無題(13)

網囲ふ中にはまちの泳ぎゐて海の青きを背に移しゆく
洋文字に吾児は対ひて過しゐん若葉そよかぜ風吹く時も
読みし本のイメージが寝て過ぎし日のイメージといろいろ重なり合ふも
次々と浮ぶイメージ霊前にありて亡き母わが内にすむ
跳び込みし蛙の音に足を止め山峡の池木蔭の青し
休みなく蟻の動けりこれの世にあること少なき命をもてば
四、五人の男が散りて集まりて池の堤に田植近づく
友を呼ぶ乙女の声もよみがへり大賀の蓮はうす紅に咲く
帰り来し鳥等のくくみ鳴ける声眠りて明日の命養ふ
溝さらえなしたる水の淀みなし早苗を植うる田を満しゆく
泥泡の車輪にまつはり植うる稲我等の命これに養ふ
南国の激しき日差しまざまざとサボテン真紅の花を開きぬ
南国の豊かな日差しを伝へ来て黄の大輪の花弁の厚し
大輪の黄の弁厚くサボテンははつ夏の庭を制して開く
半袖となりたる腕の新しく若葉を揺らし風流れゆく

鮒の振るひれに幼き日のありて足弱まりし歩みを止む
草を擦り素早く泳ぐ鮒のあり追ひ得ぬ足となりて立ちたり
梅の実のかくや大きくなりて落ち花より後は見ることなかりき
その日その日を生きるだけです新記録問はれしイチロー表情変へず
怯だとなる心が怯だを呼べるとき大和武尊は父を恨みき
老人は帽子のひさし少し下げ真白きシャツに歩み出でたり
花着けし重さに土に着きゐるとわが愛情は斯くの如きか
命まだ白鮮かな雪柳急ぎ散りゆき土に積りたり
行く春の木蔭深まり飛びて来し蝶はひっそり翅をたたみぬ
緑蔭が分ちて冷へたる風のあり歩み来りしほてりを直す
折合へる葉裏の白く風はしり面を上げて山路を歩む
朝シャンに出でゆく娘土のつくもんぺの母が一つ家に住む
整然と並び植へらる田の稲の青さ増しゆき根付きたるらし

魚影と沈む朽木を見究むる瞳こらして山池青し
こめ来る霧の中なる我のあり定かならざる姿に立ちぬ
雨蛙敷居の上にちょこなんと坐れり今日もしとしとと雨
実習をなしゐる男の中学生肩いからせてコーヒー運ぶ
その昔てかもの食ひと言ひたりき老ひ来て室に甘き菓子置く
目が覚めて昨日と同じ日差しあり碁を打ち食べて一日過ぎむか
吊縄をはずせし眼窩の大きくてめざしは海の青き色もつ
窓に置くコップの紅し閉されて室内の闇背後につづく
居らざりし鷺群がりて耕転機耕す後をつきてゆきをり
耕転機耕す後を忽に群る鷺となりてつきゆく
何処より来りし鷺が群がりて耕す機械に競ひつきをり
葉脈が赤さ増し来てその先につけし蒼のふくらみ来る
急激に障子の明り増し来り降りゐし雨は止みたるらしき
目が覚めて先ず小便に起き出でぬ老ひては何なす予定をもたず

小さなる争ひ無数の町抱き播磨山脈稜線青し
夕風は冷えを携へ本を読むほてれる我を訪ねて来る
チョコレートの融けて固まり歪みたる包紙はぎをり暑さの続く
べったりと融けて包紙にひっつきし飴はがしをり炎暑のつづく
朝早き山の舗道を歩みをりむかでの轢死なども見るべく
葉の数の少なくなりて黄変す水を求むる必死の声だ
炎熱をむしゃくしゃ食ひてひまわりは首太く黄の大輪を掲ぐ
青竹は炎熱吸ひて青さ増し冷えもつ風を生みて通はす
炎熱をむさぼり養ふ太き首ひまわりの花に我ふと来る
かぶりたる西瓜が満たす甘き露わかち食ふとき祖はるかなり
人が来れば矢張り逃げをり数?たれしか一羽となりて泳ぎゐし鳩92
澄みとふる山の蔭路あじさいの碧に歩みの運ばれてゆく
菓子にとまる蝿に下せし一撃に菓は砕けて蝿見当らず
クーラー無き暮しに祖等耐へたりき消ししクーラー亦もつけたる

あじさいの咲きたる青に澄みとほり寺の参道木蔭に消ゆる
生と死を分つ微光に昏れてゆき瞳は究めん緊りもちたり
吹く風に若木撓ひて戻りつつありしが夕少し曲れり
二本の手ポケットに入れて千の手に道具を握る仏見てをり
鈴虫の今を限りを鳴くを聞けば灼くる暑さも短き夏ぞ
わが生きる姿尋ねん短歌にて文法論ずる歌会に黙す
水草の垢を小突きて波を立つ営む魚はひたすらにして
幼な日の足のよろこびかへりきて老ひの歩みを運びゆくかな
騒ぎたる風に飛びたる鳥ありて揉まるる羽根に山にかくれぬ
腕の時計刻むはわれの時間にて過ぎてゆきしを大方知らず
繁りゐる葉を押しのけて咲く花は真紅の己が領域つくる
光り透くうすき花びらしげりゐる葉を押しのける力に咲きぬ
亦しても泳げる鮒を眺めをり水と魚とのつきぬかかはり
突張れる足に曳く犬立止まり草むらに臭ふものあるらしき

帰りにも魚居し所に寄りて見ぬ命親しく老ひて来るなり
残るものを作り置かむとハガキ来ぬ近づく終りは切々として
潅がいに日々に減りゆく水に住む魚あり人なら耐へ得ぬものを
この脚に生きる外なき我なりと坂の途中に腰を下せり
灯の照らす窓を囲みて闇迫り追はれて我はものを書きをり
腰上げてペダル踏みゐる少年と坂の半ばにすれ違ひたり
炎熱に農薬撒ける男居て露あるときは駄目と答ふる
円型に梢の元に向きたるは陽を受くためと若葉萌しぬ
草の葉の揃ひ空向きよべ降りし露宿らせて朝の明けたり
草青く雲桃色に明けてゆき我に見る目を与へられたり
水のある惑星なると青々と向へる草を分けて行きつつ
美しと眺むる天地億年の生命営む瞳を向くる
分けて来し尾花の原も輝ける遠景としてふりかへりたり
重ねたる月日に耳の遠くなる我はしずかに忘らるるべし
世を離れ己が心の果しなきものを尋ねん生きんと思ふ
寄りゆきし木蔭に冷ゆる風ありて恨む心を払ひて過ぎぬ

赤緑闇を開きし花火消へ夜の深さを帰りゆきをり
池に水湛へて田の稲育ちゆく人が作りしものを見てをり
降る露を迎へし草の天を向き交す光りに朝の明けたり
重なりし山はもやひに消へてゆき峠の上に我の立ちたり
包丁の刃先に指の腹当ててニュース賑はす殺意に触るる
釣りし魚池に戻して遠くより来りし人等帰りゆきたり
飲む水は直に汗に噴き出でて背に張つきしシャツを脱ぎたり
通る度に歩き足らざる犬の声繋がるものと老ひの向き合ふ
音立てて落ちて来れる剪定の我も余剰の枝かも知れぬ
余剰の枝切られて落つる音立つをポケットに手を入れ眺めてをりぬ
葉の落ちて花を掲ぐる草のあり種子を結ばん必死の様ぞ
大判の陵を駆けたる足なりき坂の途中に腰かけ撫でる
貫きて航跡雲の渡れるをわれは制することの無かりき
取出して短歌のノート見てゐしが過去に向きゐる吾に気付きぬ
足投げて呼べど応へず犬寝ねぬ老ひの衰へ我と分ちて

ちょう罰に抑止されゐる人殺し人の尊厳の虚像を言へり
夕闇は庭の草木を沈めゆき眠る外なき目を開きをり
包みくる夕闇の中を帰りをり竟にもつべき一人の歩み
生き来しは何にありしや夕闇の中を一人の歩みもちつつ
明日行かん見舞の額を話しをり死に関れる用のみ増へて
缶ビール一つに減らさる晩酌も押れきて眠らん歩みを運ぶ
出会ひたる友は指折り生きてゐる同窓生を数へて去りぬ
折る指に足りて残れる同級生語りて友と別れゆきたり
立つ翅をふるはせ鳴ける鈴虫の声は星フル天に渡りぬ
りんりんと鳴きゐる虫の声渡り老ひし眼を空に向けたり
半袖となりたる腕に歩みをり艶の失せしを現実として
この口を出でたる言葉は重からん唇厚き写真の掛る
削りゐる鉛筆の芯出でて来ぬ言葉に鋭く光りてをりぬ
幼子は各々自分に遊びをり手に砂掴み放せるのみに
残りゐる同窓生を数へ了へ元気でと友は別れゆきたり

時折りに人行き違ふ商店街うつむきしまま通り過ぎたり
つり上げし魚を戻して帰りゆく程に過ぎたる一日なりけり
柿の実の尻円かに育ちゐて荒れたる風にいくつ落ちたり
しろがねの鱗ひからせ遡る魚は岩間を競ひ合ひたり
紅を刷く熟れに結べる実もありて原は亡びの秋へなさるる
台風の過ぎたる魚はまだ水のそこひに潜みゐるらし
さかのぼる魚は波立て激に入りてきらめく鱗を競ひ合ひたり
複数の花掲ぐるはまれにして百合は乾燥の夏を営む
億年の光がつなぐ星見をり我は眼の来所問ひつつ
宇宙問ふ言葉の来所をたずねをり宇宙の中なる一塵として
見上げゐる宇宙の中なるわが在り処我が目に収まる宇宙を問ひをり
投げ出せる足に寝ねたる老ひ犬は近寄る我に細く目を開く
光りもつ原となりゐて草の立ち歩み来りし径のふりかへる
散り落ちし花の紅滅びゆくもの鮮かに地に置きたり
静かなる老ひにあらんと思へるに残生少なしと内より声は

群れをなし魚泳ぎをり群れてゐる安きを離れわれの見てをり
開きたる窓に枯れたる葉の舞ひて風は滅びの冷えを増したり
一望に青く草木の地を覆ふ日本と思ひ坂下りゆく
知る人の逝きしを歎く歌並び世は密密と繁りてあり
出でてくる言葉はつづまりおのれにて腰掛け並び空を見てをり
遠くより継ぎし歎きか知る人の逝きしを憶ふ歌の並びぬ
平安と平成の死の作品が並べてありて等しいかなしみ
われはまだ若さもつかな照り来り暗む木蔭に瞳はしりぬ
いつよりか憂ひとなりて未来あり艶の失せたる手の指伸す
背中より押されるごとく日々の過ぎ返り見すれば何事もなし
平安の歎き平成の歎きあり韻律違へて逝きしを歌ふ
光る眼眉間に寄せる深きしはテレビに殺人始まらんとす
新聞にテレビに報ずる日々の量取り残される我かも知れぬ
藷を掘る人の傍へをリュック負ふ自然探訪の群過ぎてゆく

一日を藷堀り自然体験の人等はバスにて帰りゆきたり
一日を藷堀り自然体験の人等は農を讃へ帰りぬ
火に飛びてをりたる虫は群りて狂ひて舞へる面となる
流したる涙が洗ひし心らしいきいきとして劇場出ずる
劇場に泣きたる人等はればれとしたる顔もて帰りゆきをり
溜りたるかなしみなどを劇場の涙に流し出でて来りぬ
点もりゐし灯りの下に虫の死の重なり昨夜狂ひ舞ひゐし
舞ひゐしは命賭けたる飛翔にて灯火の下にむくろの散りぬ
舞ふ虫は舞ひゐることが命ならん灯りに舞ひし骸を曝す
流れきし水に登れる魚のあり水の動けば自らにて
物産むは労働ならす研究の設備と操る頭脳にして
記号化し記号が記号を生みゆくを眺めゐるより外に術なし
手の技術追ひたる機械、機械追ふ頭脳の技術眺めゐる間に
人間の頭脳に物のかへりしを我の頭脳は間尺が合はぬ
にちにちに離れて進む生産のはかり難なき世界に対ふ

冠毛の映へゐる鳥が降り立ちてゆるりと歩み運びゆきたり
如何なる波われは立たせてゐるかなと思ひ泳げる魚を見てをり
如何ならん世界を我の作り得るや歎きばかりを言っては居れぬ
求め来し世界の中に今の世を組込みゆかん思索追ひゆく
遠代より伝へし世界の一駒に今の世ありと思ひ定むる
遠代より築きし世界を内に見る我と思ひてペンを置きたり
ほうりしは石にありしか将怒り池の最中に波を立たせり
研げる目に服を手に載せゐたりしが袋を提げて女かへりぬ
赤黒く銹沁み入りし柱並び注文絶へて鍛冶場音無し
罪常に憧れられて婦人誌の表紙に不倫の文字の輝く
憧れを秘めもつなれば婦人誌の表紙に不倫と大きく刷らる
亦一つ山を消したる雨足は荒き音立て襲ひ来りぬ
ほうりしは石にありしか拡がれる波紋の岸をひたひたと打つ

熱風が展げゆきたる海岸の人等は波を抜手に越ゆる
舌を出し犬の死に居りこれの世の末に何を味はひたらん
死んでもよいと言ひたる言葉鮮明に記憶の中に瞳を住はす
多目的ホール建ちをりそれぞれの個性が己れ見つむるところ
目の眩む深さに谷の削られて大きな岩の支へ合ひたり
うがちたる時の永さに谷のあり交せる岩の底ひを知らず
緑濃き谷間光らせ音立てて夏の時雨の過ぎてゆきたり
校庭より流るる歌の日を変り老ひたる我の声を競ふ
集ひ来る車窓に歌友の顔のありほほ自らゆるみゆきたり
自動車のライトが開く夜の闇一すじわが家を目指して返し
全盲にならぬと医師に言はれしが日々におとろふ視力を思ふ
虫が食ひて葉脈ありぬ一葉の成りし精緻のおごそかにして
この下に埋立てられし沼ありがとりて食ひたる魚の親しさ
目を病みて目を病む人の多かりき霞む光によりて生きゆく

無題(12)

のぼりたる体重計の針の先生きるいのちの揺れいて止まず
置かれいるガラスの瓶の半ば程区切りて水は明るさをもつ
右足の指に歪みし靴拭きぬ明日より長期出張に出る
根を伸ばすガラスの瓶のヒヤシンス水のふふめる光りに白し
雑草のはげしき萌しをくり返し妻にこの夏過ぎてゆきたり
ゆるゆると風を孕みてカーテンのふくらみ来る涼しさにおり
陽の亘る庭となり来て鶏頭の真紅の花が庭を統べたり
ふくらめるカーテンの裾より流れ来て風は読みゐる瞳を冷す

釘打ちし鉄の臭ひの洗ひたる手に残りゐて夕餉に並ぶ
ホースよりほとばらしめる打水のとどく限りの口を絞りぬ
ホースの口絞りて水のほとばしる唯それのみに吾が背の直ぐし
卓に置くガラスの瓶の水満ちて涙と同じ密度に光る
涙のごとガラスの瓶の水満ちて昨夜一人の卓にありたり
設計の紙に引かれし直ぐき線山を貫くトンネルにして
朝顔の葉の枯れ来り吹く風の瞳締まれる冷えをもちたり
ひしの実を採りし童は爪をあて歯をあていしが遠くへ投げぬ
残りたるいのちは赤き鶏頭の花の炎に瞳置きたり

彼処より一人とならん岐れ道見えいて変らぬ歩ゆに歩む
手を振りて岐るる道を過ぎしより我の歩みの少しく早し
走り寄る途中に切れし電話器の我に関る何のありたる
いちにちをおへて門辺に見はるかす住み在りなれし山亦草木
客の背の消えゆきしを見定めて我となりたるあくびをなしぬ

出合ふ人何の人も知る人にして村一軒の店にと通ふ
大方は老人にして村の店ながくかかりて物を撰べり
殺意なぞ誘ひもちて三日月は細く鋭く冬空に研ぐ「光りを研ぎぬ」
何買うたん買物袋をのぞき見て出合ひし人は挨拶とする
挨拶をされて出来ゐし歌一首思ひ出し得ずかへりゆくかな
遺伝子の不思議を読み居りわれが持つ遥かなる過去はた亦未来
身がもてる過去と未来の果しなし読み了へてわがおごそかに坐す
果しなき過去と未来を包みもつ我と思ひぬ今と思ひぬ
大寒の氷重なり刺し合へる光りを見つつ家路を辿る
曝ひ切りて白く光りを交しゐる草の堤を再び歩む
濡れてゐるところは青き苔保ち冬の小川の杭の立ちをり
耐へ生きて何のあらんと言ふならねストーブに掌かざしゆきつつ
大きなる声に吐きたき思ひあり記憶は恥の多く残りぬ
虚ろなる言葉の交しに移りゆき残る記憶は恥の多くして
照らしたるライトに振り向き輝きし顔をしばらく保ちてゐたり

灯を消して寝床の中に背を丸め眠りを待てるわれとなりたり
山際に日を溜めてゐるなだり見え曝れたる草の光りを返す
忠霊碑風に冷えゐて弾丸に死ぬ痛みを知るは減りて来りぬ
不思議なるものの一つに裸にて走り居りしが口紅をぬる
おとがひの角の張りきし女にて如何なる由の移りもちたる
一すじの髪の乱れに目を止めし女は亦も櫛を出したり
数多き髪の乱れの写りたる少女は亦も梳き直したり
飴なめて無 の時を満しをり包みもはぎし手の皮たるみて
枯草に火を放ちたり地の中に新たな春を待つもののため
炎あげ枯れたる草は燃へてをり新草育つ灰と化しつし
灰となり新たな草の肥となる命か野焼の炎爆ひつつ
おれの悪口当然言ってゐるだろうおれも他人のあらが見えゐる
みどりごは固く握りて泣きゐたり掌紋如何なる運命をもつ
腹満たし一人の室に戻りしが机の菓子に手を伸ばしたり
八つ橋の歯に立つ音に一人なる時をしばらく充たしめてゐつ

鳥の声何処かへ去りて降る雨の音も閉せし室に届かず
根を伸ばし枝を拡げて松のありひたすら己れの大を励みて
沈丁花咲かせて厠ありたりき竹の蔭より人入りたりき
拡げたる翼のままに飛ぶ鳶を眺めてゐしがとぼとぼ歩む
テレビにて体によしと報ぜると納豆売場に人の集ひぬ
テレビにて体によしと報ぜられ鯖買ふ人の朝より多しと
八つ橋が一枚多く包みあり笑うてはならぬ頬のゆるみぬ
自転車を押して登れる老人の登り切る迄眺めて居りぬ
犬連れて歩みし土にのこりゐる二本の脚の大き足裏
伸びてゆく夕の影の頭のあたり闇に消えゆき我は歩みぬ
草の枯れ水枯れ大きな水管が地の堤に口開けてをり
犬の声止みたる夜中亦鳴きてうつろとなり闇を満たしぬ
針尖かに突きたき乳房のふくらみにゆれつつ女通り過ぎたり
ペンをもち頬杖つきてゐたりしがせんべいかじりて立ち上りたり
生きものの眠りに入らん闇の中背中丸めて我の寝ねをり

開きたる眼に魚の並べられ泳ぎて見ざりし天に向ひぬ
あごの骨動きて噛みし幾億回一人の男生きて来りぬ
葉のみどり縫ひて下れる光る条仰ぎて眺むるものはかしこし
降り止みし溜りの澄みゐて光陰の流るる雲を映してゐたり
水管に流れの絶えて冬久しゴム手袋が泥に乾きぬ
戴くといふ字をおもう与へたる童は掴み走り去りたり
海に迄かへらん水が降る雨の流れて草にかくれゆきたり
出会ひしは尊かりしと過ぎし日の還りて来るこの頃にして
落ちし葉は風に走りて消えゆきぬ知らざるいのち運ぶ夕暮
落ちし葉は風に走りて消えゆきぬ夕は知らざるいのちを運ぶ
こまやかに空に競ひて立つ梢白きもまじり冬の陽の差す
枯れし草映れるかげと照らし合ひ澄みたる冬の池の明るし
秋の水冷えたる風に澄みとほり我は洗はん頭蓋もちたり
羽博きて羽ばたき帰る鴉ありなへて夕日に向ひゆきたり
夜の灯に鎌を研ぎゐる人が見ゆ指当て透かし亦も研ぎたり
赤き顔灯りに照し飲居りし人等次第に声高となる

2015年1月10日

無題(11)

従客たる死の難ければ吹く風のままに流れる綿雲ありぬ
吹く風にうねりもつとき輝きて秋の尾花の原はありたり
五十軒の内十軒は空家とぞ出合へる人の多く老ひたり
目のかすみ耳鳴り疲れ動悸など薬舗のポスター見覚えのあり
鬼鐘鬼般若お多福いにしえの人等は面に托し作りき
いにしえのいのち定かに神楽面裡なるものを露はとなしぬ
鬼の面般若の面を作りたる心の修羅も継ぎて来りぬ
吾の死の既に定まりあるべしと一人の室に掌紋見入る
箸折れし事の不運に連なるる祖母の言葉も棲むはせており

巣立ちたる子つばめ低く飛び交し梅の実の尻丸くなり来ぬ
はりはりとらっきょう漬を食みており好み変りし歳月知らず
定まりてあると思へば掌紋の如何なる修羅も静かにあらん
金を包みお布施と書きぬいにしえゆ伝へてくれば当然として
夕雲のくれなひ帯びて来るより水の面に魚とび初めぬ
くれなひに光り差し来て跳ね上る魚に乱るる水となりゆく
水面に映りし茜掻き乱し魚は競ひ跳ね上りゆく
くれなひの光をしたふ魚群れて水の面を乱しつつ跳ぶ
夕光は空より水に赤くして魚跳び初めぬ数を増しつつ

茜さす光りに魚の跳ねておりもてる力の限りの高く
跳ねるべきいのちにありと夕茜亘る水面魚の繁し
夕茜水に亘れり今は唯光りに向ひひたすらに跳べ
葉の濃く花の小さき朝顔が畦に咲きおり野の花として
炎天に競ひ伸びゐる稲見えて水奪ひ合ふ白き根をもつ
荒廃をしたる山峡の田の見ゆる祖先が流せし汗の量(かさ)見ゆ
もぎて来し茄子をくりやに腐らしめ老ひし二人のたつきの続く
行き着きて終らぬ水や悲しみしはるかな人の声をのせたり
その指を反らして見つつこの反りの如何なる性を棲はせてゐる

掌に葡萄の房を載せており一粒一粒円らかにして
朝顔の花の萎びる十一時この炎熱を屋根に働く
口開き寝ゐしならずや乾きゐる舌の覚えにあたり見廻はす
深く反る指は如何なる性棲ふ一人留守居の部屋に坐しおり
ぬば玉の闇はありけり戸を開けて今より吾の踏み出すところ
若き日にいのちを捨てん戦を持ちたることの今をも充たす
弾雨の中いのち捨てんと進みたる若かりし日を今も肯ふ
死するとも惜まぬ命知ることのなき若き等はさかしく動く
栄ゆべき祖国の為に戦ひき若かりし脚すこやかなりき

祖国ありき戦に出でてゆきたりき若き血潮に激ちゐたりき
不機嫌をそのまま出してもの言ひき母故その母今はあらざり
流れいる水の生みゆく風ありて夏のたかむら深く澄みたり
この種子の紫の花秘めゐると今掌の上を転ばす
排気ガスに黒く汚れし並木道歩める人等足早にして
風化せる石に幾すじのみの跡見えて野の花供えられおり
草原に寝たる牛は大ひなる地と一つの如く動かず
頭欠けし野の石仏の苔むしぬ此処に願ひをかけし人あり
戸を開けて今日はてっせんの花ありぬにちにちの我が庭と思へり

幼な手をつなぎ抱へし住吉の宮居の松も枯れて跡なし
朝顔の花にちにちに小さくて秋となる空高く澄みたり
耕転の土返さるる田のめぐり白鷺いつか来りて立ちぬ
耕転の土返されて出る虫か白鷺群れて上を飛び交ふ
明くるとは物の象のあきらかになり来る事と朝に立ちおり
駅口をなだれ出でたる夜の影相似て吾は吾にて歩む
盛り上るコップの酒に笑ひ声挙げて居酒屋人の群れたり
盛り上るコップの酒を一息に呑み干し笑まふ顔となりゆく
二杯目の酒のコップを持ちしより話しを交す人となりゆく

コップ酒立ちて呑みゐる人見えて夜の灯りに濃き影をもつ
手にもてるコップに酒の注がれいて溢るるときに笑まひもちたり
爆竹の音の聞えて立上る休みの午後の肘枕より
かげり来る光りとなりてかますだれ花びら閉ぢてゆくべく立ちぬ
花半ば開きしのみのかますだれ朝より雲の雨をふくみて
昼前の光りとなりてかますだれ開き切りたり一斉にして
音立てて蝶とび来り夜々を宿屋異なる我のありたり
燈し火に音立て蝶のとび来り峡の旅館に今日は泊りぬ
廃屋はくされてかびてゆく臭ひバスを待つ間の雨の醸せり

細き雨直ぐく降りゐる肩の冷え草の枯れたる冬原広し
砂を巻き吹き来る風に肩屈むみちのくは冬の来れる早し
おろしたる篭に りゐし行商婦やがて寝息を立てはじめたり
藁屋根の傾く軒に吊されてとうもろこしは秋の陽返す
実の熟れて葉の散りゆくと柿の枝渡れる風の吾には告げよ
空を飛ぶ鳥一羽のさびしさに旅ゆく吾となりてゐるかな
朝々にふくらみ増せる鶏頭の花の真紅を庭に見ており
昨夜より数へておりし朝顔の花のむらさき先ずは眺むる
ふるとなき雨が濡らして黒竹の艶も庭となりにけるかも

いつよりか降り初めおりし雨細く濡れて明るき庭となりたり
うすべにの秋海どうの花つぼみ掲げて庭の軒蔭澄みぬ
咲き初めしうすくれなひの花明り秋海どうは軒蔭にして
むらさきのうすく匂へる花並びリボスは茎を長く伸ばせり
うつむきて少女の胸に鳴る動悸秋海どうははじらへるごと
単線の止まりながき乗る列車地ひびかせて特急越しぬ
素焼の壺土より出でて千年の時より今の声交す中
水深み水すきとをる湖の底ひぞ神をすまはせたりき
捨てられし缶に雨降り百の波百の修羅をぞ立たせていたり

思ひ出の悔しきものに声出でて何事なるかと妻の問ひたり
ガラス戸につきたる霧の寄り合ひてふくらみ露となりて流るる
重なれるかなしみに似てガラス戸に付きたる露は寄りて流るる
一片の葉とはこの木に何なりし裸の梢に風の鳴りゐる
木枯が吹きて散らせる万の葉の一つ一つぞ夜半に思へり
盛んなる同化作用を営みし葉ぞいさぎよく散り落ちゐるるは
夕風の膚に冷えて夏移り朝顔は種子を充たし来りぬ
障子開けて机に読みゐる本の見ゆ即ち我は帰り来しなり
朝顔のつぼみ開きてゆくふるえあかとき何処か祈られあれば

ねむの葉の合さりゆけばとうき日の母の腕もすでに忘れぬ
蒸気抜く列車の音に目が覚めて深夜の駅の広さがありぬ
草原に寝転び仰ぐ大空の広さに腕を拡げゆきたり
店前に送りし品の並びゐず売り切れたるか荷ほどきせぬか
目の合ひし店主のかかすかに笑みふふむこの度注文多きか知れぬ
他店より新たに入りし品並ぶ如何なる言葉の店主より出ず
眠りゐる鼾聞こゆる夜を覚めて我がすぎこしは争はざりき
墓原に花溢れいる彼岸会の石碑はるけき名を刻みたり
ふと出でし卑屈なる語が地にひく己れの影をじっと見ており

拡大鏡かざして新聞読むことも当然としてにちにちの朝
我の名もやがて刻まれ忘られん蕭条として墓石立ちたり
何の墓も花のさされて刻まれし石碑の名前大方知らず
石階に屈まり曲る影となる即我は登りゆくなり
何を指し空の深さに入りゆける鳥は鋭き声を残して
きはまりて紅き楓もかたはらの枯れたる草も昏れてゆきたり
利を求めめぐれる旅に老しるく疲れて今宵酔ひ深まりぬ
野火赤く映ゆる農夫の手の指の土とたたかふ節立ちゐたり
燃しゐる火に照されて顔深く土とたたかふしわを刻めり

幼な子が手を引きに来し溝澄みて鮒幾匹が泳ぎていたり
朝顔を引かんとせしが明日開くつぼみ見えいて一日のばす
スコップを入れて争ふ千の根が土の中にて交叉なしゐぬ
土の中に争ふ千の根がありぬ穴を掘らんとスコップ入れしに
亡き母が植えし水仙夕闇に顕ちいて白き花を咲かせり
食はぬ方が体によしと思ひつつ置かれし饅頭一つを取りぬ
C型のブロック並べる溝となり淀まぬ水は魚の住はず
背の灼けてパンツのみなる運転手ドア開け大きな声を出したり
急坂に後進なせるトラックの音ひびかせて砂礫摘まるる
積みおへし合図に手を挙げトラックは石伐り砕く山を降りゆく
網をもち足しのばせしこの堀も 場整備に埋められてゆく
茜空映せる水を掻き乱しまいまい虫は舞ひつぎゐたり

2015年1月10日

無題(10)

七百年過ぎにし時は石にさびはだらに落す冬陽の淡し
吠ゆること忘れし犬と差し来る冬の陽光を分ちてゐたり
熱りもつ吾子の寝息のやや高く灯り消したる闇に聞ゆる
行き違う列車待ちゐる窓に見え遠き灯りが一つ消えたり
威勢よく魚取出す行商の寒風にひびの入りし指もつ
夜の道に縄一匹の蛇と見えさびしや常に死の翳を負う
平らかな水に写れる裸木のこの簡潔に老ひてゆくべし
草原にあまねく降りゐる日の光り蝶々は黄の翅をひろげぬ
一むらの枯草に光りしずもりて開墾田の土くれ粗し
石曝れし開墾田に風すさび冬の野径は人影を見ず
鮮かな黄色と思うごみ箱にみかんの皮を捨てんと持ちて

野を行けば緑の炎君の脚夏の光りに直ぐく立ちたり
湯槽より溢れ出る湯をおごりとし大つごもりの体浸しぬ
迷はざるものの逞し草の上に寝たる土工の胸盛り上る
呼び声を止めし売り人歩み去り駅舎は午前三時の黒さ
一匹の蛙に見たる偶然死吾が影誰の影にもあらぬ
鋸の粗き切口に樹液出で惨もたざれば人生きられぬ
吸ひさしの煙草を土にたたきつけ土工は始業のつるはしをとる
我が影の伸びゆき闇につながるを踏みて昨夜の道かへりゆく

軒先に干魚吊されありしかば背後の闇に瞳移しぬ
脱ぐ服に白き埃のつくが見え宿の灯りは一人を照らす
草の道下りし所に家ありて冬の陽差しに大根つるす
凱々の雪の景色の一ところ家にて屋根の雪かきおろす
水害の跡の礫に陽の返り昨年はここに家建ちゐたり
向岸にとどきし波紋見とどけて再び一人の歩みもちたり
ひらめきてライト過ぎたる夜深く再び窓はしっ黒の闇
葉先迄登し虫は暫し経て頭回らし降りはじめたり
売らるべく篭に入れられし鶏の荒くなりたる呼吸が聞ゆ

投げし石すでに底ひに沈みゐて面は波紋が呼びゐる波紋
一すじのひびの入りたるコップあり透きたる冬の光りを立たす
いくすじの枯れたる草が残りゐてかすかな風にふれ合ひて鳴る
霜置ける凍てし土にて芍薬の萌えて出ずべき芽をひそませる
発芽弱き種子を選り分け落し捨つ血潮循れる掌の上
白きうなじひくつき泣ける傍に男は遠き瞳を落す
生きてゐる限りは持てる影にして壁の歪みに歪みて過ぎぬ
くず買の篭にヒルライの本が見ゆ淋しき人は何処にありし
歪みつつダイヤガラスの千の翳窓に一人の通りすぎたり

灯に狂ひ舞ひて止まざる虫なりき朝の机に小さく死にぬ
眠りゐるひまもいちじく熟れゐたりその確さに大地は生くる
吹く風に放れゆきたるたんぽぽのわたは落ちずに池を越えたり
昏れてゆく夕闇の中吾が姿見えずなる迄立ちておりたり
読みおへて暫しを夜の壁による窓を出でゆく蚊の羽音あり
灯をしたひガラスに動かぬ白き蛾の負ひゐる闇の深さがありぬ
差し来る朝の光りに葡萄房一つ一つの紫透きぬ

小蛙を喰へし蛙が泳ぎおり水平かな池の面に
去年より吊りておりたる風鈴をぬくくなりたる風に聞きおり
誰も皆死にてゆかんを慰めとなして我等の英雄ならず
幼なるをしばし英雄となさしめて掌の中鮒のおだしき
口堅く閉して直ぐく鮎並ぶ美しき死を我は見しかな
帰る人の車の傍に寄り立ちてながく笑まふは女房に任す
洪水に打ち伏したりし草群の一夜過ぎたる げありたり
宿の灯に一人食みゐるお茶漬の沢庵漬ははりはりと鳴る

何の部屋も団体客にて声高し早々蒲団を被りて寝る
手洗ひの小さき灯り点る故吾背のまとふ厚き闇あり
走りゆく列車の一人と坐るとき天涯澄みて夏柑甘し
どぶ川の泥に生きゐる赤き虫夜半醒めたるときに思へり
一様に風に伏しゆくすすき原風にむかへば繁るまみあり
雨止みし雫間遠となりゆくを聞きおり夜を一人覚めゐる
部屋の中に落葉が一つ転び来て一つといふは自己を問はしむ
バス停に出ずるに近き畑の畦草の低きは吾も踏みたり
山黒き彼方に一つの灯り消え寝るべき今宵の本を閉しぬ

貝殻の七色の内部夕光に乗りし栄光の使者馳せ来る
敗れたるものは即ち裁かるる捕虜連なりて頭垂れおり
パックして笑ひ堪えゐる女あり汝と何の関りあらんや
開きゆく吾が口腔の暗ければ人にこびたる言葉の出でぬ
いつはりの優しき言葉に罪犯す女となりてつながれてゆく
幾万の飢餓を強ひ来て一人の帝が作せし仏像仰げ
干されたる菜はにちにちに水気失せ老ひし手首の如く並びぬ
平凡に生きゐることを幸せとなさむと永く勤め来りぬ
妥結せむ一線すでに定まるを机たたくは弁明のため

バイブルと利殖の本を傍に置き男変型の靴をはきたり
枯れし葉の不意に散り来て忽ちに風は宿屋のガラス戸鳴らす
そばを売る笛の細まり消えゆきて聖者の文字に瞳を返す
夜の窓を幾つか音の過ぎゆけり机に白磁の簡潔ありて
これだけと出されし金は予定よりはるかに少なく黙し肯ずく
まとまらぬ思考となりてペンを置き壁に向ひて影を動かす
覆ひ来る闇に埋まる我あれば背すじを直ぐく伸ばし立ちたり
ひき寄せる思ひに待ちしこの会ひも会へは語らん事のすくなし
ふかぶかと頭を下げる銀行員の押されたるを不意に疎みぬ

ふと投げし石に生れつぐ百千の波紋しばらく離れ難かり
ふと投げし石が砕きししずけさに百の波紋は生れて相打つ
ふと投げし石に生れつぐ百の波紋一つ一つが岸に向へり
消えてゆくものの悲しさ見むとして水澄む池に石をほうりぬ
ほうりたる石はゆらめき水深き青にそまりて消えてゆきたり
砕きたる水に光り散乱す冬の路上の絢爛として
下りたるつらの先の雫して冬の光りをふくらませゆく
成るときの人の寄る辺は忘却か窓の柱に目を閉ぢてゆく
競ひ合ひ争ひ合へる家々の屋根見下せる山の澄みたり

枯れし葉と淡き光りの囁ける冬野の声を聞きて帰りぬ
生涯をかけて記すと告げて来し君も悩める一人にあらむ
執念の悲しき文字を君の書く今玲瓏と語り合へるに
憎しみし君への思ひも淋しかり見違ふ迄に写真に老ひる
犬小屋の前に密度を増せる闇我を見る目を犬は閉せり
ゆるゆると肩迄風呂に沈めおえ瞼を閉ぢて一日をおはる
頬にかかる細き氷雨のいくすじに我あり首をすくめて歩む
ストーブに寄りてかかぐる掌の温もりし後の思ひはもたず
松尾さんの車があると思ひしが左程の用もなくて過ぎゆく

藤原つよし老を養ふ屋のさび姿見えぬは見返りて過ぐ
母逝きて二た冬を経ぬアネモネの草に紛れて萌し小さし
あはただしく看護婦数人駆けて過ぎ待合室は話を継がず
唐突にサイレン響きあごに手を当てゐるのみの我がありたり
幼な日に此処にどんこをとりたりき跳ねる感触今も手のもつ
ようやくに葉を開きたる五つ六つ林に降れる光り染めたり
遠山に光りのさしてさし交す梢けぶるは若芽萌え出ず
ひしめきておたまじゃくしの游ぎおり裡幾匹が蛙に育つ
豌豆の莢実となりし浅みどり一夜を経たるふくらみをもつ
20
よべの雨をつゆに置きたる鈴蘭の一夜のみどろ増せる葉をなす
ずりさがりたくなるズボンにのろのろとガラス戸の中我歩み来る
しぎ二羽が庭に啄ばみ歩めるを押へておりし咳の出でたり
信号が赤となり来て停車する死に関るは素直なりいて
足音に蛙幾匹逃げゆきぬひしめきおりしおたまじゃくしは
呼び交す工事する声今朝のなく太き電線空に架かりぬ
ぴったりと皮膚に付きたる吸盤に我が心臓の計られている
幾つかの吸盤体に付けられて計られて知る心臓をもつ
グラフ紙にあらはとなりし鼓動にて読み得ぬものを吾は見ており
正常です医師に言はれて異状なしこのあやふさに出でて来りぬ
      

2015年1月10日

無題(1)

山裾に沿ひて流るる水清く人等貧しく生きて来りぬ 
山裾に幾軒新たな家建つはゴルフ場にと土地を売りたり
冬の日にホースリールの忘られてここのみ赤き光りを返す
爪赤き女が一人老人の間に掛けて山の駅あり

2015年1月8日

無題 (8)

目を閉ぢて己れを知らざる己れあり今亦一人の訃報がとどく
光紋が壁に映せる裏の庭このしずけさも動きて止まず
青深く澄みて見えざる山池の底ひと老ひし息を沈ます
そよ風の送れるままに水光る山の小さき池に出でたり
手の玉と書かれし神札祀られて睦月の池の水はしずまる
提げてゐるランプのひかりに現はれて虫は眞直にとびて来りぬ
灯を映し動かぬ虫の目を見れば棲みゐし闇の深かりしかな
手を温む光りの原に満ち亘り彼拠我が家の梅の花咲く
ぴったりと足に馴れたる古き靴歩こう会の空晴れ渡る
平らかな水に家並の鮮に写りて春陽原に亘れり
むき出しに削りとられし埴土見えて山の残りは若葉芽吹けり
春の陽に吾も生れしと思ふ迄芽吹きたる葉の光りを透かす

集ひたる人等に今日の晴れ渡り赤き白きの服を顕たしむ
産土の恨の魂は虫に枯る太しき杉の幹のみ立てり
太き枝幹の残りて杉の枯れ芽吹かぬものは光り返さず
草未だ枯れゐる原に牧草の新たな緑が風になびけり
乳牛の並びて枠より覗かせるうす桃色の鼻と出会へり
うす暗き牧舎に乳牛並びゐて一つ一つと目を交したり
芽吹きゆく山に虫喰ふ杉ありて枯れゆくものに眼は至る
点々と家が建ちゐて野の展け菜の花が見ゆ櫻咲く見ゆ
重なれる山をまたぎて舗道つき此処も分譲の看板掲ぐ

山槌に人家が見えて木の間より水の流るる音の聞ゆる
飛び立ちし蜂が落せる紅の蘇芳に庭の時移りゆく
竹群の直ぐく伸びゐる青き幹あきらかに見えて山の音無し
よごれなき毛をもつ猫が横に来て縁側に坐す吾と並びぬ
訪れし我に眼を光らせて己が領域猫ももつらし
すずらんの今朝もひと日の青さ増す若き葉群の露を置きたり
玉きはる今朝のいのちぞ熱き粥口とがらして吹き冷ましおり
継ぎて来しうす桃色の鼻の先乳牛は草食む顔を上げたり
書斎より出で来て音なき裏庭の縁に腰掛け眺むともなし

午後の影濃く落せる裏庭のつつじの朱はきはまりにけり
一夜経て開き切りたるてっせんの青き花ある庭とはなりぬ
コーヒーに落せし練乳歓声の如く揆くを見定めており
昼凪の庭に蘇芳の紅こぼし蜂あきらかに光りて飛びぬ
水を打つ庭暮れてゆき朝顔のつぼみはぐくむ闇が覆ひぬ
出でてゆく戸を引き寄せる音聞えひと日一人の静けさとなる
葉の厚く光り透さぬ社の葉の古りたるものを見さけつ過ぎぬ
庭の木に鳴きつぐ鵙の固き声も今は一人の留守居にて聞く
水底に動く眞砂のあきらかに寄せ来る波は足下に伸ぶ

ほのほがほのほを煽り燃ゆる火の一とき過ぎてしずまり初めぬ
燃え上る炎は風を呼び込みて逆巻きあふりて炎昇れり
関りのあらぬ瞳は動くなし病室に入る我を見てゐる
飯二杯と小児の如く答えおり医師の前なる我の素直に
サルビヤの緋のきはまりに澄みとうりひと年逝かむ庭の冷たり
設けたる足場の未だ架かりゐて新たなビルは空を区切れり
赤き土未だ新しく道のつき杉の林をつらぬき消ゆる
積み上げし工事残土の影粗く安全章旗風にはためく
降り出して散歩さす事出来ざれば罪もつ如く犬と向き合ふ

2015年1月10日

無題 (7)

八十を楯にあやまち庇ひゐて今日も過ぎたり明日からも亦
さまざまの医療具とつなぐベットにて使はれざるが良しと備はる
ひるがへる自在に鳥の飛びゐるに安静の眼窓を距てつ
変身の誘ひしきりに透く服のショウウインドウにぶら下りたり
鎌で草刈りゐる顔が先ず浮ぶ男にありて病みて臥せると
羽重き唸りに蜜蜂飛びゆきぬ耐へて生くべき性に生れし
暮れて来て点れる店に人並び鉢食ふさまにラーメンすする
左手に串焼持ちてコップ酒飲みをり今日を働きし声
星辰とつなぎて夜の眼ありしみじみ人に生れけるかな

それぞれの室のもちゐる断絶に大きなビルは並び建ちたり
公民館に明る過ぎゐる灯の点り唯事ならぬしずけさに照る
得たるものに執着少なき我の性握力弱きに関るらしき
一輪の花がもちゐる完結を屈み眺めて問ひつめ飽かず
照り出でて窓の紅葉に光り透き抹茶を点せる手許明るむ
吹き来る風に再び転びゆき落葉に安らぎ与へられゐず
泥と水分れて上の水の澄み豪雨止みたる一夜明けたり
吹き溜るくぼみのありて転びゐし落葉はそこに重なり合ひぬ
くり返し倒産の話してくれぬ高き笑ひの声も混へて

脚の力弱くなりゐて幼な日に心かえれる歩みなりけり
転び来し葉は翻り転び去る枯れきて枝を離れ落ちしは
窓開けて吾の吸ふべき新たなる空気流れて室を満しぬ
枯草に雨降る言葉紡ぎゆき紡ぐ言葉に雨降りつづく
青亦の電飾空を占めてゆき闇を拓けるいのちの動く
電飾のめぐれる下を歩みゆき原色渦巻く肉体をもつ
安静の二旬が過ぎて唯に臥す己が在り処の言葉をさがす
地下の水涸れたる木々の肌乾き吹きくる風に枯葉を落す
明日ありと眠りしならず横たへし瞼に意識うすれ来りし

黄葉紅葉燃え立つ木木の開きたる瞳となりて歩みゆくかな
風船に針を刺したる如き萎え我は病床に横たはり居り
もう死ぬと思ひたりしが癒えの見へ今暫くを生きて居らんか
書き綴るペンの先より生れくる言葉に動く指となりゆく
ふり向きてわが顔ありし窓ガラス眠らん今日の闇ふかまりぬ
子の恩師岡田先生いちはやくリボンを結び花を賜る
晴れたりと思ひし空の亦時雨る秋の天気の如く病み居り
花びらを落せる花に算えられわが入院の半月過ぎぬ
考へて成ることならず食ひをへし休みの時の体横たふ

泥の手に顔振り汗を落したる男再び屈まりゆきぬ
勝敗のその簡潔の好ましくテレビに相撲のスイッチ入れぬ
われの意志超えゐて事の進みゆき無力の腕に頬を支へぬ
安静に臥せてゐる身は暮れなずむ秋のもやひに瞳置き居り
にちにちの臥して過ぎゆく病める身の今日の曜日を問ひ糺したり
濡れし羽根しばしば振ひ落しゐし鳩もいつしか消えゆきたり
ふくらます羽根に振ひて雨落し鳩は飛立つ羽づくろひなす
びっしりと車の駐まる広場にち変りて居りて街の明けちゅく
蹴るボール追ひて走れる人の群シャツに光りの流れゆきつつ

霞み来て摸糊と拡がる街となり球形タンクの簡明が顕つ
若物は夏を走れり雫なす汗流るるを恩恵として
羽根打ちて鳥の飛びゆき大空は果しのあらぬ青となりゆく
ながながと寝て思へり結局はこの安らかにかへりゆかんか
明けてゆく道にライトの増し来り競ふ早さに走り過ぎゆく
紅に一葉一葉を染めたるを散りて跡なく裸木立ちぬ
億年の光りの届く夜の空に悲しみ小さし捨てて歩まな
読みしだけ書きたるだけの我なると残さる日日の灯りを点もす
刃なす氷の光り万の虫眠れる土を覆ひ張りたり

限りなく虫潜ませる冬の土夕影ひきて帰りゆくかも
奔流の如くライトの走りゆく暗き闇へと眼いこはす
振り合へる手を引き離しエレベーター閉ゆき一人の歩みを返す
窓に置くびんに日差しの及び来てびんがもちゐる緑を散らす
らんらんと窓を点して夜のビル競ふ高さに立ち上りたり
萎れつつ残る蒼の開きゆきびんに挿したる花房ありぬ
如何ならん数値出るかと血圧計見てをりわれの体を知らず
腰痛み動き得ぬ迄歌会の作品集め刷りてくれたり
アパートの窓に干物溢れさせ日差しは背中暖めて照る

隣床の人は鼻より管差すを退院の足罪にも似たり
夜の水は光り集めてしろしろと迷ふ眼を照してゐたり
行方なき一人の歩みとなれるとき白く輝く雲の生れたり
落ちる陽は今日を茜に輝きて蝉のむくろを照してゐたり
同化作用失せゆく固き葉をそよがす風の冷えもち初めぬ
おのずからほほえみ生れて記憶もつ人の瞳と瞳出合ひぬ
軒下の草のいつしか緑増しそよがす風のひかりふふみぬ
わたくしの知らぬわたしの事を問ひ知らぬと言へば隠すなと言ふ
照り出でてアパートの窓のすすぎもの色それぞれの光りを返す

昨日読みしところを忘れ進まざる本を開けり飽きてはならぬ
砂に水かけるが如く読みしときのみを覚えて本をめくりぬ
つぼみまだ半ば残りて花房の枯れをり天に向ひしままに
月光を登れば月に至るべし冬の夜冴えて裸木に掛る
たわふだけ風にたわひて折れし枝掻き寄せられて火にくべられぬ
開きたる目より涙の溢るるを溢るるままに傍に立ちをり
大き間口小さき間口に並びゐて営む人の出でて入りゆく
プリズムに分ちし色どり撒き散らし花園に花咲きて満ちたり
背の温む光りの沁みてたんぽぽの花より春を掲げ来りぬ

たんぽぽの花と差しくる光りとの交せる中を歩みゆくかな
光り射す紫集めて咲き出でしすみれの花を嗅ぎて寝るべし
立つ爪に飛びゐし鳶はわが言葉さらひて山に消えてゆきたり
深き穴掘られてをりぬいにしえにけもの陥して獲りし暗さに
光り増す風となりゐて地低くたんぽぽの花は開き初めたり
店頭に強き陽射しを集めたる南国の花飾られありぬ
打つ波がやしんふ脚の赤銅の猟師大股に歩みて来る
注ぐ湯に開く桜の花びらの春行楽の友を浮べつ
いくつにも裂けゆく花火乱れ滅ぶもの美しく展きゆきたり

時ながき煙にくすむ巨きなる煙突が統ぶる空間のあり
ノストラダムスの予言の年の来るれば次の終末生まねばならぬ
肩に手に触れて散りくる花びらのひける光りに包まれてゆく
艶をもつ細き緑の密々と草は田の面を覆ひ来りぬ
照り出でて透くあさ緑春となる田の面に草は競ひ萌えたり
竹の子の伸びる芽地中に調ふを掘り居り金に代へんがために
薬戴せるワゴンを押して夜を廻り看護婦は何時眠るとあらず
雪もよふ空を渡れる雁の群くずれぬ列に山を越えたり
冬ながく乾きし土に竹の葉の色は褪せつつ伸ばす根をもつ

振る腕にたすき受ると待つ走者足を上げ初め駅伝熱し
色褪せし竹の葉打てる細き雨春を待ちゐるつぶやきをもつ
はなびらに山盛り上げて花咲きぬ統べねばならぬいのち持たり
切尖に土を開きて筍は伸びねばならぬこの世に出でぬ
夜を降れる雨に舗道の濡れ来り点る灯りを集めて光る
われの目を開きて朝の明け来たり雀生きゐる鳴く声伝ふ
死者をして死者葬らしめわれ生くるああ戦に死にたる友よ
このここに道に迷ひし人ありき右じょうどじ左うれしの
手術するかせぬかの検査何事と思へど口のしきりに乾く

夕闇を鎧ひて迫る山となり一夜こもらん窓を閉しぬ
地の中に調ふ新たな芽のあらん竹の葉褪せて寒風に鳴る
なびく葉の緑褪せたる冬の竹乾ける庭を影の掃きゆく
何事のありてナースの走り過ぎわれは己れの首廻し居り
巻く渦の空洞作り空洞の巻きつつ水の流れ出でゆく
漂へる小舟の如く検査受く明日待つ体を床に横たふ
明日の検査如何になるかと無駄なこと亦も思ひて時過ぎてゆく
生かされてゐると言ひつつ悪口を言はれたと怒る声を出し居り
影として霧の中より現はれて影とし人は去りてゆきたり

飛ぶ声の突き出す頭の先端に尖るくちばし神はつけたり
溜飲を下げたき万の目を集め打者はバットを上げて構へぬ
フェンスを越へゆくボール数万の溜飲下げゐる眼が追ひぬ
道乾き木の幹乾き我の目の乾きて冬の風の吹きをり
めぐらせる思ひに明日は恐ろしき顔をもちゐて立ち上りたり
雨防ぐ構へし屋根を仰ぎをり縄文展を見ての帰り路
ねぐら指す鴉窓を過ぎてゆき夕餉の灯り人等点もしぬ
けだものの眼となりて飲食の鉢の並べる前に立ちたり
ガラス戸の向ふの闇にわれのあり昏るる深さに現れゆきて

2015年1月10日

無題 (6)

湧き上る霧が押し上ぐ山の峯一すじ青く天に遊べり
比えい山焼打したる信長は下天は夢を常うたひしと
欲しきものなきかと見舞に来り言ふ欲しきは大方禁制にして
追憶は母が大方占めてをり幸せなりし記憶なきため
けん命に血を循せる心臓など更けゆく眞夜に思ひてゐたり
八十のおきなのためにナース等の若きが眞夜を走る音聞く
朝の日が運ぶ新たも臥せる目に押れてわずかに頭回らす
葉の落ちて樹液少なく乾く幹露に並ぶ道となりたり
眞夜中のかすかな音に目のゆきて便を捨て呉るナースの動く

寝台にひとでの如くはりつきて旬日経たり明日も然らん
葉の散りてあらはな幹が乾きたる白き光りを返し並びぬ
昼も夜もいつとはなくて過ぎてゆき入院十日の検査するとど
照り出でて秋山紅き恍惚に向ひてゆける歩みなりけり
くれなひの樹液登りてゐるならん秋の山路の葉を分け登る
うすずみに暮れてゆきゐる夕山のなずみていつとはあらぬ淋しさ
ブルガリアヨーグルトとふを食べ終へて唇なめて夕食終る
幽鬼など作りて昔の人あれば静かならざる夜の雨そそぐ
静脈の青く夜の灯に浮びゐて安静ながく病みて臥しをり

交し合ふ枝に競へる紅葉に昼の陽差しは澄みとほりつつ
重なれる山の奥処に墓建ちていのち継ぎゆく人の住みたり
しっ黒の闇のカンバス七彩の花火を人は展げゆきたり
遠く飛ぶ翼をもてば高き木の梢に鳶は眼置きたり
つひ一つ食べし豆菓子レントゲン撮らるることを忘れてゐたり
夕闇に靴音生れ歩みゐる我の姿の消えてゆきをり
食べるなと言はれし故の腹空きぬ治りゆきゐる我にてあらん
差出してかざしゐる手に並ぶべく焚火の群に入りてゆきたり
生れたるいのちにこの世の声挙げて燕のひなは巣より乗り出す

賜りし花の蒼の開けるを瞳尋ねて朝の明けたり
ほつほつと緑の若芽吹き出でて古木乍らの今年新らし
輝きてカーテンのすきを日がもるる開けと呼べる声をひそめて
口開けて深き陰あり生涯を食ひて養ふいのちの底ひ
時が来て便意に立ちし腹腔の暗き底ひの秩序もちたり
寝台の狭きにいつしか順ひて伸ばせる脚のつかえ失せたり
大別山駆けて登りて敵追ひし脚にてありきベットにすがりつ
木枯しに吹き散されて転ふ葉の枯れて落ちしは行方を知らず
手を足をベットに投げて臥してをり癒えゆきゐるか医者が知りゐて

お通じがありましたかとナース問ふ弁証法より緊急にして
たわふだけたわひて柿の実りをり継ぎて栄へん必然にして
みとる媼みとらる翁病室の中はテレビが音なく写る
限りなくおや等仰ぎし星かげを仰ぎて夜の道かへりゆくかな
ながき時地中に距ていにしえの乙女は墓の壁に新らし
木の下に赤きポストのあることを見つけてあたり暫く見廻す
朝の口漱げる水に仰向きて今日も底なく晴れし空あり
忘れたる古き歌集の出で来りよみがへくる文字の新らし
吹き溜る落葉の量に足止めて並木は激しき夏の日経たり

夜の空を赤く点りて統べゐしが消されてビルの角に小さし
小さなる注射の針の刺さるるを怖れて皮ふは体を包む
蛆よりもたやすく人を殺す文字人なる故の憎しみもてば
鉄板を敷く一ところ音高く足踏みしめてわれの渡りぬ
聴診器胸に当てられ皮ふが包むわが暗黒の計られてゐる
死ぬべしと思ひ定めし体にて布団にひざを揃へ坐しをり
六つの管に採られたる血が並べられ各々異なる検べを受くる
冬の夜の眼は冷えに澄みとほり天を渡れる月と向き合ふ
身をつくし傷き生きし母なりき与ふるのみの一世にありき

神の御名遺りて草生ふ小道のあり人等つつしみ歩みし跡か
萎へ初めし早さに瓶の花りて臥しゐる床に旬日過ぎぬ
断っ立てて高く建ちゐるビルとなり果なく青く空の晴れたり
うつむきて来りし花と朝見みしに花びらいくつ卓に散ばる
人間が建てたる故に仰ぎをり空貫きてビルの輝く
巨きなるビルと思ひて仰ぎしがビルの中なる人間となる
天渡る茜の空に満つるとき染まれる我となりて仰ぎぬ
夜の灯に降圧剤の白く照り水をくむべく我を立たしむ
昼の陽のさんさんと照る山の道紅葉は己れに酔ひてゆきたり

幾年かすれば居らざるこれの世に怒れる我の声がひびきぬ
愛想笑ひなしたるわれのあるなれば人居る所を離れゆきたり
ひろげたる翼に空を従へて飛びゐる鳶は見ても見飽かぬ
音ありて耳あることを耳ありて音あることを臥して思ひぬ
窓渡る小鳥の声の入り来りしばらく空の青きに遊ぶ
朝の薬数確めて服みをへて病みゐる我のひと日初まる
蜜々と凝りて集る天心のしたたる原を歩みゆくかな
泳ぎゐし泥鰌も泥にもぐりゆき草枯る水は澄みて来りぬ
死にし故謝るすべをもたざれば言葉の荊負ひてゆくかな

下からは上は見へぬと常に言ふ小金を儲けて蓄めたる奴が
与へられし薬服みをへ用終るものの如くに横たはりゆく
すこやかな若物網に昇り来て臥しゐる我と向ひ窓拭く
病む胸に朝の光りの直ぐくして生きねばならぬ我となりゆく
ながながと足を伸ばして寝るとき生きる命のありたりしかな
伝へたる播州ひでりに米買ふな水に争ひおや等生きたり
萎へて来し花殻捨てて残りたる咲く花見つつ緊る瞳は
湧き上る雲を眺めつわが血潮応へぬ冷えをもちて循れり
ふくらめる霧が写せし天と地の伸びゆきはらりと落ちてゆきたり

2015年1月10日

無題 (5)

飛ぶ雲の岐れて空を走りゆき枯葉捲かれて土に狂ひぬ
神装束なして鉄打つ鍛冶なりき破れて黒き に残さる102
打つ鎚と受ける鎚とに向ひゐて鉄を鍛ふる二人は黙す
胸撮りし断層写真は如何ならんうつし絵もつか我は寝ねつつ
黄葉を生み赤き葉生みて秋来る画匠の彩管揮はさんため
夕鳥は言葉さらひて飛びゆけり瞼を合はす闇迎ふ故
白き紙振りて豊饒祈りゐる宮司未明の水を浴びたり

呻きゐし声も眠れるいびきとなり朝の空は明け初めてゆく
呻き声出して一夜を過したる疲れに朝を眠りゐるらし
思ひ出に辿るいのちは限りなし収めてしずかな老ひの日ならん
朝もやに茜の渡り病みて臥す瞳を開く光り差しくる
戦中と戦後を生きて来りしと点滴受くるやせし手は見つ
原なりしところに密々家の建ち光る車の出でて来りぬ
手術するせぬは家族に任せゐてわれは点滴の歌考へる
杉の秀の伸びゆく晴れし青き空我を呼ぶ声そこより来る
見舞客帰りて声のなくなりし室にしばらく何すとあらず

あめんぼがかすかな波を起しゐて昼が落せる葉蔭のふかし
片かなの工場の文字より朝明けて車の出入りは人の営む
工場の片仮名の文字明らかに見え来てはたらくひと日初まる
白く映ゆ壁となりきて光り差し閉せる窓は人まだ眠る
払はるる霧の中より一つづつ象現はれ来るたのしさ
一つづつ異なる象に現はれて山に生ふ木に霧はれてゆく
炎をなすと見上る楓の紅の情緒過剰に虫の這ひをり
ドア閉ぢて寒気断ちたる室となり病みて生きゆく空間ありぬ
ゆれ止まむ体重計の針見をり知らざるおのが体をもてば

喉の下に肉衰へしくぼみ出来ながき安静の時の過ぎたり
安静の体に臥して懸命に己れいやせる循る血のあり
転々と寝返り打つ日日寝台の小さくなりしに体順う
曇り来し窓に安静の目はゆきて重なり来るこめる雲あり
一日に癒ゆるならずと胸に置く手を本棚に伸ばしゆきたり
挟みたる豆が箸よりすべり落ち生きる力の指に失せゆく
澄む水と泥とに分れ溢れたる昨日の雨は一夜過ぎたり
幼らはひそみて闇を見つめをり闇を見る目の光り増しつつ
今撮りしネガを眺むる医師の目の動かぬものを我は見てをり

生まれしは全て死するとおもうとき舗道に人は溢れて歩む
病める身は医師に委せて起き伏しの湧ける思はいは文字に托しぬ
安静の医師の言葉に臥してをり縛らる服を壁に向けゐて
するするとカーテン上りて人の居ず自動といふを我は見てをり
わが体を他人に尋ね知るを得るこの不可思議に病みゐるなり
順調の言葉がありて開きたる安静の目を亦閉じてゆく
広き空の広きを眺め安静の今日いち日も暮れてゆきたり
夏の用終へたる布の千切れゐて案山子は畦にほうられてをり
大きなる緋色の鋏ふりかざしざり蟹激つ水さかのぼる

いそしみて紅き葉をなす庭の見え罪のごとくに臥してこもりぬ
老ひし木も紅葉なしゆく一斉を見つつこやりて今日も過ぎゆく
渇きたる口をうるほす湯のあるを何に向ひて感謝すべきか
十二時となれば食事の運ばるる恵みを我は受取りてをり
窓開けてひと日増したる紅を見てをり楓に臥せる目やしなふ
錠剤が一つふゆると卓に置きナースは安静告げて去りゆく
点りゆく灯りは高く階昇るビルの象となりて昏れゆく
各々のビルの形に整ひて闇に灯りの増して来りぬ
ひょうひょうと鳴りゐる風の耳を研ぎ一夜研がれし耳に寝ねをり

しわくちゃの手と思ひしがいつの間にかやせたるままに艶をもち来ぬ
夜の駅を降りたる人等いち日の疲れもてるはひたすら歩む
赤きもの見れば血として歌に書く戦し日をながく離るも
仔犬らは生れしものの当然の如く朝の光り浴びをり
母よりも悲しく生きしものありやことごく我を原因として
一日をたしかに満せし紅に楓は秋を輝きてをり
走りゆく落葉となりて風の吹き襟を押へて人歩みゆく
同じ程老ひたる人がひさぎゐて買はねばならぬ物のあらざり

風神は大きな袋担げると夕飯はやく食ひをはりけり
医師の言葉ひたすら守り過ぐる日日命令は死に関り生まる
計りたる体の数値メモをして我に告げず医師の去りゆく
薬包やみかんの皮など一人臥す室のくず篭もいくらか溜る
窓下に紅葉増しゆく一樹あり無視せる群をわれは眺めつ
開け口と書きあるところ開けられず力任せの力失せたり
屋上に赤き灯ともり迫りくる夕の闇を統べてゆきをり
更けてゆく夜のしずけさに読み居りし本を閉して坐り直しぬ
照り残る茜の雲も沈みゆき蒔に帰る鳥も絶えたり

2015年1月10日

清死す 

残りなく生きたるもののほほえみに遺影は我の顔を見てをり
兄貴から死んでゆくのが順当と言ひて居りしが先に死にたり
子や孫も大きくなりて商売も順調なればよしとなさんか
いきいきと受註の電話受けてをりやすらかに永き眠りにはいれ
いつにても明日を望みて生きてゆく長谷川の血の伝へしものぞ

2015年1月10日

浄土寺 

中世のひとみしずかに浄土堂ふきたる屋根のながくのびたり
ゆるく反りひとみ果てゆく展び長き屋根は静かな息に見るべし
光り入る化粧屋根裏塗れる朱の限りもあらぬ高き翳なす
かなしみの底ひにすまふ目の細く阿弥陀如来は立ち給ひたり
喜びも悲しみも底深くしてあるともあらぬ笑まひをふふむ
印相は如何なる意味をもつ知らず結べる指のふくよかにして
死するべき肉に見出しとこしえの笑まひかすかに立ち給ひたり
生き死にを越えしししむら刻みたるいにしえ人にかへりゆくべし
肉丸き指のしなひにそう瓶をもちたる像は雲に乗りたり
一刀に三拝したるいにしえの人を顕たせる仏像の前
とこしえのすがた願ひし一度の刻みは三度伏して祈りし
ひと度の刻みに三度拝めるを我こそ思へとこしえ思へ
雲に立つ三尊像の背後より我等に射さん光り入り来る
肉親が殺し合ひたる鎌倉の冥想ふかし菩薩の面は
父子背き干か交ふるかなしみに内を見つむる菩薩彫りたり

2015年1月10日

沢近氏病む

病惨を見らるは家族だけでよし見舞断るはがき来りぬ
やつれたる姿見らるを断りし君が心は瞼を閉す
奥さんが見せて下さる病床記文字乱れぬは心しずけし
読み進む病床日記ときおりに大きな文字に書きつけたるは
綴られし病とたたかふにちにちの文字の乱れの増して来りぬ
端正に書かれし文字の時として乱れ見ゆるは迷ふこころか

常日頃語られざりし奥さんにかけし労苦も返し記さる
削れれし山に思ひ出重ねゆき鳥鳴く声に歩みとめたり
外燈の明りの中に動き出て蛙は集ふ虫をくはえぬ
美しく花咲く草を育てんと周りの草の取り除かれぬ
たどたどとむく皮らしき見ておりし女はむいてあげると言ひぬ
しずしずと陽は西山に沈みおゆ雲に茜の色移りつつ
春となる光りの呼べる原の声土筆は土を被ぎもたぐる
雲の割る光りの差して紫のすみれの花のありたりしかな
醒めてゐるひとりの瞼を閉ぢており風鳴る音は夜底に消ゆる

掌に種子まろばせば色刷りの袋の赤きはなびらありぬ
明かに水に梢の写れるをときに乱してふ小魚泳ぐ
風にまろぶ紙を子犬の追ひ走り畦のよもぎの緑増しゆく
明かに松の緑の写りゐて堤に一人の歩みなりけり
草枯れし池の堤の風冷ゆる冷ゆる瞳にながく立ちたり
背の温む光りとなりて冬眠の虫ひそみゐる土に泌み入る
頬撫でる風の出で来て小波の池のたひらなおもて渡りぬ
さきがけてすみれの白き花の咲き髪をなぶりて風過ぎゆきぬ
疲れ来しあくび押へつ百貨店歩き足らざる妻にしたがふ

2015年1月10日

水圧におもふ

水圧といふを見てをり樋を抜きし水は噴き出て光り躍らす
堪へゐて静かな池と見てゐしが抜かれたる樋に噴き出られる30
静かなる村の人等も密密と押し合ふ力の日々にあるべし
放たれしものの輝き抜かれたる樋よりはしれる水は躍りぬ
旅の恥かき捨てといふ言葉あり解放されしよろこびを言ふ
大きなる貯水は大きな圧力をもちたりダムのえん堤おもふ
かぎりなくふくれてゆける近代の耐へ得ぬ心生むにあらずや
足の爪も自由を与へてやらんかな靴を脱ぎてつっかけをはく
残りなき命と思ひ開きたる本は暫しに新聞寄せぬ
流れゐし輝く雲の消え去りて隈なく空の青澄みとほる

碁の本は若き名前の多くして歌は知りゐてながきが並ぶ
一時間幼が居りし跡として砂場に砂の橋のかかれり
お土産と砂で作りすぃ饅頭を手に載せ幼は帰ると言ひぬ
こめかみにふくれて来る血管あり内のこはれしものを循らす
秒針の代りに人形動きゐて文明とふは目を疲らせる
踏みつけし野径の花よふりかへり傷み抱ける歩みを運ぶ
のろのろと立ちたる猫はにらむ目に見返り急ぐにあらず去りゆく
領域を犯されし目が立上り猫はしばらくにらみて去りぬ
並び立つぜいをつくせし太柱われの祖先は柱担ぎし
夜の山は大きく黒く横たはり眠れる家の灯りを抱く
時折りに猫の日向に寝てゐしがおのが棲家の如き目となる
百年の木蔭は涼風運びゐてはるかに稜線青く連なる
斂葬に昭和終ると書かれをり香淳皇后一人の死去

信号の赤と時計をくらべつつ会場はもう開いたか知れぬ
針金に止められてゐる標本箱色鮮かに蝶は飛ばざり
鮮かに蝶が拡げし翅の色恫喝として見ねばならぬか
鮮かな模様は恫みし生きんため標本箱に蝶の並びぬ
そそり立つ木のいただきに羽根休めとびは飛翔の空を見廻す
天辺の枝に飛びゐし羽根休め鳶は力の限りを見渡す
足音にすばやく魚の沈みゆきこの池釣りに来る人多し
光る迄白く晒れたる枝萱の此処等で腐ねば障りとならん
くっきりと我と過去へと区切りゆくIT革命とふを読みをり
来るべきアイテイ革命に区切らるる如何なる姿勢我はもつべき
大学へ進むが既定のごと孫等我は鎌売と決められてゐし
暫し経て浮び来れる魚のあり水に振りゐるひれのしたしさ
浮び来し魚は動くとあらずしてひれをかすかに動かしてをり
魚が水泳ぐごとくに生れたる歌の一首の我にありしや
魚泳ぐ水とはなりて安らげる瞳となりし我に気付きぬ
うねりたる鱗に魚の泳ぎゆき掴みたる手の記憶鮮らし

はしる魚少年我の鼓動との動き一つにありたりし日よ
年々の力を今も蓄めてゆく大きなる木の芽吹きを仰ぐ
むくむくと擡げしゐくちのどうさい坊蹴る力失せて歩みゆくかな
言葉もて石に刻まるものの為路傍の石に両手を合はす
風の吹きくるままに葉を散らし大きなる木は晩秋に立つ
新しき知を容る体とならんため癒さん薬をのみ込みゆきぬ
力ある限りを学びそれを容る体とならん癒えゆく躯
死の灰の中より飛び立つ白き鳥束後は詩神の羽根が抱かん
点となりて飛びゆく鳶のあり瞳の遠くわれを立たしむ
谷鳴りに神去りゆきし空眺めしをれる葉は埃を被る
ピンと張る弦にいのちに生きたりと八十年を自負もちて立つ
するめ噛む歯応へのみが確にて今日一日の終らんとする
入道雲わが家の上迄伸びて来て稲田に乾く亀裂の入る
映像は思ひ出写しわが脳の新作とぼしくなり来るらし
真直ぐに向けぬ瞳は包みごともつらし孫の肩まるまりぬ

憎まれてげじの走れり憎めるは人の勝手とげじの走れり
刺す針をもちて生れれば刺すことの正義にあらん輝く蜂は
足多きげじの走れり足多き故に箒もて殺されにけり
石垣に大きな石の積まれをり運びし人は眠りてゐしや
影深き草より夏の羽虫飛び野より生れたるわれとなりゆく
今日の記事載る新聞をたたみゆく明日は如何なる記事をもつ
仮借なく枝を落としてより多き結実はかる剪定終る
配られし朝の新聞たたみをり読みしニュースは最早要らざる
烈日を反せる黒と黄のひかり蜂は灼けたる屋根に飛び交ふ
殺傷の無残の記事を読みおへて靴下をはき会ふ人浮ぶ
読みし後は他人の事とほうりゆき保険代金に思ひめぐらす
雨降りし朝の草は天を向き日照りのながく続きてゐたり
渇水の池の堤に人集ひ行きつ戻りつ指を指しをり
如何に自己の売込みなすがセールスの要諦具に説かれてゆきぬ
自己を売れおのれも亦魅力あるとなれとセールス??として

商品とおのれがなる術説かれ終へセールスマンの会場を出ず
商品になりきり販売はじまると新入社員耳をそばだつ
商品となりきりはじめて勝ち抜けるとかくて人間より疎外されゆく
南北の朝鮮対話をはじめたるこれもITのつくる世界か
日日に水の減りゆき水なくて行き得ぬ魚の並びあぎとふ
照りつづき生きる水域狭まるを魚にてあれば狂はずにをり
照りつづき生きゐる場所の狭まるをゆるゆる泳ぐ魚にかへれ
悪童を斬る舞伝へ開拓は蝮とたたかふ業にてありき
雑事より放れたる目は夏の木の重なる影にいこひゆきたり
日本の湿地は蝮多かりき拓きて何処も蛇神祀る
人間は胎児の時に尾をもつと雄の心の竟に消えざり
数知れぬ蝮を殺し数知れぬ人殺されて田畑拓きし
蛇神の祀りにうめし数知れぬ消えてゆきたる命を思へ
三十五度の気温予報見しのみに気たゆき体の思ひのありぬ
尻餅を今日はつきゐて弱れるを老ひゆくものの正常とする

殺さねば殺さる戦生きゐるはおのれ生きゆく手足の動く
蝿一つ夜のたたみに止まりゐて近しき命分ちあへるも
蝿一つたたみの近きに止まり来て更けゆく夜はそのままにをへ
かつてわが走りし記憶青年の躍れる腿と木蔭に消えぬ
伸ばしゐる青ひたすらに稲の葉は降りくる夏の日差しに向ふ
携帯を出してながなが語りをり公衆電話と変らぬ笑ひ
置き去られる情報社会と思ひしが携帯電話の笑ひ変らぬ
われと子のグラス合せり離れゆく過去と未来の鳴る音立ちぬ
離れゆく親子の世界充たされしビールのグラスが触るる音立て
全員死亡予想なしゐし事ながら発表されし記事読みふける
類人猿樹より降りたる日の如くどんぐり坂を転がり来る
草ら皆枯れて沈みし水おもて白く?めたる波生れつづく39
切線のなきところより椀かれたるちり紙をしばし黙して眺む
子は親を離れゆくべく生れたり帰省せる子とグラスを合はす

若き日は考へさらし運命が思ひの中にのしかかり来る
偶然の思ひが老ひと増して来て生まれしことに思ひの至る
偶然の生と思へば神の他至りつき得ぬ命なりけり
何ものの運びて今日のありたりし酔ひたる夕の躯を任す
影の下に影あり光りの上に光りあり波紋は水の底にゆれゆく
闇に目の押れて来りてそれぞれにおのが形をもちてをりたり
水底にゆれゐる影と光りあり風に起れる波の届きぬ
目が覚めて痛み癒へたる手を振りぬ眠りて体は己れ整ふ
目が覚めて差し入るさやかな光り見あり眠りて体は己を癒す
背のこごみそりかへり亦こごみゆき薬かかりし蟻の死にたり
遠くより来りしものに騒ぐ血の未だ残りて小包み受くる
遠方と言ひける未知をひざにのせ包のひもを鋏に切りぬ
はるかなる距離を縮めて小包の結びしひもを切りてゆきをり
どの頬もふくらみ豊かに写されて不幸の歌を詠むとは見えず
不幸なる我と言はんにベルトの穴一つ増やせる腹をもちたり
幾世代人の生き死ぬ二千年大賀の蓮はピンク鮮らし

休もうと思ふ短歌のうかび来て幾多郎開きしままに進まず
夜の間に出でたる稲穂休むなくおのれはぐくむものを見てをり
多すぎし肥料に実入り拒みたる稲なり白穂直ぐく並びぬ
乾きたる砂より水を集めゐて咲きたる百合の白く艶もつ
水の気のあらぬ砂地に艶をもつ真白き花を百合の掲げぬ
咲くために乾く砂より集めたる水が真白く百合の咲きたり
真白なる小さき花を一つ着け乾ける砂に百合の咲きたり
全てなど安易に言へる男あり耳の底ひの澱と沈みぬ
反りくる谺を応ふる声として昔の人は山を怖れき
一粒の砂なる我と思ひ見る積みしダンプの木蔭に曲る
下の葉は枯れつつ乾く砂に伸び百合は真白き花を着けたり
歩みゐる背中の撓ひおのずから猫は繁れる木の間過ぎゆく
入道雲山を離れて白く浮き吹きくる風のややに冷えたり
草の根はからまりあひて土深く負けてはならぬ伸びを競へり
幼少壮老と過してわが命完成せざる不束にして

長生きをせよと言ひをり幼少壮老と過して完結成らず
幼少青壮老を生きて残がいの惨を過ごせと人の言ひをり
似たような歌を毎月並べゆき長谷川利春ポストに入れる
脱ぐ殻の下に生えゐる羽根のあり蝉は飛翔の変身をもつ
殻脱ぎし蝉は生えゐる羽根をもち空の高きへ飛びてゆきたり
這をりし蝉と殻脱ぎ飛翔する蝉を結ばん思ひ至らず
疑はずバス停迄を急ぎをり人が構へし世の中として
飯を食べ排便終へて新聞読み篭へと捨てて靴をはきたり
脱がむ殻我も持ちゐて果しなき空へ飛翔の瞳を向けたり
久し振りに幾多郎を読む光明を放ちて並ぶ一粒の文字
世の中を己が思索の体系に見んと幾多郎死ぬ迄努む
一章を漸く読みぬ渾身の力で向ふことの清しさ
わが命開きてくれる一々の文字に呼吸整ひてゆく
幾重にも脱ぐべき殻をもちゐると過ぎたる人の労苦のありぬ
幾重にも脱ぐべき殻は先人の労苦の跡ぞ守りゆくべし
蝉脱と悟りを言ひをり如何ならん変化を裡にもちゐる人ぞ

2015年1月10日

民族独立の戦い

機関銃の向けたる口に走り寄る民族自決叫ぶ若きは
独立を叫べるものに銃火噴き死したるものは言葉をもたず
死とは何自由とは何ぞ銃火噴く前に出で来て血潮に倒る
常に常に変革は血潮に購はる街頭走る戦車を映す

2015年1月10日

歩こう会 

ぴったりと足に添ひたる古き靴歩こう会の朝晴れ渡る
家並は水の面に明かに映りて春陽原に亘れり
春の陽に我も生れしと思ふ迄芽吹きゐる葉の光りを透かす
自動車のしばらく絶えてたかむらの秀先に映る春陽と歩む
放送の止みたる暫しスピーカーは百の幼の声を伝ふる
村順に並びて列の歩み出ず赤き白きの服に陽の射し
枝朽ちて幹のみとなる松の木の芽吹く若葉の間に立ちぬ
急坂を登りて広き原に出ず幾軒建てる家新たにて
牧草の濃き緑が拡がりて乳牛飼へる小屋をめぐりぬ
うす暗き牧舎に乳牛並びゐてひとつひとつと目を交したり
乳牛の並びて顔を覗かせるうす桃色の鼻と出会へり
登り坂となりて先頭の帽子見ゆ蜿蜒として歩みゆくかな
水気失せ赤くなりゆく松幾つ枯れゆくものに瞳は至る
拡がりし野に点々と家ありて菜の花が見ゆ櫻咲く見ゆ
この山も舗道が着きて好評中分譲土地の看板かかぐ
まだ細き櫻に花の満ちて咲く誰ぞ花枝地に落せるは
水流るかすかな音を聞きゐしが道を曲がりて小川に出でぬ
弁当をもらひ人等拡げゆく野原に食はん笑ひ声挙げ
ここかしこ箸の動ける旺んなり吾もおでんの竹輪ほほ張る
新しき御堂の朱に陽の映えて西中藤治壁に描けり

きらめきて春となる陽の野を亘り万の草の芽地の潜ます
花が咲きてかくもたんぽぽ多かりき風吹くままの野の径つづく
光り恋ふ虫飛び来り瞳を上げて底見ぬ闇の深さに向ふ
青深く澄みてひそまる山池の底見ぬものを瞳恋ひたり
鈴蘭の増しゆく青さ今朝もあり若き葉末に露の光りつ
美しく見ゆる位置迄絵を離るかかる形に人に向はず

たかむらの青新しく澄みとうり通ひ来る風汗を冷せり
青き幹明かに立ったかむらの蔭の下葉のかすかに動く
青まさる新たな竹の抽き出でて秀を初夏の風渡りゆく
額の汗拭ひて冷ゆるたかむらの蔭あきらかに青き幹立つ
天照らす光りの渡り木蓮の真白き花は開き初めたり
陽に透きて蔭も真白き木蓮の仰げる天に花開きたり
雨を避くる偶なる事に寄り合ひてひさしの下のそこはか親し
保険金にて済せてくれと自殺せし同業者を言ひて帰りぬ
鈴蘭の青き葉群は母植えぬ置きたる露の光りふふめり

一夜経て開き切りたるてっせんの青き花ある庭とはなりぬ
わがいのちの在処を問へばはつ夏のさつきの花は陽を返したり
陽に透きし萌ゆる葉群のあさ緑浴びつつ抱く言葉老ひたり
大黄の茎伸び切りて秀の赤く草生は夏に変らんとする
蜜蜂がこぼしおりたる雪柳地しろしろと昏れなずみおり
草葉より滴り落つる地下水に濡れいて夏の山路冷えたり
水を撒く庭昏れてゆき朝顔のつぼみはぐくむ闇が迫りぬ
灼熱の日射しに萎えて垂るる葉の露を置くべき夜が来りぬ
声立てて鵙の去りゆきとたん打つ雨降る音が聞え来りぬ

採りし種子袋に入れて名を記す暫しを暗き処に眠れ
厚くなり光り透さぬ木の下葉吾にはあらぬと通りすぎたり
試験管並べられいて血の立てり互に拒絶反応を秘む
風を吹ひ炎が煽る燃ゆる火の一とき過ぎてしずまりそめぬ
炎が呼ぶ風に炎は逆巻きて煽り狂ひて風を呼び込む
食卓に一人の時の過ぎてゆきガスの炎は透きいて燃ゆる
枝に来て暫く見廻しゐし鵙は動かぬ我に降りて啄ばむ
老人の顔寄せ低く笑ひあり互に病めば時に笑ひて
二杯です小児の如く答へゐる医師の前なる吾がありたり

発想は幼児の如く純ならん青年さやけき眉を上げたり
愛憎もやがて眠りに入りゆかん庭の泉の水も昏れたり
すこやかに腹の空きいて味噌汁の煮ゆるにほひが漂ひきたる
明らか吾の額を月照らし死すべく生まれし虫鳴き渡る
望月の光りに濡れし屋根を指す寄りゐる君の肩の近しも
出張に出でし日付の新聞を拡げしままの部屋に戻りぬ
雨止みし庭となり来て山茶花の花群に蜂飛びまひはじむ
昨夜より細き雨降りふくらめる雫に山茶花のはなびら落ちる
花芯より蜂が出で来て山茶花の紅きはなびら落し去りたり

蝶を呼ぶ密もちたりとこの白く小さき花をながく見ており
ないくせに自慢をすると話しおり怯まぬ心と我は思ひぬ
ダイヤガラス距てて干せる濯ぎものの白さ増し来て雨上るらし
ふかく吸ふ息となる迄すみとうる葉群の蔭に出でて来しかな
枯れて伏す古せに土を肥しゆくわらびか春の光りの亘る
ガラス戸の不意に輝き距て干すシーツに空の晴れて来たりぬ
今日のみのひと日がありて月光は灯り消したる庭に溢るる
藷の葉のそよげは戦に汁の実となしたる味も忘れ果てたり
炎昼に競ひ伸びゐる稲の葉とガラス戸距てて胃を病みており

強き罰当てる王子の大師像バス待つ老婆は詣ずと言ひぬ
おろがみに老婆行くとふ大師像罰を与ふることの強しと
石に像刻みしのみと我の言ふ利けなくなるぞと老婆答ふる
いにしえゆ伝へ来りて罰当ると大師の像に香華新らし
草原に満ちて降りゐる日の光り蝶々は黄の翅をひろげぬ
炎昼の光りを返す黒と金蜂は屋根越え飛びてゆきたり
ろうそくを点さんとして擦るマッチ十三盆夜祖霊の帰る
仰向けに腕を拡げて寝ねたるを暫しの我の領域とする
毒の針もりゐる蜂を産まむべく夏の日射しは地を灼きたり

一本の木に咲きてゐる赤と白原初のさつきのもたざりしもの
死んだ方がましと思ひて急坂のこの山城の石を運びし
保険金かけて殺せしとふ記事を今日も読みおり押れて来りぬ
肝を病む老父の為に身を売りし女の話今はあらなく
銀色に光りて鰯の腹新らし秤の台に掴みのせらる
休刊と知りておりつつ何がなし新聞受を覗き込みたり
新聞の来らぬ今朝の暫くを何なすとなき我となりおり
炎なす夏の真昼を鳴く蝉の命の在処に至りゆくべし
皆我に当てはまる事ばかりにて薬舗の掲ぐビラおびただし

倒産の噂を語りかけてくる声の低きは真実に似て   
五、六人使へる店が危しと危くあらぬか我のめぐりの
売上の去年より減りし決算書亦取出して致方なし
領じるは足の下のみと思ふとき己が歩みに映りゆくなり
石斧に陽の降るさらば縄文のただむき隆く肉の盛りたり
よべの雨流れし跡の道乾き常より白き砂のありたり
        

2015年1月10日

松葉散る

悲しみが洗へる母育ち来年は母の死にたる齢を迎ふ
年々に浄まる母の姿にて死にたる歳は来年となる

杉本才逸氏の思ひ出

湖内さんとの対話の席に連なられ花見に来よと誘ひ下さる
春の陽に沈める低きたたずまひ余生養ふ家のしずかに
一樹より庭園をなす大きなる桜は花の盛り上りたり
筧に丁能鍬置かれゐて誰でも筍掘れと言はれぬ
八重桜が普賢象とふ異名もつことも教はり酒を酌みたり
西中はんが先ず加はりて美加志保の男大方談笑したり
松茸の頃といつしか二回になり人饗ぶことが好きと言はれぬ
剪定の枝が音立て落ち来る改革日本の官僚のごと
水の減る池に鷺等の群りて動く頭は命消へゆく
空の青滴り咲ける露原の野辺の径をかへりゆくかな
小石見へぬ街川となり人間の暮しの澱が底にゆれをり
大股に歩み来りてつぶあんのあんパン買ひて食べにけるかも
月旅行いつしか言はず兎ゐる月のさし絵が多くなりたり
空の青露原の青と照し合ひ野辺の空気の澄みとうりたり
幾日も水減る池に鳥の群れ水が育てし命の多し
カンバスに黄色のたうちゴッホ描くひまわりの花我に向ひぬ
ながき暮しの澱の溜まりたる水の澄み来て底の惨たり
五時半となりて朝の目定まりぬ目が定まりて起き上りたり
あんパンを半分食べて半分を戸棚にしまひ老ひて来りぬ

神を祀り村人一つに結びたる古き行事のほそぼそとして
名簿持ち甘酒頭をふれて来ぬ村人結びし永き行事は
不倫とは文化であると文字浮び男女次々映されてゆく
人妻のときめきも亦ゆるさるべきと判断越へる文字映されて
甘漿の日毎に充ちて柿の実の大きく紅く夕日に照りぬ
柿の実は充ちて大きく日に照りぬ営み来りし晩年として
柿の実は甘く大きく熟れて来ぬ土に還らん晩年として
急速に言葉の充ちて自在なる我の晩年などもあらんか
おごそかに茜の空にわたりたりひと日照しおのずからにて
柿の実は大きく甘く熟れて来ぬ食はれゆくべき営みにして
充実は他者に与へん営みか柿の実甘く大きくなりぬ
食はるべく甘く大きく育ち来し柿が営む宇宙の命
食はれゆき己れ越へたる命もつ柿の実なると熟れたるを?ぐ
我が食ふも鴉が食ふも同じ価値柿の実びっしり熟るるを眺む
大刷山駆けて登りし足なりき両手をつきて漸く立ちぬ

甘酒も神の成したるものなりきお頭をさせてもらふとふれくる
日本海の潮の流れが舟運び文化運びて来しにあらずや
出雲神話浦島伝説丹後王朝裏日本の開化思ひつ
中国や韓国が潮に乗らむには日本海岸先進なりし
山陰に文化が栄へ大和など未開なりしも思ひてみつつ
垂直の断崖いくつ石切りて人等はここに営みながし
ナノの微と宇宙の大を究めゆき世あり様の限りもあらず
その昔女の虚栄と言はれたりファッションは今産業にして
鍛冶工も算盤工もすたれゆき朝シャンなどに若き等生きる
目一箇の神を祀りて鍛冶ありき総会などに神像掛けにき
天の日鉾出石に壕りし漂白の鉄を作りし民にありしと
元伊勢に五こくを生める女性ありて豊受神と祀られたると

なめらかに岩に苔生え苔を食む躍れる鮎を追ひて泳ぎし
鯉を取る姿の見えず深き淵変らぬ青にしずもりて居り
女童も槌を捲りていっさんこ追ひしはここらが草に埋もる

2015年1月10日

山野辺の道紀行

晴天になりたる事も孝行の故と高らに笑ひさざめく
花見など早くも次の行楽を語り合ひつつ車は走る
春の陽に歩む三三五五の群古代の道は細かりしかな
背景の未だ萌さぬ黒き森景行陵固く柵を閉せり
山脈の重なり合へる忍坂に神武迎へし人等のありき
苔をむす樹の根にひきのうずくまり古代の径の跡は続きぬ
はるかなる大宮人の踏みし径昼餉の酒はコップに仰ぐ
信楽の陶の狸に似ると言ふこれより少しスマートでないか
編笠を被れば陶の狸とど少し感心なして聞きおり

2015年1月10日

小柴博士ゼロに思ふ

ニュートリノは質量零に近き故如何なるものも透過なすると
絶対無の故に何をも透過すと言ひし禅家の心に似たり
超新星現はる時にニュートリノ質量なきが多く生れると
無心なる幼児の心に還るべし佛家説きしは元の心か
われわれが無心に還るは自意識を捨てる努力に生きる他なし
わが意識四遍八達の自在なるは己れを捨てて現はるるらし
自意識を全て捨て去りわが命永遠なるに透過し得るか
天空に雲のなくして満ち亘る星の光りの照し合ひたり
人間が写せし自己の影として宇宙があるといふに気付きぬ
ある上に買ひし納豆冷蔵庫の一番下の隅にしまひぬ
香に誘ふ熟れに成るらしあけびの実割れし枝より小鳥飛び立ちぬ
鳥を呼ぶ熟れに柿の実赤く照り野の共存の一つに生きる
飛び交す枝に光りを散らしめて雀は明けくる詩を転ずる
鳥を呼ぶ柿の実赤く熟れて照り客饗ぶ人につながりてゆく
重心を腰に保ちて歩まんとすれども前へのめりがちなる
人生を思索の枯草食ふなれば笹食ふパンダにほほえみ湧きぬ
同じもの食べても異なる顔もてば意を人一人の我にてあらん
うねりゐし草は風止み何事もなかりし如く陽を返しをり