迫れの間に草を刈る人動きをり小さなる腕
年永きかなしみ蓄むるにあまりにも細き体ぞ女泣き伏す
捕はれてわが顔あらぬ水草の朽ちゐて黒き水の底ひに

絵の鷹はわれを見をり描きたる人が伝へん研ぎし眼に
易るとこそ伝へて道土風狂の変らぬかんろうに描かれゐたり
天地の肇まる力伝へゐて鷹の眼は描かれてをり
頭に巻く布上げ口に挨拶を言ひて寒風に歩みのはやし
食ふために生れ来たかと思はせて料理番組テレビに続く
生きるために食べるとおのれに戒めぬ料理番組テレビに続く
青ふかく露草咲きてすみとほる果なき空の青と向き合ふ
噴き出でて火花の走り鍛冶工は削る鋼を当ててゆきたり
平かな水に雲影移りゐて冬は乱さん生物のなし
整はぬイメージがイメージこわしゐて電子社会の本を閉しぬ
霜に枯れ咲く木蓮の花のあり母植えられは母の思ひ出
閉ぢ合へる氷に凍てし冬の朝いきいきとして光りはしりぬ
枯草に円な露は結ばぬと朝の原を歩みゆきつつ
円かな露を置かざる枯草と朝の原を歩みゆきつつ
雪煙上げて仔犬の走りゆき原は新たな一斉の白

起き出でて朝の冷えを知る腰に行かねばならぬ時計を眺む
承けて来し枝一つづつ奪はれて老婆は漬物撰びて居りぬ
草枯れて下に溜れる水の透き原は夕へと移りゆきたり
八王子神の御名のみ残りゐる痩せたる土を歩みゆくかな
唇を尖がらしてゐる相似形熱きおじやを並び食べをり
とけそめし霜まるまりて露結び天つ光を宿しゆきたり
土深く茎を保ちし冬葱の洗はれ白く艶もち並ぶ
永き冬護らん梢の厚き皮空に光りを争ひ並ぶ
金色に公孫紅葉の極まりてこの荘厳に散りてゆくべし
もののいのち極まるところに死はありと公孫樹黄夕陽を透かす
極まりし公孫樹黄葉の散りてゆく木は惜しまざり我は惜しみて
一日をこもりて出来し歌幾首読み返しをり外は雪降る
朽ちて来し村の神殿集めたし宮の瓦も欠けて来りぬ
村中の神殿集め祀りたる宮も板古り欠けて来りぬ
必死といふ言葉のありきこの頃の若者使ふことを好まず
草枯れて平らな冬の径となり歩巾自在な歩みとなりぬ
散りさけし魚は芝生に跳ねてをり水を求むるおのずからにて

同化作用営むものの傘型に梢並びて冬の山あり
吹く風が運びし砂丘こまやかな砂なだらかに光り渡りぬ
審議拒否採決強行くりかへす茶番劇にて面目のため
かくしもつ殺意曝きて包丁の刃先鋭く照されてをり
殺すため裂くため人の作りたる包丁光り並べられをり
ブランドの素敵なマフラーと言ひし口何着せもらふ駄目なのねえ
更けてゆく空を掲ぐる月光りわれは一人の影法師置く
家陰の形くっきり霜残り原は輝く光渡りぬ
草枯れて露はとなりし深き谷突き出る岩の影あらあらし
縁側に陽の当りをり冬されば坐りて毛糸編み居りし母
枯れて来て変らぬ姿に草の葉はおだしき冬の光りを返す
セーターを解きて帽子に編み直し冬日に母は出でてゆきゐし
降る雨に笹の濡れ来てかたつむり動かん角を伸ばしはじめぬ
寒き風防ぎてかくす頬かぶり冬の田に見ゆ過ぎし親しさ
飛び立ちし鳥に枯葉の落ち来りいのちを抱く山のしたしさ

敷きやりし紙食ひ千切り雨空に散歩させざる犬は過しぬ
枯原の展開ぐる白に目を上げて薄るる雲に日輪学ぶ
刈られたる稲田の広く渡りゐる秋の日差しにいこひゆきたり
一年の営をへし稲の白は冷く冬の陽差し受けをり
明らかな山の梢をあらしめんガラスの露を拭き取りてゆく
檻の中の獅子は大きな欠伸せり噛み殺したき退屈もてば
読み返し傍線引きて消してをり消すはたちまち十首をこえて
枯草の沈みて瑠璃展ぶ冬の池透明空に渡りゆきたり
夢に来し母の許せるほほえみにあかときの目をみひらきてをり
ペンの数ふえてノートの文字ふえぬ机の上に頬杖を突く
蒼き水底を知らねば魔の棲むと古人言ひたり祖母の言ひたり
この山に鬼女棲みたりとかつかつに食ひて生きしを伝ふるならん
牛の玉の由縁問ひしが昔からと池の堤に紙札を立つ
一本の杉の木立てり永き時蓄めて来りし幹の太さに
コンクリートの鉢に植えたる花の苗夏の無惨を路傍に置きぬ

不意に足かけて来りしつなぐ犬帰さぬ力を入れて抱きつく
昼食を一人が言ひて全員が腹空き会の旅行のありぬ
刈る人も刈らるる草も陽炎の一つにゆれて春の日の照る
平かな水に梢の映りゐて腑して眺むるものはくわしき
濡れて来て白き光りに枯原を直ぐく貫く舗道となりぬ
耕して得たる金にて買増せし田畑と祖母は幾度も言ひぬ
忘れゐしアルミの脚立枯草に光り走らせ冬の痩せたり
一夜にてかねもちの木の萎えたりと失なふものをもつものの声
打ち合ひて騒げる木末隣ゐていとなむものの必然なれば
青く澄む播磨山脈見てゐしが果なき空に瞳移しぬ
線香の煙くゆれる六地蔵我が家の香もたててゆきたり326
草枯れて畦が区切れる田の並び人は競り合ひ耕しきたる
四十億年以前に物はくりかへし自己組織化を進め居りしと
弾丸それし一糎程の命にて測るべからず死との距ては
熟れざりし無花果黒く乾きゐて過ぎたる我の生に関る

わが命囲へる皮膚をもちたればかなしみは外へもらさずにをく
庭隅に小さくあきし穴ありて知るべからざる内部をもちたり
アラブの神キリストの神と争ふもそこに石油が湧きて出る故
常に抱く滅びの慄へ事の無くノストラダムスの年の過ぎしも
子午線の町を訪ぬとバス頼み縁求むる人の集ひぬ
子午線が通れる故に子午線の通れる町を訪ぬと集ふ
枯萱のされしが白く揃ひゐて光れる風にそよぎゆきたり
抑へゐし襟を放して雲かげの風と去りゆく枯野を眺む
感傷も何時しか消えて葉の散りし林明るき歩みを運ぶ
雨水の溜りに雲の流れるを見てをり人も束の間の生
降り止みし溜りに雲の移りゐてこの世にあるは他者に関る
葉の散りて裸の墓石となりたりし寒きを眺めわれは立ち居り
逃れたき足の早みて風寒き道に帰らん歩みを運ぶ
まさやかに畦に区切れる田の並び人営みし歴史はくらし
冷ゆる日も土の暗きに営みしリボスの角芽出でて来りぬ

舗装裂き出でて来りし草の芽のやわらかなるを畏みてをり
流れゐる水は草にと消えゆきて明日を知らざるわれの止まりぬ
襟抑へ心閉せるわれとなり冷えたる道を帰り来りぬ
流水の運べるものに目は止めて僅に残る白髪のあり
夕映えは来りて我を包みしが影の黒きに残し去りたり
冬の雲重なり空に満ち来り支ふに細く木末立ちたり
水涸れてわずかに残る青き籐夏をはびこるあふみどろとこそ
坐りゐし距て狭めて語りゐし人等肯き立上りたり
並べらる目差しの窩の大きくて修羅に生きたる荒き海あり
明日の昼食はんと仕舞ひ置きたるを一つ味見て半ば食べたり
戸を開ける我と小舎出る犬の目と合ひしが風あり散歩を止める
冬の山掘りてうもれるけものらの山と一つの眠りもちたり
水底に光りの届き朽ちし草沈めてゐるをあばきて止まず
朽ちしもの底に沈めて水ありと届く光りのうごめきてをり
生きものの動くを見れば飛びかかる犬あり食はるる肉もちたれば

昼食べて満せし腹の空となるそのどんらんを愛し酒飲む
口開けて腹に落ちゆく闇のあり限りのあらず欲望すまふ
夜の廊下区切りて照らす灯りつけ眠らん室に我は歩みぬ
夜の橋の巾を灯りの照しゐて闇に流るる水音ひびく
行き詰る思ひは煎餅かじりゐて更けゆく室にペンを持ちをり
寺の名の残る地下より出でて来し飯碗などを埋め戻しをり
奥山の峯けぶらふは雪降りぬひしひし緊めてくる冷え
耕転機去りたる後に土盛りて粗き影なす変貌ありき
永遠を誰も変へるとおもをふに世間の噂告げて帰りぬ
倒産が亦ありたりと告げくるる己にあらぬ笑ひをもちて
歯応への確にかへるを我としてものを食べつつ本を読みをり
風が来て落葉のあらぬ道となりながき変転の歩みの運びぬ
中に簾がありとひかざる大根の常なき迄に太り来りぬ
食へざれはひかぬ大根のび上り日々に太るを憎む目に見る
与へても要らぬと言ひし幼なりきよう食ふようになりておりたり

水に触れ身を翻へし空に飛ぶつばくら黒き羽根光らせる
一せいに飛び立ちゆきし群雀羽音充ちたる冬空となる
雲低くこめて来りし街となり陰影淡く人の歩みぬ
灰色に雲こめ来り色淡き吾となりゐて通り過ぎたり
倒産をしたる商社のビル高く空抜き目に立つ社名掲ぐる
世を離る思ひは世も亦離りゆく切実にして会合に居り
剪定をなしゐる男てっぺんに届く梯子をかけてゆきたり
揺れゐつつ梯子を登る男ゐて見てゐるわれの脚がゆれゆく
たわひもつ梯子を平気で踏む男見てゐるわれのすねがふるへつ
冬空に羽音満して群雀翔ちてゆきたり一斉にして
目の前を猫が走りて買物の二つをすませ一つ忘れぬ
一人ゐる時の淋しさ潜めもつ女出会ひし肩を打ち合ふ
出合ひたる女は肩を打合ひぬ黙せる時より出でて来りし
倒産の 社は街並抜きてをり野望と破綻は背中を合す
命囲ふ皮擦りむきて血の出るを絆創膏にて修理なしたる

疑ひをもつ目鋭く大きなる開きをもちて画面の映す
窓ガラス打ちて唸れる風の吹き防がん構え祖より継ぎぬ
冬の日のすき透されて土黒く淡き日差しを蓄めてしずもる
頭より続くくちばし太くして鴉は塵場に舞ひ下り来る
近寄れる我を見てゐし大鴉まだ距離のある横を向きたり
長き日を稲が育ちし冬の土返して人は空気通はす
ガラス戸に昼を動かぬ雨蛙生きゐるものの喉を動かす
横向きし頚に刻めるしわ見えていつより斯かる太さのありし
閉したる冬の夕を風めぐりつぶやきなどを集めるがごと
生きの日の残り少なくなり来り庭の一木貴かりける
踏みて揺るる梯子を渡りくる男大地の如く足を出しをり
ひらめきて窓のガラスをライト過ぎひろげしままの原稿白し
半分に破りそれを亦半分に破りなかなか想まとまらぬ
ひらめきて過ぎたるライトを恋ひたれば再ひの闇にわれは立ちをり
草朽ちし土に草生え年を継ぎおのれ養ふいのち眺むる

真夜さめてうかび来りし歌一首忘れ去りしは出来のよからし
降りつみて白一斉の朝の雪歩み難しと扉閉しぬ
折々に障子を撫でる黒き影干せるタオルに風吹くらしき
渦巻きて樋門に水の吸はれをり落葉をもてる高原の池
抜かれたる樋門に吸はれゆく水は渦巻き拡げて音立て初めぬ
義経をジンギスカンにならしめし幻想いかなるかなしみの果
風と風木と木の打ち合ふ音ひびき暴風警報の夜更けてゆく
夏日差す海に集へる人無数一つの海に遊びもちたり
戦に山を走りし熱き血のめぐりし脚も細くなりたり
夜の空を挙げたる音に風荒び蒲団の中に手足小さし
口多き老婆が日向に並び居り顔合せては返すもならず
羽根急ぐ の窓を通り過ぎ夕映え凋み暮れて来りぬ
小さなる池と思ふに現はれて消えてゆく波限りのあらず
無人駅に園児等来り声溢る溢るるものよりもたぬその声
不意に出でし声にあたりを見廻して恥ずる思ひ出この街にあり

耕転の後つけてゐる鷺の群曲れるときに一せいに飛ぶ
坂道の途中にしばし止まりぬ年々足の衰へはやし
限りなく小さなわれとならしめて夜の空吹く風の りぬ
夜の空は一つの音に風猛り蒲団の中に我の小さし
濁りたる青きを拒む目となりて街裏の溝に沿ひてゆくかな
おもむろに霧退きて差す光りわれは日輪の歩み運びぬ
旅に出て一人の歩みもてるとき人の目幾重に囲む常なり
吠えてゐし犬が消えたる家蔭の底なき闇となりて更けゆく
頭垂れ今日生きてゐる歌作る大動脈瘤を内にもちたれ
壺立ちて壺の中なる闇のあり空虚な用として作らるる
新聞紙束ねてゆける過ぎし日のありて残らぬ記憶に立ちぬ
幾人の老婆が日向に並びをり憂ひのあらぬ忘られし顔
千両の赤が掲ぐる庭あかり冬の空気は澄みとほりたり
いたいいきし魚を殺さん羽を研ぎて差せる光りにかざしゆきたり
うららかにわたる光りを眺めをり電波過密の空間と聞く

他者拒む釘を打ちをり野良猫が出入りをなせる庭隅の垣に
千両は今日の紅掲げゐて冬の光りの澄みとほりたり
ふくらみて地雷に似たる形成し草は次々殖えてゆきをり
眠れざる時を惜めば起き出でて書斎の灯りを点もしゆきをり
月越せば破れ捨てらるカレンダーの美女ほほえみて我に向ひぬ
如何ならんもののあるかと首伸ばしガラス歪める映像なりき
明日に着る服整へて掛けてをり知らぬいのちと書きし手をもて
ひたすらに生きしおのれを肯へばわれゆえ貧しく生きし父母
ひたすらにおのれに生きてうから等を困惑させし経歴をもつ
尻上げてペダルを踏める少年は坂の頂き見つめてゐたり
枯れし葉は底に沈みて冬の水流るとあらず澄みとほりたり
木蓮の白きつぼみが挙りたり霜置く匂水母の植えたり
歩み来し野原の景色帰りたる室に言葉となりて整ふ
帰り来て散歩のイメージ整ふる室を言葉の工房として
整ふる言葉にイメージ鮮明となり来て室に散歩の終る

窓ガラス拭きゐし男去りゆきて山に梢のこまやかに立つ
わが知らぬわれの命を包みたる皮膚と病にたふれたる後
山並が囲ひてわれの村のあり果なきものは仰ぎ眺むる
年月が太り加へてゆくしわを刻める顔に我は見上げぬ
鋸に挽きて直ぐなる枝となし耳に挟みし鉛筆取りぬ
ながく引く声に鳴きゐる犬のゐて囲へる棚に肢を掛けをり
幼な日に遊びし山は草覆ひ杉木倒れて入るを拒みぬ
氷張る三日が過ぎてもやい立つ今日の日差しを歩みゆくかな
追腹を切るよろこびを記す遺書武門の面目ありたりし日の
おいしいと言ひて画面にほほえめるテレビ相似る顔をもちたり
手袋の手を握り緊めて歩む冷え氷は白き光りはしらす
仮借なく枝の剪られて陽の量の増えし葡萄の下歩みゆく
草を食む犬の欲るままに立ち止まり背中に温とき冬の陽満たす
つけらるる怯えに後を振向きて見えざる怯えに夜の道歩む
はしり出し妻の行く手に目をやりて曇る空より引く雫あり

腰上げてペダルを踏める少年は未来を駆けんとかがみ伸ばす
コンピューターが促す合併三人の社長は固く手を握りたり
三人の社長ほほえみ手を握る内の二人の降格すべく
合併に三社の社長手を握る人員淘汰の吹き荒るるべし
一人の社員に幾人の家族あり人員整理発表を報ず
ふくらみてきたるつぼみに目のゆきて忘れてゐたる梅の木ありぬ
草にじり土を抉れるわだち跡冬の夕べはそこより昏るる
蔭濃く茂りて居りし葉の散りて株は浅き光り遊ばす
爪切りに剪りて過ぎたる日々のあり机の上に散ばりてゆく
爪切りに剪りたる爪を集めをり老ひては捨てんにちにちにして
漫然と生きたる日々の爪の伸び切りしを捨てにゆくべく集む
棚に伸びて枝のぱさりと落ちてゆきさわに稔らす剪定進む
さわに得ん鉄の刃鳴り用捨なし葡萄畑に剪定すすむ
潮引きし砂に見えゐる穴の数底につななぐと浸みしは眺む
今日もまた刑事の大きく研ぐ眼映りて人の欲するは何

秋葉山回顧  十首

石積みし跡の散ばる山の上ここに秋葉の社ありたり
一望に村見ゆ山に祀られて火の神秋葉は朱く塗られき
このやまに砂運ばれて奉納の相撲取りたり小銭もらひき
奉納の相撲とりたる幼な日の酒に酔ひたる行司も憶ゆ
山も木も神のすまひしその昔祭りて酒に村人酔ひき

この山に神すまはせ祖先等のこころよ木々の緑さやけし
唄ひては酔ふを祭りとせし昔神と人とは一つ胃腑にて
村人の心に去りし山の神石魂いくつ跡をとどめる
我が世代過ぎたる後は散る石の何にありしか問ふもなからん
山も木も昔のままを神とせぬ我等の帰る返り見をせず
はや爪の伸びしがありて閉したる障子の内に一人坐しおり
憑かれたる目をせる女の表紙にて若き女は先ず取り上げぬ
大きなる音の夜半に不意にたち夜の闇そこに暫く動く
鴨の皆帰り去りたる岸を打ち水は澄みたる光りを湛ふ

はなびの地に散り敷き春盛るいずくど恋ふる牛の咆ゆるは
道教ふ少女の指のいや繊く夕つ光りに赤く染みたり
手に掴む砂の崩れをいく度も幼な童はくりかへしおり
花を切られ葉の黄ばみしアネモネは今日より乾く土にあるべし
削られてつら新しく映ゆる木に大工ためらはず墨糸撥く
しろがねの鱗光らせ鮒番ふ産むはいのちのたかまりにして
山獨活を手に入れたれば来よと言ふ呼ばはる声を暫し抱けり
雨止みし小舎より犬の出で来り我見つむるは散歩うながす
噴きつげる煙はふくらみ盛上り天に昇りて拡がりゆけり

水に写る影に小鳥のありたりきながく見上ておりし木の間の
吹く風の白き羽毛を分けゐるを白鷺は立つ池の畔に
山城は石組み並ぶこの石を担ぎ運びし人の背あらん
山城の険しく細き曲る径石を担ぎて人の登りし
知る人の音信大方電話にて郵便夫ごみを配達に来る
轢かれたる犬のはらはた露はにて我等ももてば血潮惨たり
雨止みて雲間に差せる陽のあらんダイヤガラスにシーツの白し
手を振りて少女笑へり知り合えることの歓喜は亦差し上げて
千年後に名を残さんも愚にてせなに差す日のぬくとさにおり

灯の下に踵の皮を削りおり歩みし戦亦出商ひ
時移り枯れて伏すると鶏頭の花の真紅の狂ひ燃えゐよ
おもむろに這ひゐる虫と距離つめし蜘蛛は一瞬飛びて捕へぬ
ひるがへる鮒の鱗は光りおり番ふ渚の草を揺りつつ
点しゐし昨夜の蛍は何処ならむ闇が抱きて庭の木々立つ
幸せと我を言ひおり我は唯生きゐる問を続けゆくのみ
とび立ちし鳥に見さけて南天の光りを返す赤き実のあり
にちにちに遊べる二羽の鳥のあり先に来て後に飛べるは雄か
金あるも仕方のなしと言ひたしと幾等出来てもお前は言へん

測量機据えたる互いの手を挙げて隧道抜くべき岩そそり立つ
弱る木の切られしことにこだはりて帰りの際に亦立止まる
凹凸のはげしくなりし舗装路を直すことなく村しずかなり
スピードを競ふ若きが追ひ越せるときしずかな我のありたり
人のみが他人の世話になることも蝉の骸の転ぶを見つつ
平安の故に移れる日々のあり一人留守居の怖れしずかに
藤の房垂れ咲きゐるも櫻花散りたる季の移りに見つつ
空高き雲雀の声の窓に降り下駄突っかけて歩み出でたり
一すじの煙と化する落葉にて庭に半年濃き蔭作る

篠山旅行

知る顔の次々乗りておのずから車内を満たす笑ひ合ふ声
久しぶりに出合へる顔に漏れる笑み心開きし声の明るし
降るとなき雨に紅葉の色冴えて桜並木の色の明るし
大きなる屋根のどっかと大書院新たに篠山城跡のあり
山の芋椎茸大豆猪の肉口になじみし栗なぞ記す
バスを降り連なる人にいち早く焼栗試食と媼出しをり
石垣の石を採りゐて死にゆきし人等を小さき祀に祀る
めぐる壕に水の満ちて低き家大きなる樹を写すしずけさ
水に浮く落葉を打てる細き雨壕に一年暮てゆきつつ
経験とおもひて飲みし黒豆のコーヒー我の舌になじまず
約したる細大根の漬物とわが食ふしめにぶら下げ歩む
量販店電飾などを掲ふ店あらざる街と眺めて歩む
若者の少なき街かと電飾の見えざる街を歩みゆきつつ
神域に苔むす杉の茂く立ち宮居小さく古び建ちたり
我も亦移れる時の中なると古びし宮に拍手を打つ
葺く瓦詳しき屋根の家のあり崩れし土の少覗きて
手に重き荷物が心を満しゐて夕闇迫るバスに入りゆく
土と炎に表はる心知らざれば並べる陶を腰に過ぎたり

鈴成りの捥かざる柿の実赤く熟れ植えたる人との乖離に照りぬ
人の声乗せたる電波の密密と空に混めると大きなる空
物の力駆使して空を我となす航跡雲のひたすら直し
見廻せる目を導きて羽根そびへ木の天辺に鳶の止まりぬ
本を閉ぢ深夜を一人の凱歌挙ふ今日判り得し己が思ひに
草等皆枯れて岩間のすきとほる水を眼に帰りゆくかな
減食とヘルスメーター下りゐつつ一昨日もかく思ひたり
飛行雲鋭く空を切りし跡とんぼは急がぬ羽根光らしぬ
近寄れる我を見ること多くなり鴉はごみを啄みてをり
回復の願ひに点滴光りつつ針跡くろき腕に入りゆく
怠惰なる日々を病気にかこつけて自己への弁解なしてゐるかな
山上に播磨山脈見廻しぬ視界狭窄避けんが為に
癒えてきて腹の力のややに増ししずかに坐り得るべくなりぬ

黒土より掘られし葱は洗はれて養ひ来る白き根をもつ
土の何処に白き肌のありたりと洗はる葱に問ひにけるかな
十人のよろこびかなしみ揺りゐつバスは坂道登りゆきたり
ことごとく枝を切られし裸木が冬澄む空に風鳴らしをり
澄む水を踏みて濁せし溜りなどのありて買物下げて帰りぬ
気をつけて還れとわれも常識の言葉を出してん孫に手を振る
際立ちてひげ剃り落ちぬ改まる年の初めの剃刀替えたり
億年を地に成りたる油燃へ我は掌かざしゆきたり
アラブなる砂より湧きし油にて我の体を温めてをり
はるかなるアラブの油に手をかざし生きてゆくべき暖をとるかな
この地球半周なして来りたる石油と思へて手をかざしゆく
見も知らぬアラブの砂より湧き出でし油燃やして手をかざしたる
恩恵と祖先等言へり山に入り汗に薪を取りたることを
スイッチを押して炎の昇れるを当然としててのひら出しぬ
櫛の歯の欠ける如くといふ言葉さながら街はさびれゆくなり

アーケード破れて日差しもれてをり小売り革命に抗はんとしたる
店仕舞全品半値の赤き文字書かれて店前人影見えず
駐車場となりたる隅に黒川局と碑立ちて祀りたり
こわされし家の隣の古りし壁縄巻く升の朽ちしも覗く
シャッターを閉せるままの家のあり駐車場の一つ増ゆるか
知る人の感慨呼びて立つ墓が無縁の我と雨に濡れつつ
大きなる福を享くると和尚言ふ捨てて生きんと思へる我に
永遠の前に立てると思ふわれ更に恵まるものなどあらず
大きなる福とは何ぞわれを知る人との会ひあるかも知れぬ
私はあなたのファンになりましたと言はれぬ狐につままれしごと
上ぐる足大地に還るおのずから運ぶ一人の歩みなりけり
地球より足の離れて動きもつ我と思ひぬ歩みゆきつつ
上げし足大地に還る音立つる昏れゆく一人の歩みなりけり
地を蹴りて歩みゆく足上げし足地に還りして歩みもつ足
両極に時計の振子動きをり遂に決め得ぬ机の上に
おもむろに退へゆく病ひ目を閉ぢて命運ぶは我にはあらぬ

漂着のところに伸ばす根の出でて水草は岸の波にゆれをり
ひとの目を逃れ来りて人の目の無きさびしさに歩みてゐたり
はるかなる声にそばだつ耳となる人の声より逃れんと来し
大広場埋めて手を振る万の人互に歓声あふり合ひつつ
狂ひたく声挙げ手を振る万人の煽り煽られ広場のありぬ
昨日より日向に来りゐし猫はとがむる眼に我を見つむる
ゆるゆるとひれを動かす魚をり希ひし我の生き態にして
貫きて白く噴きゆく飛行雲大きな空を人渡りゆく
大空を白く貫く航跡雲人のゆかむは限りのあらず
雲一つ見ぬ大空と思へるに人行く航路余裕のなしと
熟れ柿の赤きが夕日に透けるとき柿右エ門の目の狂ひゆきたり
薪取る足に成りひる径なりき繁り朽ちたる雑木覆ひぬ
薪取る用なき山は忘られて入るを拒める草葉繁りぬ

ぴしぴしと音立て氷張りてゆき障子距てて闇限りなし
傘型に冬の梢の空を抽き来らん光りの呼び声を待つ
松食ひに朽ちたる杉の並び立ち薪とらざる山の荒れたり
氷張る下に張りゐる氷見え刃の白き光り走らす
曲る背となりて吹きくる夜の風昔の人は寒声とりき
イネゲノム解読完了スイス企業イネは日本であひかりしに
太陽の沈みてゆきて闇に湧く人の作りしきらめくあかり
十二月三十一日世紀末明けたる朝は新世紀にて
見はるかす方より寄せくる万の波大きな海は一つたゆたふ
太初より寄せては返す万の波海は一つのたゆたひとして
イネゲノム解読急ぐと農水省スイスに遅れとりしあせりは
食糧の明日を決めくるイネゲノム多くの人は読まざるらしき
如何ならん八十二才となるらんか初めてなれば大切にせん
新聞に西紀と皇紀並び載り我等重なる時間に生きる
風波形の残れるままに氷凍てて耳削ぐ風の光り過ぎゆく

生きゐるは罪の如くに涙垂り遭難船長状況語る
戸を開けて朝をこめたる霧深し日本に開くる未来のありや
新月の夜に番人首刈しと闇を裂きたる光り鋭し
鴨の毛のかたまり池に漂ふにしまる瞳となりて過ぎたり
太りたるこのごろなると思ひゐしが天恵のごと下痢となりたり
天辺に止まりし鳶はもつ羽根の及ぶ限りを眺め渡りぬ
大空に飛び交ひ舞へる鳶の群次第に高く晴れ渡りたり
山際に草の枯れ伏す他のありて汗に拓きし希ひを埋む
豊饒の藁を抱きて拓きたる畑にてあらん草に埋もる
新月は細き光りを闇に研ぎ番人首を刈りし夜なり
このところくちなしありき咲く花を映せし水の今も澄みたり
はつかなる緑によもぎ萌え出でて野焼の跡に日差し渡りぬ
夜を目覚め寝返り打ちぬおのずから反らん方を欲してゐたり
西暦と日本紀年を並び記しわれ等重なる時を営む
枯れ切りし堤の草にたれ下り氷柱は透明の光り走らす

窓ガラスに額打ちたり降り止むと聞きたる声に足の早みぬ
中心に向かひて渦の巻込みぬ悲しみは斯くの如くにありき
くり返し一首の歌を温めて散歩の終る家路を辿る
木せんぼの先に球当て走りゆき英雄新たに誕生なしぬ
思ひ切り声挙げ手を挙げ騒ぐを欲しゐて球場に新たな英雄生る
波打ちしままに凍てたる溜り見え襟寄せ歩む寒さのつづく
並べらる食料品の札見つつ小さくなりし胃袋をもつ
山積みに並べられたる食料品乏しく食べしんものうまかりき
手の甲に疾の如きが出来てをりいつとは知らず何故とは知らず
孫悟空が駆けし仏の掌を人工衛星が廻りてをりぬ
ためて来し不満の如く噴き上り煙は空に拡がりてゆく
平かな水の面とおもへるに反す光りの壁に乱るる
入場者総数報告されてをり我も総理も一人として
お前等は一銭五厘と言はれたり地球より重しと平和の変へぬ
亡き母よ承けし頭脳の至り得る限りに着きしと今を報さむ

整へし髪の毛写れ今一度指に押へて少女出でゆく
夕陽は犬とわれとを染めてをり無事に過ぎたるひと日の歩み
はつかなる緑は南の風を呼び野焼の跡に蓬萌しぬ
草未だ生へざる水のうねり貝へ潜みし魚の動き初むらし
子供等の声去りゆきて田の広く夕は没りたる刈株白し
霜に萎へ土に這ひたるたんぽぽの茎みじかくて花を着けたり
栄たる店のありたる跡ならん駐車場に稲荷ありたり
押し合ひて鉢に緑のチューリップ競へしものは鮮しくして
積れたる土のうの破れに草萌し春の光りはさんさんと降る
冬の株洗へる潮が育てたるあをさの青を飯に載せたり
渡る陽に山の梢のけぶらひて萌す若芽の生毛もたちたり
どうしても自分以上であることも以下なることも出来ぬと知りぬ
茜差す光り夕を満しゆく斯くおごそかに汝等終れ
呼気吸気調べて宇宙と一ならんヒンズー行者は岩頭に座す

平げし皿を眺めつ浮び来る太ったねえの医師の顔あり
三度目は解った顔にうなづきぬ如何なることか耳に澱みつ
この松の捩れはわれより深きらし山の端なる幹を見てをり
政治面読みて来し目に黒き雲湧きて巻きつつ競ひ走れり
今降りし雪融けゆきて土黒く明日を知らざる眼に眺む
星光る空ある故に血の暗く凝らす瞳に家路を辿る
一回り大きくなりて春となる渚に魚のゆるゆる動く
突きぬけて晴れたる空に白木蓮の花の挙りて光りを反す
クロバーは大きなる葉をひらきをり久の小さき葉群の上に
せんべいを噛む歯応へに我ありて行き詰りたるペンを持ちをり
開きゆく墨跡即ち宇宙にて自在ならざる腕をなぜをり
一杯と定められたる晩酌なり表面張力ぎりぎり入れる
山行けば空より声の降り来り杉の高きに人等の動く
起き出でて風邪の鼻汁の量増しぬ外気へ調節なしてゐるらし
腹の中にガスの生れゐる音のして宇宙の思考ここに切れたり

口に入れうんとうなずく相似形テレビに料理の宣伝競ふ
食料を積まれし傍に押し合ひて量販店に胃袋猛し
わが国の歴史記述を他の国の利益によって変へねばならぬ
郵便車止まる音してかすかなる凶か吉かの緊張配る
郵便車止まる音して歩み出ず外より我の行為は呼ばる
無雑作に坐りし布団に模様あり模様に賭けし命もあらん
胸に押す水に光りを遊ばせて人見ぬ池に鳩自在なり
貧乏をしてゐし時につけし仮面死ぬ迄外せぬしがらみのあり
藁葺の一軒ありて満開の桜の花がはなびらこぼす
碑に春の日そそぎ山を白に変へたる人の名前連ねる
エンヂンの音の響きて土返し春を人等はたたかひ生きてゆく
色黒き牛蛙が跳びぬ腐りたるこの水底に冬を潜みし
盛り来る頭(かしら)に飛沫噴き上がり波は砕けて泡にしずもる
取り落す茶碗の蓋に握力の衰へありて手のしは深く
轟ける爆音となり若者は風に向はん背を伏せてゆく

空区切る鉄骨繁く立並び大きマンション工事初まる
血を流し汗を流してあやまちに生きし我等が戦史読みつつ
あやまちとたとへ言はるも燃へし血は真実なりき戦史読みつつ
大きなる曲線を歴史の描くとき人の行動是非を超えたり
生と死の選択もちて迫り来し戦終りて悪と言はれつ
沸る血に出でてゆきたる戦なりき負けたる故の悪と言はれつ
生きゆくは他者を亡す行為にて死しては生れしことの意味なし
原罪を負ひて生れたる人なると思ひ結びて戦史を閉す
たんぽぽの黄金敷きたる草の径王者の歩み運びゆきたり
芽吹きたるみどりかすかにふるはせて風やはらかく頬をなでゆく
冬のまま立てる並木にさんさんと萌えを促す光りそそぎぬ
新聞をひろげる窓に鴉飛びそれぞれ生きる朝明けてゆく
腕時計ポケットより出て一時間おそくなりたる机に向ふ
窓開けるサッシに日に増すぬくもりのありて全く晴れ渡りたり
濁したる中に魚影かすかにて見究む瞳凝しゆきたり

窓開けるサッシの冷えのいつか消え畦にたんぽぽの花盛りたり
筍に沁みる光りに太りゐん去年の落葉の積りたる下
地の中に?食む筍の太りゐんそそぐは差しの背中ぬくとし
カーテンの透きし模様が明らかに障子に写り晴れて来りぬ
一まわり小さくなりて明子来ぬ母を送りし幾首かの後
光りもつ生毛に若葉萌しきて違へる色に木々のさゆらぐ
畦焼に枯れたる萩は地中より今年を継がむ若芽出したり
散ばれる羽根短きは泳ぎゐし?にてあらん撃たれたりしか78
湧き上る緑の泡に梢萌え春の光りはさんさんと降る
茹で上げて水に放てるアスパラガス青し今宵の晩酌を待つ
柿の種割られて白き胚のありわが祖父わが子の繋がれてゆく
大歳の祭りは当番のみ集ひ米作にては生活出来ぬ
鎖張りつながる犬の立上り近寄る我に前肢泳がす
目に深き枯草色を見てゐしが出す当もなき封筒買ひぬ
見つめゐる我に寄り来て子の問ひぬ瞳はひとつになるを欲せり

ぽつぽつと池の面に草浮ぶやがて隈なく覆ひゆくべし
無数の棘鎧ひ伸びゆく鬼あざみしろがねをなす光り反しつ
わが庭に植えたき思ひひしひしと淡紅色にぼたん咲きをり
ひれ長き飛魚箱に並べあり月光ひきて飛びしそのひれ
地の中に何を求めて伸びゆきし牛蒡が袋に収り切れず
散り敷きて白うずたかき雪柳過ぎゆく時のきびしさを積む
急速に明るき室に見廻して障子に木影ゆらぎ晴れたり
うんといふ返事は聞いて居らぬらしパズルに向ふ瞳離さず
蔭深む若葉となりて山並は棚引くもやに沈みゆきたり
光を噛む流れ終りて海近き河口に水の動くとあらず
枯草の覆へる下に朽木見えほしいままなる山の荒たり
一斉に魚等の水に潜きゆき失せし動きを瞳わびしむ
金の砂撒きたる如ききんぽうげ画面の一人となりて立ちたり
若草に人の坐れる帽二つ長く動かず空の晴れたり

足許の渚の不意に波ゆれて背を干し居りし亀の泳ぎぬ
草による魚ゆるゆるとひれを振り春の光りは原を抱きぬ
背を干してをりたる亀は首のばし泳ぎhじめぬ驚かせしか
きんぽうげ咲きゐる畦に足の向き春の半ばは既に行きたり
鬼あざみ刺を養ふ葉をのばし日差しはげしき夏近づきぬ
しろがねのうろこ光らせ産卵の雌恋ふ魚はひるがへりたり
照り出でてつつじの紅し梅の葉の蔭ふかまりてきたりし庭に
目に測る水の深さに四、五人の連立ち田植の季近づきぬ
たんぽぽの絨毯並び春行きぬ追ひかけたきと言ふにもあらず
過去とふが未来に関るその深さ歴史記述を韓国責める
たんぽぽのわたが構へし円型の巧も散りて春の過ぎゆく
黒雲の西空覆ひ鯉幟揚げたる家の今朝は見へざり
痛快な黄門ドラマ正体は民を抑へし強権にして
目に立ちて赤き筋増すサボテンの咲き出ずる花を用意するらし

シートにて囲む中よりユンボーの動きて更地とここもなるらし
梅の実の円み帯びきて落しゐる蔭ふかまれる庭となりたり
鯉幟尾の垂れ下り黄の花は反す光りを競ひあひたり
繁りくる土に青草青くして久し振りなる雨空仰ぐ
腰曲げし小刻みの歩みだんだんになりたくはなきわれとなりゆく
採点の少なきことを誇りたる若き日恋ひて歌会に居り
繁りくる木木は葉蔭に闇を生み伸ばさん枝を競ひ合ひをり
何がなし飴の入りゐる蓋を開け口さびしくて老ひて来りぬ
吊鐘にこもりし音のおのずから離れて谷を渡りゆきたり
鉛筆の芯を鋭く尖らせて原稿用紙の白きままなり
拡げたるノートの白く鉛筆の芯を鋭く尖らせてをり
腰弱き人の歩みに目の行きて買物終るを待ちてをりたり
水底を這ひて成りたるおのずから貝は砂切る殻を尖らす
人刺しし包丁百円と書かれあり殺人よりも安価をおもふ
有茜冬の寒さにすきとほり山と雲とに一すじひきぬ

くろくろと山横たはり夜更けぬ怒りておりし声も眠りし
追ひつきて屈めば亦も編笠のまろびて初夏の戯画となりをり
鬼あざみ刺を養ふ葉をひろぐてらてらと緑光らせながら
山並みはむくろの如く横たはりわが足音はそこに消へゆく
雪被くはるかな峯の日に照りぬ浮き一首の我にあるべく
太き枝のみ残されて刈り込まれすがるが如く新芽伸びをり
陸橋の上に陸橋架かりゐて尚渋滞の車連なる
傾ける屋根に葺く土露はにて半ば新たな瓦置きたり
格子戸の黒くなりたる家並び若き人等の姿の見えず
大和の富の七分ありしと格子戸の並べる家のいくつか空きぬ
石段の高く木影に消えゆくを見てをり登れば降りねばならぬ
老ひて来し脾肉の嘆き石段の高きに脚の途惑ひて立つ
かすかなるゆらめきもちて澄める水置かるる杓を取りて「ゆきたり
そそり立つ杉の巨木の深き蔭浮めん水はゆらぎ澄みたり
修復の成りたる塔を口々に言ふを聞きてし石段高し
ひびの入るコンクリートに草の生へ溜る埃に根を伸ばすらし
一望に展ける大和その昔国まほろばと言ひしを肯く

自己

百年を足らずに人は死にゆくも生きるは永き営みを継ぐ
布一つ鉄片一つも時永き人の生死の苦難より出ず
前肢が手となり言語中枢をもちたる迄の年月思ふ
言語もち過去蓄め未来を予料せし苦難を思ふ年月思ふ
手と知恵を持ちし時より休みなく額に汗する働きもちし
知恵と手は休みあらざる労働をなせと内より命じ来たりき
物作り道具となして物をもて物生む技をいつしか得たり
物を作り作りし物によりて生くここより人は生きるに追はる
物作るは己を作ることとなり己れ作るは物を作りぬ
物作り己れを作り欲望は其処より生れて限りのあらず
物作り技増しゆくは自が内に世界を見出で包みゆくことにて
物と技重なりあひて世界あり世界を包むを自己となしたり

虫と白鷺  四首

耕転のエンヂン響く空の上白鷺陽を浴び群れて舞ひおり
耕せる土に棲みゐる虫を見る鷺かエンヂン響きゐる上
耕せる人去りゆきて一せいに舞ひゐし鷺は降りて来りぬ
舞ひ下りし白鷺の群交々に頭動くは虫を啄む

連なり向ふ

毒の針もちてゐる背の輝きて蜂は炎暑の屋根乱れ飛ぶ
パンツより汗のしたたりあごを出し男炎昼を走りゆきたり
頭ふり流るる汗を掃ひたる男再び稲田にこごむ
金持つは偉ひ思ひを引摺りてつばき飛ばして争ひて居り
水の上に開きゐる葉の濃きみどり渡れる風を深く吸ひたり
波打ちて緑の光り運びゐる風と堤の歩みを合す
靴下を脱ぎてくっきり織目跡つきたる足を風に任しぬ
陰白く動脈瘤が写り居り今日より付合ふ一つと眺む
如何ならん変身遂ぐる我なるかと動脈瘤の陰画見てをり
かなしみは神が潜める幕なりと言ひたる人の言葉肯ふ

上腕の内側の皮膚しわをもちたるみてをりぬ何うしようもなし
目は届く限りを求め透明の水の底ひにざりがに動く
入道雲杉のみどりに腰据えて伸びてゆく秀と激しさ競ふ
われの無事他人の難事何処かで引換えられてありしならずや
濡れてきて己れを主張するごとく黒あきらかな幹となりゆく
ふくれきてわれに背ける血管が爆けてやると脅しをり
香淳皇后斂葬の儀の営に昭和の世代終り告ぐると
衣服みなふくらみ舞ひてぶらんこの少女は空の一つに躍る
斂葬の儀式に昭和終りしと皇室とありし歴史の名残りは
青き山青き稲田を渡り来し風は胸底満しゆきたり
このところ追はれし人の恨む眼も潜めてダムの水平らなり
食べ残し置きし煎餅まがりをり高温多湿の半日暮るる
水青く湛へしダムに風渡り高層なすは地下人ならず
去年ありしあたりに爪切草の生えみどり透きたる葉を伸ばしゆく
地の中に今年につなぐ種子ひそめ爪切草はみどりを透かす

ながき日を重ね来りし大き樹の密密として緑陰をもつ
暗み来し室に窓開けのしかかる如くふくらむ黒き雲あり
生れ来し不思議に死ぬる不思議あり二つの不思議思へる不思議
花殻の下より青実覗かせて梅の木今日の営みをなす
波立てる故に流れの澄みとほり石光らせて谷間を下る

野焼

鉄斎

鎌を商ふ

雷鳴

雷を伴ふ雲の空覆ひ青年土工の肌黒き夏
黒雲の中閃光のかけめぐり谷ふるはせて雷鳴渡る
轟ける神鳴る音は内深くもちいて出でぬわが声にして
天地をふるはす音をもたざれば雷鳴渡る耳のさびしさ
地を撃ついかずちの音轟きて吠えゐし犬は小舎にひそみぬ
轟きて雷鳴空をふるはすを男生きるはもっぱらにあれ

頭にかざす本に涼しき風生れて垂れいし首をすぐく伸ばしぬ
結局は我が四畳の本の部屋酔ひし眼を開きていたり
隣ゐて俺が俺がと言ふ男酒飲むこころしずかならしむ
木の株のめぐりの雪の融けており冬も昇れる樹液のあらん
株のめぐり雪の融けおり葉の落ちし木にも昇れる樹液のありて

緋の花に秋の光りは澄みゐたり人無き山の駅の傍へに
初めなく終りのあらず流れゐる水と思へり夜半を醒めて
この先は人家のあらぬ山峡の家より幼な児泣く声聞ゆ
灯を消して水の流るる音伝ひ眞夜は地表に我のつながる
送りたるままの荷物の積まれいて店主は黙し帳簿を開く
ああと言へばおおと応へてこの店の主は椅子を差し出しくるる
目の届くかぎりを夕闇見てゐしが障子閉ざして頭垂れたり
水の音生るるところに我のあり宿の一人に夜更けてゆく
サルビヤの緋のきはまりて散り落つを風に冷えたるまみとなりゆく
見知らざる土地にてバスを待ちゐつつ青き大空仰ぐ親しさ
すでに地に種子を落せし秋草のさやさやとして風に吹かるる
泥沼の中より抜き得ぬ足の夢目覚めて足のほてりありたり
目に追ひし小鳥の群の森に消え澄みわたりたる秋空ありぬ
森蔭に鳥消えてゆき澄み渡る空にとどむるひとみとなりぬ

うるしの葉真紅なるまま散りゆけば透明の碑を我は刻まん
ひと年の陽に熟したる柿の実の光り返せり確信のごと
容るるべき心の積よ湖の水平かに夕暮れてゆく
傾きつ走る列車に我があれば水は走りて明日に流るる
野良を行く農夫の鎌を持たざれば鎌売りわれは目を落したり
地下街に秋となる風入りゆけば行方知らぬと人には告げよ
深々と頭を下げる老主人この山中の宿のしずけし
宿の灯は床の白磁の壺に照りてれにかへるひとみとなり
机一つたたみの上に置かれいるこの簡明に遠く宿りて
真夜を覚め敷布の捩れを直しおり歩み商ふほえる足もつ
間に合ってゐると名刺を返されぬ頭を下げて戸口出でたり
まいどーと言ひたるままに室に入り父の代より取引をもつ
鎌屋さん今日はおれんちに泊ってゆけ日の高ければ好意のみ謝す
出張の案内見てより保ちしとしめじの汁を作りくれたり
商談をなしゐる室に酒置くは今晩泊めて呑ましてくるる
明け初めし窓に聞ゆる靴の音朝通へるは歩みの早し
大きなる木蔭のベンチは鳥の糞多し払ひて寝ねにけるかも
天分つ青き峯より吹き来り風簸額の汗を拭ひぬ
終戦と夾竹桃のあかき花年経て我に強く結びぬ
葉の露を払ひて朝の風の過ぎ大地を踏める歩みなりけり
顔上げて草原渡る朝風の胸内にふかしおのずからにて
夕闇の覆ひくる中ややこゆき闇となりゐて歩みゆくかな

小さなる種子とし落ちて草枯るる蕭条として風の吹きおり
朝顔の青に朝の空気澄み本を読むべく歩み返しぬ
耳もとに小さな声に告げ来り少女は秘密を持ち初むるらし
コーヒーを一口飲みて背をもたらせ一人となりし瞼閉ぢたり
かたまりて少女等何にか笑ひおりしばらく茫と我は過さん
隣席の声もとうきがごと聞きてコーヒー店に瞼閉じおり
ひさし深く帽子かぶりて歩みおりこの街知る人多く行き交ふ
うつうつと出で来し今日やおのずから道のへり撰る歩みなりけり
活作りされたる鯛はいのちある限りの口を開き来りぬ
晴れ渡る原となりきてはるかなる山は競へる木々として立つ
雲を割る光りおよびてはるかなる館はみひらく窓をもちたり
戸を開けて夏の日差しの白く照りしばらく眩む老ひし目をもつ
散り落ちしくすのきの葉の紅が風に吹かれて近くに来る
炎なす日照りも蟻は自在にて足の上にも登りて来たる

蔭ふかきところにベンチ置かれありすなはち我は歩み寄りたり
かりかりと自がせんべいを食ふ音の夜の底ひに聞けるさびしさ
歌作るひまに木影の伸び来り平たき岩に腰を下ろしぬ
世界を圧す日本企業のまざまざと折込広告求人多し
クレータと岩と埃の月しろのはるかなものは輝きて見ゆ
他者として見れば輝く吾なるか月照る道を歩みゆきつつ
呼ばれたる人つぎつぎに立ち行きて待合室に一人となりぬ
名を呼べる声にふり向き久に逢ふものの互に歩み寄りたり
日の斑紋地にゆらめき葉を渡るすずしき風の木蔭にきたる
岩を置く間を童の駆けめぐり危ふし老ひしものの眼は
てっぺんに登りし少年仰ぎゐる友をしばらく眺めて降りぬ
三度目を窓口に立ちて尋ねおり痛みに耐へて妻の病み臥す
いしぶみの埃を落とし木の葉揺りわが髪乱し風の過ぎたり
寝て見る枝を組む木の高きかな葉蔭ゆ蝶の舞ひ降り来る
渦巻きて散りゐし煙おさまりて箒を担ぐ かへりぬ

雲が出て光と陰の原に消へ内に還らん歩みを運ぶ
ひたすらに星の光りに祈りしと古代の心遠くまたたく
ののさんと我も唱へし月の冴え昭々として中天渡る
買ひ換へて使はぬ時計が正確に時刻めるを机に出合ふ
かげろふのひと日の命に飛び来り我等祖より承くるは永し
トンネルの傍へに古き道ありて山越ゆくねりの草にかくるる
もちの実の赤く光るに長く立つ冬にてあれば枯原なれば
おのずから歌詞に体の ひゐて舞台の少女唄ひつぎゆく
待たれゐるものの輝きおくれたるバスは街角曲り来りぬ

蛇の子は生れたるらし道に出て少し血を出し轢かれ死にをり
名を呼ばれ立ちし少女の直ぐき脚わが失ひし素直さにして
黒き実の並び輝き葉の落りし草は秋逝く風に吹かるる
スリッパに差し込む足のよろめきぬ老ひては忘られ生きて行くべし
過剰米過去最高の記事を読み豊稔の神を祀ると出ずる
窮したる返事は湯呑手にとりて飲むともあらず口に当てゆく
りんりんと渡れる声をひびかせて鈴虫終る命を鳴きぬ
はるかなる峯あたらしく並びゐて二日降りたる空晴れわたる
吹く風にうねり打ち合ふ葉となりて近くにあるは傷をつけ合ふ

幹黒き木肌に置ける目となりてベンチに一人腰を掛けをり
雌犬を飼ひゐる家の横に鳴きひきゐる犬は抗ひをもつ
徐行せし車の窓の開かれて知りゐる顔はほほえみをもつ
掴まんと努め来りしてのひらのしわより乾き固きを開く
帽子脱ぎ首振り汗を拭ひたる男稲田に屈まりゆきぬ
対ふもの無き安けさに帰りたる後をしばらく頬杖をつく
金色にまな界ゆれて稲の穂の一夜の熟れを増せる明るさ
一日の熟れを展ける稲の穂の充ちゆくものにながく立ちをり
すきとほる滴が葉末にふくらみて降るともあらぬ朝よりの雨

かたくなに言ひ出しことを言ひ募るわれといつしか成れてをりたり
言ひ出でしことを否まる不快感強くなりゐる我と気付きぬ
鼻の穴二つ作りし御心の量り難てにて鏡見てをり
癒えて来て自在となりゆく身体の招きてゆける天地がありぬ

黄疸を病む友を見舞ふ

しばらくは目を疑ひて君ありき黄に染まりたる体横たふ
すさまじき黄色の皮膚に臥しており鼻やかん骨確か君にて
腕ほそく腹の上部のふくらむは肝臓の病み進めると見つ
語尾ほそくしばらく呑めぬとほほえみぬ黄疸病みし君のやせたり
黄に濁る眼ようやく向けており豪傑笑ひはまなうらにして