家解体さる

はぎ落すタイルの下に柱あり祖等炊ぎし煤の沁みたり
トラックに放らる瓦の砕けおり幾代過ぎし苔のむしいて
三世代住み来て我の継げる家沁みたる煤は黒く艶もつ
おやびとの炊ぎし煤の沁む柱ユンボーはたちまち引き倒したり
土煙にかすみて倒さる柱あり裂けゐる音の聞え来りる

株で得し金は株にて失ひぬ天向ひて笑ひゆきたり
翅の音曳きゐる蜂と蜂を待つ花咲きうらうら光りの亘る
雨の止み光り射し来て花めぐる蜂の翅音の早も飛び交ふ
谷底の小さく咲ける花いくつここに飛び来し蜜蜂のあり
実をつけし重さに穂先垂れ下り春生ふ草の茎伸び切りぬ
春は黄と片山さんのうたひたる草も大方実を結びたり
畦草の中に茎伸び枯るるべくだいおうは葉を紅く染め初む
おのずから伸びゆくものの艶をもちキューイの蔓は柵を抜きたり
畦草に首突っ込みて嗅ぎおりし犬は一枚の葉をしがみたり

朝よりの雨に訪ひ来る人の無くおのずからにて瞳の深し
泡を生み水の落ちゐる音ひびきしずかなる野の歩み向けたり
すりガラスの明り俄に増し来り止みたる雨に瞳放たる
朝よりの雨にしばらく目を閉じぬ人に会はぬも放たれており
新しき花飾らるる大師像きびしく罰をあてる故らし
身の終りを意味せし年貢の収めどき農夫は年々経たる事にて
願へるは己が幸せ幾人か花を供へててのひら合はす
野仏は鼻の欠けいて傾きぬ罰当てざれば人の願はず
腰かけて休める場所も備えあり罰のきびしき大師を祀る

罰あてる大師に花の供えられ我は忘らることを願ひぬ
花の山の人に従きゆき吾の目は枯れたるままのすすきに向ふ
天づたふ月を映せる水おもて至り着かざるおもひに澄みぬ
飲み了へし壜の卓上に置かれいて空しきものの透きとうりたり
目を閉ぢて瞼むくみし重さあり常より内の思ひくらくて
犬の声止みたる夜のしずけさに閉ぢたる本を再び開く
実の撥でて枯れたる草は吹き来る風のままなる傾きもちぬ
饒舌の尚言ひ足りぬ女等は手を振り合ひて別れゆきたり
奪ひ合ふ言葉に悪口言ひおりし女等いきいき帰りゆきたり

山桜散り落ちて晩春の葉群の中の一つとなりぬ
半年を梢にありて散り落ちぬこの精緻なる葉脈なして
散り落ちる一葉がもてる葉脈の精緻を畏る問ひゆきたれば
いたずらを共になしたる言葉にて禿と白髪た笑ひ合ひたり
花が咲きてあるを知りたる山桜このさびしさに向かひ立ちたり
先生と言ひたる声に見廻して我を見おれば返事をなしぬ
山桜花散りおへて葉の紛れ紫の房藤の垂れたり
山桜散りたる山に藤の房花むらさきの静なりけり
花明りして山の桜散り藤の紫は近寄りて見る
畦に咲く黄の花数の減り来り泡立草は年々低し
滴垂る柿の老ひたる幹黒く萌ゆる若葉は雨に透きたり
飛び交す羽根の唸りに花咲きて堤に春のたけて来りぬ

2015年1月10日

安保容認社党の談ず

角材に対せし安保闘争よ今日容認を社党の語る
闘争に流せし血潮の時移り安保容認社党の談ず
流したる血潮を無意味とならしめて時移りゆく安保のことも
流したる血潮は移りゆく時に罪とふ言葉を多く貼られる
安保闘争忘れていしは容認に移りていしか社党の談ず
動きゆく世界は世界の論理持ち流せし徒労の血潮うるはし
角材に安保闘争なしたりし人等を容認談聞きゐん
安保闘争なしたる人等容認の談話に如何なる自己評価をもつ

争ひて吠え合ふ犬の声聞えつながる犬は立ち上りたり
降り来よと語りてやりし月面の兎に幼こえをかけたり
もの乞ひの幸やんは如何なる死に方をなせしか不意に思ひの来る
如何ならん死に態もつか年々に問ひの大きく育ちて来る
乾きたるタオルに汗を拭ひおへ緑新たに風走りゆく
本能寺に向かへと光秀采を振る決断は常に偶然に似て
軒庇闇をなしゐるひとところ落つる雫はそこに光れり
のみの先のミケルアンぜロの目に沁みて滴り落つる真夏の汗は
雨の止み出で来し原に水ひびき犬は歩める足を速めぬ
溝に水溢れて流れ早苗運ぶエンヂンの音空にひびかふ
口惜しく過去ありたれば頬杖をつきたるままによる更けゐたり

2015年1月10日

天竜寺   二首

白き砂足に触たき白さにて水平かな池を囲りぬ
組石に見とれておりし老人は組石難しとぽつりと言ひぬ

2015年1月10日

大江山紀行

赤鬼の像がそこここ並べらる征服されし人の姿ぞ
われらにはよこしまなしと叫びしと征服されて鬼とされしは
亡ぼせし鬼と名付けて自らを正しとなせり勝ちたるものは
勝ちたるが裁きもちたる戦の敗者は常に言葉をもたず

粗き石ころがる中のこだされて新たな道はここに着くらし
稜線は夕のもやに浮かびゐて一すじ青き起伏引きたり
新聞を拡げて日本の危機の記事読みゐたりしが飯を食ひたり
あおこなぞ太らせ夏の沼のあり炎暑は水の済むをゆるさず
熟れてきて解かん日のためたんぽぽのじょはひしひし組みて構へぬ
ガラス戸に止まりし虫は灯を映す眼の光り増してゆきをり
灯を写し光り増しくる虫の目の動かぬものを怖れてゐたり

更けてゆく夜の空渡る鳥の声帰らん声のしばしとどまる
走る音廊下にひびき訪ね来し孫は開けると我を呼びたり
悔恨は死者につながり何うしようもなく夕闇の道歩むかな
鳴る風の音の止みたる夜更けて行方を問はん眼冷へゆく
老ひし木の肌に蟻の連なりて朽ちてくずれしところあるらし
力ある限りの燃焼をへし火は風に散りゆく灰となりたり
針金を巻きてたわむる枝いくつ鉢に松の木整へられる
覆ひくる夕闇の中帰りゐる足音のみの吾となりゆく
靴の音のみの歩みを持ちゐしが灯りに出でし我となりたり

外燈の灯りに見出でしわが姿救ひの如き歩みを運ぶ
ごみ箱に鴉が居りて寄る我に生きねばならぬ眼を向ける
戦より帰りし時の紅冷えて夾竹桃は花を満しぬ
蝸牛の小さき角の沈めるを触れたる指の冷へに見てをり
地の中に伸ばしつづける根のあればわれは一人の本を読むべし
はるかなるもの見渡さん梢高く鳶は飛びゐし羽根を休めぬ
汚るる手を透きたる水に洗ひをり即ち透きたる水の汚れぬ
びっしりと一日刻みし予定表われより遠きものと見てをり
望月にかかりてゐたる雲流れ明らかなわれとなりて立ちをり

蒼穹の見ゆる限りを見てゐしがおのれに眼還しゆきたり
一年の蓄めし力に葉の茂り杉は去年より深き蔭なす
並び来しあきつの翅が運びゐる透きたるものに歩みを合はす
累々と祖先連なり累々と子供連なり夜の目を開く
鳴く声の夜空に消えてゆけるときわれも一羽の飛びゐる鳥ぞ
密々と生え茂りゐる草の葉の互が投げる暗き蔭見ゆ
しっ黒の空晴れ来り目とつなぐ億光年の光り差し来ぬ
轟々と空を鳴らして風の吹き屋根ある家にわれは住みをり
八王子の地名残りてつち盛れ土を拝みし祖先のありし

スーダンの奥地にテロの訓練をなしゐる記事もビール飲みつつ
翅拡げ立上りたる鈴虫は全身震はせ鳴き初めたり
十五分後と告げられ誰も皆おのれが腕の時計を眺む
痴呆など体の中に潜めると焦点宙に浮きて坐りつ
這ふ虫を蛙は咥へ飲み込みぬ罪と言へるはおのずからにて
赤き光り反し走らす田のテープ啄む雀を追はねばならぬ
大きなる声に鳴けるが太りゐて子つばめ首を伸ばし合ひゆく
コスモスが休耕田に植えられて日差に色彩競ひ合ひをり
子つばめは開けたる口に声競ひ餌を持つ親の帰りくるらし

あほみどろ水の表を領じゆき夏はいとなむ命のせめぐ
夕風の冷え増し来り夏草の伸びて下葉の艶の失せたり
赤き光り走るテープに雀追ひ稲田は稔る穂の垂れ来る
これからが生れ来りし口銭と言ひゐし友のともらひに行く
雲白くゆるゆる流れ吹く風に我も野径を運ばれてをり
刈られたる茎より浅き黄みどりの芽のほそぼそと伸びて来り
風なきにはらりと落ちてわくら葉は浅き黄に澄む色を地に置く
黄のまさり熟れて来れる稲の穂の風に明るき光り渡りぬ
われ故に不幸となりし人の顔次次うかび夜を覚めたり

習はしを当然とせる父母と否める我が一つ家に居し
石に名を刻みて並ぶ墓原に花を抱へし人連なりぬ
悪人も義人も石にきざまれて人は香葉を飾りゆきをり
石に名をきざまる我とおもふとき墓前の花の赤く咲きたり
遠き灯のまたたき明るくなり来り背後の山は大きく黒し
熟れて来し黄の明るさに稲の穂は朝の原を展きゆきたり
診察を受くる思ひは身体の内部に向ひ瞼を閉ざす
病院の待合室に友来り沈黙のがれん饒舌をもつ
子を抱き空を見上ぐるブロンズの裸婦の台座は希望と記す

茜差す夕の光りにあきつ群れ輝く翅を並べ飛びゆく
目も開かぬひなが声挙げ餌を欲るわれももちゐる命の姿に
引き寄せる布団に肩の温かく遠きおやより承くるいとなみ
分ち来し血潮が結ぶ墓域あり承け来しわれの水を手向くる
並び建つ墓に日の差しいのちある限りを生きしうからを埋む
必ずや行くべき墓とおもふときうからの声の埋まりてをり
凧の昇る糸に加はりくる力少年飛翔の瞳ひからす
枯れし蔓空に泳がせ人を見ぬ畑は冬に入りてゆきたり
掌に摺り上りたる米並べ暫し恍惚の目を色をもつ

われの血にふくれたる蚊を追ひゆきて高き天井をながく見てをり
くれなひの全く澄める曼珠沙華はるかな涯は天地を分つ
夕茜光らせ飛べるとんぼ群れ吾の肩にも一つ止まりぬ
パチンコに負けたることを幾度も言ひては酒を誂へてをり
畦道に草生ひ茂り納屋隅に錆びたる鉈の吊されてをり
這ひ伸びし蔓より白き根を下し草は引かんとするを拒みぬ
透明の水は底ひに目を誘ひ砂のかすかに動きて湧きぬ
へっついの神と言へるがありたりき人の群みて食物ありき
蔓草は根を出す節に切れてゆき残るいのちを土に繋ぎぬ

刈られたる株の切新しく稲田は冬の広さとなりぬ
憎しみがいつしか消へし親しさに八十年の思い出ありぬ
葉の散りて光りの量の多くなり土親しくて林を歩む
襲ひ来し黒雲たちまち空を呑み道をたたける雨音となる
ここの山稲田に拓きし碑が立ちて休耕田は草に埋もる
曼珠沙華枯れたる花の きゐるに老ひし瞳の敏く向ひぬ
若者は力の限り唄ひたるものの笑ひにマイク置きたり
草蔭にいこへる鴨にりょう銃の筒先次第に定まりてゆく
稲妻は夜のガラスにひらめきて夜を われの伏しをり

2015年1月10日

営み

朝の明け夕暮れゆくにちにちを重ねて我の老ひてゆきつ
年永き祖先の経験受け継ぎて今日の営重ねゆきつつ
受け継ぎし祖等の営為に日々の経験重ね老ひを迎へる
にちにちの六十億人の研鑽を加へて移る世界と思ふ
死にてゆく我等にはあれ表はれし営為は次に伝はりてゆく
六十億の人あることを知る我の己れの在処測り難なし
世を包む意識に統へる我の他世界といふは何処にもあらず
世界とは一人一人の意識にて六十余億の対話が保つ
望めるは永遠にしてほう眩に非ず言葉の湧くまま記す

呼吸

死としての炭酸ガスを吐き出して草木が作る酸素に生きる
死を作り死を吐き出して生きてゆく宇宙の大きな営みの中
休みなく死を吐き出して我ならぬものに生かさる命を思へ
さん悔とは斯くの如きか炭酸ガス吐き出し酸素に生かされてゆく
休みなく罪吐き出して他者の出す言葉に新たな我にてあらん
休みなく呼吸もつごと他の語る言葉学びて生きてゆくべし
他の語る言葉に我の生くるごと我の言葉に他者も生くべし
我の死を他者に与へて他者に生く大きな宇宙の営みの中
幼子の言葉いつしか整ひぬ莟が花と開くるがごと
眠りたる一夜を覚めて今日のあり光り新たに窓に差し入る
血の流れさらさらになると玉葱と鯵の南蛮漬を下さる

一夜寝し瞳に朝の室明けてひと日を生きん布団をはねたり
緑濃き蔭に動ける葉のありて登り来りし汗収まりぬ
ひたすらに未来に向ひし若き日よ今は死が待ち明日の日のあり
人生の終りに近くなりたれば迷も豊かな内容とする
食べるより腐らすものの多くして老ひし二人に炎暑のつづく
億年の生死の哀歓限りなし蓄めてこの世に我等現はる
日に甘味増しゆく果実徒に過ぎゆく我を責めゐて止まず
真夜中をねずみ走れりわが祖等も斯く恐竜を逃れたりしか
いちじくは日々に甘さを増しゆくを我よ徒に衰ふなかれ
いちじくは一夜に大きく甘さ増す人の熟るるも斯くの如あれ
残りたる力絞りていちじくの一夜の成熟われももつべし
人を待つ間を鉢に金魚居て射に大きな眼に迫る
山路に轢かれし百足その足の多きが故の悲しみを呼ぶ
和田山の古墳より出でし鉄刀に井上昇の声の熟しゆく

和田山の古墳に数多の鉄剣の塊り出でしと誘ひ下る
写されし鉄剣の量大きなる権威なくしてあり得ざるもの
写されし鉄剣の量如何ならむ権威ありしか思ひ廻らす
貧弱な我等の知識で構想をなし得ぬ世界作りたりしか
舟運が文化圏を作り和田山が核となりしか等を思ひつ
この辺りに多々羅ありしか等問ひて井上昇館長と並ぶ
鉄が担ふ文化説き去り説き来り井上昇終るとあらず
もつれては離れる二匹の蝶のあり雌雄は踊の原点として
水なくてこの世に命あらざりき夜中に目覚めコップに注ぐ
これの世の栄華を捨てて唱名に生きし一人の女ありたり
身体の動き自ら整ひて男女は踊りをもちたるらしも
信長が亦書かれをり作家らに寸断されて信長輝く
豊かなる稔りに稲穂垂れ来り樋に渦巻きて水送らるる
争ひておたま杓子の逃げてゆく蛙となるは幾匹にして
涼風の立ち来て一気に癒さんと思ひしか日々のまどろしくあり
丸き顔丸き体を丸くしてパンダは笹の葉抱へて食ぶる

入道雲山を離れて白く浮き風は杜へとなだれゆきたり
ひと度を死したる者が生き返る神の心の即辺問ふべし
顔上げし友は輝く目となりて立ち上りつつ久闊を言ふ
目より入る言葉を己が撰び得る清しさもちぬつんぼと言へり
小さなる蚊が脚立てて血を吸へり健気と思へど即ち殺す
白雲に乗りて宇宙を遊歩なす昭々として辺際なし
酸素吸ひ炭酸ガスを吐き出せる瞬々ありて命営む
死を吐きて生を吸ひゆく瞬々の宇宙の中なる我にあるべし
はける息吸ひゆく息の体みな生かされゐるとは斯くの如きか
休みなく外と内とを交し合ふ呼吸大きな営みとして
宇宙を吐き宇宙を吸ひて止む事のなしと禅僧記しられたり
中国にこ中の世界と言へるあり広々として宇宙を収む

吉野山

蔵王堂仰ぎて高しこの屋根より義光腹切り臓腑投げたり
腹を切り臓腑を敵に投げつけし気力もちたるいにしへなりき
法螺貝の音轟かせ山伏のこの山坂にひしめきたりし
腕程の太さの葛根飾られて山の深さに思ひの至る
音に聞く大和の吊し小屋掛けて老ひし男が一人ひさぎぬ
国の富傾け帝の詣でしと生きるは誰もおろそかならず

菜畑に唯一匹の蝶をりて飛び交ひもたぬことのさびしさ
前肢を揃へ散歩を待ちてゐる犬よしとしと雨降りつづく
生む雲の白き一すじ飛行機は大きな空を貫きて行く
競ひ合ふ異なる緑に芽の萌し山はひと日のふくらみをもつ
釣りし魚池に戻してかへりゆく程に過せしひと日なるべし
ごみ底をめくれば動くぞうり虫住めば無辺の天地なるべし
差し伸べる天の日差しに紫のリボスの角芽解きゆきたり
露に濡れ りゐる苺篭に盛り一つだけだと言ひて下さる
月光の濡れる下に杉の秀の尖るが黒く並びて澄みぬ
じいさんが要るかも知れぬと置きゐると たる物ら積れてありぬ
山坂に萌ゆる芽並びへとへとに疲れる程の若さが欲しき
花散りてふくらむ小さき実を抱き命は常によろこびをもつ

葛藤の涙を舞ひ終へ舞踏家は両手を拡げ笑みて礼しぬ
竹とんぼ過去へ過去へと飛んでゆきわれに小さき掌ありぬ
頭の上を不意に過ぎたる鳶の影不意と言へるは大きくはやし
日の光り射せる形に花開きひまわり太き茎をもちたり
栃の芽を探す眼に歩みをり天ぷら食べし記憶をもてば
苗植える機械の音の野を渡り養ふ水の満ちて流るる
水圧を耐へ来しものの噴き上がり抜かれし水は流れ出でたり
虫を待つ蛙は窓に止まりをり呼吸に喉の動くのみにて
砥に当てし鋼片火花をはしらせてものを切る刃の形なりゆく

かすかなる波紋ひろがり低く飛ぶつばめは水に翻りたり
拾はんとしたる帽子が亦ころび漫画の人となりて追ひゆく
合槌を打ちし言葉が言葉生み酒飲む席を去りゆき難し
蝉の声空渡りゆきひたすらの声もたざりしわれのさびしさ
田の水に写れる雲の流れゆき早苗は確かな青に根付きぬ
夕されば虫の飛びくる窓となり蛙は昼も動くとはせず

2015年1月10日

出でゆきし友 三首

死にしとも今日伝はりぬふるさとを出てゆきたる君老ひてゐん
年老ひて知らぬ所に出でゆきし君よ其の後音信あらず
知人なき所に住むに年老ひし君なり死にし噂聞きつつ

2015年1月10日

中(身体)

夏暑く冬の寒きは年中の平均に成る体なる故
年中の平均としての身を順(な)らし寒暑に応ふを修むるとなす
佛教は中観と言ひ論語では中庸と言へり至養としぬ
年中の平均温度に行動の快適をも身体にして
夏暑く冬の寒きは身体の中への観を収め越ゆべし
中を修めて累移る時々の微妙を体の知るべし
短歌も亦中を観ずる身体の営み修める一つとおもふ
日本の永く生き来し智慧にして宇宙と身体表はす歌に

ぎっくり腰 

病まざりし吾に痛みを知るべしとぎっくり腰を与へ給ひぬ
寝返りを打つことすらも怖れにて仰向き真夜を目覚めてをりぬ
咳の出る喉の予感に怯へつつ痛みに耐へん手足を構ふ
底のなき痛みに怖れ向ふとき神よ汝に作られてあり
かすかなる動きに激痛はしりゆき知るべからざる身体をもつ
電撃の如き痛みに耐へて坐し壁を伝ひてトイレに通ふ
帰り来し外科医の息子がしっぷ薬痛み止めなど出してくれたり
身の中にどうすることも出来得ざる痛みのありて神にかかはる

ペタル踏む脚に突っ立ち急坂を若きら連なり登りゆきたり
澄みとほる支流の水もしばしにて大きな川の濁りに呑まる
壜の水区切りて透ける確かさに朝の卓にしずまりてをり
峯いくつ月に浮びてわが生きる大地は夜をしずもりてをり
癒ゆるのは日にち薬と人言へりのろのろとしてズボンをはきぬ
読まざりし本の並べる棚見をり後ひと月で八十となる
夕映へに水蹴り翔ちし二羽の鳩渡る茜にかくれゆきたり
柿の実の一つ残され日に映えて伝へ来りし言葉を守る
茂りゐし草の倒れて競ひたる茎の細きを露はに見せぬ
時間とは癒ゆる体が取戻す活力にして朝を起きたり

2015年1月10日

アラブに思ふ

宗教の形式化程大きなる歴史の流れを淀ますものなし
日蓮は真言亡国律国賊念佛無間間禅天応と言へり
焼かれたる比叡園城東大寺射の流れの仮借のあらず
回教の中より世界の新たなる展望開くものを探せず
大初よりの宇宙の大きなる流れ常に新たな方途拓けり
大きなる世界は生死を孕みつつ全てを越へて流れ来りぬ
過去を砕き歴史は新たなものを生むさへぎるものに仮借の非ず
結局は憤死より外にあらざるか生れし宗教滅ぶ外なし
識字率出版物の最低に気位のみを高くもちたり
神の名の下に民等の欲求押へ込み学ばん場所を作ろうとせず
13
奈良京都に栄へし佛法観光の用となりて息を継ぎゆく
アメリカを憎みゐる声ああされど世界の軸心何処の代はる
忽然と莟現れ花開く幼児が言葉をもてるに似たり

とこしえに保つ形のまざまざと造花のそげく埃積みたり
自慢する隣室の声の聞えつつ畳目すぐきしずけさにおり
くくみ啼く帰りし鳩の声聞え見えゐし山は闇に沈みぬ
返品とふ事実の前に致し方なし釈明なさん刃先折りつつ
肩を並ぶ美女は呼びたるモデルにて友はアルバム其処より開く
天人といふを描けり地の上に生くるは余りに苦しくありし
摂食と排便といふこの原始了えて宿屋の玄関出ずる
出張の予算一応書き上げぬこれより少なくなさん思ひに
ロックする扉に押れて閉したる障子の宿に敏く坐しおり

青き帽子被りし女乗り来り工場の壁長くつづけり
ビニールに箒とちりとり包みゐる老女は駅を一つに降りぬ
うつうつと曇れる下に灰色の屋根と壁とが連なり建ちぬ
血を出してちんばひきひき来し犬の瞳は神の前に立つかな
灰色にこめて動かぬ雲の下影なきことも一人なりゐて
土に降り消えゆきし雪積る雪先後の違ひ我は見ており
笑ふとは盗ることなりし両の手にりんご持ち来て高く笑へり
刻まれし文字を風化に読み難く無縁仏は寄せて積まるる
捨てられぬのみに寄せいて積まれいて無縁仏は見る人のなし

角棒をかざせし学生運動とは何にありしか語るひとなし
黄にやけて学生運動を載せてゐる新聞ありぬ忘れいたりし
戦争の力の余燼と学生運動のありしを我は位置づけておく
安保闘争の誰も何時しか姿消し新聞時に赤軍を報ず
エンヂンの音の止みたる夜更けて枕の下に水流れおり
草枯れて小石の白き河原を流るる水も細くなりたり
降り初めし雨に濡れたる舗装路は曇れる空を白く映しぬ
おもおもと雪のこめたる並木道秋となる葉はなべて垂れたり
雨露を溜めたる花のくれなひの園一せいに光りをなす

細き雨降りゐる朝庭さきに濡れて明るき若葉のありぬ
散る前をくれなひ染めるうるしあり老斑浮く手に瞳を移す
このところ両雄干かを交えしと焼き捨てられし民家は書かず
この坂路信玄越ゆと兵糧を担ぎし奴もありたりしかな
コスモスの折れて他に咲く花も見えたけゆく秋の光り澄みたり
茶をすすりこはばる顔をやはらげて話し合ふべき言葉を出しぬ
ふふみたる光りのままに白き雲崩れず浅間の峯を越えたり
秋たける信濃の街に雨の冷え襟を合せて宿を問ひおり
とびとびの庭石濡らす細き雨先ずは炬燵のスイッチを聞きぬ

自慢話なし合ひおりし隣室の人等は闇に出でて行きたり
今の意味問ひゐる声す月明に黒くしずもる森の中より
馬車馬は視野を囲ひて走るとど我が一筋のおのずからにて
時折りに我を見てゐる目と思ふ新聞拡げたるままに坐す
車中にて書きとめざりし短歌あり思ひ出せぬは光芒をもつ
飢えに開く黒人の子の目の写り窓おもむろに闇が閉しぬ
あはれあはれ足と胃腑との弱まりて口すこやかに生きゐるあはれ
葉のなべて上に向きゐる凛々と宿の一人に菊活けありぬ
ふくらみし白き尾花の野に満ちぬ一つ一つが抱く陽のあり

目がさめて障子に差せる明るさに一夜積みたる雪のありたり
扉同じき上に室番貼られゐるホテルといふはまだなじまず
家郷より離るる街も人居れば老ひたる首を直ぐく伸ばしぬ
花の名を室名として異なれる様にかまへし宿の親しく
便所にて作りし歌は手を洗ふひまに忘れて旅をつづくる
目が覚めて宿のカーテン先ず開く今日は傘なく歩めるらしき
宿を出て光り隈なき今日の晴れ地の果てなる空を見やりつ
この吊橋を渡り商ふ二十年揺れに応ふる足弱まりぬ
黒き衣に背を伸したる人並び類型の死のここにもありぬ

我と行く白き雲ある原の道幼き時に暫しかへりつ
高原の冷えたる風に草薄く隈なき黄葉のそよぎゆきたり
高原の草の黄葉の隈なくて澄める光りの透かしていたり
げに病めるもののうすさや高原の草の黄葉は隈なく透きて
飛び交す蜻蛉の群は移りゆく山のみどりに翅のひかりつ
移りゆく蜻蛉の群を見送りて晴れたる空に瞳の深し
サルビヤの花は袋の形なす無人の駅に赤く散りたり
高原の空の青きを見る瞳真上に向けぬ首痛き迄
力もつものの迫らぬゆるゆると機械のショベル土に近ずく

計算をされし速度と思ふ時ゆるゆる機械のショベルは止る
走りゐる列車に尾花ゆれており陽光返すをたのしむ如く
巨きなる石の川原となりて来ぬ汽車は登板の音高くして
菜の垂れてとうもろこしの葉の枯るる高原すでに霜ありしかな
大きなる輝く駅として建ちぬ高原に若き等出入りの多し
高原の輝く屋根を見上げては載り断つ空の青さがありぬ
新しく建ちたる屋根と分ちゐて空の青さの限りもあらず
高原を拓きし苦節を我が知れば今一面のレタスの青し
肩に触るる空の青さと思ほふに鳥飛びゆきし深さは知らず

トンネルを抜けて沫の岩に立つ川の流れとなりておりたり
栗落雁折りたる固き手の応へ宿屋の室に亦折りており
車掌が降り切符受け取り乗りゆきぬこの駅前に店一つあり
大根の霜に凍てたる葉の青く冬を生きゐる光りを返す
かげり来て亦陽が当る車窓にて列車は山を縫ひつつ登る
抱かれてバングラデシュの児の写る大きなる目は飯を食はざり
あばら家に人住みおりし高原の瓦を葺ける屋根が並べり
植木鉢の底の穴より根の出ずを引き抜き元の棚に並べぬ
靖国の参拝否む記事のあり我は戦に死なざりしかな

順を待つ出張員の靴二足脱ぎあり鞄を置きて出でゆく
びっしりと詰めしカタログを出しており次の列車に乗るを諦む
積まれたるりんごのにほひ漂ふをあましと嗅ぎて店頭すぎぬ
茸採る人出でて来ぬ幹白き白樺の木も混る林を
後五分汽車が来りて乗り入るを疑はざるを人と言ひけり
散る前を真紅に染めしつたの葉は秋の光りを浴びて輝く
此処にのみ棲む蝶ありと掲げゐて幹に苔むす木立の暗し
承け継ぎし父祖のなりはひ七十の吾は信濃の雪を踏みゆく
よるよるを宿屋の窓の闇に向く永なる使者の言葉受くべく

灯を点けて窓に満ちたる闇のありとうき祖先の声を棲まはす
ひしめける誰もがもて死のありと瓶は造花の菊を挿すかな
にょきにょきと雨に出でゐる茸あり落葉の下の暗き土より
土の中暗きに種子を埋めゆく大きなる花やがて見るべく
暗黒に一夜埋もれいたるかな窓さえざえと明け初め来る
一日の葬りとなして床につく明けて羽搏つ不死鳥の為
満員と断られたる宿二軒残る一軒尋ぬと歩む
ボード板にびっしり鍵のかけられて人は互いに拒みて生くる
千の鍵並べ売られて距て合ふ生き態人は互にもちぬ

あきらかに草の紅葉をなしゆくを光り亘るはしばし歩まん
枯草をあたためている光りあり木の切株に腰を下しぬ
親と子と夫と妻とも距ていて鍵は冷えたる光りに並ぶ
盛り上り苔のむしたる根の太く宮居は一樹の蔭にありたり
年に一度祭の時に旗立つと宮居は落葉踏む人を見ず
木のそびゆ天辺に鳥止まりおり高き処は遠くが見ゆる
足低き歩みは躓き易くして老ひし背中を伸ばしつつ行く
買物の衣料見せ合ふ老婆達うんと良いんだの声を交ふる
飢えたるはけもののまなことなりおりし鎌を武器とす百姓一揆は

草を刈る鎌が兵器となりたりし雨の夜を行く百姓一揆は
あて途なき争ひに行く一揆の群握りしめたる鎌の悲しさ
走りゆく車にゆれて萩の原赤く小さきはなびらこぼす
寒風を避けいる前を氷菓食み高校生の声々高し
煽りたつ埃にトラック過ぎてゆき顔をそむけば我の小さし
取引をもつを得ざりし店なれど客の多きはそこはかたのし
旧道は黒ずむ家の並びおり幟の競ふバイパス過ぎて
夕暮るる池の畔に歩み寄り残る光を吾は集めぬ
わが顔を覚へておりし主人にて葡萄酒を卓に黙って置きぬ

吾一人なればと思う密々と世間といふは組まれてありぬ
輝きて灯り点もりし夜の街輝くものは利につながりて
離るれば水の流るるトイレあり手といふものが要らなくなるか
花の字は草が化けると書きたれば女妖しく歩み来りぬ
面着るが真の我と言ひきりぬ能の舞台を勤め来りて
一面のりんご畑は葉の落ちて寄すしき枝は年の経りたり
電線の黒く果てなく続けるを見ており夕べ疲れたる目に
アスハルト灼けたる道を歩み来て商人吾はほほえみも売る
乗り込みし列車の窓は昏れ初めぬ暫く瞼閉しておらん

出でゆくは即ち粧ほふ鏡の中ひたすら見入る女のまなこは
赤きところいよいよ赤く青きところいよいよ青く塗りて笑へり
口紅を鏡に引けば雄食みし虫の原始の詩ひびかひぬ
魂を鏡に置けば化粧なる女のありど かなるかな
みずからの顔の範囲をいつ迄も出でぬ眼に鏡に向ふ
その昔水に写して顔を見し山の乙女は化粧なせしや
丹念に化粧をしたる女にていそいそとして外に出でゆく
僧堂に女を拒む男ゐていと高きものをひた求めしと
女よ汝と何の関りあらん血をしたたらせキリスト逝けり

髪の毛が蛇となり来て争ひし女の話はとうく過ぎしや
今少しと片手に拝む演技してしばらくたちて金を受取る
寝返りをなす事も出来ず二十年病むあはれさも人なるが故
濁りたる水に泥鰌の浮き沈み峡の食堂他に客なし
さは蟹はうすくれなひの足をもち砂敷く瓶の隅に小さし
音楽の鳴る喫茶店逡巡の我の傍を少女入りゆく
歯の痛み昼はうどんと決めいしが美女多くして洋食たのむ
葉の散りて細き梢の並び立ち光りをふふむ雲移りゆく
隣室は宴の声の入り乱れお茶のみどりを吾は みゆく

やすやすと歓声あげて戦ひぬ今やすやすと戦を否む
寝返りに過ぎたる宿の夜の明けて血筋浮く目を鏡に写す
宿賃をはかりつつ行く夜の街灯りつつましき一軒ありぬ
降り来る雁の声あり青空を吾も渡れる旅人として
みずからの体温蓄めて旅の宿一人の眠りに就きゆかんとす
乗り入れし列車空きゐて鞄抱く手の老斑に瞳を置きぬ
二人ゐて見るものなべて明るくて真黒に近きチューリップ咲く
吾が歩み常より今朝の軽くして知らざる犬が横に並びぬ
わが魂すこやかなれば東京の犇めく人の群にたじろぐ

2015年1月10日

轟きて雷が挙げゐる鬨(とき)の声千の剣を杉の秀構ふ
細き雨に額濡れつつ歩みゆく冷えて生れ来る心あるべく
討死せんもののふの心曇りなし木の根机に暫しまどろむ
空覆ふ杉の巨木の並び立ち社は霊の棲ふ小暗き
鳥海のめぐり幾年商ひて我のつづれるいただき高し
甘すぎる菓子出されゐるお茶の承け峡の宿屋に我は泊まりぬ
ひと度を押して瓶より湯が出しもすがしく宿に茶を呑みており
寄せる波返せる波のひたひたと打つ音たちて岸の夕暮
結ぶ実を木よりもぎたる手の罪の報酬幾ばく金をかどふる

2015年1月10日

64

光りと影争ひてをり吹く風に波の起りし水の底ひに
おもむろに潮満ち来る遠き日の死にし肉親思へるがごと
利春さんこんな花でも見てゐると美しいなあと畦の老婦は
一つの花眺めてをりぬさまざまの光りと影の生れて来るを
ああ生きもの光りを生みて影を生み一つの花はひそかに咲きぬ
不幸にて泣くとふことの素晴しさ腰をかけたる石を眺めつ
生れくる光りが光りを生みつぎて一つの花の開きてゐたり
懸命に咲くとは如何なることにして一日に花は萎へてゆきたり
地の中の闇に生きたる永き時蝿は飛翔の殻を脱ぎたり
時長き地の中にて整へし飛翔か蝉は高く飛びたり
鳴く声に飛びし蝿ありはるかなる森を己の空間となす
飛ぶ蝉と殻もつ蝉の断絶と連続神に至る他なし
瓜の皮固くなりゐて日々の過ぎ亡びの秋の近くなりたり
瓜茄子を抜き捨て畑を整えぬ秋の野菜の種子を蒔くべく
蝉脱と大悟を言ひし佛僧の如何なる大空開かれをらん
結迦供座組みて修めし永き時蝉の地中に比すべきものか

わが命運べるものをわが知らず閉してをりし窓を開けたり
這ふ毛虫探して求め得べくなく光り反して蝶の舞ひ飛ぶ
這ふ毛虫舞ひる蝶を眺めをり同じきものといふを問ひつつ
棚の上に何かあるかと開くれば菓子なり忘れて度々買ひし
紙に見る澱滞をせるわれの文字良寛自由の筆跡に対す
争ひて生きし億年重ねたる月日の罪の量に我あり
過去を負ひ人は生きゆく争ひし遠き祖より体継ぎたり
欲すまま他者を殺せし戦なる時ありたりし心の動く
無制約者の欲望の底に棲はせて幾人殺すか知れぬ我あり
血に飢ふる刀のせりふ背負ひゐる歴史の重さはかり難なし
新聞紙二枚に亘る大写真五輪マラソン高橋優勝
わが知らぬ我の体は億年の営み重ねし命受けつぐ
思ふまま殺して見たき衝動の時に生れゐて平穏に居る
大悲心起させしめし大き罪歴史に流せし血の量のあり

投げつけし瓦微塵に砕けるを眺めて男頭垂れたり
見はるかす稲田は熟れに黄の映えて落?は今し山にかかりぬ
相似たる服に肩波動くとき各々異なる運命を持つ
風冷えて落?の赤しまだ生きて今年の暮れも迫り来りぬ
人間がつくりし幾つの色並びクレヨン箱に仕舞はれてゆく
並びゐる箱のクレヨン取出さる順番競ふ光りを反す
茜差す光りの中に赤とんぼ湧ききて並ぶ羽根に飛びゆく
箱の中にクレヨン数多並びゐて順番競ふ光りを反す
見る程に思ふままなる良寛の腕の動きし筆の跡なり
空えずき起る元凶とおもひつつ動脈瘤の薬服みをり
いのこづち棘をもてると柿の実の熟るるは共に奪はれんため
永くて何する命と思へるに薬を服みて安らぎをもつ
草生えし風化をなせる岩のあり老ひては時の永さ数ふる
梨の汁指の間より滴らし卓をめぐれる笑ひのひびく
身のめぐりおびえを撒きて蜂飛びぬ金と黒とのおのずからにて

次の世を担はむ嬰児眠りゐて過去となりゆく我等の覗く
音を立つパワーショベルのいつか見ず建ちゐし休暇の広き跡あり
唯二匹蛙が跳びをり波立てて泳ぎてをりしおたまじゃくしは
右やしろ左じょうどじ遠き日の迷ひ救ひし文字の崩れぬ
この山に径の分れて道標崩れし文字に苔の生へたり
求む気のなしと判りて言ひ負をしたる形に黙しゆきたり
吹き上げし水に灯りを反しゆき浅蜊は店頭の槽に棲みたり
幾度か偶然の死に出合ひきて生きゐることの他者より淡し
一糎一秒の差がもたらせる生死幾度か戦場に知る
見廻してすぐ傍にありたりき何時よりかくも視野の狭まる
読み残す西田幾多郎を開きたり向ひて死なん残る幾日
撫でる手のままに撓へる猫の背の潜む力を思ひてゐたり
殺人は次の殺人呼びてゆきドラマは心の必然つづる
今宵の虎徹は血に飢えてゐる背は負へる歴史のはかり難なし
開拓に流せし汗をわが知れば人逝き土は草の繁りぬ

拓きたる山に藷植え漸くに生きたる人も逝きて草生ふ
黄にすみて稔り充ちたる稲の田はひと日の熟れを営みてゆく
水面にいくつ雨紋のひろがりて低く垂れ来し雲の覆ひぬ
田を出でしズボンの半ば泥に厚し当然のごと歩み過ぎたり
大きなる荷物担ぎし背の曲りたゆみのあらぬ足に過ぎたり
たちまちに野山を渡る夕茜呼吸止めて我は立ちたり
布団干す屋根の並びて音の無し秋の日差はわたりゆきたり
うねり高く魚のはしれり異国より来りて地の魚絶へしめたるは
地の魚を絶へしめたるか立つる波見てをり秋の藻草枯る池
種子蒔きし上に砕きし土覆ふその暗黒に萌しくるなり
うねり立て水を濁して魚逃ぐるいのち動くを見んと来りし
草の種子抱きて冬の土のあり靴裏固き原を歩みぬ
土の中の闇に帰りて萌しもつ種子と思へり水を掛けつつ
かけてやる水を含みて育まむ黒き変ぼう土のなしゆく
発芽して大きく赤き花咲くを信じてをりぬ所以は知らず

一粒の種子にひそめる赤き花不思議を問へば問ふも不思議もありて
雲の間に昇りし雲雀の声渡る一切か無を我に迫りて
ふり返るすすきの原は光りをり車窓はたちまち離れゆきたり
怒りたる顔に仁王は立ちてをり慈悲なる寺の入口守る
生きるため食ふにはあらず食ふための料理番組画面につづく
茜透くうすき羽根にてとんぼ飛び秋の夕はなざれて暮るる
葉の枯れて種子を落せし草群は露はな土に帰りゆきたり
たちまちに車窓の景は飛び去りて眺むる我のぽつねんとあり
研ぎ上げし鎌の刃先を透しをり更なる完成目の中に住む
作る手と完きすがた求む目の乖離眺めて亦も砥に当つ
計画は死なざるものの如く立て暮れゆく一人の淋しさに居り
否応なく今を否まん成長を少年躯に潜まされをり
教室に古き太鼓の置かれゐて音こもらせる胴のふくらむ
こもりたる音にひびきて鳴るならん太鼓の胴はふくらみをり
一つの形生まん苦しみわが知れば鳴らん太鼓の胴のふくらみ

ゆるやかに曲るふくらみもつ太鼓胴を作りて過ぎし人あり
工人の賭けし命も遠く過ぎ古き太鼓は棚に忘れらる
過ぎ去りしもの放られて忘らるる人は同じく笑ひ語りて
置かれたる古き太鼓に流れたるときの相を我は見てをり
尾を消して生えくる足を秘めもつとおたまじゃくしはのろのろ泳ぐ
どんぐりは幼き時の円みもち廻せし記憶に転がりゆきぬ
マッチの軸さして回せし手の記憶呼びてどんぐり転がり落ちぬ
大きなる屋敷はあたり従へて竹組あらはに壁の崩れぬ
狭き道に古く大きな家並びしんかんとして戸を閉したり
幼な日の追ひたる記憶どんぐりは意志の坂道転びゆきたり
生物の見えざる水の透明に冬の一日過ぎてゆくなり

2015年1月10日

61

舞ふ独楽の舞ひ澄む如き目となりて一章読み了へ暫く居りぬ
思索こそ己れ開かん拠り処なると繁る瞳に肯ひてをり
死を祝ふインドネシアの葬式を読みをりながき慣はしとして
死を悲しむならはし日本になかりしと佛教が伝へし無常の教へ
泣き女などをつくりて中国は死のかなしみを儀礼化したり
キリスト教は賛美歌唄ひ神の下に行きたる者と奏して送る
不死鳥の説話つくりてエジプトは不滅の国に行くと信ぜし
死者をして死者葬らしめよキリストはおのれ尽くして生くべくを説く
幾片の桜紅葉が日に透きて澄める山路の空にかかりぬ
同じような歌を作りて月々の歌誌に出しをり呼吸するごと
相似たる料理を毎日食べて居り作れる歌も斯の如きか
土器作る手をもつ迄に人体は三十億年余り経て来し
羊水は海水に成分似てゐるとたっぷりつかり育ち来りし
胎児となる始めに出づる斑点は海に生きたる鰓の痕とぞ
胎児にて育つ途中に尾が生えて消えゆき人の形となると
単細胞・多細胞・海中より陸と転じて人に生るると

笑み交す今のわれらは三十億年生死経て来て成りたるものぞ
限りなき過去の生死に作られし体と思へ言葉と思へ
細胞の六千兆は時ながく人営みて積み来しものぞ
百年の生死を嘆くこと勿れ数十億年人と成りたり
被きたる如く重なる雲覆ひ雨徐に結び降り来ぬ
この我の差す手出す足いと深き宇宙の姿と思ひ生くべし
這ふ毛虫飛びゐる蝶の断絶と連続神に至るほかなし
ものを育て作るは機械がなしてゆきテレビは美味を求め継ぎをり
走る脚鍛へしこの坂斬合ひの竹切れ携げて友と登りし
日々に澄み高くなる空明日も咲く露草ふみて帰り来りぬ
お茶と言ふ声に忘れし作歌なり思ひ出せぬは佳き歌にして
嘆きゐる言葉何処より来りしか思ひ追ひゆき嘆くことなし
大きなる傘にいくちのどうさい坊年老ひたれば蹴らずに過ぎぬ
閉したる書斎の中に一夏に死にゆく蝉の鳴く声届く
稲の花食ひて太りし魚はしり流るる水は冷えて澄みたり

包まれし皮膚の内側はわが知らぬわれの命と病みて臥しをり
否応なく過去となりゆく我等にて仮装高社などの記事増す
皮膚の内は我の知らざる我にして薬店の棚見廻してをり
増えて来し電子取引などの記事知らず我より離れてゆくを
与へられし仕事を真面目に勤むるを否みて世界の情報社会開く
過ぎし日に積み重ねたる経験に残る命はよりて過さん
溜りゐるバケツの中の雨の了この降りに稲の稔り足るべし
必死にて漕いでゐるのだ残されまい時代の潮は流れのはやし
離りゆく時代の潮を眺めつつ生くべき己が姿をさがす
ののさんと拝みて月を仰ぎたりき十二進法も今に残りて
開墾の碑鳴らす風の吹きめぐれる草は伸びゐて粗し
暮れてゆく室に満ちくる闇の量動かぬ我となりて坐れり
西空に細まりゆける夕茜追ひ立てられる足に立ちたり
刻々と昏れてゆきゐる夕光に縛らる我となりて立ちたり
仮借なく窓に迫れる夕闇に眼開きて我の坐しをり

2015年1月10日

世の中の知らぬ命をはしらせて逸らせて酒の喉下りゆく
重なりし水のひかり交し合ひ扉を開けし瞳に展く
重なりし水のひかり交し合ひ冬の朝の明けて来りぬ
霜の禾冷えに鋭く戸を開けし我に争ひ襲ひ来りぬ
夜の間を樹液が運びしふかき青朝顔の花開きて居りぬ
文字綴る力の未だありたりと点滴の管外されし後
三合の米にもならぬ程の落穂老婆は手はかかり拾ひぬ
枯れ果し原に瞳の遠くして空を分てる稜線濃し
日の光り一日届きし棰の枝久しぶりなる素足に踏みぬ
足交互に出して行ければ結構と日向に腰を掛けゐる は
移りゐしいのち極まる原澄みて曝れたる草の白く輝きぬ
枯れてゆく草に追はるる身をもてば言葉をもてば冬の陽浅し

2015年1月10日

35

不景気と雷族の絶えしこと偶然ならん静かなる街
癒えて来てしばらく命保つらし読みたき本を書店に探す
つかの間を揆けて散るを愛しゐて孫と夏夜の花火を囲む
一枚のシャツを着重ね増し来たるわが体温に出でてゆくかな
時ながき蔭に生ふ草少なくて大きなる木の下水のひそまる
ながながと倒産せるを語りくるるわが倒産をせぬ声高く
古沼に幾年継ぎて水草の冬を潜める黒き根が見ゆ
満開の桜の花の饒舌に君と行かんか言葉携へ
カーテンを閉ずれば個室開けたれば共同の場に病室のあり

見の広き池となりゐて鴨が押す立てゐる波が光りを交す
生きてゐることに過ぎゆくにちにちに病室の窓眺めゐるかな
吹き荒れしひと日の過ぎておのずから瞼垂れくる日差しの亘る
こめて来し霧にいただき高くして天に浮ぶは畏み仰ぐ
岩と岩囲ふところの波収め底ひに砂のゆれて動きぬ
白き壁目に立ち冬の街のあり葉の枯れ落ちし梢の細く
ほくほくと我は食べ居り焼栗の揆けし一夏の日差しの量を
羽搏きて窓を掠める黒き影鴉はねぐらへかへるをを急く
松葉杖立掛け夕焼見る人と窓に並びて没陽の赤し

彼よりもましとの思ひふと兆す病みゐる心衰へしかな
月光は落ちたる紙に白くして渡れる天の澄みとほりゆく
涙もつ体に生まれし不思議さに思ひ及べり涙ぐましも
海底に這ひゐし魚の大き口開きて箱に並べ売らるる
わたつみの寄す群青の波の背の鯖放られて土間に散ばる
流れゐし雲去りゆきて晴れわたり果なきものに瞳向ひぬ
煮魚の骨の数多を疎みつつ骨が支へし魚体にありぬ
芽吹きゐる下に枯葉のくさりゐて一年とふをわれは見てをり
散り落ちし枯葉の腐りゐることもいのち蓄めゐる大地を歩む

階多く重ねるビルの間に立ち円型のタンクのっぺらぼう
赤い舌窓より垂らすバーゲンの広告眉に唾つけるべし
指折りて正月迎へし幼な日の情景ありて床に臥し居り
靴下の織目を写す脚となりひと日はきたる靴下脱ぎぬ
けものらの眠れる夜を開きゆき電飾空に輝き循る

同化作用持たぬ葉群となり来り散りてゆくべき冷ゆる風吹く
おのずから葉の散り落ちる林あり身に受けるべく歩みを向けぬ
降りかかる散り葉の中に立止まり頭と肩を打たせていたり
かすかなる風に散りゐる葉のありて至り難しもおのずからなる
埴土に対き山を削れるブルドーザ人生きてゆく黄の意志は顕つ
ゆれいつつ我を運べる車窓にて老ひては移れるものを怖るる
たちまちに青き起伏の輝きて甘藍畑に日の差し来る
与へらる死の有りようを問ひゆけばみずうみは夜の眼を開く
曇天に田は一さまの平にてもやひし山に車窓近ずく

2015年1月10日

26

さんさんと地に降りゐる日の光り走れる孫を手をひらき追ふ
見出しが紙面半分とりており清原場外ホーマー放つ
次々と接続ありし電車にて目を閉ぢ尿意とたたかひており
弁当屋に人の集ひてゐるが見ゆ即ち我の腹の空きたり
ひさぎゐる菓子をガラスに囲ふ上城主がもちし石高掲ぐ
己が顔くさして金得る漫才師一人の顔に家路を急ぐ
きつねうどん頼みて隅の席につく短歌一首出来たるが故
パンツよりしずきて走る男ゐて汗なき吾のひたひの熱し
亦報ず幼女誘拐人間の半ばは陰を負ひて生きゐる

戦ひもとうき日となり否まるる言葉をのみに語り継がるる
書店より楠木正成などの本見えずなりしを疑はれゐず
否まるる戦なりとも若き日を燃えたたしめし血潮にありき
戦ひし日を生きたりと眉上げて我は言はなむ若き碑として
手の熱く銃とりたりき否まるる戦なりとも血の真実は
否まるる戦なりとも戦友の流して死せし血潮尊し
光り見る眼窩の底ひはるかにて大観の富士北斎の富士
こわれたる義歯をはめいて傷つきし歯ぐきをいつとなどる舌あり
閉せしと思ひし窓が開きいて他人(目なき時他人目を怖る

自動車の起せる風も朝冷えて左肩よりおのずとすくむ
病気ではなきかと噂していしと宿めし炬燵の席を席を開け呉る
やや濡れし服を吊せし宿の窓明日は日の照る茜の兆す
この所堂のありしとやや高く車二台が駐められありぬ
言はざるに二本の酒が膳にあり宿れる常の慣はしとして
宮中の儀式に伝ふ十三夜風寒ければテレビにて見る
頬かくす帽子被ぎし人の立ちプラットホームは長く伸びたり
まばらなる人家が見えて東北のプラットホームは長く伸びたり
痛む歯にうどんを食ひて三日経ち菓子売る店も眺めて過ぎぬ

ながくながく板古る峡の湯宿なりき壁輝きて一棟建ちぬ
信号に止まりし隣の車より犬が顔出し瞳合せぬ
時計見つプラットにうどんを食ひおりぬぎりぎりに生きる事の楽しさ
発車ベル高く響きて走り乗る立ち喰うどん少し残して
くり返し口紅あかくぬりおりし女笑まひて鏡しまひぬ
飲みおへし酒のカップに今一度口当てあふぎて老人立ちぬ
並び走る車は玩具の如くにて我は己れに他者として坐す
若物と同じ心を思へどもテイシュペーパー分ちて使ふ
みの虫の殻に紅のなき事のすがしく山を下り来りぬ

戦の日の償ひも少しあり中華甘栗買ひて皮むく
指定席はたった五百円と妻のいふ五百円惜しみ商ひ来りし
予定せし時間どうりに商ひのすみて列車のゆれるに任す
前輪の土にめり込み捨てらるる用なきものにこうか借なし
穫入れのおはれば獅子の面被ぎ笛を鳴らして神楽来りし
コーヒーの中に入れたる練乳は湧きて浮びて け拡ごる
何の室も人が寝いて幼児の眞夜に泣き立つ家愛すべし
指示されて頬を寄せ来る幼児の温し廻せる手の小ささよ
子を背負ひ鎌の行商なしいたりき子に囲まれて孫を抱きぬ

どうしてもここに泊れと言へるらし早き方言大方解らず
きのこ汁刺身てんぷらなど並べ我に食はさん為に買ひしと
月末に金がなくなるを疑はず生きて夕餉の話あかるし
紅葉の燃え立つさまを写しゐし画面は車の渋滞となる
透明のガラス戸一つ距ていて肩をすくめし人等の急ぐ
肩すくめ霧に消えたる人ありて尾花はうすき墨色に立つ
霧こむる朝の窓にうすずみのあはあはとして人等すぎゆく
四、五本の並木の見えて霧覆ひ人等突如に現れ歩む
山薯が池に鰻となりたりき古人没して見しものあらず

巾広きカラー舗装の道となりござにひさぎし老婆の見えず
山囲む湯沢の街に降り立ちぬむしろにきのこ売るを見るべく
土つきしままに茸の並べられ筵に坐り老婆のひさぐ
悠なるかな薯が鰻となりしこと山池の水青く澄みたり
束の間に過ぎし月日と思ふときうるし紅葉は鮮かに立つ
花をつけしままに枯れしが挿されいて無人の駅の雨紋に汚る
ぬば玉の夜の底ひに目を閉ぢて果なく沈む体のありぬ
底ひなく脚より沈みゆくが如一日歩みし旅の臥床に
春と秋の商ふ旅にそびえたる鳥海山も竟かと見放く

いつの間に日かげさえぎる雲の出て体に沁みる風を伴なふ
おのずから地に瞳の落ちてゆき一つの言葉の背後を疎む
新しき飲食店の亦出来て幟幾本競ひはためく
飲食の人呼ぶスピーカー公園に今年の菊の展示はじまる
金の札銀の札など吊されぬ菊は日を浴び咲きゐるのみを
幾人の交せる言葉かしましく入賞の札はけられてゆく
コーヒーに入れしミルクが揆けくる吾がなさざりし歓声として
松の樹皮削られゐるは戦にやにを採りたる跡にて古りぬ
夕刊に株式欄のなきこともみちのく秋田の人の貧しき

投げ出して疲れし足を休みしが暫くにして行かねばならぬ
道端に黄菊白菊供えらる盛られてゐるは悲しみ深し
隣家より南京食へと持ちおりぬ貧しきものは乏しく足れり
己が家見えし時より老婆立ちバスは峡路の坂を下れり
痛みもつ歯茎を舌に触りゐて病めば望の身に関りぬ
癒えむことのみを思へる昼つ方思ひ返せるさびしさにおり
口開けて寝ねいしならん不態さや目覚めて舌の乾ききりおり
噛む事の斯く豊かにて十日まり痛みし歯茎の傷のなほりぬ
砂利を踏む音かへり来る夜の道吾を指したる星光ありぬ

雨雲の裂けて走るも目になれて冬の越路の出張おはる
襟立てて風を防ぎし十日まり出張おへし歩みをはやむ
教ふると従き来くれたる少年の指を差したるところに別る
歌人の名言ひて歌書く傍に来ぬ頼むしばらく黙っていてくれ
遠天の雲黒きてつるはしを上げて急がぬ工夫が見ゆる
雨雲の裂けて千切れて走りゆき岩打つ波は沫と立ちぬ
両脇を巡査が抱へ行く男かくさねばならぬ顔をもちたり
サルビヤの千の花穂はくれなひの高き揃ひて昼を咲きたり
舞台の面脱ぎゐる見れば我ももつ人前の姿一人の姿

わが鳥を光れる空へ発たしめぬ着きしは黒き杉の森にて
昼となれば飯食ふのみに過ぎゆきて列車にながく孤り乗りおり
東北と近畿の顔の類型のやや異なると見つつ旅行く
空黒く交叉をなせる電線に流るる力は人の生きたり
夕空に黒く電線顕ち来り灯りを点もれる家々の見ゆ
降り止みし道しろしろと闇迫る夕べの光をあつめて伸びぬ
昏れてゆく野に一すじの川見えて血よりも赤く夕雲映す
歩みきし足なげ出して旅ながき疲れにめぐる血潮のくらし
咲くよりも散りゐる花の多くして赤眞寂しきサルビヤとなる

複眼の如く灯りの点き来り人を呑みゆく夕街となる
戦に死なざりしかば走りゐる列車の窓に頬杖つきおり
捨ててゐしものをもちゐる友達に返せと幼は泣き声あぐる
ほうり込みし空缶の音大きくて夕べの駅に一人待ちおり
若き等の肩抱き合ひて歩めるをおのずと避ける瞳もちたり
地深く伸ばしゐる根よ靴音の還り来れる歩みもつ下
ストーブを切りてたちまち冷え来る夜の底ひにしはぶきひびく
庭先の松の緑も今朝出合ふ老ひては静かな呼吸となりいて
野焼して草のまとはぬ池堤広き面を水のもちたり

野を焼ける煙いくすじ立昇りおだしき冬の光り亘りぬ
野焼せし堤の僅に灰残るかくて昨日は過ぎてゆきたり
炎あげ燃えたる跡の平にて堤に灰のわずかに吹かる
ひよが二匹降り来てあたりを見ていしがわがもの顔に歩み初めぬ
一ヶ月手形の期日伸ばせしを黙し出せるを黙し受取る
ものの影あきらかに落す裏庭の今日は背中を屈めぬぬくさ
乾きたるタオルの風に動くさま見るともあらぬ縁のぬくとし
縁側にかくるは今日も孤りにてすきとうりたる冬蔭見ゆる
誰にしもあらざる吾と坐しゐつつ られし声ほめらるる声 245

千の根のからまりあえる地の中のありて冬原平らに展く
後頭にてのひら当てて考へゐる吾あり不意に戯画となりいて
しぎ二匹庭に来りて啄むをおさへておりし咳の出でたり
この朝目覚めざりせば我のなし水仙の白き花を眺むる
点りたる工事現場の赤ランプ停車をなすは死に結ぶ故
停車する工事現場の赤ランプ死に関るは人等の敏し
おらび合ふ工事する声今朝のなく黒新らしき電線架かる
こつこつとかすかな音の立ちゐるは我が心臓の図られてゐる
心電図は如何なるさまを示しゐん我が身体を我の知らざる

心臓の動きあらはとなりし図の我が読み得ぬを医師に渡しぬ
心臓を図る音のみ室にありしずかな呼吸をなさむとつとむ
裏庭に萌し初めたる芍薬の一年ぶりの赤き芽と会ふ
正常です医師に言はれて我の知るこのあやふさに門を出でたり
冷やかに棺の行くを見送りき死に関りのなきが如くに

2015年1月10日

23

石の角正しく並び墓石は葉の散り落ちし冬山に立つ
石肌の冷えて居らんと距離をもつ眼に香黄もちて立ちたり
何の家も瓦輝き建ち並び戦知らぬ脚伸び歩む
戦の諾部などと書く文字も見えなくなりてよぼよぼ歩む
埋め立てて魚ら滅びし空間の人行き交す高きビル建つ
地球儀に赤く塗らるる細き島我の何処とペン先に指す
奪ひしと言はば言ふべし海なりしところに広く土を敷きたり
地球儀を廻してわれの在処指す住めば都よ地球の最中よ
落武者は斯くの如きか野焼せし樰の木棘の焦げしを鎧ふ
霞ひくはるかな山となり来りきらめく光り原にこめたり
登りつめし尺取虫は頭ふりそらに伸びしが下りはじめぬ
窓に鳴る風音空に走りゆき肩を屈めて扉開きぬ
うまし子をうごうと名付けひたすらに内なる闇に向ひゐたりき
粗き皮割れて老ひたる木に寄りぬいたはり合はん心さびしく
火と煙競へる畦を若者の姿はしりて冬草焼かる

はしる火に春を呼ぶ使い焼けてゆく枯れたる草の?になりけり
黒き灰畦を覆ひて去年の草焼けたる跡を歩みゆくかな
きらめきて春来る光りの差しゐるを農婦素直に眸に写す
未知の地は囲む山並越えあり散歩ににちにち歩む道ゆく
のぞき込み何買うたんと手に触れて還れる我に老婆の笑まふ
しろがねに春ふくらめる猫柳女活くべく鋏入れたり
茫々と白一色の霧の中凝らしてかすかな道に歩みぬ
覆ひゐる霧の中なる白き闇凝らしてかすかに歩む道見ゆ
枯草は呼びを挙げて焼かれをり葉を巻きくず折れ地に伏して
つづまりはコップの中の嵐とど思へど口を挟んでしまひぬ
噴き上り光り散ばす水見えて昇りしものは落ちねばならぬ
丸き苔踏みて歩めり目の限り追ひたる日々もかすみ来りぬ
ながながと老女祈れり悲しみにつながりゆける凝固せる顔
寒風に服のそよぎつ釣糸を垂れて一人の男立ちをり
さすらひて古代祖先は生きたりと一人の室に不意に思ひつ

吹かれゐし枯葉それぞれ落ち着きて舗道の風は冷えを増しぬ
この川に魚釣りたりき橋の上歩み通へる今も覗きつ
陽炎の立つ草畦を見てゐしが歩まん足のをのずからにて
茜差す光りとなりて水面魚は競ひて跳びはじめたり
辺りなき室に光りの渡りゐて眼は光りを命となしぬ
茜差す光りに魚の跳び初めぬ太古に陸へ移りゆきしは
茜差し跳びゐる魚は水離る光りと眼の関り知らず
茜差す光りに魚の跳べるときわれは内なる飛翔と出逢ふ
命よ命水の面に茜差し魚の跳躍おのずからなる
しろがねの鱗光らせ魚の跳び差せる茜は空に亘りぬ
日差し蓄めふくれし夜具のふかぶかとはやき眠りを誘(いざな)ふらしき
太陽の日差しにふくれもち温く弾むが体に添ひぬ
温き日差しの恵みしみじみと干してふくれし夜具に寝ねたり
白梅のふくらむつぼみ玄関にありて出てゆくわが目を洗ふ
霧こめて足許のみが見えてゐるわれとなりゐて歩みゐるかな

春の陽がペンの先より照り出でる字がどうしても浮び来らぬ
満目の原の緑を眺めをり獄の記録読み了へし駿
春近き野のきらめきを竹内ひさゑ言へりそれより心して見る
いつくると思ひて居りし日となりて如何に過しか記憶をもたず
昇りゆく凧を見上げし少年は空の高さに瞳置きたり
せきれいは己が姿の写りたるこうしに亦も飛びつきゆきぬ
一つだけとつまみし菓子が半ばなく食べてはならぬ蓋を閉しぬ
襟に首埋めて女歩みたり後は人見ぬ冬の風吹く
冬の日を溜めたる垣の温しさに人待つ時を過しゐるかな
きらめきを増しゆく空に春来り野原に今日の緑ふくらむ
目は止めて楓の木木の紅を差し春となりたる光り渡りぬ
こまやかに楓の梢差し交し艶もつ赤き樹液登りぬ
艶をもつ赤き樹液の登り初め楓は細き梢末組みたり
のぼりゐる赤き樹液に艶を増し楓の梢こまかく交す

戸を開き他者にむかはん背を伸ばす我となりゐて歩み出でたり
この花を愛し育てし人逝きぬ艶をもちゐるわかき紫
紫の花艶やかに開きゐて植えたる人の三年過ぎたり
暴くなく過し来りし秘密なぞ保ちし皮ふのたるみ来りぬ
冬の畦露はに礫白く曝れ蹴り得ぬ老ひし足に過ぎたり
窓ガラスにひらめくライトの間の遠くなりて眠らん夜の更けたり
みひらきし大きなる目が迫り来て殺人事件の画面の進む
一日の総括として更けてゆく夜のしずけさに坐りて居りぬ
更けてゆく夜にかすかな呼吸なす闇はあたりを包みて来る
発つ鳥の飛翔はかつてわが腕にありしや果なく青き大空
日を溜むるなざりのありて目の通ひ風吹く池の堤過ぎたり
白陶の狐が灯りに浮びゐて夜を祈れる人の動かず
置くつぼが堪ふる内の闇ありて一人の室に坐りゆきたり
澄とほる水の傍を歩みをり一期と言はむ今とし言はむ

澄む水の流れの起伏凛々と言葉輝き反りて来る
春の日を蓄むるなざりに人食ぶる土筆は土を被きもたぐ
枯草の秀のすり切れて春近し釣人歩む細き畦道
蒼黒く去年の腐れを沈めたる水底に青き新芽が覗く
食はれざりし大根土よりのり出でてきらめく春の光りとなりぬ
すき焼きにつぶすと人等語りをり負けたる鶏は片隅に立つ
煽られてビニールシートははためきぬ風の狂へるままに狂ひて
音響を受くる螺旋に耳の立ち頭脳に暗く穴下りゆく
新聞に幼児虐待の報せらる平和日本の象徴として
白梅の白鮮やかに照り出でて日差しの渡る空を見上げぬ
歩み来し足横たへてながながと犬は眼を閉しゆきたり
細き目を開けたる犬は亦閉ぢぬ温き日差しの庭にわたれり
脛の骨斯く大きくて病み長き男が杖突き歩みて来つ
暖かき日差しずかに土に沁む蓄めてはげしき命生ふるや
届きたる日差しの中に忘れゐし拡大鏡が光りを返す

照り出でて室の明るみ密密とあまれしたたみのいぐさの青し
捲き上り音立て壁にたたきつけビニールシートは風に揉まるる
全てみなさざめとおもうしずけさは細くなりたる食に由るらし
足跡のくぼめる雪の降り初めて証は斯の如くはかなき
辛うじて寒さに耐へて歩めるを声をかけられからだふるひぬ
休みなく動きて居りし蟻潜む土の上踏み歩みゆくかな
流れ出る汗の力威何時か失せ顔にハンカチ当ててゆくかな
積上げし過去の手なれに運転手わが目危く荷物積みゆく
更けて来て窓を固める深き闇眠りの中に入りてゆくべし
夜の灯に深く頭を垂れて居り成せしことなく過ぎし日をもつ
うまきもの断ちたる僧の直ぐき首我はうつむき表をひからす
つながりてはるかなものに届く目をもつと晴れたる星空見上ぐ
億光年眼の繋ぐわが在処至り難くて星光降りぬ

両手突き脚をふん張り立ちたるに坐るときにはへたへた早し
究まりは宇宙を包む我となり星の光りの瞳に届く
筧より流れて落つる水の音収めて庭の木蔭のふかし
癒へたりと思ひ居りしに起き出でて機能と変らぬ足に歩みぬ
皮膚一枚距ててもてる内の闇動脈瘤のネガを説かれつ
春嵐に操る鳶の滑空の拡げし翼おのずからにて
高く低く春の嵐を飛ぶ鳶の拡げしままに翼あやつる
朱の受益のぼりゐるらし差し交す楓の梢に春の日の差す
待ち兼ねしものの競ひにつくぼうし頭を出して春陽わたる
目の渋り退きて手足のおのずから伸びもち起きる時間となりぬ
一夜寝し手足に大きな伸びをなし朝の床に起き上りたり
いち日を立ちてはたらく誘ひに障子明るくわが目に届く
傘形に梢は空に拡がりて日差し受くべきネットを構ふ

吊り下げしズボンの脛の歪みをりひと日はきたるものの疲れに
臥す床と草畦歩む日々にして財布が月追ひふくらんでゆく
貫きて闇を走りしサイレンの内耳に残り闇に消えたり
去年の草朽ちて水底に沈みたる黒き中より萌し来りぬ
作りしは天皇なるか時匠時又奴れい甍の高く
菓子なぞを食べる時間に過ぎてゆきおのれ所在の問淡々し
撰ばれてこの世に出でしわれなると霧混迷の中を歩みつ
眠れぬは眠らず居れの忠心と思ひつ眠らん瞼閉ぢをり
男たるは鍋の蓋とることなかれ俺は男に一寸足らぬか
肥りたり間食するなと言はれ来て今日は饅頭半分に割る
赤青の灯り競ひて俄のあり大きな闇の覆ひゐる下
青き水魚の棲まずと泥少し底に溜めたる渚を眺めつ
純白の挙りし花に朝日照りこの木蓮は母の植えたり
白き翅突如現れ闇を飛ぶ虫はライトの光りに直ぐし
饅頭を食ひ了へてよりとめられてゐる間食に思ひの及ぶ

皮のみに残り朽ちる大き幹そのまま今年の若葉を萌やす
或る点に来し秒針が光りゐて人無き室に循りて居りぬ
拡げたる翼のままに鳶高く気流はそこに昇りゐるらし
一すじの土のくぼみて草の絶へ人の踏みたる体重ありぬ
揮ふ鞭奴隷の肌を破りゆき丹に輝ける高殿建ちし
いにしゑの小舎震はせる雷鳴に弥生の人は集り耐へし
目の届く億光年のはるけさよ星我を作らず我星を作らず
平かな水の面を見たる瞳に机の本を開きゆきたり
ぎりぎりの間食ひなるらりし啄みて居りし鴉は羽根を拡げぬ
今日ひと日如何に生きしか問へるとき氷の如く坐るわれあり
羽根を博ち尚啄みてゐし鴉近寄る我に飛び立ちゆけり
紫をあつめてすみれの花咲きぬ母なる日差しさんさんとして
雷鳴の空を震はせゆけるとき縄文人の小舎粗かりき
石斧に日の降るさらば縄文のだだむき隆く肉を置きたり

殻の中に養ひゐたる飛翔力蝉ははるかな森に渡りぬ
紙切りしナイフがたたみに光りゐて童等去りし室のしずけさ
殻脱ぎし蝉はしばらく這ひゐしがはるかな森に渡りゆきたり
むくみたる瞼に細き目となりてしばらく本を開きたるまま
刻みゆく刀の先に導きの大きな静けさ云ひてゆきしか
一刀を刻み手現はる御姿に三度拝みて成りたる像ぞ
たたみの目こまかに並び夜ふかし眠らん灯り消さんと立ちぬ
いくつもの谷より水の集りて東条川は水争ひき
大きなる静けさ希ひ一刀に三拝したる仏師ありたり
みずからの力を頼み振り捨てて夕の道の一人なりけり
空覆ふ緑の凱歌反し合ふ日差しに原の一樹立ちたり
道傍に黄の水仙の一つ咲き歩める人の言葉を誘ふ
打ちし水乾きてゐたり跡もなく舗道を灼ける日の照りつけて
霜に萎え伏してをりたる葉の立ちてたんぽぽ黄に照る花を掲げぬ

太陽に向ふ黄の花一斉に掲げて春の光り満ちたり
たんぽぽの黄に照り競ふ畦となり羽虫は空に羽根輝かす
何ものの動くと見えし草蔭に大き蛙の我を見てをり
春の陽の原に渡りてあふみどろ溝の表を領じ来りぬ
寝ねて唯伸ばせしのみの手足なり八十年のしわのよりたり
澄みわたる山頂の上天空の果なきが見ゆ見えざるが見ゆ
歩み来し山の奥なる岩や木の時経し中に我は立ちたり
手を合はせ尊く光る月なりき祖母や母等と仰ぎ見たりき
窓の灯の次々消えて外灯の淡き光に夜更けゆきぬ
映画館なりし建物こわされて失なひゆける若かりし日日
花の絵が澄みで小さく描かれゐて虫殺す指の圧に押へぬ
照り出でて匂ひ漂ふ菜の花のありて春原歩みゐるかな
亦一つ思ひ出消され映画館建ちゐし土地の?されてをり
拓きたる人に吹きたる涼風か荒れし棚田の草をなぎゆく
春近く己を切らん日の差して痛みに落つる放したる枝

しわ深き手に人生論を開きゆく頭の中の僅なる?
戦に植えて絞りし人等死に菜種は堤に今年を咲きぬ
かたはらを車のはしり木蓮のはなびら白く散りて落ちたり
引ける手にそこより切れて這ふ草は葉の節毎に白き根をもつ
競ふごと木蓮の花散り落ちぬ地に着く迄の白き光りに
ひんやりと目が覚め出でし廊の枝春踏む足となりにけるかも
拡がれる花火に花火打ち上りひしめく人となりて見上ぐる
みどり透く葡萄一粒口中に潰して解けぬ本に向ひぬ
タイヤーの沈みて動きし泥の跡乾きて深き蔭をもちたり
われの顔眺めて飽きぬ不思議さに暮れゆく窓に写りゆきたり
暮れてゆく窓にわが顔写りゐて見なれし筈を凝らす目となる
ブランドと言ひて触れらるアメリカの小市民趣味に組み込まるらし
酸欠に大きな亀が浮び来ぬ泥の底ひにながく生きしは
短かかる命といへど亀ならぬ人に生れて来しこと思ふ
流星は輝き虚空に燃へ尽きぬ我の選ばん命なりけり8

若き葉は日に透き空を指してをり地に落ちたるわくら葉いくつ
金の砂撒きたる如ききんぽうげ我は王者の歩みを運ぶ
晴れわたる空よりはなびら降り来り歩み止めて山並眺む
たんぽぽのわたとび散りて簡潔に茎は春ゆく畦に立ちをり
瓜の筋いたく際立ち来れるを切らんと呼べし指に眺めつ
引き寄せて車の走り目指しゐる山は雲間に高く立ちたり
ひしめきて言葉群るるに原稿紙の上に正しく並んでくれぬ
ぐんぐんと引き寄せてゆく富士の単車は風を巻きて走りぬ
百年の蓄めし日光ごうごうと風を鳴らして松の立ちたり
補聴器を買へとすすむる友のあり聞こへぬことを楯となしゐる
買物を下げゐる靴の音高く女階段を降りて来りぬ
むらさきの光りを集め春の野にすみれは花を開きゆきたり
説明をされゆく水の美しく底ひに光る石の白あり
美しいと言はれし言葉に澄む水の見えて車は山中走る
春の陽の一日照りてあふみどろ領域拡げしほとりを歩む

作るもののこころはぐくみゆくべしと思へることもごう慢にして
他者否む若き日ありき散りへりし全て相似る林を歩む
黄にもゆる葉をふり落とし公孫樹至りし冬の簡潔に立つ
二本足で歩みもちたる進化論解放されし手にて取り出す
掃除され整へられしたたみの上本を散らしてわが室とする
振るひれが掃きて通へる水底の砂にてあらん一すじ白し
冬ながく地にひそみし咲く花の爆ひるが如く乱れ満ちたり
とぼとぼと杖にすがりて老人は死なざる故の歩みを運ぶ
死なざれば己れに生くるほかなしと杖にすがれる老人見つつ
みずからの中に悪魔を見たる日よながき記憶のひと日とならん
星と目のつながるものを追ひゆきて宇宙の初めに思ひの至る
新しき溝つけられて傍の沼は泥積み草に挟みぬ
山草を分ちて風の吹きゆけば昔はさわに葦生えたり
高手小手針金にしばり鉢植の松並べられ育てられをり

餌を咥ふ雀を追へる雀あり生きねばならぬ命もちたり
うぐいすの声に止まりし山路にて深き若葉は光透きたり
ひしめきて溢れる人の中歩む瞳動かぬ一人の足に
さざなみに水の面に平らにて夕のもやに?のかくれぬ
結局は家に帰りて誰も皆同じく眠らん散会となる
去年と似る言葉聞きゐる開講式終る時刻を時計に眺めつ
わし無茶こうん無茶言ひよる知っとんねんがひコップ酒飲む夜更けてゆく
稲妻の走れる度に見合せる瞳となりて止むを待ち居り
庭石をたたきてしぶき降る雨の寺にてあれば大きしずけさ
知るとふは悲しむこころ増すものと歴史の本を閉したる後
癒へて来て呼吸整ふわれの日々神はしずかにあらんとおもう
脱け出でし蝉殻のごと歌作りひとりし居れば老ひのふかしも
今一度生れなほすかと問はるればわが生涯は罪多かりき
水求め山さすらひし戦の記憶のありて水栓ひねる

反すうをなしつつ牛はい寝ねてをりこなれをらぬを体内にもつ
もの掴む指に開きて手袋は春逝く納屋に忘れられをり
冬の?研き落されて忘られし鎌は草切る光りを放つ
雷鳴は還れる音に響き合ひはしりて還り轟きわたる
雷鳴は鳴りたるときより響き合ひ返し返しておさまりゆきぬ
釧に見しは羨望なりしかはた恐れ石室ながく閉されゐたり
ひとの言ふつまらん言葉はそれでよしわれより出るは我慢がならぬ
流れゆく滴に肌を光らせて裸の木々は冬を立ちたり
雷鳴は山と山とに轟きを返し合ひつつ空を覆へり
兵従きし跡は千里に人見ずと伝へて広き平原ありぬ
灯をしたふ虫のとびくる夕膳となりてビールの喉を洗ひぬ
朝顔の青あざやかに咲き出でぬ眠りのひまに育ついのちは
暗黒の闇がはぐらむ朝顔の朝の光りを開きたるかも
眠りゐるひまをはららく胃腑らあり朝さわやかに目を開きたり

飾られしひな人形は人形師幾代重ねし端正にして
細き首写して立てる白鷺は動く魚を計る目をもつ
白豪の光り放たぬわが眉間足の先迄満たす息吸ふ
届きたる歌誌読みおへてよき歌は我が作らねばならぬと思ふ
空伝ふ黄砂含みし雨乾き駐まる車は斑点をもつ
草の生え枯るるが如き歌の数命保つは斯くの如きか
尾の躍り背の波打ちて鯉幟吹きくる風を汲みゆきたり
手に持てるコップの水のゆらげるが机に置きてさだまりゆきぬ
昭和とふ年号記憶に新しき思ひのありて手のしわ深し
はるかなる塔先かすみ春の日の差しゐる坂を下りゆくかな
あの池に魚は今も居るかなと老ひたる足に坂登りゆく
亡き母と重ねたる目に木蓮のはなびら白く澄みとほりたり
トラクター草刈る音の響き合ひ原にぬくとき光りわたりぬ
灼熱の光りとなりて這ひ出でし殺さねばならぬ大量の蟻
葉の裏の白一斉にひるがへり迫れる谷を風登りゆく
暮れてきてかすかに浮ぶわが家見へ点もる灯りが闇押し返す

目を閉ぢて見えてくる闇朝顔の赤きつぼみのふくらみてゆく
春光に直ぐく伸びたる脚となり歩巾ゆたかに歩みを運ぶ
小さなる星と蛍の飛び行けば光りはいつもはるかにありぬ
目が覚めて朝新しき光り射し包む布団を揆ねてゆきたり
日日に土に落せる影ふかく若葉は張るの光り盛りぬ
差せる日とわれの体温一となり原のみどりの限りもあらず
朝が来て昼が来て夜となりてゆき布団の中に意識うするる
混沌の闇に身体を横たへて朝新しき目を開きたり
引寄せし布団の中に目を閉ぢて深きカオスの中に入りゆく

2015年1月10日

(重)山の辺の道紀行   十首 ほか

晴天となりたる事も善行の故にて高く笑ひさざめく
花見なぞ次の行楽奔放に拡げ合ひつつ車は走る
楠の若葉萌しつ落つるべき葉群は濃き蔭をもちたり
帽に陽の映えゐる三、三、五五の群古代の道は細かりしかな
山の峯重なり合える此処忍に神武迎へし人等のありき
背の森の未だ萌さぬ翳黒く景行陵は柵を閉せり
信楽の陶の狸に似ると言うあれよりスマートと自負しゐたるに
蹴り殺す相撲に昔はありたりき野見の宿弥の社に詣ず
花かざし大宮人の行きし跡昼餉の酒は差し交し飲む
コーヒーを長谷川さんと出しくるる大和大原春陽亘れり

目を閉ぢて我の知らざる我のあり友の一人の訃報が届く
夜更けし居酒屋に老ひし酔漢の喚ける憎し喚き得るよし
そよ風の流るるままに水光る原の平らな池に出でたり
闇に向き吠えゐし犬が我を見ぬいのちの在処互に知らず
仰臥して煤けし太き梁架かる逝きたる母の声祖母の声
手の玉の書かれし紙札さされいて睦月の池は祀られており

2015年1月10日